オニロの長い夢

      2021/08/15

オニロの長い夢
(1)
遠くで何か聞こえる。鳥が鳴いているのか風が吹いているのか分からない。
それにその音は夢の中で聞こえているのか、現実なのかも分からない。
音はだんだん近づいてくるような気がする。人間が泣いているようにも聞こえる。
すると、目が覚めているのか。そして、その音は隣のルーカスじいさんが何か言っているのか、
ルーカスじいさんは昔からぼくをかわいがってくれていたのに、今はぼくのことを忘れて毎日泣いてばかりいる。
夕べも大きな声で泣きながら村を歩いていた。村にはそんな人が何十人もいる。そうしない人は家に閉じこもって泣いている。窓から泣き声が聞こえる。
ルーカスじいさんたちがいくら大きな声で泣きながら通りをあるいていても誰も文句を言わない。ひょっとして窓から見ようともしないかも知れない。ほんとは自分もそうしたいのかもしれない。ぼくもそうだ。何度大きな声で泣きたいと思ったことか。
部屋はまだ薄暗いが朝は近いようだ。すると、ルーカスじいさんは一晩中泣きながら歩きまわっていたのか。
その時、「おい。坊主、起きないか」という声が聞こえた。
「坊主」と言っている。この前行った教会の様子が浮んだ。祭壇の前の椅子は全部取り払われていて何百という棺が置かれていた。そのまわりには大勢の人がいて、みんな泣いたり怒鳴ったりしていた。
同じ服装をした子供がたくさんいて、大勢の人の間を走り回っていた。
そして、司祭や補祭(ほさい)から何か言われていた。教会の仕事をしているのかもしれない。
「坊主。早くしないか」中年の男がその子供たちに激しく怒っていた。
しかし、ぼくは教会の子供じゃないから、坊主じゃない。すると、ぼくはまだ寝ていて、夢を見ているのか。
「おい。坊主」まだ声が聞こえる。ぼくは、夢の中で、「誰かとまちがっているぞ。ぼくは坊主じゃない。オニロだ」と叫んだ。
「ふふふふ。なかなか威勢がいいな。しかし、目のまわりには涙の跡が残っておる。さては夕べも泣きながら寝たな」と言う声が聞こえた。
オニロはびっくりして首を起こした。しかし、ベッドのまわりには誰もいない。「やはり夢か」もう一度毛布に潜り込もうとした。
「おい。また寝るのか」その声はだんだん苛立ってきたようだ。
オニロは、夢を見ているのか起きているのか分からなくなった。それで、「どこにいる」と叫んだ。
すぐさま「ここだ」という答えが来た。なにげなく上を見ると、白いひげを伸ばした老人が天井からオニロを見ていた。
慌てて跳び起きて、ベッドから飛びだし、「誰だ!」と叫んだ。
「まあ。落ち着いてわしの話を聞け」天井の老人が言った。
それには返事をしないで、「これは夢にちがいない。天井に顔があるなんてことはない」と思った。
それで、またベッドに入ろうとした時、「おまえは両親を奇怪な病気で失くした。
二人は、突然胸をかきむしって倒れた。おまえのおばあさんが介抱したが、二日ともたなかった。
これはおまえの両親だけでなく、村の八割の人間が死んだ。そして、その病気は山を越え、海を越えどんどん広がっている。
その有様を見て、『神が世直しのために我らを殺してしているのだ』という声がある。おまえもそれを聞いたことがあるじゃろ」
オニロは、じっと天井を見上げていた。

オニロの長い夢
第1章2
「神はそんなことはしない。神が作った自然の中で、人間は家庭を作り、子供の成長を楽しみに、毎日汗水を垂らして働いている。やがてそれが実るときが来る。それが人生だ。
神もそれを見るのが楽しみしている。それなのに、どうして人間の命を途中で取り上げるのだ」
オニロは、天井に映る老人の話を聞きながら、畑で両親が働いている姿を思いだしました。そして、「それなら、誰がこんなことをしたんだ」と独り言のように言いました。
「神ではない。しかし、神も今回のことで苦しんでいる。それで、八方手を尽くされて、ようやくこの野草がいいのではないかと思われた」
「分かったのか」
「確証が持てないが、今までの例から効くはずだと」
「神ならどうして分からないのだ」
「神と言えども万能ではない。分からないことが山ほどある」
オニロは、すべて神は知っていると教えられてきたのに、このおじいさんは何を言っているのかと天井を見上げました。そして、「それなら、その野草はどこにあるのか」と聞きました。
「ここから何年もかかる場所にある。ひょっとすると何十年もかかるかかもしれない」
「神ならすぐ持って来られるのに」
「神のお考えだ。先ほど言ったように神は全能ではない。それで、人間の形を作っても中身は人間に任されているのだ。中身は自由に作ればいいのだ。
人間同士殺しあってもいいし、助けあってもいい。おまえはどうする」
「もちろん助けたい」
「おまえがそう言うと思っていた。それでは野草を取りにいくか」
「でも、パパとママは死んでしまった」
「そうじゃな。おまえにはもう助ける人間はいないから、助けるなんてことは考えなくてもいいわけだ」
「そんなことはない。おばあちゃんがいるし、ルーカスじいさんや村の人もいる」
「そうか。助けたい人はいるんだな。それなら、今から野草を取りにいくか」
オニロは、待てよと思いました。天井から覗いているおじいさんといい、村に流行っている病気に効く野草があるといい、神は全能ではないといい、にわかに信じられないことばかりだ。
そうか!これは夢だ。夢なら誰が何をしても何を言っても仕方がない。
昔、好きだったカリスをいじめた夢を見たことがある。どうしてそんな夢を見たのか分からないが、翌日「遊ぼう」と誘われても、自分を許すことができなくて、断ったことがある。
「どうするんだ。早く返事をしろ」老人の声が聞こえる。
「行きます」オニロは慌てて言った。そして、おばあちゃんに声をかけなくはと思ったが、夢なのだからそんなことをする必要はないと思いかえした。
「よし。すぐに家を出ろ。おばあさんにはわしから言っておくから」
「どっちに行けばいいのか」夢の中でそんなことを聞くやつはいないがと思いながら聞いた。
「遠くに万年雪の山がある。そこをめざすのじゃ。山にいる誰かに白い大蛇がいる場所を聞け。大蛇がそこからの方向を教えてくれるはずだ。そこから山や海を越していくんだ」
「海?」
「そうか。おまえは海を見たことがなかったんだな。まあ言ってみれば池の何億倍の広さがある。船という乗りもので海を進む」
夢なら躊躇する必要はない。オニロはベッドから出て玄関を開けた。

