オニロの長い夢

      2023/01/15

オニロの長い夢
(1)
遠くで何か聞こえる。鳥が鳴いているのか風が吹いているのか分からない。
それにその音は夢の中で聞こえているのか、現実なのかも分からない。
音はだんだん近づいてくるような気がする。人間が泣いているようにも聞こえる。
すると、目が覚めているのか。そして、その音は隣のルーカスじいさんが何か言っているのか、
ルーカスじいさんは昔からぼくをかわいがってくれていたのに、今はぼくのことを忘れて毎日泣いてばかりいる。
夕べも大きな声で泣きながら村を歩いていた。村にはそんな人が何十人もいる。そうしない人は家に閉じこもって泣いている。窓から泣き声が聞こえる。
ルーカスじいさんたちがいくら大きな声で泣きながら通りをあるいていても誰も文句を言わない。ひょっとして窓から見ようともしないかも知れない。ほんとは自分もそうしたいのかもしれない。ぼくもそうだ。何度大きな声で泣きたいと思ったことか。
部屋はまだ薄暗いが朝は近いようだ。すると、ルーカスじいさんは一晩中泣きながら歩きまわっていたのか。
その時、「おい。坊主、起きないか」という声が聞こえた。
「坊主」と言っている。この前行った教会の様子が浮んだ。祭壇の前の椅子は全部取り払われていて何百という棺が置かれていた。そのまわりには大勢の人がいて、みんな泣いたり怒鳴ったりしていた。
同じ服装をした子供がたくさんいて、大勢の人の間を走り回っていた。
そして、司祭や補祭(ほさい)から何か言われていた。教会の仕事をしているのかもしれない。
「坊主。早くしないか」中年の男がその子供たちに激しく怒っていた。
しかし、ぼくは教会の子供じゃないから、坊主じゃない。すると、ぼくはまだ寝ていて、夢を見ているのか。
「おい。坊主」まだ声が聞こえる。ぼくは、夢の中で、「誰かとまちがっているぞ。ぼくは坊主じゃない。オニロだ」と叫んだ。
「ふふふふ。なかなか威勢がいいな。しかし、目のまわりには涙の跡が残っておる。さては夕べも泣きながら寝たな」と言う声が聞こえた。
オニロはびっくりして首を起こした。しかし、ベッドのまわりには誰もいない。「やはり夢か」もう一度毛布に潜り込もうとした。
「おい。また寝るのか」その声はだんだん苛立ってきたようだ。
オニロは、夢を見ているのか起きているのか分からなくなった。それで、「どこにいる」と叫んだ。
すぐさま「ここだ」という答えが来た。なにげなく上を見ると、白いひげを伸ばした老人が天井からオニロを見ていた。
慌てて跳び起きて、ベッドから飛びだし、「誰だ!」と叫んだ。
「まあ。落ち着いてわしの話を聞け」天井の老人が言った。
それには返事をしないで、「これは夢にちがいない。天井に顔があるなんてことはない」と思った。
それで、またベッドに入ろうとした時、「おまえは両親を奇怪な病気で失くした。
二人は、突然胸をかきむしって倒れた。おまえのおばあさんが介抱したが、二日ともたなかった。
これはおまえの両親だけでなく、村の八割の人間が死んだ。そして、その病気は山を越え、海を越えどんどん広がっている。
その有様を見て、『神が世直しのために我らを殺してしているのだ』という声がある。おまえもそれを聞いたことがあるじゃろ」
オニロは、じっと天井を見上げていた。

オニロの長い夢
第1章2
「神はそんなことはしない。神が作った自然の中で、人間は家庭を作り、子供の成長を楽しみに、毎日汗水を垂らして働いている。やがてそれが実るときが来る。それが人生だ。
神もそれを見るのが楽しみしている。それなのに、どうして人間の命を途中で取り上げるのだ」
オニロは、天井に映る老人の話を聞きながら、畑で両親が働いている姿を思いだしました。そして、「それなら、誰がこんなことをしたんだ」と独り言のように言いました。
「神ではない。しかし、神も今回のことで苦しんでいる。それで、八方手を尽くされて、ようやくこの野草がいいのではないかと思われた」
「分かったのか」
「確証が持てないが、今までの例から効くはずだと」
「神ならどうして分からないのだ」
「神と言えども万能ではない。分からないことが山ほどある」
オニロは、すべて神は知っていると教えられてきたのに、このおじいさんは何を言っているのかと天井を見上げました。そして、「それなら、その野草はどこにあるのか」と聞きました。
「ここから何年もかかる場所にある。ひょっとすると何十年もかかるかかもしれない」
「神ならすぐ持って来られるのに」
「神のお考えだ。先ほど言ったように神は全能ではない。それで、人間の形を作っても中身は人間に任されているのだ。中身は自由に作ればいいのだ。
人間同士殺しあってもいいし、助けあってもいい。おまえはどうする」
「もちろん助けたい」
「おまえがそう言うと思っていた。それでは野草を取りにいくか」
「でも、パパとママは死んでしまった」
「そうじゃな。おまえにはもう助ける人間はいないから、助けるなんてことは考えなくてもいいわけだ」
「そんなことはない。おばあちゃんがいるし、ルーカスじいさんや村の人もいる」
「そうか。助けたい人はいるんだな。それなら、今から野草を取りにいくか」
オニロは、待てよと思いました。天井から覗いているおじいさんといい、村に流行っている病気に効く野草があるといい、神は全能ではないといい、にわかに信じられないことばかりだ。
そうか!これは夢だ。夢なら誰が何をしても何を言っても仕方がない。
昔、好きだったカリスをいじめた夢を見たことがある。どうしてそんな夢を見たのか分からないが、翌日「遊ぼう」と誘われても、自分を許すことができなくて、断ったことがある。
「どうするんだ。早く返事をしろ」老人の声が聞こえる。
「行きます」オニロは慌てて言った。そして、おばあちゃんに声をかけなくはと思ったが、夢なのだからそんなことをする必要はないと思いかえした。
「よし。すぐに家を出ろ。おばあさんにはわしから言っておくから」
「どっちに行けばいいのか」夢の中でそんなことを聞くやつはいないがと思いながら聞いた。
「遠くに万年雪の山がある。そこをめざすのじゃ。山にいる誰かに白い大蛇がいる場所を聞け。大蛇がそこからの方向を教えてくれるはずだ。そこから山や海を越していくんだ」
「海?」
「そうか。おまえは海を見たことがなかったんだな。まあ言ってみれば池の何億倍の広さがある。船という乗りもので海を進む」
夢なら躊躇する必要はない。オニロはベッドから出て玄関を開けた。

オニロの長い夢
第1章3
玄関を開けるとき、おばあさんに挨拶しようと思ったが、どうせすぐに帰るのだからと思いなおした。もうすぐ夜が明けると夢は覚めるのだ。
家を出たのは久しぶりだった。近所で多くの人でばたばた倒れていることを聞いて、パパは、「外に出るな」と怖い顔で言った。「これは悪魔が病気をまき散らしているのだ。悪魔がどこかに行くまで家でじっとしておかなくてはならない」
それで、家族4人は、家にあるものを食べて家にいたのだ。
しかし、病気はなかなか収まらなくて、むしろひどくなっているようだった。外から叫び声や鳴き声が聞こえるようになった。窓からそっと見ると、恐ろしい風景が繰りひろげられていた。
近所の大人が夢遊病者のようにふらふら歩いていた。中には目を吊り上げたり胸を掻きむしったりしていた。みんな家族の誰かをなくしているのだ。
窓を開けて声をかけたり、家に招いたりすることもできず、ただ見るだけだった。
しばらくすると、ずっと家にいたパパとママの様子が変わってきた。朝になっても起きることができなくなった。
おばあさんが二人の額(ひたい)をさわってみると、ひどい高熱が出ていることが分かった。おばあさんは水で額を冷やしたり、野草から作った解熱薬を飲ませたりしたが、5日後動かなくなった。
おばあさんは布を顔に巻いて、オニロに、「じっとしているのよ」と言って外に出た。葬式のときは、村の馬車で村のはずれにある墓地に運ぶことになっていたので役場に行ったのだ。
1時間ほどして帰ってきて、「毎日10人近くの人が死んでいるようよ。墓掘人が朝から晩まで墓穴を掘っているけど、いくら掘っても足らないぐらいらしいの。
それで、葬式は3日後になるけど、神父様も死んでしまって、家族だけで葬式をしてほしいと言われたわ」
「おばあさん。ぼくも手伝います」オニロが言った。
「そうしてちょうだい。でも、病気を吸わないように顔を完全に隠すのよ」
葬式まで絶対にパパとママの部屋には入らないようにとおばさんは言った。
「パパとママの体から出た病気が次の人を探して空気の中をうろうろしているから」
オニロは二人のそばで祈りたかったが、それもできないので、部屋の外で祈った。
3日後の朝、村の馬車が来た。村が用意してくれた棺の中に二人の御者がパパとママを納めてくれた。
そして、馬車は急いで墓地に向った。すでに大勢の人が墓地にいた。新しい墓は無数にできていた。
御者は二つの棺をそれぞれの墓穴に入れてから、少しお祈りをしてくれたが、「今日は夕方までに20人を墓地まで運ばなければならない」と言って戻って言った。
二人でお祈りをして、1時間以上歩いて帰ってきた。そして3日後に、天井の老人があらわれたのだ。
口元を隠しているけど、久しぶりに外の空気を思いっきり吸いたいと思ったが、用心してそれも止めた。
青空で花は咲き、鳥が鳴いていた。これはいつもの光景だった。前なら大人は野良仕事をして、子供は遊んでいた。しかし、今は誰一人いなかった。
あの天井の老人は、「万年雪の山に行け」と言っていたが、そんな山はないはずだがと遠くを見ると、確かに頂(いただき)が白い山が見えた。
しかし、「そこまで行くのには何日もかかるかもしれない」と思ったが、「夢ならそんな心配はいらない」と思って歩きだした。

オニロの長い夢
1―4
オニロは、おばあさんに声をかけたほうががよかったかなと気になったが、どうせこれは夢なので、いつものように「オニロや。早く起きなさい。朝寝坊していると、パパとママに笑われるよ」と起こすだろうと思った。
それなら、早く行って早く帰ってこようと思ってどんどん歩きつづけた。
空は晴れわたり、少し冷たい空気は心地よい。道端には見たことのないような花が咲き乱れ、楽しそうな鳥の鳴き声があちこちから聞こえてくる。
そうだ。いつもなら、遠くに見える畑には大勢の人が野良仕事をしているし、子供たちは、犬や山羊を追いかけて遊んでいる。
しかし、今は人はどこにもいない。大勢の人が死んでしまったし、生き延びた人もこれからどうなるかわからないので家に閉じこもったままだ。
天井に映ったおじいさんが言ったように、どこかにある野草を持ってかえり、それで薬を作れば、この病気で死ぬことはなくなるのだ。そして、その野草を持ってかえる役目をぼくがするかどうか聞いた。
パパやママのように死んでしまった人の命は返らないけど、薬さえあれば、以前のような村になるのだ。それを断る理由がない。パパやママもこの任務を果たせばどれだけ喜ぶだろう。
まずあの雪が残っている山に行けば、そこにいる白い蛇がどこに行けばいいか教えてくれるのだ。オニロは意気込んで歩きつづけました。
しかし、いつまで歩いても雪の山は近づいてきません。早く着かないと寝坊してしまう。オニロは焦りました。
それから何も考えないで無我夢中で歩きました。すると、目の前に頂(いただき)に雪を被った山があらわれました。しかし、山裾はなだらかですが、かなりありそうです。
「とにかくここを進めば、白いヘビに会えるはずだ」オニロは自分にそう言って、進みました。
しかし、いつまでも山そのものにたどりつけません。そう思っていると、ようやく急な坂道になってきました。無数の大きな木が生えています。
「山に着いたぞ。ここを登っていけば、白いヘビが出てくるのだ」オニロは元気を取りもどして登りはじめました。
すると、木と木の間に閃光が走りました。眼を開けていられないような光です。それがしばらく続いたかと思うと、ゴロゴロと雷の音が聞こえてきました。すぐに雷は耳をつんざくような音になりました。まるで巨大な岩が転がり落ちてくるかのような音です。
目の前に広がる森のあちこちでバーンというものすごい音がします。オニロは、思わず近くの木につかまりました。雷が落ちたのです。焦げ臭いにおいがします。炎も見えます。
突然雨が降りだしました。すぐに叩きつけるような音がします。前からその雨が川のように流れてきます。オニロは大きな木を選んで、その陰に隠れて待つしかありません。
「夢であっても早く任務を終えて帰りたいのに、これではどうしようもない。
今日無理なら明日の夢で野草を見つけてもいいかな」と都合のいいことを考えました。
すると、雨が止み、雷も聞こえてきません。「『山の天気はよく変わる』とパパが言っていたとおりだ」とオニロは上を見上げましたが、木の葉に溜まっていた雨がシャワーのように顔に降ってきました。
「このまま帰るわけにはいかない。夢の中ぐらいはちゃんとしなくは」と気を取りもどして、滑りやすくなった山道を登りはじめました。
しばらく行くと、木の上から、キィー、キィーという声が聞こえてきました。 
そして、数が増えて近づいてきました。「サルか」オニロは立ちどまって見上げました。少し心細くなっていましたので、人間ではなくとも、生きものというだけでほっとするのです。
サルはさらに近づき、オニロのすぐそばまで来ました。何十匹もいるようです。
一匹が、手を挙げて、「ついてこい」というような身振りをしました。

