シーラじいさん見聞録
「やはりもう少し様子を見ようじゃないか」リゲルがもう一度言ったが、オリオンも納得せざるをえない。「そうしよう」
そうは答えたが、オリオンはほんとはすぐにでも穴に入りたかった。みんなニンゲンが生きているかどうか知りたがっているはずだ。もし生きていたら、アントニスたちは各国に働きかけてニンゲンを助けてくれるだろう。
そうなれば、戦争は終わるのだ。シーラじいさんが言っているように、ニンゲンは生き延びるためには何が大事かに気づくだろう。
シーラじいさんが今ここにいれくれたらどうすればいいのか教えてくれるのに。
余震はまだ終わらない。オリオンたちはそこを離れて、怪物の声が聞こえる場所に戻った。
「どこも変わっていません」若いシャチはリゲルやオリオンの気持ちが分っているので、自分たちができることを率先してやっているのだ。
もちろん岩のどこを崩すのが決めてくれれば全力でやることにしていた。
オリオンも若いシャチの考えを感じていたので、すぐに怪物を助ける作戦に取りかかった。
とにかく10日ぐらいして余震がなければ穴に入ろうとオリオンとリゲルは決めていた。
4頭の若いシャチは休むことなく働いた。リゲルとオリオンもいくら注意してもやめなかった。
あるとき、1頭のシャチが、「奥で何か動いていますが」と興奮して言った。
オリオンはすぐに見た。奥はさらに暗いが、確かに何か動いている。「これは怪物の足だ!」
「そこまで来ていたのですね!」若いシャチも叫んだ。
「おーい。大丈夫か。こちらもがんばっているからもう少し待つんだ」オリオンは胸がいっぱいになった。
奥からウオー、ウオーという叫び声が聞こえた。「やはり怪物がきみらのぶつかる音を聞いて向こうからも何とかしようとしていたんだ」オリオンは若いシャチに説明した。
「ぼくらも急がなくてはなりませんね」若いシャチも感動したようだった。
「それはそうだけど、いくら焦っても自分たちの能力以上にはできないものだ。それより、能力をどう使うかを考えるほうが成功するのだ」オリオンは、いつもシーラじいさんが教えてくれていることを言った。もちろんそれは自分にも言ったのだ。
もし若いシャチがこのまま休むことなく岩にぶつかっていくのを許せば、若いシャチが命を落とすようなことにもなり、物事は全く動かいかもしれないからだ。
「わかりました。ぼくらはどんなことでもしますから」やはり若いシャチは他のことが見えなくなっているようだ。自分が感情を出しすぎたからもしれない。オリオンは反省した。
「とにかく慌てないで次のことを考えよう。その前に休もう」オリオンは若いシャチにもう一度言った。
その日は早めに切り上げて休んだ。翌日、岩を再確認した。どこに力を入れて動かせば、怪物がいる穴を広げられるか。そのことに集中して岩を見てまわった。
若いシャチも今や力学の専門家になろうとしていた。4頭とも自分の意見を話した。
つまり、どこに、そして、どの順番で力を入れれば、穴のまわりの岩が動くようになるかということを議論していた。もちろんオリオンもそれに頭を使ってきたのだ。
「ここを動かすようになると、ここが簡単に外れるじゃないか?」
「でも、ここを動かすと、ここが落ちるおそれがある。そうなると穴がふさがるかもしれない」
「そうかなあ。この岩がどうなるかを確認しながらやればいいじゃないか。オリオンはどう思います?」
「ぼくも、このあたりしかないなあと思っていた。しかし、確信が持てなかったが、きみが指摘したように、この岩がどう動くが見ながら作業を進めていく方法があったことに気づいた。それでやろうか」
若いシャチからオーという声が上がった。しかし、若いシャチは喜ぶだけでなく、「でも、ぼくらはどのようになれば危険なのかはわかりませんからよろしくお願いします」とオリオンとリゲルに頼むことを忘れなかった。
「ぼくらはチームワークでしかクラーケンや岩に勝てない。それをみんなに見せつけてやろう」リゲルはみんなを鼓舞した。
オリオンが予想したように、穴の右側の岩を崩していくと、左側の岩が動きだした。
しかし、あまり動くと上の岩が重さで落ちてきてはすべて水の泡だ。オリオンは、リゲルや若いシャチがぶつかっている間、つきっきりで岩の様子を見守った。
その間、ミラは仲間の作業が頓挫しないようにあたりを見張っていた。
もちろんミラの力を使いたいのだが、もし他の岩にも体が当たってそこが崩れでもしたら計算外のことが起きるからだ。
しかし、他の状況を知らせてくれるので、安心して仕事に取り掛かることができた。
それによると、クラーケンはまったく姿を見せないようだ。今回の地震でどこかに行ったのはまちがいないだろう。そのことも若いシャチだけでなく、リゲル、オリオンが急ぐ理由でもあった。