オニロの長い夢 1章69ー77

   

オニロの長い夢

1-69
大きな帆船に石で追い払われましたが、今度いつ船に出会えるか分からないのであきらめずにその帆船を追いかけることにしました。
向こうは気がついているかどうかは分かりませんが、何回も引き離れそうになっても、冷静に風を読んで少しずつ近づきました。
すると、帆船は速度を落としてくれたのです。オニロはまた石が飛んでこないか注意しながら、船の右舷にそのまま近づきました。船を漕ぐ奴隷たちが自分を見ているのが分かりました。
オニロが白いシャツを振っていたので止まってくれたのでしょう。オニロはさらに近づき、「ありがとうございます」と大きな声で叫びました。
3人の男が見下ろしています。そして何か話しています。オニロは男たちが何か言うのかとドキドキしながら待っていましたが、一人の男が消えたかと思うと、すぐに戻ってきて、大きな袋を投げてきました。
「ありがとうございます。助かります。一つ聞きたいことがあります」と慌てて叫びました。
しかし、一人の男が、「他のものはいないのか」と聞きました。
「ぼく一人で航海しています」とすぐに答えて、「このあたりで、いつも雲がかかっている島を探しています」と聞きました。
3人はしばらく話しあっていたが、一人が「島かどうかは分からないが、確かに雲のようなものが出ている場所がある」と答えました。
「そこに行きたいんです」
「島かどうかは分からんぞ」
「そこはどこにありますか」
3人はしばらく話しあっていました。そして、別の男が、「ほんとにそこに行きたいのか」と聞きました。
「今すぐ行きたいのです」オニロは大きな声で答えました。
「いつも雲が湧いている場所がどこかはっきりおぼえていないけど、遠くに見える陸に大きな山がある。その山とおれたちが航行の目印にしている三角島の間にあったはずだ。
三角島はその名の通り三角の形をしている。名前は知らない」
袋をくれた男が、「あの辺には漁師の船がいるときがある。分からない時には漁師に聞くんだな。おれたちは行かなくてはならない」
オニロがお礼を言おうとしましたが、男たちが大きな掛け声を叫ぶと、帆船は動きはじめました。
オニロは波で揺れる船の上で、「陸の大きな山と三角島の間」と男たちが言った場所を繰り返しました。
そして、「まず三角島を見つけよう」オニロはそう思いましたが、やみくもに進むことはできないし、また通りがかりの船を見つけることも簡単ではないことは分かっていました。
オニロは海を見渡しました。どこにも船も島も陸も見えません。まるで広い海の真ん中に一人でいるような気分になりました。
航海を始めた時はこんな気持ちになるとピストスによく話しかけたものですが、そのピストスはいません。子グマはいますが、庇(ひさし)の下で寝ています。
遠くでカモメが鳴いています。オニロはカモメは何を言っているのだろうかと思いました。家族や仲間に、「食べ物はいるか」とか「いや。いないな。他を探そうか」とか話しているように聞こえました。
すると、暗くなってくると、誰かが「そろそろ帰ろうか」と言うはずです。
どこに帰るのだろう。ぼくは一度どこかの島でカモメが襲われた時助けたことがある。
カモメは島で休んで子供を育てている。それなら、夕方カモメの集団がどこに向かうのか見よう。以前は、夕方になればカモメは家に帰るとしか考えていなかったのです。
ただ、このあたりはカモメが少ないように思えました。陸や島から離れているからかもしれません。
それで、まずカモメを追いかけることにしました。しかし、そう簡単には見つかりません。たまにカモメの鳴き声が聞こえますが、1匹の時もあります。「あれは誰に何と言っているのだろうか」とオニロは考えました。
「ぼくと同じように誰かを探しているのかもしれない。しかし、自由に飛び回れるのはうらやましいなあ」と空を見上げました。
足元で何かごそごそします。見ると子グマです。オニロを見上げています。オニロは、子グマを見て、「そうだな。おまえが言うとおりだな。今誰かをうらやむことは自分を
貶(おとし)めることだ。そんなことをしたら誰もぼくをきょうれよくしてくれない」
オニロは毎日カモメを探しました。
そして、「あの島はなんだ!」と叫びました。遠くに奇妙な形の島が見えました。