オニロの長い夢
1―5
オニロは、「白いヘビに会わせてくれるのだな。ぼくは今から村中の、いや、世界中の人の期待を担って、恐ろしい病気の特効薬の原料になる野草を取りに行くのだ」と考えて急ぎ足でサルの後を追った。
「そうだ。天井のおじいさんの話では、ぼくは神から選ばれた人間の一人だった。何人の候補者がいたか知らないか、大人を押しのけてぼくが選ばれたのだ。白ヘビもそのことを知っているにちがいない。道を教えてもらったらすぐに海とやらを船で乗りだそう」
そんなことを考えていると、サルの一団はどんどん進む。ついていくのがやっとだが弱音を吐くわけにはいかない。
しばらく行くと、サルは大きく飛び上がって今まで以上に早く進む。オニロは取り残されてはいけないと体に力を入れて走る。
すると、体が浮いたかと思うとそのまま足が地に着かない。そのまま体を反転させて落ちていくとき意識を失った。
身体が寒い。ぶるぶると震えながら目を覚ました。しかも、身体のあちこちが痛い。
何が起きたのかと見回した。水たまりの中に寝ている。上を見ると、木の間から青空が見える。「そうか。サルの後をついているときこの穴に落ちたのか」オニロはようやく状況がわかった。
「よく助かったものだ。しかし、ぼくを案内してくれていたサルたちはどうしたんだろう?ぼくがいないことに気づいたたら、すぐに助けようとするはずだ。なにしろぼくは白ヘビのお客様だから」そう思って、穴の上を見ました。
オニロから地上までは10メートルぐらいしかありませんので、誰かいたらすぐにわかります。
しかし、誰かが顔をのぞかせた騒いだりしていません。時々壁から水が落ちる音がするだけです。
オニロは立ち上がっていますが、足は水につかったままなので、身体はさらに冷たくなってきました。
幸い穴の壁はところどころ大きな石が出ていますので、それに手や足を乗せていけば上に上が上がることができないか考えました。
すぐに手で石をつかみ、足を置きました。足は冷えきっていますので少し感覚が鈍いのですが、手で石を固く握っていれば何とか上がれそうです。
かなり上に行ったと思ったのですが上を見ればかなりの高さが残っています。
そして、水が染み出しているので、手が滑ります。とうとう落ちてしまいました。
幸い頭から落ちずにすみましたが、水の底にある固いものに足を取られて転んでしまいました。「こんなことが何回もあるかもしれない。落ちそうな場所にある石を片付けておこう」と思って水の中を探りました。
かなり大きな石のようです。それを持ちあげたとたん、オニロはそれを放り出しました。それは大きな石ではなく、頭蓋骨だったのです。
足で探ると、直径3メートルぐらいの穴に10個以上の頭蓋骨があるようです。
「何が起きているんだろう」と思いましたが、すべての頭蓋骨を1ヶ所にまとめました。
改めて上を見ましたが、壁にある石はすべて濡れているようです。
「今の方法で穴から出られるのはまちがいない。青空が出ているので、しばらく待てば乾くはずだ」そうは思っても時間はなかなか進みません。
「しかし、サルは白ヘビから怒られたりしていないのか。それなら、サルと白ヘビとは関係がないのか。
そして、不思議なことがある。頭蓋骨はあるけど、あばら骨などはない。ここは儀式で頭を捨てる場所なのか。それにしても、サルが人間を食べるとなど聞いたことない」謎は次から次へと浮かんできます。「最初にこの山に行けと言った天井のじいさんは何者だ。ひょっとして・・・」

オニロの長い夢
1―6
その時、上でバサッという音がしました。見上げると何か落ちてきました。
しかし、下まで落ちてこず、途中で止まりました。ちょうど穴の半分の高さです。どうも紐のようなものですが、枝のようなものが無数にあり、葉っぱもついています。
木に巻きついているツルにちがいありません。あれに掴まれば難なく上に上がれます。しかし、いくら待ってもそれ以上下に下りてきません。
サルか誰かがぼくを助けるためにツルを落としてくれたのではないかと様子を見ていましたが、誰も顔を出しません。それなら、自然に落ちてきたのかと思いましたが、念のため、おーい、おーいと叫びました。しーんと静まりかえったままです。
誰もいないことが分かりましたが、オニロは考えました。「これ以上下には下りてこないが、でも、ぼくが登らなければならない高さは、あのツルのおかげで半分になったのだ。これからは、5メートルの壁を登れば助かるのだ。
ただ、石は濡れている。石さえ乾けばここを出られる」すると希望が湧いてきました。
しかし、まだ水は壁から沁みだしています。それが下の石を塗らすのです。
オニロは、たとえ濡れていても、大きな石を探しました。
突然、日差しが穴の底まで届きました。「これはすごい!すぐに石が乾くぞ」
オニロは大きな声で叫びました。しかし、5分もすると、日差しは徐々に陰ってきました。そして、光はなくなりました。
石は少しは乾いたように見えますが、ツルの反対側の石だけです。それに、ツルのほうの壁はかなり水が沁みだしていますし、そこの石は足の置きにくい小さなものがほとんどです。
それでも、オニロはあきらめずに石や壁の様子を見ていましたが、「よし!」と声を出しました。
ツルと反対側の壁から出ている石は比較的大きく、そして乾きつつあるように見えたので、そこを5メートルぐらい上がり、反対側の壁にあるツルに飛び移ることにしたのです。穴の直径は3メートルぐらいありますが、「飛び移るときに壁を思いっきり蹴れば大丈夫だ」と計画を立てました。
オニロは石の様子を見ながら、自分の気持ちが高まるのを待ちました。
そして、大きく呼吸をしてから壁を登りはじめました。どの石に足を置き、その時、どの石を掴むかを頭に入れていたので、かなり早く5メートルの高さに到達しました。それから、顔をツルのほうに向けて、どこを掴むかを決めました。
そして、ものすごい勢いで後ろを向くやいなや、ツルに向って飛びました。
ツルを掴まえたように見えましたが、そのまま下に落ちてしまいました。
オニロは落ちた拍子に尻をつきましたが、すぐに立ち上がりました。どうして落ちたのか合点がいきませんでしたが、どうもツルが湿っていて手が滑ったようです。手のひらにはかなり擦り傷があり、血が出ていました。
「ツルがあれほど滑るとは気がつかなかった」オニロは反省しました。
「それなら、ツルの枝が出ているところを掴んだらいいのだ」すぐに壁を登ろうとしましたが、今落ちたときに足を痛めたようで、足に力が入りません。
焦る気持ちもありましたが、「大丈夫。大丈夫。しばらく待てば、石も壁もツルも乾く」と気持ちを落ち着かせました。
ようやく大きく息をすると、壁を見上げました。足はまだ痛いけど、ゆっくり登れば失敗しない。オニロは自分にそう言い聞かせて登りました。
5メートルぐらい登ると、後ろを何回も確認して、ツルを何回も見て掴む場所を決めました。
それから、どの石に足を置くかも決め、息を大きく吸い込み、身体をぐっと縮めると、サルのように飛びだしました。
決めていたツルの場所を掴むと、急いで穴の上に出ました。しかし、歩くことができず大の字になってしまいました。

オニロの長い夢
1―7
しばらく意識を失っていましたが、ときおり風が枝を揺らすと、雨粒が一斉に落ちました。それがオニロの体にかかるのです。
すると、無意識に体を動かしますが起きません。それが何回か続くとようやく目を開けました。
しかし、頭はまだ寝ているようで、無数の木が空に伸びているのが見えているだけで、「ここはどこだ」さえ考えていないようです。
しばらくして、少し頭を動かしました。ようやく頭も起きたようです。
確か天井に白いひげのおじいさんが出てきて、疫病を鎮める薬の原料となる野草を取りにいくように言ったことは覚えています。
「雲のかかった山に行けば、白いヘビがその場所を教えてくれるが、まずサルがその白いヘビがいるところに案内してくれる」ということだったと思いだしました。
「ところが、サルの後を追っていると、大きな穴に落ちた。水がたまった穴の底には、何十という頭蓋骨が転がっていた。
恐怖と絶望で、「もう助からない」とあきらめたが、穴の壁にもたれ、水のたまった底にすわって空を見上げていると、空があまりにも青いので、『何とかここを出たい』と思うようになった。
あのとき、ツルが垂れ下がらなかったら、あの頭蓋骨のようになっていたのはまちがいない。
ツルは風で外れて落ちたのだろうが、『早く野草を探しにいけ』と天井のおじいさんか誰かの思いが伝わったのだ」オニロは今までのことがそこまで頭に浮かぶと起き上がることにしました。
まだあちこちが痛みますが、歩きはじめました。すると、木の上から、キィッ、
キィッと鳴き声が聞こえてきました。見上げると、黒い影が枝を揺らして枝から枝へ渡っています。
「サルだ。ぼくが穴に落ちるのを見ていたやつらか。助けてくれなかったが、ぼくが穴に落ちたことは白ヘビに報告してくれただろうな」と思いました。
しかし、今度は前のように山道に降りて先導する気はないようで、ずっと木の上からオニロを見ているようです。
落ちていた枝を杖代わりにして獣道を登っていると、黒い影が見えました。オニロが近づくと、さっと草むらに隠れました。
2,3匹いるようですが、サルよりかなり大きいようです。「こっちに向ってこなければ心配ない」と考えて、そのまま通りこそうとしましたが、けもの道に小さなものが横になっているのに気づきました。さっき隠れたものより小さいものです。
オニロが近づいても逃げようとしないので、休憩がてら足を止めました。
シカでした。よく見るとぶるぶる震えています。右の後ろ足から血が出ています。
放っておけないので、長い草を引き抜いて止血をしようと後ろ足を持ちあげるとだらんとしています。
「骨折しているのか」と言うと、また草むらで何か動く音がしました。どうも一匹ではなさそうです。
「わかったぞ。このシカを獲物にしようとしているのだ」オニロは杖にしている枝を刀のようにして音がした方に向かっていき杖を無我夢中で振りまわしました。
どうも3匹いるようですが、それぞれ別の方向に逃げましたが、かなり遠くまで追いかけました。
そうしたのは二度と子供のシカに近づかないようにするためです。自分は急いでいるので、ずっとここにいるわけにはいかない。そのうち、親なり、兄弟なりが見つけてくれるだろうし、歩けるようになれば無事に帰ることができると考えたのです。
子供のシカの元に戻り、足を見ると、出血は少なくなっている気がします。もう一度止血をして、「しばらく我慢するのだよ。ぼくがおまえの家族と会えば、おまえがどこにいるから教えるから」と声をかけました。安心したのか震えもほとんど止まっています。
やることは全部やったという思いでそこを離れました。30分ぐらいけもの道を登りました。
「もう少しで白ヘビに会えるだろう」と自分を励ましながら進みましたが、あの子供のシカのことが頭に浮かびました。
「大丈夫だろうな」と心配になりましたが、「あいつらを蹴散らしておいたから、もう二度と襲うことはないはずだ」と打ち消しました。
その問答を頭の中で何回も繰り返すようになると、「よし」と声に出して、オニロは元来た道を戻りました。

