シーラじいさん見聞録
3人は、シーラじいさんが言った言葉をどう理解すべきかわからなかった。
ボスに何かあったということなのか。いや、ベテルギウスの不審な行動が大きな意味を持っているのか。
それとも、クラーケンたちに追いだされて、どこかに、また「海の中の海」を見つけなければならないからか。誰も黙っていた。
「シーラじいさん」という声が聞こえた。声のほうを見ると、幹部と友だちだった。
「二人で作戦を練ったので、もう一度現場を見てきます」
シーラじいさんは黙ってうなずいた。
「パパ、気をつけて」娘は心配そうに声をかけた。
「ああ、おまえもいたのか。すぐに帰ってくるから大丈夫だ」
二人は、そう言いおわらないうちに姿を消した。
ペリセウスは、「何がはじまるのですか」と不安そうに聞いた。
「詳しいことはわからんが、オリオンからボスのことを聞いて何とかしなくてはと思ったようじゃ。
わしは少し考えることがある。オリオンもペリセウスもゆっくり休んでおけ」
シーラじいさんは奥に行った。
オリオンは、患者がいる場所には行かずに、途中にある窪みで休むことにした。
小会議室として使われている場所だ。ペリセウスと娘は奥に戻った。
オリオンが、そこを選んだのは、体を動かして、いざというときに備えようと考えたからだ。
ボスと息子がいなくなったとウミヘビのばあさんから聞いたことを伝えたが、みんなは動揺していた。
あんなことはシーラじいさんだけに言うべきだった。ボスは、このことを知ったら、すぐに駆けつけてくれるだろう。
このままではみんなを危険な目に合わせてしまう。考えが足らなかった。オリオンは、胸をかきむしられるような気持になった。
一人になっても巨大な敵に向っていこうと決めたが、今までの疲れがどっと押しよせてきた。
見回りをしていたオリオンは、幹部たちが攻撃を開始すると聞いて、すぐに戻ることにした。いくら急いでもなかなか進まないような焦りを感じながらも、とにかく急いだ。
ようやく先をいく者を感じるようになった。そして、どうにか追いついた。
上官が、「絶対油断するなよ」と見回り人に声をかけた。
他の上官も、「やつらは確かに大きくて獰猛だ。しかし、勇気をもって作戦を遂行すれば、恐るるに足らずだ」と鼓舞した。
オリオンたちは武者震いのように体を震わした。
「海の中の海」の上まで来た。「よし、いくぞ」上官は命令した。一つになって真下に向った。
オリオンは、みんなから離れないようについていった。
上官たちはすでに第一門に飛びこんだ。オリオンも勢いをつけていこうとして、少し速度を落とした。そのとき、目の端に何か動いた。
そちらを見ると、第一門の近くにある大きな岩の陰に何か動いた。
オリオンはどうしようかと思ったが、もし見回り人の誰かが苦しんでいるのなら助けてやろうと思って、そちらに向った。近づくと、それが誰かすぐにわかった。
「やはりきみだったか。ベテルギウス」オリオンは声をかけた。
相手は別にあわてるふうもなく、「オリオン、ひさしぶりだな。久しぶりにシーラじいさんが名づけてくれた自分の名前を聞いたよ。
いや、心では、『ベテルギウス、おまえは、何かまちがったことをしていないか』と自分に問うことはあるがね」
「きみのことはいろいろ聞いているぞ」
「おれも、きみと話したいと思っていたんだ」
「どうして、こんなことをするんだ?『海の中の海』はもうだめかもしれないんだ」
「作戦の遂行においては目的と手段を間違うことなかれと、戦術学の要諦にあるじゃないか。それは、すべてのことに当てはまると思うね」
「ぼくも、きみとゆっくり話しあいたいと思っているが、今はその時間がない。急いでいるんだ」
「まあ、待て。おれの話を聞けよ」
「『海の中の海』が壊滅するかもしれないんだ。きみも、ここの使命を知っているだろう?」「もちろん、だから、おれも、あの辛い訓練に耐えたんだ」
「だったら!」
「おれも悩んだ」
オリオンは、ベテルギウスを睨んだ。ベテルギウスは、それにかまわず話しつづけた。
「おれが家に帰ったことがあっただろう?あのときは精神的に苦しかった。
家族が見かねて、少し出かけたらと言ってくれた。友だちも誘ってくれたが、自分が『選ばれし者』と思っていたのでいつも断っていた。
しかし、あまりに心配してくれるので、一緒についていった。
友だちの友だちとも知りあいになっているうちに、ある人を知った。その人と話をするうちに、世界というものがわかってきた。
詳しいことはいつか話すが、『海の中の海』の考え方は古いんだ」
「平和や幸福に古いも新しいもないだろう」オリオンは反駁した。
「そうだ。しかし、それをどう得るかは変わるものなのだ。オリオン、今、なぜこんな世の中になったと思う?」
「知らない」
「すべてニンゲンのせいだ」
「ニンゲン?」
「そうだ、きみが助けてきたニンゲンだ」
「きみらがニンゲンを襲っているのじゃないか?」
「好き好んでそんなことをしてわけじゃない。自分たちを守るためにしているだけなんだ。
きみも、ニンゲンがおれたちを殺したり見世物にしているのは知っているだろう?」
オリオンは黙っていた。
「その人を紹介するよ。おれがまちがっているかどうかは、話を聞いてから判断すればいいのだから」
「ぼくは行かなくてはならない。時間がないんだ」
「きみほど勇気がいる者はいない。おれも、きみと力を合わせて、平和のために戦いたいんだ」
「だめだ。もう時間がない」
「どうした?オリオン。そんなに苦しそうな声を出して」
「どこか痛いの?」
目を開けると、ペリセウスと娘が心配そうにオリオンを見ていた。
オリオンはまだ状況がつかめないでいた。「幹部が話をするんだ」