オニロの長い夢

1-70
尖(とが)っている!まちがいなく探していた三角島だ。ようやく見つけた。まさかあんな形の島が他にもあるとは思えない。
オニロはすぐにその島に向かうことにしました。近づくにつれて、形がよく見えてきました。島全体が三角になっているようです。
しかも、下に少し木が生えているようですが、ほとんど岩が剥き出しになっています。
不気味な島ですが、そこに船を止めることにしました。
かなり大きな島です。一回りすることにしました。同時に海を見まわしましたが、雲の島どころか、陸も見えません。ただ遠くに船が見えるだけです。しかし、あまりに遠いので近づくこともできません。
「とにかく、三角島と陸の間に年中雲のかかっている島がある。そして、そこにピストスがいるはずだ。次は陸を見つけるのだ。陸にある山なら遠くからでも見えるはず」オニロは自分を励ますかのように叫びました。
しかし、三角島の頂上まで行こうとしても、どこも岩ばかりです。とりあえず岩の様子を見るために下に生えている木に船をくくりつけて島に上がりましたが、どこも登れそうにない岩が続いています。
それでも、以前上陸した島がそうであったように、登りやすい道がどこかにないか船で一回りしましたが、どうも無理のようです。
それなら、夜は大きな黒い鳥が飛ばないか、あるいは昼は近くを通る船がいないか気をつけるしかありません。
黒い鳥は暗くなってから飛ぶので、夜に船を動かすようにしました。また、交易船は同じような航路を進むはずなので、この二つが同じ方角に進むのが分かれば、雲の島の場所は分かるはずだとオニロは考えました。
早くピストスを助けたいので、ほとんど寝る暇もありません。しかし、ある日、朝方まで寝てしまったので、慌てておきました。まだ夜は明けていません。
何気なく子グマを探しましたが、いません。まさか。ぼくが寝ている間に巨大な黒い鳥にさらわらのではないかと心配になって、空や海を探しました。
三角島の岩の中程に何か動いているのが見えました。それは徐々に下に降りてきます。しかし、恐る恐るではなく、みるみる下りてくるのです。
ここに動物がいたのかと思っていると、まちがいなく一緒にいる子グマです。
オニロは、「何をしているんだ。危ないじゃないか。また鳥にさらわれたらどうするんだ」と子クマを抱きしめて叱りました。
しかし、内心、クマは子供であってもこんな岩山をどんどん上がったり下がったりできるのかと驚きました。
それにしても、どうして岩山に登ったのだろう。この岩を登っても食べものはまったくないことはすぐにわかるのに。
オニロは、お腹がすいていたのか思って、子グマに食べものを与えてから、夜が明けてきたので、いつものように空や海を調べました。
しかし、相変わらず空にはカモメが鳴いているだけですし、海は遠くで交易船が通っているだけです。商人が言っていたように、漁をする船はいません。
オニロは、三角島は分かったので、後は交易船の航路に近いところに島がないか調べたほうがいいのではないかと考えました。
しかし、島が見つからないとどうするんだと自分に聞きました。思い悩むと、「もう少しだ」と自分を奮い立たせるしかありません。
その晩、黒い鳥が飛んでいないか空を調べた後、少しうつらうつらしていると、体に何かぶつかってきました。
暗闇でそれに触ると、子グマです。「どうしたんだ。またお腹がすいたのか」と聞くと、子グマは、ぐぁーぐぁーと鳴きました。
また岩に登ってケガでもしたのかと体を触りましたが、子グマは船から出ても鳴いています。
オニロも船から降りて急いで子グマのほうに行きました。そして、何気なく空を見ました。すると、満月の光で無数の黒いものが空を飛んでいるのが見えました。
オニロは飛び上がるほど驚きました。それは雲の島に急ぐ巨大な黒い鳥にちがいありません。
「おまえも、鳥がどこに向かっているか見ておいて」と子グマに言うと、子グマは岩に登っていくのです。
オニロは、「危ないからやめろ」と叫びましたが、まるで昼間のように岩に登っていきます。そして、暗闇に姿が消えました。
オニロは慌てて元の空に目を向けました。無数の黒い鳥は月の光に照らされて飛んでいます。鳥は獲物を脚で掴んでいるかもしれませんが、遠くですのでよく分かりませんが、ピストスもこんなふうにさらわれたのかと思うといてもたってもいられません。
オニロは、急いで出航の準備をしました。子グマも戻ってきました。オニロは急いで船を出しました。

