シーラじいさん見聞録

   

リーダーの顔が苦しそうにゆがんだ。
「シーラじいさん、ご心配かけて申しわけありません。みんなの行動は理解できます。
わたしでもそうしたと思います。ただ、公務ですので報告をしなければならないのです」
そのまわりを囲んでいた見回り人や革命委員会のメンバーが、指揮官たちに早く病院に行くように促した。
みんなで病院に向った。病院にはすでに大勢の医者が待機していた。しかし、大勢の者がつきそってきたので、病院のスタッフは、関係のない者はすぐに立ちさるよう大声で叫んだ。
ようやく静かになったので、一人一人の診察がはじまった。まだ気が張っているのか、誰も痛いとか疲れているとか言わなかったが、全員重症を負っていた。「これでよく帰ってこられたものだ」と言われた者もいた。
誰も、外傷がなくても、かなり骨折をしていたのだ。指揮官たちの配慮で戦いをあまりしなかったオリオンも、背びれに障害があるため、全身が疲労していた。
すぐに治療がはじまった。すでに大量の海草が運ばれていた。それは、傷口の化膿を防ぐだけでなく、骨折にも効能があるといわれていたものだ。
兵士たちは、その海草を、勝者のマントのようにまとった。そして、しばらく入院することになった。全員うとうとして過ごした。
オリオンは、よく夢を見た。誰かが、「おい、オリオン、秘密の場所を見つけたぜ。冒険に
行こう」としゃべってきた。
振り返ると、ベテルギウスだった。「ああ、きみか。ずいぶん探したよ。もう冒険は終ったのだろう?」
「とんでもない。ぼくらの知らない場所がいくらでもある。そこには、きみが見たことのない化け物がいっぱいいる。さあ早く行こうぜ」
「それじゃ、みんなに言ってこなくては」
「みんなぼくらの冒険を聞きたがっているんだよ。早く行こう」
「それじゃあ、リゲルにだけ言うよ。リゲル、リゲル」
「オリオン、リゲルだ。ぼくならここにいるよ」その声に目をさますと、そこにはリゲルがいた。
「ああ、リゲル」
「オリオン、大丈夫かい」
「ベテルギウスと冒険に行く夢を見ていた」
「たいへんな戦いだったらしいじゃないか」リゲルは聞いた。
「きみがいたらなあといつも思っていたよ」
「ニンゲンが助かってよかった」
「でも2人死んでしまった」
「きみらは全力を尽くした」
「みんなに心配をかけた」
「リーダーが一番心配をしていた。長老たちが、援軍を送ろうかと言ってくれたが、リーダーは断ったんだ」
「どうして?」
「これ以上迷惑をかけられないと思ったんだよ」
「そうだったのか。ところで、どうしてきみはそんなことを知っているのかい?」
「きみらが出ていっているときに、ここへ帰ってきていた」
「誰かが迎えにいったんだね」
「ボスが来てくれた」
「ボスが?」
「そうだ。ベテルギウスを探してから家に帰ったとき、ママが、ぼくの顔を見るなり、『おまえ、たいへんだよ』と叫んだ。家族に何かあったのかと聞くと、ボスが来ていたんだ。
ボスはできるだけ近づき、ママやパパに、『息子さんは優秀な兵士なのに、事情があったとはいえ、たいへん申しわけないことをした』と謝ったそうだ。
また、ぼくにもねぎらってくれたあと、『ベテルギウスは見つかるだろうか』と聞くので、もう探すところがないと正直に答えた。
『それなら、わしがもう少し遠くを探す』と約束してくれた。それで、その日にもどってきたのさ」
オリオンは、それを聞いてにっこりしたが、疲れが出たのか眠りだしたので、リゲルは、毎日来るからと言って帰った。
リーダーは、兵士たちが入院した日に長老が集っているところへ行って、二人を失った経緯を説明した。シーラじいさんが言ったことも、そのままつけくわえただけでなく、援軍を断ったことが原因なら、その処分も甘んじて受けることも言った。
それから、長老たちは協議をつづけた。
3日後、改革委員会のリーダーとメンバーが呼ばれた。そして、7人いる長老たちの意見が述べられた。
「かつて、今回以上に犠牲がでた争いは確かにあった。
しかし、それは、海の中の海を襲うとした者を撃退するための戦いであったり、仲裁を依頼した者同士の争いに巻きこまれたことによる。
今回は、争いをする必然的な理由はどこにもないという意見が少なからずあり、多くの協議が必要であった。
そして、その結論として、今世界に大きな変化が起きているのはまちがいがない。
われらは、その変化にどう対応すべきかニンゲンに学ぶことを決めた。これは全員一致の意思である。
そういう意思のもとで、困窮している多くのニンゲンを偶然見かけて、とっさに救助しようとしたことを責めることはできない。善意とはそういうものだ。今回は不運なことが起きたが、誰にも罪はない」
改革委員会のリーダーやメンバーは黙って聞いていた。

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