シーラじいさん見聞録
シーラじいさん見聞録
第1章(1)
シーラじいさんは悲しかった。
その悲しみは、若いときに、いや数ヶ月前までできていたことができなくなったときに感じた、あきらめが混じった悲しみではないし、また妻のツーラが先立ったときの一人取りのこされた悲しみともちがった。
腹立たしさと悔しさが混じった悲しさだった。その悲しさが、心のなかで少しずつ形となっていくのがわかった。
誰でも、自分に起きたことを、心にしっくり受けいれることを学ぶものだ。それが、生きるということであり、人生というものだろう。
シーラじいさんの場合は、すべてのものは、まず半分のものがあらわれて、それから、あと半分がやってくると考えることにしていた。
出会いなら、別れが、悲しみなら、喜びが、その半分だということだった。そう自分に言い聞かせて生きてきたのだ。
妻や子供との死別、また自分の晩年を、そうやって受けいれてきたのだ。いや、そう思えばこそ、ツーラとのときめくような恋愛、子供たちが生まれたときの父親としての自覚、そして家族に支えられた立身出世の意欲も、今輝かしくよみがえるのだ。
自分が先に死んでも、妻や子供に、そう思うようにと言ってあったのだが、結局一人生きることになったのだ。
もちろん、今回のことだってそう思うべきだろう。
しかし、この1ヶ月の間、しっくりいかないまま、大勢の者を振りまわしてしまった。
もうみんなに迷惑をかけられない。これ以上危険を背負わせるわけにはいかないし、何より生活があるのだから。
しかし、この悲しみに混ざる腹立たしさは何だろう?
確かに、こういうことをする跳ね上がりはいたが、今回は仲間ではないか。ある意味では、家族以上の者なのだ。
そう思うと、心のなかで形になっている悲しみは、鉛のように重たくなっていった。
とにかく、この悲しみが、今までのようにおさまらないのならば、時間をかければいいのだ。
もう老い先も短いが、それもいいだろう。知らないことが心の内にあれば、生きる気力も沸こうというものだ。
シーラじいさんは、そんなことを考えながら、今日も待っていた。
そのとき、向こうに、ゆらゆらと黒い影が見えた。
最近は目が悪くなっているので、一つの影に見えているが、たくさんの影が重なっているはずだ。
「帰ってきたか」シーラじいさんはつぶやいた。「帰ってくるまで、もう少し日数がかかると思っていたが」。
影は、シーラじいさんの前に止まった。すると、その影は、20以上の部分に分かれた。先頭の者が、直立不動の姿勢で叫んだ。
「シーラじいさん、もとへ、シーラ・デヴォン・ンジャジジャ大佐殿、マウソニア・ベリアシアン・ムズワニ中佐を発見することができませんでした。
ムワリ谷は捜索しましたが、マヨット谷は最後まで捜索できませんでした。以上」
みんな疲労の極に達しているようだった。
職責を果たせなかった自責の念のためか、あるいは、もう一度探せと命令される恐怖のためか、ぶるぶる震えている者もいた。
「連日の捜索に感謝する。今日をもって捜索を終えてよろしい」
シーラじいさんは、静かに言った。
「了解しました」先頭の者が、そう答えると、他の者も、「了解しました」と叫んだ。
「ご苦労だった。ゆっくり休んでくれたまえ」シーラじいさんは、みんなをねぎらった。
先頭の者は、鰓(えら)を激しく動かすと、すばやく向きを変えた。他の者も、それに倣い、全員で去っていった。
シーラじいさんは、みんなを見送りながら、オーショネッシーも大きくなったものだな。隊長も十分こなせるようになっている。退却にも勇気がいるのだからと思った。
アキレウスやヤマモトもいたようだな。しかし、他の者は、新兵のようで、誰だかわからなかった。
オーショネッシーのおやじのアーサーは豪胆な兵士だった。
アーサーとマウソニアとわしの3人で、この国を守る気概を語りあった。
そして、休日など取らずに職務についたものだった。まだ結婚する前だったが。
マウのやつとは、子供のときからいつもいっしょだった。家族よりも長くいた。
入隊も結婚も相談をして決めた。気心は誰よりもわかっている。それなのに、なぜわしに言わず消えてしまったのだ。そして、どこへ行ってしまったのだ。女房や子供を残して。