オニロの長い夢

1-71
「さあ、行くぞ。いよいよピストスを助ける時が来た」オニロは大きな声で叫びました。
子グマもその声に驚いたように体を固くして前を見ていました。
オニロは子グマを見て、「おまえはすごいことができる。まさか暗闇の中で高い崖を登れるなんて思いもよらなかったよ。
雲の島は真っ暗かもしれない。おまえの助けがどうしても必要だ」と声をかけました。
オニロは、それから注意深く前を見て船を進めていましたが、「そうだ」と叫びました。
「おまえに名前をつける。ネポスだ。雲という意味だ。ネポス。気に入ってくれたらうれしい。ピストスを助けて、3人で薬草を見つけよう」オニロはネポスに声をかけながら、さらに船を進めました。
それからも懸命に船を進めていましたが、ある時、何気なく空を見ているとはるか遠くに白いものが見えました。「山だ。雪をかぶった山だ。とうとう山が見つかったぞ」オニロは叫びました。ようやく三角島と山の間にたどりついたのです。
オニロは立ったまま白い山を見つめて、「とうとう着いたぞ。後は雲の島を見つけるだけだ」と思いました。
そして、「山が見えることは陸も近いはずだ。つまりこのあたりは貿易船だけでなく、漁をする船も出ているはずだ。その船の漁師に聞けば雲の島を教えれくれるだろう。とにかく雪山をめざして進もう」オニロはこぶしをぐっと握りました。
オニロとネポスは白い山を見ながら進みましたが、いつの間にか、雷が聞こえるようになると、黒い雲がどんどん近づいてきました。
オニロはそれを見て身構えていましたが、急に大雨が降ってきました。もう止むかと様子を見ていましたが、それから雨は同じ勢いで何日も続いて、雪山も見えず船がどこに向かっているのか分からなくなりました。
オニロは、雨が降りだしてから帆を畳んで、昔漁師からもらった専用の道具を使って、船にたまった水をかきだし続けました。何日も一睡もせずに仕事をしました。
疲労困憊してそのまま倒れるように寝てしまうこともありましたが、船が沈んでしまうと、ピストスを助けることができないという思いが常にあったので、水が顔までたまるとすぐに起きて、水掻きをしました。
数日後、つい寝てしまいましたが、目がつぶれるぐらい眩しくなって目を開けました。何と陽の光が船を包んでいたのです。ようやく晴れたと思って体を起こすとしましたが、
どうしても体が動きません。何回もマストを片手でもって体を起こそうとしましたが、腰が動かないのです。
オニロはあきらめて、まだ残っている雨水の中に横たわりました。腰に力を入れたり、水の中寝たりしたからだ。雨水は蒸発するだろうし、腰は休めたら立てるようになると
思うことにしました。
ネポスが心配そうにオニロの顔を見ていますので、「ネポス。ぼくのことは心配しなくてもいいよ。お腹がすいたら、箱にあるものを食べたらいい」と声をかけました。
翌日も快晴でした。水もほとんどなくなりましたが、オニロはまだ立つことができません。
オニロは箱に残っている食べものを少しずつ食べましたが、ネポスが食べているもの見ると、新鮮な魚のようです。どうも自分が寝ている間に海に入って魚を取っているような気がしました。
オニロは、「ネポス。無理するなよ。あいつらに見つかって、またさらわれたらたいへんだ。おまえにしてもらいたい仕事は一杯あるんだ」と声をかけました。
翌日。「クマがいる」という声が聞こえました。オニロは顔だけ上げて、そちらを見ました。眩しいのでよく見えませんでしたが、二人の男が立っていました。オニロに気づいた男が、「難破したのか」と聞いてきました。
「難破ではないです。ただ、ぼくが腰を痛めて舵を取れないので休んでいるだけです」と答えました。
「船は動くのか」
「船体はどこも傷んでいません。帆やマストも大丈夫です。起きることができたら行くつもりです」
「何隻も転覆している船を見てきた。近くに人が浮いているのも見たぞ。急に大雨になったからな。ところで、どこに向かっているのだ。クマを連れて」
「いつも雲がかかっている島です」
「いつも雲がかかっている島?いつも雲らしきものがかかっているところはあるが、その中に島があるかどうかは分からない」
もう一人の男が、そんなところに行きたいのか。このあたりでは雲の中に入ると、たちまち死んでしまうと言われている。しかも、その雲は船を見ると近づいてくるとも言われているので、なるべく近づかないようにして、漁をしているんだ」
「そこへどうして行きたいんだ?」
「一緒に航海しているシカが雲の中につれさられたので、助けるためです」
二人は、何か海の亡霊が出てきたように思ったのか、オニロに方向を教えると急いで船を出しました。