オニロの長い夢
第1章3
玄関を開けるとき、おばあさんに挨拶しようと思ったが、どうせすぐに帰るのだからと思いなおした。もうすぐ夜が明けると夢は覚めるのだ。
家を出たのは久しぶりだった。近所で多くの人でばたばた倒れていることを聞いて、パパは、「外に出るな」と怖い顔で言った。「これは悪魔が病気をまき散らしているのだ。悪魔がどこかに行くまで家でじっとしておかなくてはならない」
それで、家族4人は、家にあるものを食べて家にいたのだ。
しかし、病気はなかなか収まらなくて、むしろひどくなっているようだった。外から叫び声や鳴き声が聞こえるようになった。窓からそっと見ると、恐ろしい風景が繰りひろげられていた。
近所の大人が夢遊病者のようにふらふら歩いていた。中には目を吊り上げたり胸を掻きむしったりしていた。みんな家族の誰かをなくしているのだ。
窓を開けて声をかけたり、家に招いたりすることもできず、ただ見るだけだった。
しばらくすると、ずっと家にいたパパとママの様子が変わってきた。朝になっても起きることができなくなった。
おばあさんが二人の額(ひたい)をさわってみると、ひどい高熱が出ていることが分かった。おばあさんは水で額を冷やしたり、野草から作った解熱薬を飲ませたりしたが、5日後動かなくなった。
おばあさんは布を顔に巻いて、オニロに、「じっとしているのよ」と言って外に出た。葬式のときは、村の馬車で村のはずれにある墓地に運ぶことになっていたので役場に行ったのだ。
1時間ほどして帰ってきて、「毎日10人近くの人が死んでいるようよ。墓掘人が朝から晩まで墓穴を掘っているけど、いくら掘っても足らないぐらいらしいの。
それで、葬式は3日後になるけど、神父様も死んでしまって、家族だけで葬式をしてほしいと言われたわ」
「おばあさん。ぼくも手伝います」オニロが言った。
「そうしてちょうだい。でも、病気を吸わないように顔を完全に隠すのよ」
葬式まで絶対にパパとママの部屋には入らないようにとおばさんは言った。
「パパとママの体から出た病気が次の人を探して空気の中をうろうろしているから」
オニロは二人のそばで祈りたかったが、それもできないので、部屋の外で祈った。
3日後の朝、村の馬車が来た。村が用意してくれた棺の中に二人の御者がパパとママを納めてくれた。
そして、馬車は急いで墓地に向った。すでに大勢の人が墓地にいた。新しい墓は無数にできていた。
御者は二つの棺をそれぞれの墓穴に入れてから、少しお祈りをしてくれたが、「今日は夕方までに20人を墓地まで運ばなければならない」と言って戻って言った。
二人でお祈りをして、1時間以上歩いて帰ってきた。そして3日後に、天井の老人があらわれたのだ。
口元を隠しているけど、久しぶりに外の空気を思いっきり吸いたいと思ったが、用心してそれも止めた。
青空で花は咲き、鳥が鳴いていた。これはいつもの光景だった。前なら大人は野良仕事をして、子供は遊んでいた。しかし、今は誰一人いなかった。
あの天井の老人は、「万年雪の山に行け」と言っていたが、そんな山はないはずだがと遠くを見ると、確かに頂(いただき)が白い山が見えた。
しかし、「そこまで行くのには何日もかかるかもしれない」と思ったが、「夢ならそんな心配はいらない」と思って歩きだした。

オニロの長い夢
1―4
オニロは、おばあさんに声をかけたほうががよかったかなと気になったが、どうせこれは夢なので、いつものように「オニロや。早く起きなさい。朝寝坊していると、パパとママに笑われるよ」と起こすだろうと思った。
それなら、早く行って早く帰ってこようと思ってどんどん歩きつづけた。
空は晴れわたり、少し冷たい空気は心地よい。道端には見たことのないような花が咲き乱れ、楽しそうな鳥の鳴き声があちこちから聞こえてくる。
そうだ。いつもなら、遠くに見える畑には大勢の人が野良仕事をしているし、子供たちは、犬や山羊を追いかけて遊んでいる。
しかし、今は人はどこにもいない。大勢の人が死んでしまったし、生き延びた人もこれからどうなるかわからないので家に閉じこもったままだ。
天井に映ったおじいさんが言ったように、どこかにある野草を持ってかえり、それで薬を作れば、この病気で死ぬことはなくなるのだ。そして、その野草を持ってかえる役目をぼくがするかどうか聞いた。
パパやママのように死んでしまった人の命は返らないけど、薬さえあれば、以前のような村になるのだ。それを断る理由がない。パパやママもこの任務を果たせばどれだけ喜ぶだろう。
まずあの雪が残っている山に行けば、そこにいる白い蛇がどこに行けばいいか教えてくれるのだ。オニロは意気込んで歩きつづけました。
しかし、いつまで歩いても雪の山は近づいてきません。早く着かないと寝坊してしまう。オニロは焦りました。
それから何も考えないで無我夢中で歩きました。すると、目の前に頂(いただき)に雪を被った山があらわれました。しかし、山裾はなだらかですが、かなりありそうです。
「とにかくここを進めば、白いヘビに会えるはずだ」オニロは自分にそう言って、進みました。
しかし、いつまでも山そのものにたどりつけません。そう思っていると、ようやく急な坂道になってきました。無数の大きな木が生えています。
「山に着いたぞ。ここを登っていけば、白いヘビが出てくるのだ」オニロは元気を取りもどして登りはじめました。
すると、木と木の間に閃光が走りました。眼を開けていられないような光です。それがしばらく続いたかと思うと、ゴロゴロと雷の音が聞こえてきました。すぐに雷は耳をつんざくような音になりました。まるで巨大な岩が転がり落ちてくるかのような音です。
目の前に広がる森のあちこちでバーンというものすごい音がします。オニロは、思わず近くの木につかまりました。雷が落ちたのです。焦げ臭いにおいがします。炎も見えます。
突然雨が降りだしました。すぐに叩きつけるような音がします。前からその雨が川のように流れてきます。オニロは大きな木を選んで、その陰に隠れて待つしかありません。
「夢であっても早く任務を終えて帰りたいのに、これではどうしようもない。
今日無理なら明日の夢で野草を見つけてもいいかな」と都合のいいことを考えました。
すると、雨が止み、雷も聞こえてきません。「『山の天気はよく変わる』とパパが言っていたとおりだ」とオニロは上を見上げましたが、木の葉に溜まっていた雨がシャワーのように顔に降ってきました。
「このまま帰るわけにはいかない。夢の中ぐらいはちゃんとしなくは」と気を取りもどして、滑りやすくなった山道を登りはじめました。
しばらく行くと、木の上から、キィー、キィーという声が聞こえてきました。 
そして、数が増えて近づいてきました。「サルか」オニロは立ちどまって見上げました。少し心細くなっていましたので、人間ではなくとも、生きものというだけでほっとするのです。
サルはさらに近づき、オニロのすぐそばまで来ました。何十匹もいるようです。
一匹が、手を挙げて、「ついてこい」というような身振りをしました。