オニロの長い夢
1―8
ようやく息を切らしながら戻ってみると、なにか大きく黒いものがいます。
それも2頭です。「クマか!クマがいる。遅かったか」と思いましたが、「こら!」と叫びながら、杖を振り回して大きなほうのクマに襲いいかかりました。
不意をつかれたクマは驚いてものすごい勢いで草むらに逃げ込みました。小さなほうもついていきました。
それから、オニロは子供のシカが倒れていないかあたりを見回しました。
しかし、どこにもいません。「逃げたとき口にくわえていったのか」と思いましたが、子供でもかなり大きいので、それなら分かるはずだと思いなおして、念のため草むらを探しましたが見つけることはできません。
「すでにどこかにもっていっているのなら、どうしてまた帰ってきたのだろう」と考えましたが、どうにも腑に落ちません。
どうしたものかと思案していると、ごそごそという音がします。さっきクマがいた大きな木の根元に大きな洞(ほら)があってそこから聞こえてきます。
オニロが見ていると、洞から細い足が2本出てきました。それから、身体が見えて、子供のシカがあらわれました。
そうか。クマが来ると、とっさに洞に隠れたのだ。どれくらい耐えたか分かりませんが、怖かったはずです。
オニロは、「生きていたか!」とシカに抱きつきました。「ごめんよ。足が折れているのに、よくがんばったな」とシカを慰めました。
それから、シカはオニロの横に横たわりましたが、怖かったのと助かったのとで、身体はぶるぶる震えています。
「ぼくが最初に見つけたときにはすでにクマなどに狙われていたのだから、また同じことがあるかもしれないのは分かったはずだ。それなのに、ぼくは『気をつけろ』などと安易なことを言って、自分の都合を優先させてしまった。もっとすべきことがあった」とオニロは反省しました。
そして、目をじっと閉じているシカを見ながら、「すべきこと」を考えはじめました。
しばらくして、「よし。まずおまえを家族の元に返すことを最初にする」と決めました。
「とにかく足の骨折が治るまではここにいよう」と思いましたが、目を閉じていたシカが、急に目を開けるとゆっくり立ち上がりました。
「どうしたんだ。おまえはけがをしている。治るまでここにいろ。もちろんぼくもいるから」と声をかけましたが、シカはかまわず歩きだそうとしました。
「無理だ。山道は急な坂になっている。そんなことをしたら、他の足までやられてしまうぞ」と言いましたが、シカは止まろうとしません。
オニロは、仕方がないのでシカについていくことにしました。くぼみや太い枝が落ちているところではちょっと止まって様子を見ながらそこを越しますが、後は懸命に歩きつづけます。オニロが引き返した場所を過ぎても休もうとしません。
日が暮れてきましたので、あたりが見えている間に、もしもの時に逃げられる場所で一晩を過ごすことにしました。
しかし、洞のある木は見つかりません。それなら、ぼくが一晩中寝ないでシカを守ってやればいいのだと思って、さらにあたりを見ると、道から少し離れた場所に巨大な岩がありました。そこに行ってみると、岩はうまい具合に下が細く上が太くなっています。これならクマでも登ることはできそうにありません。
それに、上が平らになっているので、シカと一緒でも横になることができそうです。さらにいいことに岩の上には大きな木の枝がかかっています。これなら、雨が降ってもかなりしのげそうです。
「今晩はここで休もう」と言いましたが、ただこのままではシカは上に上がることはできないので、オニロが馬のように体を曲げてシカを自分の背中に乗せると、シカは何とか岩のてっぺんにたどりつきました。
今度は自分の番です。自分は岩の根元でもいと思いましたが、どうもがさがさという音が聞こえるようになりました。
もし自分が襲われると、シカも家族と会えないし、自分も天井のおじいさんに言われた使命も果たすことができないと思うと、やはり岩のてっぺんに行かなければならないと思いました。
かなり暗くなってきました。急がなければと思いながら、ずっと見回していると、あることが浮びました。

オニロの長い夢
1―9
岩の上に大きな木の枝がかかっています。しかし、かなり高い所です。10メートル近くあります。
あそこから岩の上に飛び降りることはできそうにない。もし失敗して、頭から岩に落ちたら一巻の終わりだ。
深い穴に落ちたとき、なぜか穴に垂れ下がったツルを使って穴から出られたことを思いだしたのです。今度はツルを使って下に降りる。「よし」オニロは急いでツルを探しました。どんどん暗くなっていきますので、急いであちこちの木を見てまわりました。
ようやく木にに巻きついているツルを見つけました。かなり太くてぶらさがっても切れることはなさそうです。
まずそのツルに足をかけて登っていきました。それから、ナイフ代わりの石をもつていましたので、それを使ってツルを切りことにしました。時間がかかりましたが、何とか切ることができました。そして、降りていきました。気に強く巻きついているので、ツルが外れることはありませんでした。
もう見えないぐらい暗くなっていましたが、力を入れてツルを木からはずしていきました。
これもすんだので、急いで岩のところに戻りました。そして、「もうすぐそこに行くから待っていろよ」と下からシカに声をかけました。
それから、作戦を練っていたとおり、枝が岩の上にかかっている木の横にある細い木に行きました。
枝が岩の上にかかっている木は太すぎて登れないのです。細い木は下から枝が出ていますので、そこを伝って上に行くことにしたのです。突然、あたりが明るくなって来ました。空を見ると、満月が出ていました。「こりゃ、すごいぞ」オニロは足をかける枝を頭に入れていましたので、どんどん登っていきました。それから、その木の枝と大木の枝とが重なっているところまで行き、大木の枝に移りました。
そして、大木の枝にツルをかけて投げてかけてから、そこに行きました。もう一度同じことをして、もう一つ上の枝に行きました。
この枝を先に向って行くと岩の上に行きます。下に岩が見えます。しかもこちらを見上げているようです。
「待っていろよ」オニロは腰に巻いていたツルをほどいて枝にかけました。そして、ツルにつかまって少しずつ下りていきました。下を見るとシカはすぐ下にいます。
オニロは手を放して岩に飛び降りました。「来たよ」オニロは子供のシカを抱きしめました。真っ暗です。雲が月を隠したようです。オニロはシカが落ちないように抱いたまま寝ました。
それが夢かどうかわかりませんが、「おばあさん。今日も何とかシカを守ることができました」と言っています。でも、おばあさんは何も答えてくれません。
それなら、今起きていることは夢でないのか。ここに来たのは天井に白いひげのおじいさんが出てきたからだ。絶対それはまちがいないはずだ。そんなことは夢でしか起きないことだ。
オニロは訳が分からなくなったことは覚えています。それで、これが夢でも、夢でなくてもかまわない。村の人のほとんどを殺した疫病の薬を作る薬草なんてどうも夢に出てきそうな話だ。そんなことは医者の仕事だ。
しかし、シカは夢の中にいるのか。オニロはシカの体を抱きしめました。

オニロの長い夢
1―10
ずっしりと重くて、しかも温かいものを感じました。オニロはずっと子供のシカの体を抱いていました。
「確かにおまえは夢でなく現実にいる。夢の中なら相手が生きていると感じることはないもんな。夢に出てくるものは薄っぺらくて、すぐに消えてしまう。
現実でおまえが苦しんでいるのなら、おまえが家族と会えるまでぼくは命をかけてがんばるよ」オニロはそう言うと、さらに力を込めました。
その時、顔に何かが降りかかりました。「また雨か」と思い、上を見たとき、何十羽という鳥が鋭い声を上げて飛んでいきました。
鳥の落としものかと手で顔をぬぐうとどろっとしたものも感じました。「何ということだ」とポケットに入れていたハンカチで顔を拭きました。
夕べは獣らしきものの唸り声は聞こえたが、襲われることはなかった。そろそろ動くときかとあたりを見回しましたが、まだ夜が明けきっていません。
もう少し明るくならないと、岩の下がどうなっているのか分からないのです。石が散らばっていれば岩から下りるときは気をつけなければならない。もし石の上に落ちたらけがをするかもしれないからです。
どのように岩から下りかは寝るときから考えていました。岩の上に下りたときのツルをもう少し長ければ、それに飛びついて枝に戻って木から下りることができたのにと後悔しました。夕べ確認しましたが、ツルはオニロの遥か上にあり、飛び上がってつかまえることはできそうにありません。今後はどんなに急いでいても、次のことを考えようと決めました。
そんなことを考えていると、ようやくあたりが見えてきました。下をのぞくと、まだ暗いですが、石らしきものはないようです。草や木なら、飛び降りことはできるかもしれないが、5メートルはありそうです。
思い切って飛び下りるか。しかし、ぼくが足を痛めて歩けなくなったとどうなるか。それに、シカは元々足の骨を折っているじゃないか。また反対の足を折れば、これ以上歩くことができなくなり、いずれ獣の餌食になるのは目に見えている。さっそく次のことを考える必要に迫られました。
いつのまにかシカが立ちあがっていました。突然飛び降りるような仕草をしたので、オニロは、「待て。待て」と体を押さえました。子供のシカは、オニロが考えていることが分かったようでした。「またけがをしたら、二度と家族と会えなくなるぞ。今考えているからもう少し待て」オニロはシカを説得しました。
「そうだ。いい考えが浮かんだ」オニロはそう言うと、ズボンが落ちないように巻いていた二重の紐を外して、端に小さな輪っかを作り、岩の頂上の端にあった出っ張りに結びつけました。「ぼくが考えていることが分かっただろう。今からこの紐を伝って下に下りる。紐が終わったところから下に落ちるよ。紐の長さとぼくの身長を引くから、そんなに高くないはずだ。
そして、ぼくが地面に着いたら、おまえに声をかけるから、ぼくに向って下りろ。その時、ぼくとおまえが地面にひっくりかえっても草だからけがはしないよ。でも、頭だけは打たないように気をつけろよ」シカはオニロの説明に納得したようでした。
オニロはリュックとズボンを下に落とし、説明したように紐をもって岩を伝って下に下りました。紐の端まで来ると、岩に片足をかけて少し戻って、紐を鞭のようにして輪っかを出っ張りから外すとそのまま下に落ちました。
用心して足を曲げていましたので、ひっくりかえりましたが、すぐに立ちがり、シカに、「ぼくに向って落ちろ」と叫びました。
シカはすぐさま飛び込んできました。ドンという音がして、二人ともひっくりかえりましたが、今度もうまくいきました。
シカはすぐ立ち上がってオニロのそばに駆け寄りました。オニロは急いでズボンを履いてから紐を固く結び、「よかったな」とシカを抱きしめました。