オニロの長い夢

1-72
オニロは、雲の島の方角を教えてくれた船を見送ると、すぐに船を動かしました。
雪をかぶった山を遠くに見ながら、方角をまちがえないようにしました。
数時間後遠くに雲らしきものが海の上に出ているのを見つけました。空は晴れ渡っているのに、そこだけ雨が降っているのように見えます。「どうやらあそこのようだ」オニロは胸が高まりました。
「とにかく急ごう」オニロはネポスに食べものをやりましたが、自分は何も食べずに船を動かしました。
海は穏やかで波はキラキラ輝いています。陸に近づいてきたためか、小さな船があちこちに浮かんでいます。漁をしているのでしょう。
もう聞くことはない。でも、山や雲ばかり見ていると小さな漁師の船にぶつかることがあるかもしれないから、海面も気をつけなければならないと思いました。
かなりスピードを出して進んでいると、目の端に何か動いているように感じました。
波がキラキラしているので、非常に見にくいのですが、手をかざして見ると、波の上に棒のようなものが出ていて大きく揺れているのです。よく見ると船に人が立って、棒を振っているのがわかりました。
オニロはどうしようかと思いましたが、今まで多くの人に助けてもらったので、自分も恩返しをしなくては思って、そちらに向かいました。
向こうも気づいたようで棒を下げました。オニロは、「どうかしましたか」と叫びながら近づきました。
一人の青年が棒で体を支えてオニロを見ていました。そして、「まだ子供だな。大人はどこへ行ったんだ」と聞きました。同じようなことは何回も聞かれたので、すぐに説明すると、「ここは陸にも近いからあまり危ないことはないけど、一つだけ言っておく。
今日は穏やかな海だから、それも必要ないかもしれないが、あそこに雲が湧いている場所がある。
そこには近づかないようにして、陸を目指せ。陸に上がったら、誰かに助けを求めればいい。とにかく、雲のほうには行かないことだ」と何回も繰り返しました。
オニロは、「分かりました。でも、どうして晴れた日に雲が出ているんですか」と何も知らないように聞きました。
「嵐の日に雲の中に迷い込んでそれっきりになった漁師が何人もいるんだ」
「雲の中には何があるんですか」
「いや。それはわかないんだ。おれも大人に交じって行方不明の船を捜索したが、人も船も見つからなかった。巨大な魚が住んでいて、船ごと喰われたんじゃないかとみんな言っている。だから、中に入る勇気は誰もないんだ」
「中には島があるんですか」
「それも分からないな。だから、まちがっても近づくな」と同じことを言いました。
オニロは礼を言って船を再び進めました。「雲の島は漁師に恐れられているんだ。昔あった漁師もそういうことを言っていた。とにかく、雲には毒がないことが分かって安心した。「ピストスは絶対生きている」オニロは希望が湧いてきました。
それから数時間進むと、雲の島はすぐそこです。近づくにつれて、また不安な気持ちになってきました。あたりは穏やかな海なのに、空高く雲が空高く湧いているからです。
「ピストスは必ずこの中にいる。海に落ちた誰かを助けようとして巨大な鳥に連れ去られたのだ。巨大な魚がいるとしても、ピストスは絶対生きている」と不安を打ち消しました。
「巨大な鳥が獲物を掴まえてここに入るのはまちがいないだろうが、では、どうしてここだけ雲が湧いているのか。雲が空に広がれば雨が降って、そして雲は消えるはずなのに。
しかし、ここは年中雲のままのようだ。誰かが雲を噴き出して何かを隠そうとしているのはまちがいない」オニロは、今まで聞いたこと、見たことを整理して、目の前に広がる雲を見上げました。
そして、風が吹いたので雲が少し薄くなったので、「今だ!」叫んで雲の中に入りました。
注意深く中を進みましたが、雲の中は薄暗くて冷たいのです。あたりはまったく見えませんが、ゆっくり進みました。漁師によって島があるかどうか意見が分かれますが、鳥が大きな獲物を運んできているのならば島はあるような気がします。
それなら島があると考えて前に進んだほうがいいようです。もし岩にぶつかって船が壊れたらピストスを助けられないからです。それにエポスもここから出られなくなります。
オニロは細心の注意をしながら進みました。顔に当たる空気は冷たく、そしてしーんと静まり返っています。オニロが使う櫂(かい)の音だけがしています。
ときどき船を止めてエポスを確かめました。「エポス。お腹が空いただろう。我慢してくれよ。いよいよピストスを助ける時が来たんだ」と声をかけて残りすくない食べものを与えました。
オニロは何か見えないか、何か音がしないか神経を集中しながら進んでいたので、雲の中に入って何時間たつのさえ分からなくなりました。
突然、何かが海に落ちる音がしました。続いて動物の鳴き声がしました。オニロは櫂を漕ぐのを止めて、耳をそばだてました。
オニロの長い夢