オニロの長い夢
1―5
オニロは、「白いヘビに会わせてくれるのだな。ぼくは今から村中の、いや、世界中の人の期待を担って、恐ろしい病気の特効薬の原料になる野草を取りに行くのだ」と考えて急ぎ足でサルの後を追った。
「そうだ。天井のおじいさんの話では、ぼくは神から選ばれた人間の一人だった。何人の候補者がいたか知らないか、大人を押しのけてぼくが選ばれたのだ。白ヘビもそのことを知っているにちがいない。道を教えてもらったらすぐに海とやらを船で乗りだそう」
そんなことを考えていると、サルの一団はどんどん進む。ついていくのがやっとだが弱音を吐くわけにはいかない。
しばらく行くと、サルは大きく飛び上がって今まで以上に早く進む。オニロは取り残されてはいけないと体に力を入れて走る。
すると、体が浮いたかと思うとそのまま足が地に着かない。そのまま体を反転させて落ちていくとき意識を失った。
身体が寒い。ぶるぶると震えながら目を覚ました。しかも、身体のあちこちが痛い。
何が起きたのかと見回した。水たまりの中に寝ている。上を見ると、木の間から青空が見える。「そうか。サルの後をついているときこの穴に落ちたのか」オニロはようやく状況がわかった。
「よく助かったものだ。しかし、ぼくを案内してくれていたサルたちはどうしたんだろう?ぼくがいないことに気づいたたら、すぐに助けようとするはずだ。なにしろぼくは白ヘビのお客様だから」そう思って、穴の上を見ました。
オニロから地上までは10メートルぐらいしかありませんので、誰かいたらすぐにわかります。
しかし、誰かが顔をのぞかせた騒いだりしていません。時々壁から水が落ちる音がするだけです。
オニロは立ち上がっていますが、足は水につかったままなので、身体はさらに冷たくなってきました。
幸い穴の壁はところどころ大きな石が出ていますので、それに手や足を乗せていけば上に上が上がることができないか考えました。
すぐに手で石をつかみ、足を置きました。足は冷えきっていますので少し感覚が鈍いのですが、手で石を固く握っていれば何とか上がれそうです。
かなり上に行ったと思ったのですが上を見ればかなりの高さが残っています。
そして、水が染み出しているので、手が滑ります。とうとう落ちてしまいました。
幸い頭から落ちずにすみましたが、水の底にある固いものに足を取られて転んでしまいました。「こんなことが何回もあるかもしれない。落ちそうな場所にある石を片付けておこう」と思って水の中を探りました。
かなり大きな石のようです。それを持ちあげたとたん、オニロはそれを放り出しました。それは大きな石ではなく、頭蓋骨だったのです。
足で探ると、直径3メートルぐらいの穴に10個以上の頭蓋骨があるようです。
「何が起きているんだろう」と思いましたが、すべての頭蓋骨を1ヶ所にまとめました。
改めて上を見ましたが、壁にある石はすべて濡れているようです。
「今の方法で穴から出られるのはまちがいない。青空が出ているので、しばらく待てば乾くはずだ」そうは思っても時間はなかなか進みません。
「しかし、サルは白ヘビから怒られたりしていないのか。それなら、サルと白ヘビとは関係がないのか。
そして、不思議なことがある。頭蓋骨はあるけど、あばら骨などはない。ここは儀式で頭を捨てる場所なのか。それにしても、サルが人間を食べるとなど聞いたことない」謎は次から次へと浮かんできます。「最初にこの山に行けと言った天井のじいさんは何者だ。ひょっとして・・・」

