シーラじいさん見聞録

   

ペリセウスは、そういうと詰め所から顔を出して様子を窺った。
そして、「今だ」というふうにオリオンを振りかえった。オリオンもすぐに続いた。
ペリセウスは岩に沿ってゆっくり進んだ。
岩から離れたほうが体を自由に動かすことができるのだが、もしやつらが岩との間から出てくれば逃げられないのだ。
しばらく行くと向こうに長い影が見えてきた。訓練所の壁だ。壁の端につくと、すぐに左に曲がり、内側の壁に沿って進んだ。
そして、奥の岩が見えだしたころ、壁が少し突きでたところで海面の下に入った。
オリオンは、そこは、訓練をさぼる生徒が隠れる場所だとわかった。
出っぱりがあるから、教師から見えにくくなっているのだ。そして、入り口から急に曲がっているので、中に入らないかぎり、誰か中にいるのかわからない構造になっていた。
しかし、中も狭く後ろ向きにしか出られないので、出るところを見られると、みんなに大笑いされるのだった。
オリオンは、ここに入るのははじめてだった。岩に向ったまま、気配を感じたが、波の音一つ聞こえなかった。
オリオンの下を通って様子を見てきたペリセウスが、「気づかれなかったようだな」と言った。
オリオンも頷いたが、つい2,3日日前までとはまったく様子が異なっているのに言葉を失った。
訓練所には、「おまえたち、もう帰れ」と言われるまで、訓練生のぶつかり音や叫び声などが響いていたのに、こんなことになってと思うと、悲しくなったのだ。
「それじゃ、早くここを出よう。きみも不自由だろう」ペリセウスは、そういうと、先に出た。そして、オリオンが後ろ向きに出てくる間、外の様子を見守った。
さらに、岩に沿って進んだ。
次は病院だ。訓練所との壁は相当厚い。だからこそ病院になったのだろうが、病院側の壁に穴があったどうかオリオンは思いだせなかった。
ペリセウスは、病院側に入り、病院の奥に向っているとき、ピッーという音が横から聞こえた。「どうやら見つかったようだ。急ごう」ペリセウスは急いだ。
音は大きくなるにつれ、前からも聞こえるようになった。
「大丈夫だ。やつらの信号が大きくて壁に反射しているだけだ。最初に聞こえたほうにいるから気をつけろ」
そして、「あそこだ!」と叫ぶと全速力で逃げた。オリオンも急いだ。
ペリセウスは、海面近くの穴に飛びこんだ。オリオンも続いた。しかし、そこは窪みのようになっているだけだった。
オリオンは、激しく体を打ちつけた。しかし、痛みは感じなかった。
すぐに黒い影が見えたかと思うと、ドスンと壁に激しい衝撃があった。壁は揺れ、うねりが窪みを襲った。
衝撃は続いた。どうやら1頭ではないらしい。オリオンは、衝撃で、体が外に出てしまわないように力を入れた。
そして、ペリセウスが波にさらわれないように、100キロもないペリセウスの体を窪みの壁に押さえつけた。
やがて衝撃は少なくなった。
「オリオン、ありがとう」ペリセウスは苦しそうに声を出した。
「ごめん、ごめん。力を入れすぎた」
「この衝撃が恐くなって、外に出てやられてしまう者もかなりいたようだ」
「しかし、よくここを見つけていてくれたな」
「やつらは、ものすごい認知能力を持っているから、絶対油断するなと忠告されているので、きみが隠れられるところを見つけておいたんだ」
「ありがとう。しばらくここにいなければならないかな?」
「やつらは、ぼくたちがここにいるのは知っている。あきらめてどこかに行くまで辛抱をしなければならない」
「ここなら身の危険はないが」
「やつらは、広場の奥に、指令する者がいることも知っているから、重点的にここを回っているようだ」
「やつらは何をしたいのだろう?」
「シーラじいさんは掃討作戦をしていると言っている」
「掃討作戦?」
「ここの者を追いだして、基地にしたいようだ。やつらの部隊、ひょっとしてクラーケンそのものが来るかもしれないとシーラじいさんは言っていた」
オリオンは話題を変えた。
「今度は病院の浅瀬だな」
病院の岩にぶつかり右に曲がって、しばらく行けば、治療のための浅瀬が続く。そこは、オリオンも治療をしてもらった場所だ。
「ぼくも、今それを考えていた。やつらが襲ってきた場合浅瀬に逃げることもできる。
やつらだって、浅瀬には上がれまい。ただ、浅瀬に逃げこんで助かった者が言っていたが、どこかに隠れるより恐かったそうだよ。あの巨大な体が目の前にあるのだから」
オリオンは、しばらく考えていた。
「それなら、最短距離で改革委員の部屋に向おうか」と提案した。
「きみがそう決めたのなら」ペリセウスはにやりと笑った。「ぼくも遅れないようについて行く」
「よし」
二人は窪みから外を窺った。やつらは、どこかに行っているようだ。
そして、外に出やいなや、一気に病院を斜めに突っきって、広場に入り、そのまま奥にある改革委員会の部屋に飛びこんだ。
オリオンは、背びれがないためうまく方向を変えられないので、勢いあまって壁に激突した。そして、その反動でひっくりかえったとき、キャーという叫び声が上がった。

 -