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オニロは一瞬エポスのように連れてこられた動物が落ちたと思いました。しかし、どこから鳴き声がするのか目と耳を使って探しましたが、雲が厚いのでまったく見当がつきません。
こちらかと思っても反対側から聞こえるのです。後ろかと思ってもそうではないようです。しかし、どちらにいようとも、苦しそうな鳴き声と暴れる音は続いています。船からはそう遠くではないようです。
オニロはこのままでは助けられないと思って、船に積んでいるロープの端を腰に巻いて、そっと海に下りました。まずは船のまわりを泳いで探そうと考えたのです。多分巨大な鳥も自分が運んできた動物を探しているはずだと思ったからです。
確かにバサバサという音がします。ゆっくり回っているとき、鳴き声が少し大きくなったので、今度は、ロープを伸ばして、そちらに向かいました。鳴き声はさらに大きくなりました。
いました!そう大きくはないけど、ずっしりしている。鳥はそれで落としたかもしれないな。オニロがさわるとまた暴れだしました。オニロは、「大丈夫だ!」と声をかけました。「やつらに見つからないように鳴くなよ。すぐに助けるから」
オニロは自分の腰に巻いていたロープを外して暴れる動物をくくりました。「さあ、行くぞ」と声をかけて、ロープを持って船に戻ろうとしたとき、オニロの背中に強い痛みが走りました。
「これは何だ」と思った時、体がふわっと浮くのを感じました。オニロを自分が落とした動物だと思って運ぼうとしたようです。
オニロは慌てました。このままでは自分が運ばれてしまうと思って、どんなに痛くても、体を振り払って爪から逃れようとしましたが、一瞬別の考えが浮かびました。
わざと運ばれたらピストスの居場所が分かる。そして、今溺れかけている動物も助けられる。
オニロは、すばやく腰につけているナイフでロープを切り、動物を抱えて鳥に運ばれることにしたのです。
鳥は何回か繰りかえしてようやく飛び立ちました。しかし、しばらくは低いままでしたが、慣れてきたのか、ぐんと高く上がりました。
オニロは、「ネポス。しばらく一人だけど、辛抱してくれ」雲の中を進みながらネポスに
話しかけました。
雲はべっとりと顔に貼りつきました。手で顔の水分を払いのけようとしましたが、両手で動物をかかえているので、それもできません。それで、時々動物の背中で顔を拭きました。
動物が暴れるような気配を見せると、オニロは、「暴れるなよ。海に落ちたら、二人とも助からないかもしれないからな」と声をかけました。
鳥はさらに高く上がったようです。それから、回りはじめたようです。オニロは緊張してきました。そして、高いところから掘り出されても、動物が地面に叩きつけられないようにしなければならない。
巨大な鳥はゆっくり下りていきました。オニロは、動物をきつく抱き、足に力を入れて身構えました。耳のそばでシューという大きな音がします。
やがて体が宙に放り出されたようになったので、抱いていた動物を離しました。地面に落下したとき、自分の体でつぶされないようにするためです。
オニロは頭を打たないように体を丸めて落ちました。幸い引くところから落ちたので衝撃は少なく済みました。
ただ坂になっていたので転がっていき、すぐに止まれませんでした。しばらくすると、木か何かにぶつかって止まりました。
雲が少し晴れていたので、あわてて落ちたところまで登りました。一緒に来た動物を探すためです。小さな声で呼んでみましたが、どこにもいません。
慌ててどこかに走っていったのかもしれませんので、少し探すことにしました。
また雲が少し深くなってきましたので、おーい、おーいと声をかけながら進みました。
しかし、静まったままです。その時、どこかでどすんという音がしました。