オニロの長い夢
1―6
その時、上でバサッという音がしました。見上げると何か落ちてきました。
しかし、下まで落ちてこず、途中で止まりました。ちょうど穴の半分の高さです。どうも紐のようなものですが、枝のようなものが無数にあり、葉っぱもついています。
木に巻きついているツルにちがいありません。あれに掴まれば難なく上に上がれます。しかし、いくら待ってもそれ以上下に下りてきません。
サルか誰かがぼくを助けるためにツルを落としてくれたのではないかと様子を見ていましたが、誰も顔を出しません。それなら、自然に落ちてきたのかと思いましたが、念のため、おーい、おーいと叫びました。しーんと静まりかえったままです。
誰もいないことが分かりましたが、オニロは考えました。「これ以上下には下りてこないが、でも、ぼくが登らなければならない高さは、あのツルのおかげで半分になったのだ。これからは、5メートルの壁を登れば助かるのだ。
ただ、石は濡れている。石さえ乾けばここを出られる」すると希望が湧いてきました。
しかし、まだ水は壁から沁みだしています。それが下の石を塗らすのです。
オニロは、たとえ濡れていても、大きな石を探しました。
突然、日差しが穴の底まで届きました。「これはすごい!すぐに石が乾くぞ」
オニロは大きな声で叫びました。しかし、5分もすると、日差しは徐々に陰ってきました。そして、光はなくなりました。
石は少しは乾いたように見えますが、ツルの反対側の石だけです。それに、ツルのほうの壁はかなり水が沁みだしていますし、そこの石は足の置きにくい小さなものがほとんどです。
それでも、オニロはあきらめずに石や壁の様子を見ていましたが、「よし!」と声を出しました。
ツルと反対側の壁から出ている石は比較的大きく、そして乾きつつあるように見えたので、そこを5メートルぐらい上がり、反対側の壁にあるツルに飛び移ることにしたのです。穴の直径は3メートルぐらいありますが、「飛び移るときに壁を思いっきり蹴れば大丈夫だ」と計画を立てました。
オニロは石の様子を見ながら、自分の気持ちが高まるのを待ちました。
そして、大きく呼吸をしてから壁を登りはじめました。どの石に足を置き、その時、どの石を掴むかを頭に入れていたので、かなり早く5メートルの高さに到達しました。それから、顔をツルのほうに向けて、どこを掴むかを決めました。
そして、ものすごい勢いで後ろを向くやいなや、ツルに向って飛びました。
ツルを掴まえたように見えましたが、そのまま下に落ちてしまいました。
オニロは落ちた拍子に尻をつきましたが、すぐに立ち上がりました。どうして落ちたのか合点がいきませんでしたが、どうもツルが湿っていて手が滑ったようです。手のひらにはかなり擦り傷があり、血が出ていました。
「ツルがあれほど滑るとは気がつかなかった」オニロは反省しました。
「それなら、ツルの枝が出ているところを掴んだらいいのだ」すぐに壁を登ろうとしましたが、今落ちたときに足を痛めたようで、足に力が入りません。
焦る気持ちもありましたが、「大丈夫。大丈夫。しばらく待てば、石も壁もツルも乾く」と気持ちを落ち着かせました。
ようやく大きく息をすると、壁を見上げました。足はまだ痛いけど、ゆっくり登れば失敗しない。オニロは自分にそう言い聞かせて登りました。
5メートルぐらい登ると、後ろを何回も確認して、ツルを何回も見て掴む場所を決めました。
それから、どの石に足を置くかも決め、息を大きく吸い込み、身体をぐっと縮めると、サルのように飛びだしました。
決めていたツルの場所を掴むと、急いで穴の上に出ました。しかし、歩くことができず大の字になってしまいました。

オニロの長い夢
1―7
しばらく意識を失っていましたが、ときおり風が枝を揺らすと、雨粒が一斉に落ちました。それがオニロの体にかかるのです。
すると、無意識に体を動かしますが起きません。それが何回か続くとようやく目を開けました。
しかし、頭はまだ寝ているようで、無数の木が空に伸びているのが見えているだけで、「ここはどこだ」さえ考えていないようです。
しばらくして、少し頭を動かしました。ようやく頭も起きたようです。
確か天井に白いひげのおじいさんが出てきて、疫病を鎮める薬の原料となる野草を取りにいくように言ったことは覚えています。
「雲のかかった山に行けば、白いヘビがその場所を教えてくれるが、まずサルがその白いヘビがいるところに案内してくれる」ということだったと思いだしました。
「ところが、サルの後を追っていると、大きな穴に落ちた。水がたまった穴の底には、何十という頭蓋骨が転がっていた。
恐怖と絶望で、「もう助からない」とあきらめたが、穴の壁にもたれ、水のたまった底にすわって空を見上げていると、空があまりにも青いので、『何とかここを出たい』と思うようになった。
あのとき、ツルが垂れ下がらなかったら、あの頭蓋骨のようになっていたのはまちがいない。
ツルは風で外れて落ちたのだろうが、『早く野草を探しにいけ』と天井のおじいさんか誰かの思いが伝わったのだ」オニロは今までのことがそこまで頭に浮かぶと起き上がることにしました。
まだあちこちが痛みますが、歩きはじめました。すると、木の上から、キィッ、
キィッと鳴き声が聞こえてきました。見上げると、黒い影が枝を揺らして枝から枝へ渡っています。
「サルだ。ぼくが穴に落ちるのを見ていたやつらか。助けてくれなかったが、ぼくが穴に落ちたことは白ヘビに報告してくれただろうな」と思いました。
しかし、今度は前のように山道に降りて先導する気はないようで、ずっと木の上からオニロを見ているようです。
落ちていた枝を杖代わりにして獣道を登っていると、黒い影が見えました。オニロが近づくと、さっと草むらに隠れました。
2,3匹いるようですが、サルよりかなり大きいようです。「こっちに向ってこなければ心配ない」と考えて、そのまま通りこそうとしましたが、けもの道に小さなものが横になっているのに気づきました。さっき隠れたものより小さいものです。
オニロが近づいても逃げようとしないので、休憩がてら足を止めました。
シカでした。よく見るとぶるぶる震えています。右の後ろ足から血が出ています。
放っておけないので、長い草を引き抜いて止血をしようと後ろ足を持ちあげるとだらんとしています。
「骨折しているのか」と言うと、また草むらで何か動く音がしました。どうも一匹ではなさそうです。
「わかったぞ。このシカを獲物にしようとしているのだ」オニロは杖にしている枝を刀のようにして音がした方に向かっていき杖を無我夢中で振りまわしました。
どうも3匹いるようですが、それぞれ別の方向に逃げましたが、かなり遠くまで追いかけました。
そうしたのは二度と子供のシカに近づかないようにするためです。自分は急いでいるので、ずっとここにいるわけにはいかない。そのうち、親なり、兄弟なりが見つけてくれるだろうし、歩けるようになれば無事に帰ることができると考えたのです。
子供のシカの元に戻り、足を見ると、出血は少なくなっている気がします。もう一度止血をして、「しばらく我慢するのだよ。ぼくがおまえの家族と会えば、おまえがどこにいるから教えるから」と声をかけました。安心したのか震えもほとんど止まっています。
やることは全部やったという思いでそこを離れました。30分ぐらいけもの道を登りました。
「もう少しで白ヘビに会えるだろう」と自分を励ましながら進みましたが、あの子供のシカのことが頭に浮かびました。
「大丈夫だろうな」と心配になりましたが、「あいつらを蹴散らしておいたから、もう二度と襲うことはないはずだ」と打ち消しました。
その問答を頭の中で何回も繰り返すようになると、「よし」と声に出して、オニロは元来た道を戻りました。