オニロの長い夢
1―11
木の上からサルの鳴き声がしました。仲間同士が話しているようです。
深い穴に落ちたときは、サルに嵌(はめ)られたと思っていましたが、その後、何とか穴から脱出したり、子供のシカと出会ったりした後は、サルのことは忘れていました。
「雨水がたまった穴の底には頭蓋骨が10個ほどあった。しかし、あばら骨などはなかった。首だけが投げこまれたのだろうか。
ただ今考えれば、あの頭蓋骨が人間のものかどうかはぼくには分からない。
人間のものではなかったら、仲間喧嘩で殺されたものか」そんなことを考えていたら、サルの鳴き声はすぐそばで聞こえるようになりました。
オニロとシカの近くにいます。もし襲ってきたらすぐ戦えるように、杖を持っている手に力を加えました。
サルは木の陰からこちらを見ているようですが、どうも10匹近くいるようです。どこから襲ってきてもいいように目を配っていましたが、殺気めいた雰囲気は感じられません。
すると、サルがゆっくり姿をあらわしてオニロとシカの前に集まりました。
みんな背中を見せていますので、オニロも様子を見るしかありません。
10匹のサルはゆっくり歩きはじめました。つられるようにオニロとシカも歩きだしました。ただ、サルが走りだすようなことになったら、すぐに逃げようと決めていました。
しかし、サルは走りだすようなことはなく、足を痛めているシカでも余裕をもって歩ける速さで歩いています。
歩くにつれて、サルの数は増えてきています。また、サル以外の動物もいるようです。本でしか見たことにないヤギやクマなどが木や草の陰から姿をあらわすかからです。
「ぼくらをどこかに連れていこうとしているのちがいない。ひょっとして神聖な山に紛れこんだものに対して罰を与えようとしているのだろうか」オニロはオニロの足元を歩くシカを見ました。
別に不安な様子はない。オニロは、「出会ってからずっと、『おまえを必ず家族の元に届けるよ』と言いつづけているから、足が痛いはずなのに、何一つ泣き言も言わずについてきているのだ」と思った。「もしぼくが殺されることになっても、シカのことは、この山に住んでいて、たまたま家族とはぐれただけですから助けてやってください」と頼むことに決めました。
上っていた山道はいつのまにか下りで足早で歩けるようになっています。どこへ行くのだろうと気になって時々前を見るようにしていましたが、前が少し開けていて、木と木の間が青くなっています。
「あれはなんだろう。広い畑に何かが植えられているのだろうか」と思いましたが、山道は突然左に曲がり、しかも、急坂を上りはじめました。
右を見ても、また木が密生していて何も見えなくなりました。
後ろをチラッと見るとクマやヤギだけでなく、本でも見たことのない動物が無数にいます。
それを見ると、オニロは、心で「これから、生贄(いけにえ)の儀式がはじまるのだ。そして、ぼくが生贄にされるのだ!」と叫びました。
体が震えてきました。「おばあさん。ぼくは早く起こしてください。これから、遊びに行く前には必ず家の手伝いをしますから」とおばあさんに必死で頼みました。突然、何かが腐ったにおいがしてきました。息が止まりそうです。

オニロの長い夢
1―12
しかし、先に行くサルやクマ、イノシシなどの動物は別に気にすることもなく歩いています。
オニロは今にも気を失いそうになってきました。歯を食いしばって歩きながら、横にいる子供のシカを見ると、シカも不安そうにオニロを見上げていました。自分を心配しているのだと思って、「ぼくは大丈夫だが、おまえはどうだ。何かあったら、遠慮なくぼくに言えよ」と目で言いました。
シカにも伝わったようで、安心した表情になったようでした。オニロはお互い心が通じ合ったように思いました。
その間にも動物はどんどん増えてきます。横からも道に出てくるのです。サルは、他の動物に、「少し離れろ」と注意するかのように怒鳴り声を出したが、あまりにも増えすぎるので動物たちもどうしようもありませんでした。
遠くで大きな歓声が上がりました。オニロは、「いよいよか」と思いました。
「ぼくはここで殺されて神に捧げられるのだ。でも、どうしてこんなことになったのか。夢で天井におじいさんが浮んで、『今から疫病の薬の材料になる野草を取りにいくか』と聞いたので、『行く』と答えたばっかりに、こんな夢を見ている。あの時、「行かない」と答えていれば、今頃おばあさんと昼食を食べてから、パパが買ってくれた本を読んでいる時間だろう。ほんとはすぐに外に出たいが、おばあさんが、疫病が終わるまで家の中にいろとうるさいので仕方がない。
とにかく、夢というものは、途中で選ぶことはできない。勝手にどんどん進んでいく。しかし、神様に祈ることぐらいできないものか。
オニロはそう考えて、「神様。これが夢でも、また、夢の中で神様のために生贄(いけにえ)にされると決まっていても、現実はパパとママが疫病で死んだので、ぼくにはおばあさんしかいません。どうかぼくにそんな夢を見せないでください。もうすぐおばあさんがぼくを起こしに来ると思います。気持ちよく起きたいのす」と祈りました。
しかし、動物たちは相変わらずのろのろと進んでいます。においはますますきつくなってきました。
それなら、シカを連れて逃げようかと考えましたが、道の両脇からも動物が姿をあらわすので逃げることはできません。
ようやく動きが止まりました。「ようやく着いたのか」と思っていると、前の動物が、サルの指示で次々と動きました。
前を見ると、道の先は少し高くなっているようです。そして、そのまわりには無数の動物がいます。
また、高くなっている場所の上には4,5匹のサルがいるようです。
オニロはそれを見ていると、胸がどきどきしてきました。「いよいよ夢の中で殺されるのだ」と思いまいた。
シカがオニロの体を押しました。それに気づいたオニロは、「殺される前に、『おまえは関係ない。助けてやってくれ』と必ず言うよ」と心の中で言いました。
高台にいたサルの一匹が、「ここに上るように」と手招きしました。
オニロは、すぐに上がりました。『早く』と急かされるのは嫌だったのです。磯急いで上がると、サルの間に白いヘビがいるのに気づきました。その白さはまるで絹でできているようです。「これか」オニロは少し驚いて立ち止まりました。
とぐろを巻いて、鎌首をもたげて、赤い目でじっとオニロを見ています。恐ろしい表情と息が血まりそうなにおいで逃げ出したくなりました。
しかし、逃げては弱虫のように思われます。オニロは足に力を入れて、顔をそむけずに白ヘビを見ていました。
4匹いたサルは白ヘビのまわりにすわっていました。一匹のサルが立ちあがり、オニロの前に来ました。「こちらはミーダス様とおっしゃる。世界は天と地でできている。具体的に言えば、陸と海、そして、空だ。それぞれに神がいるが、もっとも偉大な神は三つの間におられる3人の神だ。陸と海と空を行き来しなければ、我々は生きていけないからだ。 ミーダス様は陸と海の間を任されている神だ」と言いました。
オニロは上の空で聞いていました。もうすぐ生贄の儀式がはじまると思ったからです。

オニロの長い夢
1―13
自分はもうすぐ生贄にされて死んでしまうのだと思っていたオニロは何も考えられないようになっていましたが、シューシューという音は聞こえてきました。それは急な坂道を登っていたときから聞こえていた音です。それはだんだん大きくなっていました。「ああ、生贄がはじまる音だ」と思いました。
「とぐろを巻いている大きくて白いヘビが合図をすればすべて終わりだと観念しました。
オニロは目をつぶって、「おばあさん。こんな恐ろしい夢から早く助けてください」と祈りつづけました。
しかし、何も起こりません。「オニロ。いつまでも寝ていないで、早く起きなさい。パパとママに笑われますよ」というおばさんの声も、「神に捧げよ」という白ヘビの声も聞こえません。
もっとも、白ヘビの声は聞いたことがないのでわかりませんが、きっと大きな合図をするのだと思いました。
静まり帰っています。オニロは思い切って目を開けました。目に映る風景は、先ほどとは何も変わっていないようです。目の前には白ヘビがいて、こちらを見ているようです。
白ヘビの横には、オニロにも分かる言葉で白ヘビのことを説明した年老いたサルがいて、そのまわりには、別のサルやクマ、シカ、イノシシなどがすわっています。白ヘビを見ると、赤い舌がチロチロ出しています。
少し余裕が出てきましたので、耳や鼻を働かせると、シューシューという音も聞こえますし、吐き気がするほどのにおいも分かりました。
「そうか。音もにおいもヘビから出ているんだ」そんな気がしましたので、改めて白いヘビを見ました。
目は赤く、まるで教会の神父が被るミトラについている赤い宝石のようでした。
オニロは、パパとママの葬儀のときに、それを身近で見ましたが、心まで届くような鋭さがありました。
白ヘビの目もやはりオニロの心をを見ているようです。それに、白い体もときおり青や黄色に変わっています。
「こんなヘビがいるわけがない。これが夢である証拠だ」オニロは少し安心しました。
すると、シューシューという音が大きくなると、横にいたサルが、「よく来た」と言いました。白ヘビの体は黄色に変わりました。
「何が起きているのだろう」オニロは、白ヘビと年老いたサルの顔を見ました。
しかし、サルは話しつづけます。「多くの人間に声をかけたが、誰一人この山を越えることができなかった」サルはそう言ったとき、オニロは、「サルは白ヘビの言葉をぼくに伝えているのだ」と理解しました。白ヘビの体は青くなって、すぐに白に戻りました。
さらにさらに話しつづけました。「この度の疫病も、いつもの疫病と同様に人間が自ら動かないと終わりはない。
わしらは人間がいなくなっても一向に構わないが、眼下に人間が見えなくなるのは淋しいという声があったので、海と空と陸の境界を任されている3人が話しあって、人間を助けることになったわけじゃ。
しかし、人間は、親、兄弟、他の仲間のために動こうとするのだが、大きな壁が前にあると、ほとんどのものが任務をあきらめてしまう」また、白ヘビの体が青くなりました。
「これを最後にしようと、子供であるおまえに使いをやった。ただ、おまえを、命を落とした人間を葬るための穴に落としたのはわしらの過失だ。
道の真ん中にシカの子供がいたので、それを避けるために少し左によったために、おまえを穴に落としてしまった。ツルを降ろしたのは、その償いをするためであった。
ツルは短かったが、それを使っておまえは穴から出た。また、クマやイノシシからもうまく逃げることができた。おまえは、子供ではあるが、洞察力、行動力が秀でていることが分かった」白ヘビの体が黄色くなった。
「『だから、生贄にふさわしい』と言っているのか」オニロは白ヘビが何を言いたいのか分からなくなりました。
すると、サルが、「後ろを見ろ!」と叫びました。オニロが体を動かすと、そこには、途中見た広大な畑のような光景が広がっていました。ここは目をさえぎるものがありませんので、さっきに見たとき以上に見事なものでした。
しかし、それがまだ何かわかりません。
「さあ、おまえはここを進むのじゃ」サルは叫びました。