オニロの長い夢

1-74
一緒に来ているイノシシのような動物がすぐさま音に向かいました。
また鳥が落としたのかと思ったので、オニロはすぐ後を追いかけました。しかし、その後、動物の鳴き声や鳥の羽の音などはまったくしません。
ひょっとして高いとところから落としたので見つけられないだけかもしれないと思って、さらに用心して近づきました。
ようやく足に当たるものを感じました。足元を手で探ると何かが横たわっています。しかし、驚いたり泣いたりしません。どうも死んでいるようです。落ちる時に鳴いたりしてないので、あまりに怖くて死んでしまったようです。「かわいそうに」オニロは柔らかい土に穴を掘って埋めてやりました。
「どうしてこんなことをするのだろう。単に食べるためなら、こんな雲の中まで運んでくるのはおかしい。
以前見たことがあるけど、鳥は共同で子育てをする習性がある。しかし、子供のけたたましい鳴き声がしていたが、ここは静かだ。たまに連れてこられた動物の鳴き声がするだけだ。ひょっとしてどこかで子育てをしていて、食べものが必要になれば取りにくる貯蔵場所なのか。確かに雲に包まれた島なら、動物は逃げられない。
それとも、漁師が言っているように、この島には神様が住んでいてその貢ぎ物なのか。
オニロは、どんな理由であれ、ピストスやイノシシ、船で待ってくれているネポス、そして、島にいる動物をみんな助けることができないか考えました。
先ほどまで少し薄れていた雲は渦を巻きはじめて、また深くなりました。すると、何かが近づく気配がしました。
イノシシはシューというような音を立てました。オニロも身構えましたが、何かはさらに近づいてきたようです。
オニロは相手が向かってきていいように、両手を前に突きだして進んでいきました。相手はどうもすわっているようですが、かなり大きいです。ピストスと同じ仲間かもしれません。触っても逃げません。「そうか。おまえも連れてこられたのか」と声をかけました。
しばらくすると、また2匹来ました。2匹ともおとなしくすわっていますが震えています。オニロはしばらく相手にしていましたが、「よし。みんなでここから逃げよう」と立ちあがりました。
「ただし、船を持ってくるまでみんなで待っていてくれ。急いで戻ってくるから」そう言って、みんなを抱きしめました。
とにかくクマが待っているはずの船を見つけなくてはなりません。そのためには、そこまで行く船がいります。丸木舟になる倒木がないか探すことにしました。ここまで登ってくるときに、あちこちで倒れた木に躓いたことがあったので、それは何とかなると思いました。中をくりぬく時間はそうないので、少し枯れた木が理想です。もちろん丸木舟を漕(こ)ぐ櫂(かい)も必要です。それとロープになるツルもいります。
今持ってきているロープだけでは足りません。倒木を触り、櫂になる落ちていた枝を拾いながら、そして、木に巻きついたツルを切りながらゆっくり坂を下りました。
そして、外の皮は固く、中はくりぬきやすい倒木がありました。ツルも、細いがしっかりしたものを何本か見つけました。
倒木を下まですべりおとして、一晩中ナイフで中をくりぬきました。大勢の動物が集まっているのが分かると、また襲われるかもしれないので、早く逃げなければなりません。
オニロは、自分とクマが落ちた場所からまっすぐ下の海岸から行けば必ず船があるはずだと信じて、ツルの端を木にくくりつけて、丸太舟を漕ぎはじめました。

オニロの長い夢

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雲の中を進むので遠くはまったく見えませんが、ときおり雲がながれることがあるので、その時はかなり遠くまで見ることができます。
しかし、延々と何もない海ばかりが広がっているだけです。しかし、イノシシを助けた時、自分も鳥に運ばれたのですが、空を運ばれている間はそう長くなかったような気がします。つまり、方角さえ合っていれば、そんなに丸太舟を漕がずに見つけられるはずです。オニロは、そう信じて無我夢中で漕ぎました。そして、少し雲が切れた時、目の前に黒いものがありました。
船が沈没したのか心配になって急いでそちらに向かいました。しかし、黒い今だったのです。岩が海の上に飛び出しているのです。岩の上は平らになっていて人間が10人はすわれそうです。
オニロは、「これは使えるぞ!」と叫びました。何匹動物を助けることになるのか分からないので、船で何回も往復しなければなりません。そのために、この岩にまず下ろして、またすぐ島に戻ると、早くみんなを助けることができるのです。
オニロは、岩の角にツルをくくり、そして、反対側には枝をくくり、海に放ちました。これで、自分がここを通ったことが分かるからです。
「そうか。この手があったのか。他に岩かあれば、みんなを助けることができるのだ」オニロはそう思うと体に力が満ちてきました。、
もうそろそろ船がいないか注意深く雲の向こうを見ました。もし船が見つかっても、イノシシのことが気がかりです。あれだけすごいことができるけど、食べるものを見つけることはできたのかと思うと気が気ではありません。
途中、岩を2か所見つけました。どちらも最初の岩より大きいですが、先がとがっていて、そんなに動物を乗せることができません。それらの形を頭に入れて、同じようにツルをくくりつけて前に進みました。
もう半日丸太舟を漕いでいるが、別の方角に来ているのではないか心配になってきました。
丸太舟を止めてどうしようかと考えていた時、少し薄れた雲の中を黒いものが通るのを感じました。
「鳥だ!」オニロは体を低くして鳥をやりすごしました。「かなり高く飛んでいた。すると、もうすぐ雲が湧くところまで来ているはずだ。クマは雲の中に入ってすぐに海に落ちたんだった」
オニロは丸木舟を止めて、あちこち海を探しました。そして、何か海に浮いているのを見つけました。急いでそちらに向かいました。長いものが浮いています。探していた自分にまちがいありません。
ネポスはどうしているか。船にいるか。食べものを食べたのか。次から次へと不安が起ました。ようやく船の横に着き、中を見ました。庇(ひさし)がある荷物置き場に黒いものがいます。もちろんネポスです。背中をこちらに向けて横たわっています。
船から落ちたりはしていないが、生きているのかどうか分かりました。オニロは急いで船に上がりました。そして、ネポスの体を触りました。暖かく、そして、息をしています。「ああ、よかった」オニロはネポスを抱きしめました。それから、体をやさしく揺すって起こしました。
ネポスは大きく体を動かすと、首をこちらに向けました。しばらくオニロを見ていましたが、ようやく気がつき、ゆっくり立ちあがろうとしましたが、ふらついて倒れました。
「お腹が空いているんだね。ぼくが魚を釣るから、しばらく待っていてくれ」オニロは荷物置き場から釣竿を出して、釣りをはじめました。

