シーラじいさん見聞録
振りかえると、ここを出ていった弱虫の訓練生だった。
「何かあったのか?」オリオンは思わず声を上げた。
弱虫は、最初あたりを気にして黙っていたが、ようやく話しはじめた。
「実は帰り道いろいろ考えたのだけど、ここにもどることにした。
「それは助かるが、パパやママは心配するだろう」
「ぼくの顔を見れば喜んでくれるだろうと思う。今の様子を知っているだろうから。
しかし、クラーケンたちが我が物顔で暴れるようなると、ぼくの家族や親戚、近所の者を苦しめるかもしれない。
そうすると、見回り人となることを期待しているみんなを裏切ることになると思ったんだ。
きみも知ってのとおりぼくは生まれつきの弱虫だ。訓練でも恐くてたまらなかったけど、きみのお陰でなんとか弱虫を克服できたように思う。
それを、今こそ証明したいと思って帰ってきた。みんなの足手まといになるかもしれないけど、少しでも役に立ちたいんだ」
「そうか、よく戻ってくれた。幹部が戻ってきたら、自分の気持ちを伝えればいいよ」
それを聞いていた、引退した見回り人が声をかけてきた。
「うれしいじゃないか。こういうことでみんなの士気が上がるんだ」
「お嬢ちゃんも駆けつけてくれていることだしな」もう一人も言った。
「えっ」オリオンは振り向いた、
「きみは病院に戻らなかったのか」
「戻っている途中、幹部とパパに出会って、第一門に行っていいか尋ねたの。
少しならかまわないという許しが出たので、ここへ来ってわけ」と平然としていた。
「怪物が来るんだぞ。お嬢ちゃんは恐くないのか?」
「全然恐くないわ。パパが逃げ方を教えてくれたから」
「さすがパパの子だ」
「お嬢ちゃんのパパはわしらより若かったけど、誰も追いつけないほど早かった。そして、どんな訓練にも音を上げなかった。もし大けがをしなかったら、まちがいなくボスになっていたはずだ」
「この娘が男だったらとパパは思っているだろうよ」
「おじさん、何回も同じこと言わないでよ」
娘が少し怒ったように言ったとき、リゲルが交代するために戻ってきた。
弱虫は、リゲルに、もう一度ここでみんなの役に立ちたいことを言った。
「勝手なことですが」
「「いや、助かるよ。決しておまえが弱虫だからじゃない。ボスが、どこでもできることがあると言ってくれたのだから、だれでも迷うよ。幹部に、ぼくからも話してやるよ」
そのとき何かの気配がした。微かな動きだ。みんなの神経が高まったとき、動きが止まった。
「あっ、ウミヘビの婆あじゃないか」引退した見回り人が叫んだ。
「ありゃ、まだ生きていたか」
「わしゃ死なないよ。そういう減らず口を叩くのは、昔いた出来の悪い見回り人じゃな」
「婆さんもあいかわらずだ」
「お急ぎ。おまえたちの相手をしている暇はない。わしも忙しいけど、わざわざ言いにきてやったんだ」
「どうした?」
「ここへ巨大な者が向っている。ボスではない。何頭もいるぞ。例の怪物にちがいない」
一瞬みんなが固まった。
「まちがいないのか?」
まだ幹部が戻ってきていないうえに、中堅幹部すべて門の外にいたので、リゲルが聞いた。
「わしは、その気になれば、どんなに遠く離れているものでも感じることができる。
最近は疲れるので、なるべく神経を使わないようにしているのじゃが、おまえさんたちのことが心配で、時間があれば様子をうかがっておる。
もっとも年を取ると寝つきが悪いこともあるがな」
「それで?」
リゲルは、結論を急がせた。
「2,3日前から、ここへ向う力を感じた。おまえたちが外から帰ってくるのなら、力は動いているので、わしも気に留めることはない。
しかし、その力は、3本ほどあって、ずっと止まっておる。しかも、その力はどんどん強まっている」
「どういうことですか?」
「つまり、誰かの指示を待っておるということじゃ」
「それは、門の外にいる者に伝えてくださいましたか?」
「いや、幹部の取巻きの中には、わしが出鱈目を言うと毛嫌いをする者もいるのでな」
「それじゃ、ぼくから伝えます。全員配置につけ」リゲルはそういうと、門の外に向った。
全員自分の配置についた。
ウミヘビの婆あは一人取りのこされたが、「わしも、まちがうこともある。全知全能ではないからな。全知全能は神だけじゃ。
そうそう、こうはしておれない。早く帰って神を寿(ことほ)ぐ詩文の推敲をしなくては」
そう独り言を言うと、体をくねらせて海の奥に消えた。
オリオンは戻ってきて、娘に、「早く戻って、みんなに避難するように言うんだ」と叫ぶと、また自分の配置に急いだ。