オニロの長い夢
1―14
オニロは息を飲むような風景を見とれていましたが、しばらくして、「これは何だろう。教会で見たような絵のようだ」とつぶやきました。
画面には青いものがどこまでも広がっています。その青さも同じではなく、手前は薄いが向こうに行くほど色が濃くなっていて、その青の中に白いものがあります。
空には綿雲が少し浮んでいますが、ほとんど青です。下の青と上の青の間が一本の線のようになっています。
オニロは、「あそこが下の青の端なのだろうか」と思いました。
村にある池なら、池の端には土地があり木が生えている。やはりここは広大な畑なのか。青く見えるのは畑に水がたまっていて、青空が映っているだけかもしれない。しかし、何かが植えられているようには見えない。
そして、池ならボートや筏で進むことができるが、畑ならどうして進むのだろうか。
馬に乗ってパパと一緒に猟に行くことはあったが、本格的に練習する前にパパが病気で倒れたのだ。見よう見まねで乗れても、馬はぼくには大きすぎてうまく乗りこなせない。
背後から、「この海をどこまでも行け。方角が分からなくなったら、ウッパールというものがいるからそれに聞け」という声が聞こえました。
海!これが海か。池のようだが、やはり大きさが違う。だから、船というもので進むのか。
オニロはもう一度海の向こうを見ました。あの端までどのくらいかかるのだろうか。
ここへ連れて来られたのは生贄にされるためと観念して黙っていましたが、少し様子が違ってきたようなので、相手が答えてくれなくても構わないとと決めて、「あそこまでどのくらいかかりますか」と思い切って聞きました。
サルは白いヘビに何か言っているようでした。すると、白いヘビの体は黄色くなりました。
サルが、白いヘビの代弁をしました。「あそことはどこだ」
オニロは、すぐに「あの端のことです」
「あそこが端と思うか。おもしろいやつじゃ」白ヘビの体はどんどん黄色くなり輝くようになりました。
オニロは、白ヘビの体が黄色くなれば機嫌がよく、青くなれば機嫌が悪いことにここに来た時から気がついていました。
「端は次から次へと続いているぞ」黄色が点滅しています。
オニロはどういうことか分からなくなり、その話を辞めました。すると、「海岸に2艘の船がある。どちらかを選べ」という声尾が聞こえました。
よく見ると、山の下に同じような形のものがあります。あれが船か。
「1艘は10人近く乗れる。速度はそう早くないが、嵐に強い。もう一艘は
2,3人は乗れるが、うまく風に乗れば速度は早い。ただし、操縦をまちがうと転覆する恐れがある」
オニロは、「船の操縦ができません」と聞きたかったのですが、もう何かを聞く雰囲気ではありませんでした。白ヘビの色は教会の神父がつけている真珠の首飾りのように純白に輝いていました。
「小さいほうの船で行きます」オニロはすぐに答えました。
「よし。すぐにその船まで行け」
白ヘビと白ヘビの話を代弁する年老いたサルのまわりにいた4,5匹のサルがオニロを近くに来ました。それに従い山を下りていきました。
ようやく山を下りると、先ほどまであった2艘の船のうち、大きいほうがなくなっていました。
サルは、オニロを船まで案内すると、すぐに山に戻りました。オニロは船を見ました。
大きいほうがなくなると、案外大きく見えました。一方の先が細くなっていて、船の真ん中に大きな柱があります。そこに布が巻きついています。
オニロは、「これでどうして海を進むのか」と呆然と船を見ていました。その時何かが近づいてきた気配を感じ振り向きました。

オニロの長い夢
1―15
小さなものがこちらに来る。「なんだ、これは」と考える前に、「あいつか!」とオニロは大きな声を出しました。今にも大きな獣に襲われそうになっていたシカだ。親とはぐれたのか、いつまでたってもぼくから離れなかった。
それで、海に行くためにこの山をどこまでも行けと言われたオニロは、そのシカを連れていくことに決めたのです。
しかし、オニロを大きな穴に落としたにちがいないサルの集団がまたもあらわれて、オニロを取り囲んでどんどん引っ張っていくのでした。
あの穴の底には水がたまっていて、そこに頭蓋骨がいくつもごろごろころがっていたので、ぼくを生贄にするためにどこかに連れていくのだと思い込んでしまったのです。
それで、オニロは観念して、自分は生贄にされてもいいが、このシカだけは親に合わせてやってくれと言うつもりでした。
しかし、サルが連れていったところには、大きな白いヘビがとぐろを巻いて立っていました。
オニロは、「あっ。これが天井に出てきた白いひげのおじいさんが言っていた白いヘビか」と思い出したのです。
そのヘビは、ときおりシューシューという音を出します。出すたびに息ができなくなるほどのにおいが出ます。
そして、シューシューという音がすると、必ず横にいる大きなサルがオニロに何か言うのです。
それで、そのシューシューという音は白ヘビが何かしゃべっていると分かったのです。それをサルがオニロに伝えるのです。
「後ろを見ろ」と言うので、振り返ると、今まで見たことのないような光景が広がっていました。「そこにある船に乗って海に乗り出すのじゃ」
「山には白いヘビがいて、これからどうするか教えてくれると言っていたとおりだ」
おじいさんはそう言っていたのに、これから生贄にされると思い込んだばかりでなく、シカへの約束をすっかり忘れていました。 。
「親とは会えたのか」と言って、何気なくシカの後ろを見ると、2頭の大きなシカとその間に少し小さなシカが立っていたのだ。
「会えたんだね。よかった。それじゃ、元気でね」と声をかけました。
しかし、小さなシカはオニロに近づいたかと思うと、そのまま船に乗り込みました。
「だめだ。ぼくは今から海に出るんだ。早く降りろ」
しかし、シカは降りようとしません。さらに、家族は止めようとしないどころか、なんだか見送っているようにさえ見受けられました。
「これはどうことだ。ぼくについてくるというのか」船に乗ってオニロを待っているかのようなシカを見つめました。
「ぼくは海がはじめてだ。船をどう動かすのかさえ分からないんだ。
山でのように自由に動くことは無理だ。何かあってもおまえを助けることはできないから、家族とともに山に帰ったほうがいい」それを聞いてもシカはじっとすわっているだけです。
オニロは、「よし。わかった。海がどれだけ深いか知らないけど、怖くなったら逃げるんだ」オニロはそう言ってから、船のまわりをぐるぐる回って、船の様子を調べました。船というものがどういうものかまだ自信がなかったからです。
船の左右に4本の棒が取りつけられていました。「これは手で漕いで船を進め目にのだ。池で遊んでいる人が使っていた。
しかし、4人分しかない。これであの海の端まで行くのは苦しいだろう。これは何だろう」オニロは船の真ん中に立っている棒に巻きついている布をさわりました。
すると、船にすわっていたシカが立ち上がり布を止めている細い紐を口でほどきました。
布は広がりました。「こうなっているのか。でも、何をするものだろう。
暑さを防ぐものか、それとも、雨が降ったときのものか」
すると、シカが布を縛っている紐を歯でほどくと、布ははらりと広がりました。
「なんだ、これは」布は中心の棒に括られていたのです。
ロールを引っ張ると布は張ってきました。「こうなっているのか!」オニロは叫びましたが、まだ何をするものか分かりませんでした。

オニロの長い夢
1―16
船の真ん中にある長い棒から垂れさがっている大きな布は何をするものかオニロは分かりませんでした。雨や雪を塞ぐものか、暑さや寒さから身を守るものか。それとも両方の目的のものか。
そのとき、風がふぁっと吹きました。すると船が少し動きました。そして、風が止むと船はまた何事もなかったように静かになりました。
「今のは何だったのか」オニロは大きな布を見上げて考えました。しばらくして、「布に風が当たると、その力で船が動くのだ!」オニロは叫びました。
「分かったぞ。布は風を受けるためにあるのだ。そして、停まる時は布を閉じるのだ。
これをうまく使えば、船は進む。それに小さい物のほうが早く進むはずだ。
だから、白いヘビは小さい船のほうが早く進むと言っていたじゃないか。
小さい船を選んだぼくの選択は正しかった。早く行って、早く野草を持って帰ることができる。
それを使って、早く薬を作ったら、得体の知らない伝染病で両親を亡くしたぼくのような子供は少なくなるだろう」
何気なく海の端を見ると太陽がだんだん赤くなっていき、海の端に沈んでいくところです。
「絵本で読んだことがあるが、太陽は夕方になると海の底に沈むということは本当だ!」オニロは刻々と変わっていく夕焼けの光景に感動していました。
そして、「太陽は完全に海に沈んだ!」と叫びました。
赤い雲も消え、海の上は徐々に暗くなっていきました。すると、暗い空のあちこちが光りはじめました。
「星が輝きはじめた。太陽が沈むと、こうやって出てくるのか。家にいる時は太陽と星は関係ないものと思っていたが、今見ると、まちがいなく交代しているのが分かる」オニロの感動は止まりません。
ちょうど風が吹いてきたようです。「こんなことをしていてはいけない。ぼくらも、海の端に向っていこう」オニロはシカに声をかけました。シカは緊張した顔でオニロを見ました。
「さあ、出発!」とオニロは海に向って手を突き上げ、大きく叫びました。
しかし、船はぴくとも動きません。確かに風は吹いているようですが、どうも海から陸に向って吹いているようです。
オニロは、海の端に向かう風を待つべきかどうか考えました。「しかし、いつ吹くか分からない。とにかく自分から進んでいけば、そのうち端に向かう風が吹くだろう」と考え、船の左右に二つずつある櫂(かい)を漕いで沖に出ることにしました。
布を畳んでぐっと櫂を漕ぐと船は動きました。片方だけの櫂を漕ぐと船はまっすぐ動かないので、しばらく漕ぐと反対側の櫂を漕ぎました。
「よし。これでまっすぐ進むはずだ。もし端に向かう風が吹けば、布を広げるのだ」
オニロは無我夢中で漕ぎました。暗いので海の端に向って漕いでいるのかどうか分かりませんでしたが、「とにかく朝になればわかるだろう」そう思って漕ぎつづけました。
ある時、あまりにも疲れたので仰向きに倒れてしまいました。しばらくは大きな息をしていましたが、目を開けることできなかったのですが、ようやく目を開けると、空には無数の星が輝いていました。
「なんて美しいのだろう。星は朝になって太陽と交代するまで一晩中輝いているのだろうか。
無数の星があるが、大きいのと小さいのがある。それはどうしてだろう。ひょっとして、太陽の破片だからか。そして、太陽と同じように空を動いているのだろうか」オニロは、海や空には不思議なことがいっぱいあると思いました。

オニロの長い夢
1―17
オニロとシカは一晩中飽きることもなしに星空を見ていました。オニロは寝転んで、シカはすわって空を見上げています。
「ほらほら。あの星を見てごらん。すごいじゃないか。他の星の10倍ぐらいあるぞ」とオニロが指さすと、シカも目を輝かせてその星を見るのです。
「ずっと輝いている星と瞬く星がある。どうしてだろうな。もちろん家でも窓から星が見えていたけど、ママが、『早く寝なさい』と言ってカーテンを閉めてしまうから、ずっと星を見ることはできなかった。
それにまわりは山があったから、空のどこまでも星が光っているとは気がつかなかったな。おまえも、山にいたから木と木の間からしか星が見えなかっただろう。
ところで、空はどこまで広がっているのだろう。海と同じぐらいか。そんことはないなあ。海だけじゃなく、陸もあるからな。
おい!気がついたか。すごい流れ星だった。こんなにすごい流れ星は初めてだ。あっ、また!」
シカは眠たくて、時々頭をこっくりこっくりするのですが、オニロの話は止まりません。こっくりするのを話にうなずいていると思ったのかもしれません。
「家でも、流れ星を見ることはあったが、流れ星が海に落ちるのを見るのは初めてだ。
やはり星が太陽のかけらだというのはまちがいないようだ。太陽が海に沈むとき、飛び散った無数のかけらが空に飛んでいくのだろう」オニロは太陽と星の関係を自分の目で見て納得しました。
しかし、いつの間にかオニロは寝てしまいました。いびきが聞こえてきました。
シカもずっと空を見上げていたので首を垂れて寝てしまいました。
体が冷たくなったので、オニロは目を覚ましました。あれだけ輝いていた星は少なくなり、今は転々とあるだけです。そして、暗闇は少し青みがかかっています。
「ここはどこだ」オニロはあたりを見まわしました。
「そうだ。ここは海だ。ぼくらは薬を作る薬草を探すために小さい船で海を進んでいた。
あれっ。これはどうしたことだ!これは夢か。夢の中の夢か。おい。起きてくれ」オニロはシカに叫びました。シカも大きな目を開けてあたりを見ています。
「気がつかないか!」オニロは叫びました。
「船は、全然前に進んでいないじゃないか。海の端は夕べと同じぐらい遠くにあるし、岸はそこに見えている。どうしたんだろう。夕べは布は風をいっぱい受けてどんどん進んでいたじゃないか」オニロは合点がいきません。
「白いヘビは、『おまえは大人よりも勇気と知恵がある。すぐに船に乗って薬草を取りにいってくれ』と言うから、船に乗るのははじめてだけど、みんなのためにどんな困難でも立ち向かうと決めたのに。
あっ!そうだ。道案内をしてくれるウッパールはどこにいるんだろう」オニロは海を見渡しました。
その時、シカが、「ウッ、ウッ」と叫びました。
オニロが、シカが見るほうを見ると、海面が少し動いているように見えました。
そして、黒い影が出てきました。「ウッパールだ!」オニロが叫びました。
「おーい。こっちだ。道に迷ったんだ。教えてくれ」オニロは無我夢中です。
空には白い大きな鳥が何十羽と集まってきて、黒い影の上を飛びまわりました。
「ほら。ウッパールに違いない。白いヘビのまわりにサルが集まったのと一緒だ。よし!」オニロは櫂で船を進めはじめました。
しかし、一人で漕いで船を進めるのは簡単にできるわけがありません。
「ウッパールはぼくがここにいることに気づかないだけだ。波を起こしていれば必ず気がついてくれる」オニロはそう思って、力を込めて櫂を漕ぎました。