オニロの長い夢

1-76
魚は次々と釣れました。ネポスに、「お腹いっぱい食べるんだ」と声をかけると、ネポスは脇目も振らずに食べました。その間にも魚は釣れます。
オニロは、「いくらでも食べたらいいよ。でも、これから島に向かっていく。雲の中の島にはおまえと同じように鳥にさらわれて島に運ばれた動物がたくさんいるんだ。
ぼくはみんなを助けたいんだ。そのためにはおまえの力がいる」と話しかけました。
オニロは、懸命に船を漕ぎました。しかし、途中の岩をもう一度確認したいので、来た時と同じように戻らなければなりません。遠くに見える山を横目で見ながら方向を決めて進みました。
雲の中に入りました。あいかわらず雲が湧きがっていてあたりはまったく見えません。そういう時は、海面を見てツルや枝が浮いていないか見ながら進みました。
やがて、雲が動いて遠くが見える時があります。その時遠くに何か見えました。オニロはそちらに向かいました。それは形からして3番目に見つけた岩です。ツルも残っています。「方向はまちがっていない。このまま行こう」オニロは船を漕ぎはじめました。 かなり疲れていますが、休むことなく進みました。どうしようもなくなったら、すぐに船を止めて休みました。もし意識が薄れてしまったら、どこに向かっているのか分からなくなると思ったからです。そして、2番目の岩も見つけることができました。
ときおり、海面に何か浮いています。オニロは少し近づいてみましたが、やはり鳥が運んできた動物が死んでいるのです。「かわいそうに。島に行けば何とかなったかもしれないが」オニロはそう思いながら島に向かいました。
1番目の岩も見つかりました。「後10分ぐらいで島に着くはずだ」オニロは懸命に漕ぎました。
目の前がかすかに暗くなりました。「島だ、島だ!」オニロはネポスに叫びました。そして、船がぶつからないようにゆっくり進みました。
着きました。よく見ると雲の中に動いているものがたくさんいます。オニロは急いで船を下りると、思ったとおり動物が急いで寄ってきました。
オニロは、「みんな元気だったか。順番にここから逃げよう」と動物を抱きしめました。
一緒にここに来たイノシシもいました。「大丈夫だったか。心配していたんだ」と声をかけました。
すると、一匹のシカが出てきました。そのシカを見ると、オニロは、「ピストスじゃないか」と叫んで、ピストスをきつく抱きしめました。「よかった。必ず生きていると信じてあちこち探していたんだ。おまえがいないとノソスグラティを見つけることができないよ」
するとピストスはどこかへ行くとすぐに戻ってきて、口にくわえたものをオニロのほうへ出しました。
「これはなんだ」ニロは乾いてしまった長い草の束を見ていましたが、突然、「えっ、ノソスグラティか」と叫びました。
すぐに生えている場所に行きたかったのですが、まはず動物を助けなくちゃと思いました。それで、ピストスにノソスグラティを元の場所に隠してもらって、動物を運ぶ準備に取りかかりました。
船には4,5頭しか乗せられませんから、3、4回は往復する必要があります。しかも、まず最初の動物を3番目の岩に、次に2番目の岩、最後は1番目の岩に下ろします。
最後の集団を、あらかじめ決めている陸の端にある林のある場所に連れて行くのです。
相当の日数がかかるのは覚悟しています。しかし、ピストスたちが手助けしてくれるから、うまくいくはずだとオニロは考えました。
まず、最初に下ろす一番目の岩には一緒に来たイノシシが、2番目の岩にはネポスが、
3番目の岩にはピストスが付き添います。
ただし、ピストスは島に最後までいて、後から来る動物がいないか待つことにしました。
オニロは三つの岩に動物を下ろすと、また島に戻って最後の集団を乗せて陸に向かいました。もちろんピストスも乗っていますが、3番目の島で下りることにしました。
こういう作戦で進めることに決めましたが、ただ雲の外に出ると、昼間なら漁師に見つかるかもしれないので、漁師の船がいなくなった頃に陸に向かうことにしました。
予定どおりに進めようとしましたが、やはり疲れたので速度が遅くなってしまいました。
早く陸の林に連れて行こうとして、雲の外に出て進んでいる時、一艘の漁船に出会いました。
若い漁師は、「おまえは雲の島のことを聞いてきた子供だな。どうしてこんなに動物を乗せているんだ」と聞いてきました。