オニロの長い夢
1―8
ようやく息を切らしながら戻ってみると、なにか大きく黒いものがいます。
それも2頭です。「クマか!クマがいる。遅かったか」と思いましたが、「こら!」と叫びながら、杖を振り回して大きなほうのクマに襲いいかかりました。
不意をつかれたクマは驚いてものすごい勢いで草むらに逃げ込みました。小さなほうもついていきました。
それから、オニロは子供のシカが倒れていないかあたりを見回しました。
しかし、どこにもいません。「逃げたとき口にくわえていったのか」と思いましたが、子供でもかなり大きいので、それなら分かるはずだと思いなおして、念のため草むらを探しましたが見つけることはできません。
「すでにどこかにもっていっているのなら、どうしてまた帰ってきたのだろう」と考えましたが、どうにも腑に落ちません。
どうしたものかと思案していると、ごそごそという音がします。さっきクマがいた大きな木の根元に大きな洞(ほら)があってそこから聞こえてきます。
オニロが見ていると、洞から細い足が2本出てきました。それから、身体が見えて、子供のシカがあらわれました。
そうか。クマが来ると、とっさに洞に隠れたのだ。どれくらい耐えたか分かりませんが、怖かったはずです。
オニロは、「生きていたか!」とシカに抱きつきました。「ごめんよ。足が折れているのに、よくがんばったな」とシカを慰めました。
それから、シカはオニロの横に横たわりましたが、怖かったのと助かったのとで、身体はぶるぶる震えています。
「ぼくが最初に見つけたときにはすでにクマなどに狙われていたのだから、また同じことがあるかもしれないのは分かったはずだ。それなのに、ぼくは『気をつけろ』などと安易なことを言って、自分の都合を優先させてしまった。もっとすべきことがあった」とオニロは反省しました。
そして、目をじっと閉じているシカを見ながら、「すべきこと」を考えはじめました。
しばらくして、「よし。まずおまえを家族の元に返すことを最初にする」と決めました。
「とにかく足の骨折が治るまではここにいよう」と思いましたが、目を閉じていたシカが、急に目を開けるとゆっくり立ち上がりました。
「どうしたんだ。おまえはけがをしている。治るまでここにいろ。もちろんぼくもいるから」と声をかけましたが、シカはかまわず歩きだそうとしました。
「無理だ。山道は急な坂になっている。そんなことをしたら、他の足までやられてしまうぞ」と言いましたが、シカは止まろうとしません。
オニロは、仕方がないのでシカについていくことにしました。くぼみや太い枝が落ちているところではちょっと止まって様子を見ながらそこを越しますが、後は懸命に歩きつづけます。オニロが引き返した場所を過ぎても休もうとしません。
日が暮れてきましたので、あたりが見えている間に、もしもの時に逃げられる場所で一晩を過ごすことにしました。
しかし、洞のある木は見つかりません。それなら、ぼくが一晩中寝ないでシカを守ってやればいいのだと思って、さらにあたりを見ると、道から少し離れた場所に巨大な岩がありました。そこに行ってみると、岩はうまい具合に下が細く上が太くなっています。これならクマでも登ることはできそうにありません。
それに、上が平らになっているので、シカと一緒でも横になることができそうです。さらにいいことに岩の上には大きな木の枝がかかっています。これなら、雨が降ってもかなりしのげそうです。
「今晩はここで休もう」と言いましたが、ただこのままではシカは上に上がることはできないので、オニロが馬のように体を曲げてシカを自分の背中に乗せると、シカは何とか岩のてっぺんにたどりつきました。
今度は自分の番です。自分は岩の根元でもいと思いましたが、どうもがさがさという音が聞こえるようになりました。
もし自分が襲われると、シカも家族と会えないし、自分も天井のおじいさんに言われた使命も果たすことができないと思うと、やはり岩のてっぺんに行かなければならないと思いました。
かなり暗くなってきました。急がなければと思いながら、ずっと見回していると、あることが浮びました。

オニロの長い夢
1―9
岩の上に大きな木の枝がかかっています。しかし、かなり高い所です。10メートル近くあります。
あそこから岩の上に飛び降りることはできそうにない。もし失敗して、頭から岩に落ちたら一巻の終わりだ。
深い穴に落ちたとき、なぜか穴に垂れ下がったツルを使って穴から出られたことを思いだしたのです。今度はツルを使って下に降りる。「よし」オニロは急いでツルを探しました。どんどん暗くなっていきますので、急いであちこちの木を見てまわりました。
ようやく木にに巻きついているツルを見つけました。かなり太くてぶらさがっても切れることはなさそうです。
まずそのツルに足をかけて登っていきました。それから、ナイフ代わりの石をもつていましたので、それを使ってツルを切りことにしました。時間がかかりましたが、何とか切ることができました。そして、降りていきました。気に強く巻きついているので、ツルが外れることはありませんでした。
もう見えないぐらい暗くなっていましたが、力を入れてツルを木からはずしていきました。
これもすんだので、急いで岩のところに戻りました。そして、「もうすぐそこに行くから待っていろよ」と下からシカに声をかけました。
それから、作戦を練っていたとおり、枝が岩の上にかかっている木の横にある細い木に行きました。
枝が岩の上にかかっている木は太すぎて登れないのです。細い木は下から枝が出ていますので、そこを伝って上に行くことにしたのです。突然、あたりが明るくなって来ました。空を見ると、満月が出ていました。「こりゃ、すごいぞ」オニロは足をかける枝を頭に入れていましたので、どんどん登っていきました。それから、その木の枝と大木の枝とが重なっているところまで行き、大木の枝に移りました。
そして、大木の枝にツルをかけて投げてかけてから、そこに行きました。もう一度同じことをして、もう一つ上の枝に行きました。
この枝を先に向って行くと岩の上に行きます。下に岩が見えます。しかもこちらを見上げているようです。
「待っていろよ」オニロは腰に巻いていたツルをほどいて枝にかけました。そして、ツルにつかまって少しずつ下りていきました。下を見るとシカはすぐ下にいます。
オニロは手を放して岩に飛び降りました。「来たよ」オニロは子供のシカを抱きしめました。真っ暗です。雲が月を隠したようです。オニロはシカが落ちないように抱いたまま寝ました。
それが夢かどうかわかりませんが、「おばあさん。今日も何とかシカを守ることができました」と言っています。でも、おばあさんは何も答えてくれません。
それなら、今起きていることは夢でないのか。ここに来たのは天井に白いひげのおじいさんが出てきたからだ。絶対それはまちがいないはずだ。そんなことは夢でしか起きないことだ。
オニロは訳が分からなくなったことは覚えています。それで、これが夢でも、夢でなくてもかまわない。村の人のほとんどを殺した疫病の薬を作る薬草なんてどうも夢に出てきそうな話だ。そんなことは医者の仕事だ。
しかし、シカは夢の中にいるのか。オニロはシカの体を抱きしめました。