オニロの長い夢
1―18
「ウッパール!早く気づいてくれ。ぼくはここにいるぞ」オニロは叫びながら櫂を漕ぎつづけました。
オニロがウッパールにちがいないと思っているものは海面近くにいますが、オニロのほうに来ることもなく海に浮んでいるだけです。
ただ、動いたときに大きな波が起きます。近づくにつれ船が転覆するほど大きな波が来ます。
それでも、オニロは「ウッパール。早く気づいてくれ」と叫びながら櫂を漕ぎました。
やがて波が収まったので海面を見ましたが、大きくて黒いものはどこにも見えません。
よく見ようとしても、波はきらきら輝いているので、よくわかりません。
「どうしてぼくを見つけてくれないのか。早く薬草を取りにいこうとしているのに」オニロは嘆きました。
海の端のほうを見ると、遠くで船が数隻何事もないように進んでいます。じっとそれを見ていましたが、「まさか!」とつぶやきました。
「白いヘビは小さい船のほうが早いとは言ったが、風については何も言ってくれなかった。
そして、薬草を取りに行くように命じたのは、ぼくだけじゃなかったかもしれない。
確かにそうだ。伝染病にかかった人間を救う薬を作る薬草をぼくのような子供に頼むだろうか。
そうだ。そんなことはありえない。何人もの大人や子供に命じたはずだ。
船をうまく扱うことができるかをウッパールは海のどこかで見ていたのにちがいない。
ぼくには無理だと判断したのだ。それなら、ぼくはここにいる必要はない。
早く家に帰ろう。いつもおばあさんが、『オニロ。早く起きなさい。寝坊すれば、パパやママに笑われるよ』と言って起こしてくれるが、今帰れば、いつもの時間に起きることができるだろう」オニロはそう考えました。
シカにも、「帰ろうか。おまえもパパやママに心配かけなくてすむものな」と声をかけました。
幸い、風は海岸に向って吹いています。「よし。布を張ろう」と大きな声を出して、結んでいた紐をはずして力いっぱい張りました。
船はゆっくり海岸をめざして進みました。「伝染病は村中に流行り、多くの人が死んでいった。ぼくの友だちやそのパパやママ、おじいさん、おばあさんも死んでいった。
早く薬を作らなければ、村から人がいなくなる。幸いぼくのおばあさんは元気だが、おばあさんが伝染病になれば、ぼくはどうしたらいいのか分からない。
こんな不幸な目に合わせるのも神様の考えなのか」
オニロは天井に出てきた髭のおじいさんが家を出るように言ったときから今までに起きたことを思いだしていました。
オニロは遠くを見ました。海から出てきた太陽は目を開けておれないほどの光を放っています。海もその光を受けて鏡ようにきらめいています。
空には白い鳥が仲間と話しながら楽しそうに飛びまわっています。その様子を見ていると、どうして鳥は飛ぶことができるのだろうかと思いました。
「もちろん翼があるからだろう。では、あの翼はどういう役目をしているのだろうか。
船の布のように翼で風を受けているのだ。高い空にも風が吹いているからな。でも、風の向きが変わっても、あまり気にしているようには見えない。高く飛んだり、急いで海の近くまで下りたりと自由自在に動いている。
そうでなかったら、友だちと遊んだり家族が待っている巣に帰れなくなるじゃないか」
船は海岸に向っていましたが、オニロはもう少し考えてみようと思いました。

オニロの長い夢
1-19
やがて風がなくなったようで船は止まりました。布もたれさがってしまいました。
静かです。オニロが動くと船は傾くので波が船に当たる音がするぐらいです。
空を飛びまわる白く大きな鳥の鳴き声はさらに大きく聞こえます。
海の真ん中でポツンと取り残されたようになったので、オニロは鳥の様子を見ていました。
空を回っていた鳥が一気に海面まで下りて何かを加えてすぐに飛び上がりました。
すると、4,5羽の鳥がそれを追いかけていきました。最初の鳥は取られないようにものすごい勢いで逃げました。やがて豆粒のようになってしまいました。
餌の取りあいか。自分の意思で飛び回っている。ぼくらが野原で追いかけっこするように、どこに逃げようがどのように捕まえようが自分の考え一つだ。風のことなど考えていない。
すると、船のすぐ上を飛ぶ鳥がいました。大きな翼を上に持ち上げたり、下に下ろしたりして飛んでいる。このくりかえしで飛んでいるのだ。
さらに観察していると、翼を上げたときに上がり、そのまま進んでいる。
そして、翼を下に下ろしたときに前に進んでいる。まるで船を漕ぐように空気を漕いでいるようだ。
少しわかったぞ。そこに秘密があるのだ。だから、向かい風でも平気なのだ。
少し風が出てきた。布の横棒に止まっていた鳥が飛びだした。今は追い風だが、空を回っていれば半分は向かい風になるはずだ。でも、同じ早さで回っている。向かい風で速度が遅くなったようには思えない。
船についている布は鳥の翼よりはるかに大きいじゃないか。いや、布が大きすぎて、向かい風に負けてしまうのだろうか。
空を飛ぶ鳥は神様からもらった能力を自由に使いこなしている。
しかし、ぼくは別に空を飛びたいと言っているのではない。空を飛べなくても、風を使って前に進まなければならない。
神様の使いのような天井の老人や、サルに守られていた白いヘビが海の向こうに行けと命じたではないか。しかし、風の使い方をぼくには教えてはくれなかった。
白いヘビは、ぼくには知恵と勇気があると言っていた。それなら、教えてくれなかったが今それを証明しなければならない時かもしれない。
そんなことを考えているとあたりは少しずつ暗くなり体が冷えてきました。
船に当たる波の音はしますが、何も聞こえません。今度は鳥の鳴き声もしません。住処(すみか)に帰ったようです。
よし、明日こそ鳥の飛び方を見つけようと思いました。空は無数の星で輝いています。流れ星も縦横無人に流れています。
「流れ星は流れてどこにいくのだろうか。海から出てきて空のどこかに止まっている星とはどう違うのだろうか。この世は分からないことばかりだ。
ああ。そうだ。ママは、流れ星を見たら何か願いごとをすると叶うのよ」と言っていたような気がする。
でも、暗くなるとカーテンを閉めて寝るように言われていたから、そんなことはしたことない。
「おまえはどうだい?そんな話をママから聞いたことあるか」オニロはシカに聞きました。
「おまえは外で寝ていたから、流れ星なんてめずらしいことないのかもしれないね。毎日願いごとをしていたら疲れる」
シカは返事をしたようですが、どういう意味なのかオニロには分かりませんでした。
「これから、流れ星を見たら、毎日パパとママが生きかえるように願うよ。
その次に、この船を自由に操ることができますようにと祈る殊にする。
その前に、おまえに名前をつけるよ。これからどんなことが起きるかもしれないからね。おまえとはぐれても、名前がないとおまえを呼ぶことができないじゃないか。
そうだ。今日からおまえをピストスと呼ぶことにする。どういう意味かって?
意味なんてないよ。呼びやすい名前にしただけだ」
オニロは、船の上は暗かったですが、シカはうなずいたように感じました。

オニロの長い夢
1-20
オニロは思わずピストスを抱きしめました。その拍子に船は大きく傾き、ひっくり返りそうになりました。
「おっと危ない。もう少しで海に落ちるところだった。また、ピストス!って叫ぶところだったな」オニロは胸をなでおろしました。
ピストスも自分からオニロの顔をなめました。こんなことは初めてです。
名前をつけたので、さらに友情が深まったようです。
「ピストス、明日からがんばろう」オニロがそう言うと、ピストスは体を横たえて眠りました。
オニロは一人になると、雨の日以外は寝転んで空を見ました。
無数の星の輝きを見ていると楽しくなります。今は、それぞれの星の大きさや輝きだけでなく、星と星を結んで何に似ているか考えるようになりました。
最初は、木や山のような簡単なものでしたが、だんだん複雑になってピストスや船なども見つけることができました。
そして、パパとママの二人の形も見つけました。星が出てくるとまずそれを探すのです。すると、二人がすぐそばで見てくれていると思えます。
疲れていても、「どんなことがあっても約束したことはやりとげるぞ」と空を見上げて二人に誓うのです。
今日も新しい形を探していました。しかし、うまく見つけられなかったのですが、ふっと「船を進めていけば、あの形は違って見えるのだろうか」と思いました。
つまり、家でもその前を歩いていくと正面が見えなくなり、家の横しか見えなくなります。
星の形もそうだろうか。それなら、船を進めていけば、パパとママには会えなくなるかもしれないが、薬草を取りにいかなければならないのだから、しばらく我慢すればパパとママは喜んでくれる。
そのためには、早く船を前に進めることを覚えなければならない」
明日は朝からその研究しようと思いながら、ピストスの横で眠りました。
翌日目を覚ますと快晴で風も少し吹いています。研究には最適の日です。
白い鳥はいつものようにかん高い声で鳴きながら船の上を飛びまわっています。
寝転んですぐ上を飛ぶ鳥を観察しました。羽を上げて上に行き、羽を下げて前に進むことはまちがいないと確信しました。
そして、「向かい風であろうが追い風であろうがそんなことは気にしないで自分が行きたいほうに行こうとすればいけるだ」と、うっすらと思っていたことがはっきりわかりました。
「それじゃ。ぼくらもその気持ちで船を前に進めよう」と思いました。
布を向かい風に向かって張り、前に進もうとしましたが、やはりうまくいきません。
きつい向かい風が吹くと船がひっくりかえりそうになります。「これは絶対無理だと思うとあきらめてしまう。鳥のように何も考えないこと」自分にそう言って、何百回も挑戦しました。
そして、向かい風に向かって少し斜めに布を張ると前に進むことができることに気がつきました。
ほんとにそうなのか、また何回も繰り返しました。「前に行った。前に行ったぞ!ピストス」オニロはピストスを思いっきり抱きしめました。
「鳥もそういうことをしているのに違いないよ。体が勝手に動くのだ。神様がそういうふうに作ってくれたのだ。ぼくらも練習すれば、どんな風でも自然に前に進めるようになれるはずだ」
明日から、いよいよ薬草探しに行こうとピストスに言いました。ピストスもそれがわかったようで、オニロの顔を見ました。
その晩は空にいるパパとママの姿を見て、「明日から海の旅に出ます」と言って、いつもより早く寝ました。
そして、朝早く起きましたが、ピストスがいません。オニロは、「ピストス!」と何回も叫びました。

