シーラじいさん見聞録

   

オリオンが振りかえると、誰かが笑顔で見ていた。一瞬考えたが、あっと思った。幹部の友だちの娘が目の前にいる。
「どうして?」オリオンは、幻を打ちけすかのように声を出した。
しかし、その幻は相変わらずいたずらっ子のような笑顔で答えた。
「ここの使いが来て、パパに手助けをしてくれるようにとのことだったの。
一度ここに来たかったので、わたしも連れて行ってくれるようにパパに頼んだってわけ。
あなたの仕事ぶりも見かったからね」
「パパは、よく許してくれたね?」
「ママは絶対反対だったけど、わたしが執拗に頼むものだから、パパは、病院の世話をするのならとしぶしぶ許してくれたの」
「そうだったのか。でも、ここはいつ襲われるかしれないんだ」
「聞いているわ。でも、怪物はそんなにいないのよね。いざとなったら隙を見て逃げるから」
「病院の世話は?」
「狭い場所を探すお手伝いをしたの。どうしてそんなことをするの?」
「やつらが来たときにすぐに隠れるためだ」
「そうだったの。でも、それもすんだようよ」
オリオンが黙っていると、「ここはすばらしいわ。海の中にこんな世界があるなんて信じられない。波は、どこまでも穏やかで、風はさわやかだし」
「だから、ここにいれば、誰かを憎んだり、羨んだりすることがなくなるのだ。そして、自分の悲しみも癒されるんだよ」
「ただ一日中薄暗いのは困りものよね」
「仕方ないよ。ここは、海の中にあるんだもの」
「それなら、どうしてみんな生きていけるの?」
「わかないそうだ。どこかに外とつながっているのだろうが。
だから、ボスも、食料だけでなく、空気のこともあって、ここへ来ることを遠慮していたんだ」
「ボスにも会いたいわ。あなたを助けてくれたのでしょ?」娘は、オリオンが話したことをおぼえていたのだ。
オリオンは、早く休憩をしなければならなかったが、娘と話をしていると、自分も楽しくなるので、自分のほうから話をするようになっていた。
「友だちは?」
「親が認めないから無理よ。それに、二人とも恐がりだから」
「お転婆だなあ。とにかく気をつけてくれよ」
「わかっているわ。女でここに入るのは初めてだそうね」
「多分そうだろう。ここを出ていく者も多いんだ」
そのとき、「オリオン」という声が聞こえた。ふりかえると、果たしてペリセウスだ。その後ろには、部下5,6人控えていた。
「ペリセウス、病人を迎えにきてくれたのか。やつらが来るかもしれないんだ。早くつれてかえってやれ」
「いや、ぼくは帰りません」
「どうして?」
「門番から様子を聞きました。そして、ぼくは、今こそシーラじいさんやきみに恩返しをするときだと考えました。
ぼくがそれを話すと、みんなは、ぼくが帰るまで、力を合わせて国を守ると賛成してくれたんです」
「そうか。そういってくれるのはうれしいけど、ぼくは決められないから、幹部に話をしてみよう」
オリオンは、急いで幹部がいる第一門に戻ることにした。ペリセウスは、部下に、病人をつれて国に帰るように言うと、オリオンの後を追った。
第二問を過ぎて、第一門に向うと、交代の監視が増えてきた。全員の後姿には、どんなに小さな動きも見のがさないという気配がみなぎっていた。
息をするために第二門に戻るときも、なるべく波を立てないように気をつけていた。
オリオンたちは、監視の邪魔をしないように前に進んだ。
遠くに同じ方向に進む影があった。ここを出てい者かもしれない。ようやく第一門の出口に着いた。そして、幹部を探していると、どこからか幹部が近づいてきて、小声で言った。
「どうした。おまえ、非番じゃないのか。早く帰って休め」
オリオンは、ペリセウスを紹介して、本人の決意を伝えた。
幹部は、ペリセウスが、以前許可を得ていない者を追い返したということを聞いて驚いた。
「きみだったか。事態が収まれば、一度君に会って、お礼を述べたいと思っていた」
ペリセウスは恐縮したように頭を下げた。
「きみこそ勇気と高潔を体現した兵士だ。我らに与(くみ)してやろうというのは願ったりもないことだが、きみは、自分の国を守る立場にあるということだ。
そのほうは大丈夫なのか」
ペリセウスは、お陰で部下が育ってきて、しばらく任せることができると説明した。
そして、微力ながら、ぜひお役に立ちないと言った。
「いやいや、こちらこそぜひ助けてほしい」幹部は、頭を下がると、自分の部下に紹介した。それはリゲルだった。
3人だけになったとき、「怪物が来たって、まともに相手さえしなかったら、何とかなると思わないか、ペリセウス?」
久しぶりにペリセウスに出会ったリゲルが親しそうに聞いた。
ペリセウスは、リゲルがオリオンの先輩だということはわかっていたが、シーラじいさんが名前をつけた者が集ったときだけは、堅苦しい言葉使いはやめようと思った。
「ただやつらが突進してきたときの波に気をつけなければ」ペリセウスは、2メートル足らずの小さい体なので、それを一番心配しているのだろう。
「ぼくは、それで、何回も危ない目にあった」オリオンも、3人集ったことで今までの何倍もの勇気が湧いてくるのを感じて、話に加わった。
そして、ペリセウスは、しばらく説明を受けた後、早速監視をすることになったので、オリオンが帰ろうとしたとき、また呼びとめられた。

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