オニロの長い夢
1―10
ずっしりと重くて、しかも温かいものを感じました。オニロはずっと子供のシカの体を抱いていました。
「確かにおまえは夢でなく現実にいる。夢の中なら相手が生きていると感じることはないもんな。夢に出てくるものは薄っぺらくて、すぐに消えてしまう。
現実でおまえが苦しんでいるのなら、おまえが家族と会えるまでぼくは命をかけてがんばるよ」オニロはそう言うと、さらに力を込めました。
その時、顔に何かが降りかかりました。「また雨か」と思い、上を見たとき、何十羽という鳥が鋭い声を上げて飛んでいきました。
鳥の落としものかと手で顔をぬぐうとどろっとしたものも感じました。「何ということだ」とポケットに入れていたハンカチで顔を拭きました。
夕べは獣らしきものの唸り声は聞こえたが、襲われることはなかった。そろそろ動くときかとあたりを見回しましたが、まだ夜が明けきっていません。
もう少し明るくならないと、岩の下がどうなっているのか分からないのです。石が散らばっていれば岩から下りるときは気をつけなければならない。もし石の上に落ちたらけがをするかもしれないからです。
どのように岩から下りかは寝るときから考えていました。岩の上に下りたときのツルをもう少し長ければ、それに飛びついて枝に戻って木から下りることができたのにと後悔しました。夕べ確認しましたが、ツルはオニロの遥か上にあり、飛び上がってつかまえることはできそうにありません。今後はどんなに急いでいても、次のことを考えようと決めました。
そんなことを考えていると、ようやくあたりが見えてきました。下をのぞくと、まだ暗いですが、石らしきものはないようです。草や木なら、飛び降りことはできるかもしれないが、5メートルはありそうです。
思い切って飛び下りるか。しかし、ぼくが足を痛めて歩けなくなったとどうなるか。それに、シカは元々足の骨を折っているじゃないか。また反対の足を折れば、これ以上歩くことができなくなり、いずれ獣の餌食になるのは目に見えている。さっそく次のことを考える必要に迫られました。
いつのまにかシカが立ちあがっていました。突然飛び降りるような仕草をしたので、オニロは、「待て。待て」と体を押さえました。子供のシカは、オニロが考えていることが分かったようでした。「またけがをしたら、二度と家族と会えなくなるぞ。今考えているからもう少し待て」オニロはシカを説得しました。
「そうだ。いい考えが浮かんだ」オニロはそう言うと、ズボンが落ちないように巻いていた二重の紐を外して、端に小さな輪っかを作り、岩の頂上の端にあった出っ張りに結びつけました。「ぼくが考えていることが分かっただろう。今からこの紐を伝って下に下りる。紐が終わったところから下に落ちるよ。紐の長さとぼくの身長を引くから、そんなに高くないはずだ。
そして、ぼくが地面に着いたら、おまえに声をかけるから、ぼくに向って下りろ。その時、ぼくとおまえが地面にひっくりかえっても草だからけがはしないよ。でも、頭だけは打たないように気をつけろよ」シカはオニロの説明に納得したようでした。
オニロはリュックとズボンを下に落とし、説明したように紐をもって岩を伝って下に下りました。紐の端まで来ると、岩に片足をかけて少し戻って、紐を鞭のようにして輪っかを出っ張りから外すとそのまま下に落ちました。
用心して足を曲げていましたので、ひっくりかえりましたが、すぐに立ちがり、シカに、「ぼくに向って落ちろ」と叫びました。
シカはすぐさま飛び込んできました。ドンという音がして、二人ともひっくりかえりましたが、今度もうまくいきました。
シカはすぐ立ち上がってオニロのそばに駆け寄りました。オニロは急いでズボンを履いてから紐を固く結び、「よかったな」とシカを抱きしめました。

オニロの長い夢
1―11
木の上からサルの鳴き声がしました。仲間同士が話しているようです。
深い穴に落ちたときは、サルに嵌(はめ)られたと思っていましたが、その後、何とか穴から脱出したり、子供のシカと出会ったりした後は、サルのことは忘れていました。
「雨水がたまった穴の底には頭蓋骨が10個ほどあった。しかし、あばら骨などはなかった。首だけが投げこまれたのだろうか。
ただ今考えれば、あの頭蓋骨が人間のものかどうかはぼくには分からない。
人間のものではなかったら、仲間喧嘩で殺されたものか」そんなことを考えていたら、サルの鳴き声はすぐそばで聞こえるようになりました。
オニロとシカの近くにいます。もし襲ってきたらすぐ戦えるように、杖を持っている手に力を加えました。
サルは木の陰からこちらを見ているようですが、どうも10匹近くいるようです。どこから襲ってきてもいいように目を配っていましたが、殺気めいた雰囲気は感じられません。
すると、サルがゆっくり姿をあらわしてオニロとシカの前に集まりました。
みんな背中を見せていますので、オニロも様子を見るしかありません。
10匹のサルはゆっくり歩きはじめました。つられるようにオニロとシカも歩きだしました。ただ、サルが走りだすようなことになったら、すぐに逃げようと決めていました。
しかし、サルは走りだすようなことはなく、足を痛めているシカでも余裕をもって歩ける速さで歩いています。
歩くにつれて、サルの数は増えてきています。また、サル以外の動物もいるようです。本でしか見たことにないヤギやクマなどが木や草の陰から姿をあらわすかからです。
「ぼくらをどこかに連れていこうとしているのちがいない。ひょっとして神聖な山に紛れこんだものに対して罰を与えようとしているのだろうか」オニロはオニロの足元を歩くシカを見ました。
別に不安な様子はない。オニロは、「出会ってからずっと、『おまえを必ず家族の元に届けるよ』と言いつづけているから、足が痛いはずなのに、何一つ泣き言も言わずについてきているのだ」と思った。「もしぼくが殺されることになっても、シカのことは、この山に住んでいて、たまたま家族とはぐれただけですから助けてやってください」と頼むことに決めました。
上っていた山道はいつのまにか下りで足早で歩けるようになっています。どこへ行くのだろうと気になって時々前を見るようにしていましたが、前が少し開けていて、木と木の間が青くなっています。
「あれはなんだろう。広い畑に何かが植えられているのだろうか」と思いましたが、山道は突然左に曲がり、しかも、急坂を上りはじめました。
右を見ても、また木が密生していて何も見えなくなりました。
後ろをチラッと見るとクマやヤギだけでなく、本でも見たことのない動物が無数にいます。
それを見ると、オニロは、心で「これから、生贄(いけにえ)の儀式がはじまるのだ。そして、ぼくが生贄にされるのだ!」と叫びました。
体が震えてきました。「おばあさん。ぼくは早く起こしてください。これから、遊びに行く前には必ず家の手伝いをしますから」とおばあさんに必死で頼みました。突然、何かが腐ったにおいがしてきました。息が止まりそうです。