オニロの長い夢
1-21
海に落ちたのか。オニロはピストスを必死で探しまわりました。
すると、少し離れた海面が膨らんだかと思うと、何かが突然あらわれました。体の色からしてピストスに違いありません。「やはり海に落ちて死んでしまったのか」と思っていると、それはどんどんこちらに近づいてきました。
生きている!船まで戻ってきて顔をぐっと上げると口に何かくわえています。
「ピストス!」オニロは思わず叫びました。ピストスは30センチはあろうかという大きな魚をくわえています。
オニロはその魚を船の上に放り投げてから、力を入れてピストスを引っぱりあげました。
オニロもピストスも息切れが激しくぐったりしたままでしたが、しばらくしてようやく体を起こしました。
「心配したよ、ピストス。でも、こんな大きな魚をよくつかまえたな。おまえもこれからの航海の訓練をしていたんだね」オニロが魚を見ると、船の上で飛び跳ねていました。
「今まで船に飛びこんできた魚はいたが、ここまで大きな魚は初めてだ。今日は腹いっぱい食べよう。これでがんばれるぞ」オニロはそう言うと早速ナイフを使って魚をさばきはじめました。
以前船の中を調べているとき、甲板の下に物入れがあって、そこにナイフ、ロープ、30センチぐらいの筒を見つけていたのです。
お腹がいっぱいになると、「それじゃ、もう少し風の研究をするよ。いよいよ明日は出発だ」オニロはピストスに言いました。
オニロは無我夢中で風の動きと早さ判断して、布をすばやく変えて船の方向と速度を覚えました。
気がついたら夕焼けがはじまっていました。真っ暗になっても風が分かるようにしようと思っていましたが、ピストスがもうやめるようにという合図をしました。
「そうだな。明日は朝早く出発しなければならないからな」とピストスの言うとおりにしました。
疲れを覚えたのでごろんと横になると、空にはパパとママの星が見えました。
オニロは体を半分起こして、「パパ、ママ。旅をする準備はできました。どんなに苦しくても弱音を吐きません。
どうか空からぼくとピストスを見守ってください。必ずパパやママを苦しめた伝染病をやっつける薬草を見つけます。
そして早く家に帰っておばあさんを助けますから」と祈りました。
翌日はようやく日の出がはじまったときに起きました。すでにピストスは起きていました。ピストスの大きな目には日の出が赤く映っていました。
「今日もいい天気のようだね。ピストス。海の端に行くまでにウッパールがどちらに行くか教えてくれるようになっているんだ。
『ここをまっすぐ行け』と言われても船を操れなければその方向に行けないもんな。
なぜそんなことに気がつかなかったんだろう。あの白い蛇に、『おまえには勇気と知恵がある』と言われたので有頂天になってしまったんだな。
これからは目の前のことをちゃんと見なければならないことがよくわかった。
今知りたいことは、空に光る星はぼくらが進む方向を知るために使えるかどうかということなんだ。
もし使えることができたらどんなにすばらしいことだろう。パパとママの14個の星がきっと教えてくれるはずだ。おっと、長話はやめて出発しよう」
オニロは船を動かしました。向かい風が吹いていますがそうきつくないので、船は滑らかに前に進んでいきました。
大きな白い鳥も鳴きながらついてきています。以前からその鳥が海面まで下りてくると、そこには魚がいることが分かっていましたので、ピストスも鳥の様子を見ています。
船はあくまで順調です。波を切って進みます。海の端はかなり遠いですが、これなら、ウッパールに会えるのはそう遠くないような気がしてきました。
10日ほど進みました。いつも遠くにあった海の端が徐々に大きくなっているような気がしました。
「ピストス。海の端も大きくなってきたように思わないか。海も終わりに近づいてきたんだ。
しかし、ウッパールと出会えなかったな。船が早いので、ウッパールはぼくらを見落としたんだよ」オニロは上機嫌でした。
確かに海の端と思っている黒いものはぐんぐん大きくなってきました。崖が目の前にあらわれました。
「やったぞ。海は終わった。船をおいて崖を登ろう!」オニロは叫びました。

オニロの長い夢
1-22
オニロは、崖を登る前に船をどこにとめようかと考えました。薬草を見つけたとしても、それを持って帰らなければならないからです。
近くに少し凹んだ場所がありました。そして、そのまわりには細い木が数本生えていました。
「ここがいい!」甲板の板を一枚開けてロープを取り出しました。他にはナイフと丸い筒がありました。
ナイフはピストスがとってくれた魚を料理するときに使いましたが、筒とロープはまだ使っていませんでした。
「よく見つけられたものだ」オニロはその道具箱を見つけた時にそう思いました。
「『どんな時も、落ち着いてまわりを見ろ』と教えるために白いヘビわざと言わなかったのだろう」と気がつきました。「それなら、この長い筒は何をするものだろうか」と不思議に思いました。
とにかく、今は船を失わないようにするためにロープを使うことにしました。
まずピストスを陸に上げてから、丁寧に布をたたみ、船が波にさらわれないようにロープを使って2本の木にきつく結びつけました。
何回も結び目を確かめた後、「ピストス。行くぞ」と声をかけました。
しかし、細かい石でできている場所をしばらく歩くと、オニロの何倍もある岩が無数に重なっている崖が立ちふさがっています。
登りやすい場所はないか見まわしましたが、どこも同じです。「池ならこんなに高い岸はない。海は水の量がちがうから、もし岸が崩れたら大変なことになるからだろう」と考えました。
それで、崖を見上げて、様子を調べました。岩と岩の間には低い木が生えています。
「頼りなさそうだが」と思って、一番下の岩の隙間から出ている木をぐいっと引っぱりました。しかし、抜けそうにありません。
あちこちの木も試しましたが、深く根を張っているようです。
「これは使えそうだ。疲れたらこれにつかまって休んだらいいのだ。
それに、ぼくは深い穴に落ちたが脱出することができた。白いヘビの神様も言ってくれたように、今度もあきらめなければ何とかなる。
しかし、ピストスは登れるだろうか。いや。動物は4本の足を使ってこんな崖でも上手に登るかもしれない。そして、崖の上から『オニロは遅いなあ』とぼくをあきれ顔で見るかもしれないが・・」
オニロはピストスが登りやすい場所がないか遠くまで見ましたが、見るかぎり同じような岩山が続いています。
ちらっとピストスを見ると、ピストスは何か察したのかオニロを見ていました。
オニロは、思い切ってピストスに言いました。「ピストス。今からこの岩山に登るつもりだが、見てのとおりの急な崖だ。
ぼくは木をつかみながら岩と岩の間に足を入れて登っていくつもりだ。
でも、おまえは無理だ。急いで帰ってくるからここで待っていてくれないか」
すると、ピストスは岩山にジャンプして乗ったかと思うと、そのまま横に走り、今度は上に行き、岩の出っ張りに乗ってオニロのほうを見ました。
オニロは何か起きたのかわからないほど驚きましたが、ピストスはすでに下りてきていて、得意そうにオニロを見上げていました。
「ぼくの考えは杞憂だった。おまえは山の育ちだ。こんな岩山なんか毎日のように通っているのだ」オニロはほっとしてピストスの背中に手を置きました。
「今度こそほんとの出発だ。ぼくに遠慮しないで先に崖の上に行ってくれ。
ぼくも落ちないように行く。陸につけばこっちのものだ」
二人は目の前に聳(そび)え立つ崖を見上げました。

オニロの長い夢
1-23
オニロは聳え立つ崖を見上げて、「ピストスは大丈夫だ。後はぼくだ。弱音を吐かず登るのだ」と自分に言いました。そして、すでに決めていた岩の横にある隙間に足を入れるとすぐに体を起こして、岩の出っ張りにつかまりました。
それから、体を横向きにして次の隙間に行きます。
ピストスは少し離れた場所から上ったようです。その様子が見えましたが、どんどん横に行ったかと思うと少し休んでから上に向かいました。
「ピストスも考えているのだな」と思いましたが、姿はすぐに消えました。
崖の向こう側に行ったようです。
「ぼくも急がなくてはならない」と思いましたが、高い場所の様子は下から見えなかったのでそこでどの方向に行くか考えなければなりません。
「慌てるとどこにも行けない場所に氏突き当たってしまう。そうなると一つ戻らなければならない。それは体力の消耗になるし、そのまま落ちてしまうかもしれない」そう思って、その先その先を考えるようにしました。
岩の間に足を入れて少し休んでいるとき、上や下を見ましたが、ピストスの姿はありません。止めていた船も小さく見えるだけです。
「ピストスはもう登りきったようだな。ぼくもここまで来た。もう少しだ。落ち着いて。落ち着いて」オニロはそう自分に言い聞かせながら次の方向を決めました。
懸命に登っていると、風の音に混じって何か鳴き声が聞こえてきました。
ヒヒーンと聞こえる。馬がいるのかと思ったが、「あれはピストスに違いない」と気がついた。
「ピストスはあまり鳴かないが一度聞いたことがある。確かぼくがクマに襲われていたときだ。ぼくが逃げていたとき聞いたあの鳴き声だ。
ピストスはぼくを心配したり、励ましたりするときだけに鳴くのだ。
ピストス!ありがとう。おまえの声が聞こえるところまで来ている。絶対そこについてみせる」オニロは疲れた体を奮い立たせました。
終わりに近づくと崖は反りかえるようになっていました。「ここはどうしたらいいのか」オニロは泣きそうな気持になりました。
またヒヒーンという声が聞こえます。「ピストスは最後はどうなっているのかわかっているのだ」オニロはあきらめる気持ちを振り払いながら、岩の様子を丁寧に見ました。
すると、自分がいる岩の左側五つ目の隙間に今までで一番太い木が生えているのを見つけました。
「あれなら足をおいても大丈夫そうだ。そうしてから、左側の岩の出っ張りに飛びつくのだ。それがうまく行ったら、崖の反り返りが少し弱くなっているところから崖を乗り越えることができる」オニロは計画を立てましたが、その通りになるのか不安になりました。
下を見ると目も眩(くら)むような場所に来ていることが分かりました。
「もう少しなんだ」ピストスに言うように言うと、左にゆっくり進みました。
ようやく太い木がある岩にたどりつきました。
その木を確かめると体を任せても大丈夫なのが分かりました。そして、左足をそこにおいて大きく息をすると膝を曲げて飛び上がりました。上の岩の出っ張りに手をかけると同時に左足を隙間に入れました。
心臓が破裂するほど動いています。左足を隙間に入れたとき膝を強く打ちましたが、痛さを感じることさえありません。
心臓が落ち着くとすぐに右手に力を入れて、左足を抜きました。そして、右手で上の岩の隙間にある木をつかみました。
それを3回繰り返すと崖の上にへばりつくことができました。
しかし、安心する間もなくすると体がずるずると落ちていくのが分かりました。
「落ちるのか」と思わず体を固くしましたが、体が動いています。
「落ちる。落ちる。何とかしなくては」オニロは横を向いて木をつかみました。
ようやく体は止まりました。すると、ヒヒーンという声が聞こえました。
顔を上げるとピストスの顔がすぐそばにありました。「えっ。ぼくは助かったのか!」オニロは叫びました。