オニロの長い夢

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夕焼けがはじまった頃でしたので、いつもなら漁師は漁を終え港に向かうはずでしたので、オニロは驚きました。
しかし、その声は聞いたことがあります。雲の島について話してくれた若い漁師です。
オニロは急いでいましたが、あれから何が起きたか話したい気持ちもありました。
「ぼくが助けだした動物です。まだ残っています」
「どこから助けだしたんだ」
「雲の中の島です」
「おまえ、あそこに入ったのか!」漁師は驚いて聞きました。
「はい。一緒に旅をしていたシカが行方不明になったので探していたんです。それで、あの島にいるのではないかと考えて思い切って入りました」
「シカは見つかったのか」
「見つかりました。そして、他の動物もたくさんいました」
「でも、そこに住んでいる動物ではないのか」
「それも考えましたが、仲間のシカが動物にこの島に連れてこられたかどうか確認しました。それで、みんなで逃げることにしました」
「分かった。今からどこへ逃げるのだ」
「まだ2,3回往復をしなければならないので、陸の端にかなり木があるので、まずそこに連れて行こうと思います。大きな鳥に見つかるとまた連れ戻されるかもしれないからです」
漁師はすぐには事情が分かりませんでしたが、「分かった。あそこは漁師が魚の接近などを見る場所だが、親父が漁師の親方をしているので、漁師にしばらくあそこに行かないように言ってもらう。でも、ずっとというわけにはかない」
「ありがとうございます」
「一番端ではなく、少し右に行ったところに漁師が登る道がある。そこから登ったらいい」
オニロは何度もお礼を言って急ぎました。日はだんだん暮れていきますが、幸い星空なので闇の向こうに陸が浮かんで見えます。
動物は今どうなっているか分かっているようで静かにしています。ネポスが落ちつかせてくれているからです。
ようやく陸の端に着き、若い漁師が教えてくれた道を見つけました。これで、一番目の岩にいた5頭を助けました。オニロはしばらく待っているように話しました。
すぐにネポスと共に船に戻り、2番目の岩に向かいました。
途中、3番目の岩にネポスを下ろしました。3番目の岩には連れてこられた5頭の動物だけでしたが、自分たちだけでも暴れたりしないものを選びました。確かにおとなしく待っていました。オニロは、「もう少し待っていてくれ」と言って、1番目の岩に向かいました。1番目の岩にはイノシシがいてくれたので、ここも何事もありませんでした。
すぐに5頭とイノシシを乗せて陸に向かいました。オニロはかなり疲れていましたが、ここで弱音を吐くと、すべて台無しになると自分を奮い立たせました。
3番目の岩の動物を運んだ時は夜が明ける頃でした。ネポスとイノシシが陸のいる動物を見てくれていると思うと少し元気が出ました。「ピストス、終わったぞ。今からそっちに行くから」オニロは大きな声で叫んで船を進めました。
ようやく島に着くと、ピストスと2頭の動物があらわれました。どちらもシカです。
ピストスは口に何かくわえています。ノソスグラティです。ピストスはおぼえていてくれたのです。
オニロは一瞬探しに行こうと思いましたが、今はそういうわけには行かないと思いました。若い漁師との約束があるから、みんなを早く別の場所に連れて行かなければならないのです。
ピストスと2頭のシカを乗せて陸に向かいました。すでに漁師の船があちこちに出ているかもしれないが、とにかく急ごうと思いました。
ようやくピストスたちも陸に連れていくことができました。それからオニロは休息を取りました。
少し眠ると、誰かの声が聞こえました。目を開けると、目の前に若い漁師が立っていました。

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