オニロの長い夢
1―12
しかし、先に行くサルやクマ、イノシシなどの動物は別に気にすることもなく歩いています。
オニロは今にも気を失いそうになってきました。歯を食いしばって歩きながら、横にいる子供のシカを見ると、シカも不安そうにオニロを見上げていました。自分を心配しているのだと思って、「ぼくは大丈夫だが、おまえはどうだ。何かあったら、遠慮なくぼくに言えよ」と目で言いました。
シカにも伝わったようで、安心した表情になったようでした。オニロはお互い心が通じ合ったように思いました。
その間にも動物はどんどん増えてきます。横からも道に出てくるのです。サルは、他の動物に、「少し離れろ」と注意するかのように怒鳴り声を出したが、あまりにも増えすぎるので動物たちもどうしようもありませんでした。
遠くで大きな歓声が上がりました。オニロは、「いよいよか」と思いました。
「ぼくはここで殺されて神に捧げられるのだ。でも、どうしてこんなことになったのか。夢で天井におじいさんが浮んで、『今から疫病の薬の材料になる野草を取りにいくか』と聞いたので、『行く』と答えたばっかりに、こんな夢を見ている。あの時、「行かない」と答えていれば、今頃おばあさんと昼食を食べてから、パパが買ってくれた本を読んでいる時間だろう。ほんとはすぐに外に出たいが、おばあさんが、疫病が終わるまで家の中にいろとうるさいので仕方がない。
とにかく、夢というものは、途中で選ぶことはできない。勝手にどんどん進んでいく。しかし、神様に祈ることぐらいできないものか。
オニロはそう考えて、「神様。これが夢でも、また、夢の中で神様のために生贄(いけにえ)にされると決まっていても、現実はパパとママが疫病で死んだので、ぼくにはおばあさんしかいません。どうかぼくにそんな夢を見せないでください。もうすぐおばあさんがぼくを起こしに来ると思います。気持ちよく起きたいのす」と祈りました。
しかし、動物たちは相変わらずのろのろと進んでいます。においはますますきつくなってきました。
それなら、シカを連れて逃げようかと考えましたが、道の両脇からも動物が姿をあらわすので逃げることはできません。
ようやく動きが止まりました。「ようやく着いたのか」と思っていると、前の動物が、サルの指示で次々と動きました。
前を見ると、道の先は少し高くなっているようです。そして、そのまわりには無数の動物がいます。
また、高くなっている場所の上には4,5匹のサルがいるようです。
オニロはそれを見ていると、胸がどきどきしてきました。「いよいよ夢の中で殺されるのだ」と思いまいた。
シカがオニロの体を押しました。それに気づいたオニロは、「殺される前に、『おまえは関係ない。助けてやってくれ』と必ず言うよ」と心の中で言いました。
高台にいたサルの一匹が、「ここに上るように」と手招きしました。
オニロは、すぐに上がりました。『早く』と急かされるのは嫌だったのです。磯急いで上がると、サルの間に白いヘビがいるのに気づきました。その白さはまるで絹でできているようです。「これか」オニロは少し驚いて立ち止まりました。
とぐろを巻いて、鎌首をもたげて、赤い目でじっとオニロを見ています。恐ろしい表情と息が血まりそうなにおいで逃げ出したくなりました。
しかし、逃げては弱虫のように思われます。オニロは足に力を入れて、顔をそむけずに白ヘビを見ていました。
4匹いたサルは白ヘビのまわりにすわっていました。一匹のサルが立ちあがり、オニロの前に来ました。「こちらはミーダス様とおっしゃる。世界は天と地でできている。具体的に言えば、陸と海、そして、空だ。それぞれに神がいるが、もっとも偉大な神は三つの間におられる3人の神だ。陸と海と空を行き来しなければ、我々は生きていけないからだ。 ミーダス様は陸と海の間を任されている神だ」と言いました。
オニロは上の空で聞いていました。もうすぐ生贄の儀式がはじまると思ったからです。

オニロの長い夢
1―13
自分はもうすぐ生贄にされて死んでしまうのだと思っていたオニロは何も考えられないようになっていましたが、シューシューという音は聞こえてきました。それは急な坂道を登っていたときから聞こえていた音です。それはだんだん大きくなっていました。「ああ、生贄がはじまる音だ」と思いました。
「とぐろを巻いている大きくて白いヘビが合図をすればすべて終わりだと観念しました。
オニロは目をつぶって、「おばあさん。こんな恐ろしい夢から早く助けてください」と祈りつづけました。
しかし、何も起こりません。「オニロ。いつまでも寝ていないで、早く起きなさい。パパとママに笑われますよ」というおばさんの声も、「神に捧げよ」という白ヘビの声も聞こえません。
もっとも、白ヘビの声は聞いたことがないのでわかりませんが、きっと大きな合図をするのだと思いました。
静まり帰っています。オニロは思い切って目を開けました。目に映る風景は、先ほどとは何も変わっていないようです。目の前には白ヘビがいて、こちらを見ているようです。
白ヘビの横には、オニロにも分かる言葉で白ヘビのことを説明した年老いたサルがいて、そのまわりには、別のサルやクマ、シカ、イノシシなどがすわっています。白ヘビを見ると、赤い舌がチロチロ出しています。
少し余裕が出てきましたので、耳や鼻を働かせると、シューシューという音も聞こえますし、吐き気がするほどのにおいも分かりました。
「そうか。音もにおいもヘビから出ているんだ」そんな気がしましたので、改めて白いヘビを見ました。
目は赤く、まるで教会の神父が被るミトラについている赤い宝石のようでした。
オニロは、パパとママの葬儀のときに、それを身近で見ましたが、心まで届くような鋭さがありました。
白ヘビの目もやはりオニロの心をを見ているようです。それに、白い体もときおり青や黄色に変わっています。
「こんなヘビがいるわけがない。これが夢である証拠だ」オニロは少し安心しました。
すると、シューシューという音が大きくなると、横にいたサルが、「よく来た」と言いました。白ヘビの体は黄色に変わりました。
「何が起きているのだろう」オニロは、白ヘビと年老いたサルの顔を見ました。
しかし、サルは話しつづけます。「多くの人間に声をかけたが、誰一人この山を越えることができなかった」サルはそう言ったとき、オニロは、「サルは白ヘビの言葉をぼくに伝えているのだ」と理解しました。白ヘビの体は青くなって、すぐに白に戻りました。
さらにさらに話しつづけました。「この度の疫病も、いつもの疫病と同様に人間が自ら動かないと終わりはない。
わしらは人間がいなくなっても一向に構わないが、眼下に人間が見えなくなるのは淋しいという声があったので、海と空と陸の境界を任されている3人が話しあって、人間を助けることになったわけじゃ。
しかし、人間は、親、兄弟、他の仲間のために動こうとするのだが、大きな壁が前にあると、ほとんどのものが任務をあきらめてしまう」また、白ヘビの体が青くなりました。
「これを最後にしようと、子供であるおまえに使いをやった。ただ、おまえを、命を落とした人間を葬るための穴に落としたのはわしらの過失だ。
道の真ん中にシカの子供がいたので、それを避けるために少し左によったために、おまえを穴に落としてしまった。ツルを降ろしたのは、その償いをするためであった。
ツルは短かったが、それを使っておまえは穴から出た。また、クマやイノシシからもうまく逃げることができた。おまえは、子供ではあるが、洞察力、行動力が秀でていることが分かった」白ヘビの体が黄色くなった。
「『だから、生贄にふさわしい』と言っているのか」オニロは白ヘビが何を言いたいのか分からなくなりました。
すると、サルが、「後ろを見ろ!」と叫びました。オニロが体を動かすと、そこには、途中見た広大な畑のような光景が広がっていました。ここは目をさえぎるものがありませんので、さっきに見たとき以上に見事なものでした。
しかし、それがまだ何かわかりません。
「さあ、おまえはここを進むのじゃ」サルは叫びました。

オニロの長い夢
1―14
オニロは息を飲むような風景を見とれていましたが、しばらくして、「これは何だろう。教会で見たような絵のようだ」とつぶやきました。
画面には青いものがどこまでも広がっています。その青さも同じではなく、手前は薄いが向こうに行くほど色が濃くなっていて、その青の中に白いものがあります。
空には綿雲が少し浮んでいますが、ほとんど青です。下の青と上の青の間が一本の線のようになっています。
オニロは、「あそこが下の青の端なのだろうか」と思いました。
村にある池なら、池の端には土地があり木が生えている。やはりここは広大な畑なのか。青く見えるのは畑に水がたまっていて、青空が映っているだけかもしれない。しかし、何かが植えられているようには見えない。
そして、池ならボートや筏で進むことができるが、畑ならどうして進むのだろうか。
馬に乗ってパパと一緒に猟に行くことはあったが、本格的に練習する前にパパが病気で倒れたのだ。見よう見まねで乗れても、馬はぼくには大きすぎてうまく乗りこなせない。
背後から、「この海をどこまでも行け。方角が分からなくなったら、ウッパールというものがいるからそれに聞け」という声が聞こえました。
海!これが海か。池のようだが、やはり大きさが違う。だから、船というもので進むのか。
オニロはもう一度海の向こうを見ました。あの端までどのくらいかかるのだろうか。
ここへ連れて来られたのは生贄にされるためと観念して黙っていましたが、少し様子が違ってきたようなので、相手が答えてくれなくても構わないとと決めて、「あそこまでどのくらいかかりますか」と思い切って聞きました。
サルは白いヘビに何か言っているようでした。すると、白いヘビの体は黄色くなりました。
サルが、白いヘビの代弁をしました。「あそことはどこだ」
オニロは、すぐに「あの端のことです」
「あそこが端と思うか。おもしろいやつじゃ」白ヘビの体はどんどん黄色くなり輝くようになりました。
オニロは、白ヘビの体が黄色くなれば機嫌がよく、青くなれば機嫌が悪いことにここに来た時から気がついていました。
「端は次から次へと続いているぞ」黄色が点滅しています。
オニロはどういうことか分からなくなり、その話を辞めました。すると、「海岸に2艘の船がある。どちらかを選べ」という声尾が聞こえました。
よく見ると、山の下に同じような形のものがあります。あれが船か。
「1艘は10人近く乗れる。速度はそう早くないが、嵐に強い。もう一艘は
2,3人は乗れるが、うまく風に乗れば速度は早い。ただし、操縦をまちがうと転覆する恐れがある」
オニロは、「船の操縦ができません」と聞きたかったのですが、もう何かを聞く雰囲気ではありませんでした。白ヘビの色は教会の神父がつけている真珠の首飾りのように純白に輝いていました。
「小さいほうの船で行きます」オニロはすぐに答えました。
「よし。すぐにその船まで行け」
白ヘビと白ヘビの話を代弁する年老いたサルのまわりにいた4,5匹のサルがオニロを近くに来ました。それに従い山を下りていきました。
ようやく山を下りると、先ほどまであった2艘の船のうち、大きいほうがなくなっていました。
サルは、オニロを船まで案内すると、すぐに山に戻りました。オニロは船を見ました。
大きいほうがなくなると、案外大きく見えました。一方の先が細くなっていて、船の真ん中に大きな柱があります。そこに布が巻きついています。
オニロは、「これでどうして海を進むのか」と呆然と船を見ていました。その時何かが近づいてきた気配を感じ振り向きました。

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