オニロの長い夢
1-24
ピストスは、そうだというようにうなずきました。
「ピストス。ありがとう。おまえがぼくを助けてくれたのか!」
オニロがずるずると落ちはじめた時、ピストスはまた崖を降りてオニロの下に回りこみました。そして、頭を使ってオニロは思いっきり突き上げたのです。オニロは空中で2,3回回転して崖の上に転がったのです。無我夢中で何が起きたのか分からなかったようです。
ようやく立ち上がったオニロはまだ足腰が痛かったのですが、「それじゃ、行こうか」と言いました。
目の前は林になっています。「とにかく林を突き切ろう。そうすれば家が見えてくる。
ぼくの家の近くにある池もそうなっているよ。池のまわりは林になっていて、次は広い畑がある。遠くに家が立っている。
林を抜けたら人がいるから、その人に、薬草のある場所を聞くことにしたらぼくらの任務は終わる。
それにしても、ウッパールはぼくらを見つけられなかったな。多分、ぼくらの技術じゃここまで来るのにはまだまだ時間がかかると思ったんだろうな。
でも、ぼくらは海や風、鳥のことを研究して船を自在に動かすことができたんだ」オニロは上機嫌でピストスに話しかけながら進みました。
しかし、なかなか林が終わりません。驚いた鳥が鋭い鳴き声を出してばたばた飛び出します。
さらに木々が増えてきたので、前に進めにくくなってきました。枝や根に足を取られて何度もこけました。
「これは家がある方向ではないかもしれない。反対に来ているのだろうか。焦ったら早く来たことが台無しになる。
ピストス。道がないか調べてきてくれないか。必ず人が歩いたところが道になっているはずだから。ぼくも探す」
二人は離れて道を探しました。オニロは枝が折れたり切られたりしたところはないか注意深く探しました。
そういうところがあれば、最近人が来なくて足元の草が深くなっていてもそこを進めば必ず林を抜けられると思ったのです。
それらしき場所は何か所かありましたが、確証は持てません。自然に折れたかもしれないからです。はっきりした道が残っていないかさらに探しました。
その時。ピストスがピョンピョン飛びながら戻ってきました。「ピストス。見つかったか!」オニロは叫びました。
ピストスは、「こっちへ来い」というように首を曲げました。オニロは急いでピストスの後を追いかけました。
しばらく行くと、木と木の間が少し開いた場所に何か崩れたものが見えました。オニロはそれを調べていましたが、「これは家だ」と言いました。「人がいた証拠だ。ここに焚火の跡がある」
ピストスもオニロを見上げて話を聞いていました。「どうしてここに家を建てたのかはわからないが、簡単な作りだ。逃げてきたのか、猟をするためか・・・。
とにかく人が住んでいるところから来たはずだから、ここを進めばぼくらも人に会えるぞ」オニロはそこからどの方向に向かうのか考えました。
聞きなれた鳥の鳴き声が聞こえました。あの白い大きな鳥です。かなりの数が集まって飛んでいます。
「あの鳥は海の魚を食べていた。つまりここは海に近いのだろう。すると、ぼくらはそんなに海から離れていないかもしれない。かなり進んだと思っていても、海に沿って歩いていたのだ。それなら、海から離れるようにしなければならない」
オニロは白い大きな鳥がどちらに進んでいるのか見上げて確認しました。
「あの鳴き声は魚を見つけた時の声のように聞こえる。すると、こっちが海と離れる方向だ。こっちへ行こう。ピストス、よくこれを見つけてくれたな。これで早く薬草を見つけられるぞ」
二人は進みはじめました。朽ちた家のまわりはまた木が密生していましたが、人がいた証拠があったのですからどんな太い枝や根でも乗り越えて前に進みました。

オニロの長い夢
1-25
朽ち果てた家らしき残骸を見つけたのですが、その後は何もありません。
しかし、木の枝や絡まった草に足を取られてこけることもありましたが、必ず人が住んでいる町があるはずと信じて歩きつづけました。
夜も歩きたかったのですが、天気が悪い日が多く、しかも木が大きいので枝で空が見えないので、暗くなったら夜が明けるまで休むことにしました。
ときおり枝から鳥が鋭い鳴き声で飛びだしたり、草むらでがさがさという音がしたりします。そんな時は必ずピストスが立ち上がって身構えます。
オニロは、「ピストス。大丈夫だよ。もっと近づいてきたら、ぼく撃退するから、おまえはゆっくり休め」と体を触ります。ピストスは少し痩せたようです。骨が出てきている。早く薬草を見つけて親の元に帰れるようにしたいと思うのです。
夜が白々と明けてくるようになると早速歩きだします。草むらに人が歩いたところがないか見ながら進みます。全くなければ木と木の間が少し広くなったところを進みました。人はわざわざ狭いところを歩かないと思ったからです。
数日後、先に進んでいたピストスが跳びはねながら戻ってきました。「何かあったか!」オニロは叫びました。
「早く来い」と合図をするのでオニロは急ぎました。ピストスが止まっています。
其処だけ木が生えていないためか明るくなっています。ピストスの黒い影が動きません。「家があったか」と思い、オニロは急ぎました。
しかし、家ではなく大きないけか沼が広がっています。鳥が鳴いています。
魚もパシャと跳ねています。
「すごいなあ」オニロはピストスに声をかけました。「この池がどこまで続いているのか見てみよう。こんなにすばらしいところに人がいないわけないよ。きっと人はいるはずだ」二人は歩きはじめました。
すぐに焚火の跡らしきものがあり動物の骨もありました。「ほら。人がいる証拠だよ。こんなことをする人は花や草について詳しいんだ。『薬を作る草を知りませんか』と聞くと、『それだよ』と教えてくれる。
オニロはピストスの前を歩きました。しかし、道らしきものは見当たりません。
1時間ほど歩くと池は終わり、また森の中を歩くことなってしまいました
二人とも疲れていましたが、まだ明るいので休まず歩きました。
頭がぼっとしていて、いつ寝たのか分かりませんが、どこかで聞いたような声が聞こえてきます。
しばらくして、海の上を飛んでいたあの大きな白い鳥の声だと気づきました。すると、船でここまで来たときのことが夢の中に出てきたのだと思いました。
ぼくがよく幽霊の夢を見て泣くので、ママは、「怖いことや辛いことを夢で見るのは悪いことじゃないのよ。あなたの心が強くなったかどうか調べているだけだから」といていたのを思いだしました。
オニロは鳥の鳴き声に耳を澄ませました。「そうだな。海は終わったのにあの鳥がいるわけはない。これは夢だ」
オニロはそのまま目をつぶっていましたが、明るくなったようで目を開けました。ピストスも起きています。
しかし、あの鳥の声が聞こえます。「ピストス。あの鳥の甲高い声が聞こえるか。
あの鳥のおかげで船の動かし方が分かった。でも、どうしても分からないことがあるんだ。あの鳥は海にいるだろう。ここは海から遠く離れているから、あの鳥ではないと思うんだ。別の鳥だろう」
鳴き声がさらに大きく、さらに増えてきています。「まずどんな鳥が同じように鳴いているか調べよう」二人は鳴き声のほうに行くことにしました。
昼過ぎまで歩きました。鳴き声は止みません。木がだんだん低くなってきました。遠くに何か見えます。
二人は走って行きました。「あっ!海だ」二人は顔を見合わせました。

オニロの長い夢
1-26
オニロは、どこまでも広がる海を呆然と見ていましたが、「これはどうしたことだ!海は終わったはずなのに」と絞りだすように言いました。
オニロの計画では船を停めたところで海は終ったので、後は陸地をどんどん進み、出会った人に、「薬草はどこにありますか」と聞くだけだったのです。
しかし、あの白い鳥の鳴き声が聞こえたので、思わずそちらのほうに行ったのでした。
少し落ち着いたので、「ここはどこなんだろう。それにしてもぼくらはどこに行こうとしていたのか」と考えましたが、頭が混乱するだけでした。
「途方に暮れているばかりでは白いヘビから命じられた任務を達成することはできない。今も伝染病で苦しんでいる人は大勢いるだろう。
しかし、船に戻ると決めても、木の密生した林では方向が分からない」
海を見ると、白い波が岸に打ち寄せています。何十羽という白い鳥が以前のようにギャーギャーと鳴きながら空を回っています。
「それなら、船を作ってみようか」と考えました。「でも、あの船のようにはうまくできない。筏(いかだ)なら田舎の池で乗ったことがあるので分かるが、筏は海にが浮くものだろうか。
とにかく筏を作ってみよう。ここが陸地の端ならば、端に沿って行くだけだから、そう難しいことではないかもしれない」
そして、「ピストス。筏を作るよ。それに乗って船を探しに行く。
船にあったナイフを持ってきているから、それで枝を切ればいい。落ちている枝も使える。
木と木をつなぐのは木に巻きついているツルだ。それに、風を受けてくれる布もツルを編んで作れる。
ぼくが穴に落ちたとき、サルがツルを投げいれてくれたのでぼくは助かった。今回もツルがぼくらを助けてくれるかもしれないぞ」
二人はさっそく林に戻り、枝やツルを探しました。まず自然に折れて下に落ちている枝を探しました。
足らない分はオニロが木に登り切りました。もちろん頑丈なツルがあればそれも切りましたが、巻いているツルはピストスが木のまわりを回って外しました。
枝が20本ほど集まりましたので、崖近くまで運びました。筏は海に近くでしか作れないので、今度は崖から落としました。
自分たちも崖を下りなければなりませんが、ここは岩と岩の間に生えている木が多かったのでそれにつかまりながら無事に下りることができました。
オニロは、枝を見比べて外側に太い枝を置き、その中には細い枝を並べました。それから、ツルを使って、昔乗った筏を思い出しながら編んでいきました。
しかし、池とちがって海は波があるので、ばらばらにならないように何重にも編みました。
さらに、ツルを編んで布の代わりを作らなければなりません。岸からそう遠くまで行きませんが、うまく風を受けるように丁寧に編みました。
それから、枝につけて筏の真ん中に立てました。これで二日間かかりました。
後は海に浮かべるだけですが、海まで10メートルもありませんが、このままでは重いので、2本の枝を地面に置き、そこをすべらして海まで運ぶことにしました。
ようやく筏は海に浮かびました。余った枝は枝が流されたときのために筏に乗せました。
二人は筏に乗りました。オニロはあちこち調べました。どこも異常がないようです。
「ピストス。ありがとう。立派な筏ができたよ。これなら少しぐらいの波が来ても大丈夫だろう」オニロはピストスに言いました。ピストスもうれしそうに頭を振りました。
そして、海まで運ぶための筏2本と余った枝3本の合計5本を筏に乗せて、「ぼくらの船はここを左に行ったところにあるはずだ。何日もかかるだろうが、ピストスも何か気づいたら教えてくれ」とピストスに声をかけ出発することにしました。
しかし、風はありません。筏はわずかな波に揺れているだけです。
オニロは、「どうしたらいいのだろう。陸から離れるわけにはいかない。陸のすぐ側では筏を動かす風はあまり吹かないかもしれない」と思いましたが、「風が吹くまで筏を漕ぐことにしました。
余った枝を一本つかみました。それを櫓(ろ)にして船を漕ぐことにしました。

オニロの長い夢
1-27
筏にしている枝が折れたりしたときのための予備の枝をナイフで持ちやすいよう切りました。
それを浅瀬に突き立てて漕ぎはじめました。筏はうまく進みました。後は風が吹けば布を使って進むだけです。
しかし、穏やかな日で風はまったくありません。初めて作った筏ですから、いつどうなるか分かりませんので沖のほうにはいかず、注意しながら崖の近くを進みました。
休むことなく漕いでいると、手のひらは真っ赤になり、血が出てきましたが、休むわけにはいきません。かなりの日数を無駄にしているからです。
もちろん、停めておいた船を見つけなくてはなりませんが、暗くなると見逃すおそれがあります。夜になると、ピストスが一睡もすることなく崖の下を見ました。
「ぼくらが上陸したのは島だったのか。故郷にある池にも島があったが、そんなに大きなものではなかった」オニロはまだ合点がいきません。
海の端は相変わらず遠くに見えています。「海は池と比べて何千倍、何万倍と大きい。
それなのに、白いヘビは、なぜぼくのような子供に人々を助けるための薬草を持ってかえるように言ったのか。
ひょっとすると、ぼくの勇気や知恵を試そうとしているのか。それならぼくに何をさそうとしているのだろうか。それもわからない。すべてわからないものばかりだ」
時々風が吹くことがあります。そんなときは急いで布を広げて進みます。
筏がうまく進むときは、少し沖合に出ます。しかし、注意が必要です。早く進むと、筏がばらばらになるかもしれないからです。
そんなことになったら、ピストスが心配です。ピストスは魚を捕まえるのがうまくなりましたが、長い間泳ぐことはできないかもしれないからです。
10日後夕方、ピストスがオニロに体当たりして、崖の下を見るように合図をしました。岩と岩の間に船が有馬sづ。「やったぞ!」オニロはピストスは抱きしめました。
急いでそちらに向かいました。まちがいありません。停めておいた船です。
幸い強い風が吹かったようで、どこも傷んでいません。
何かあったときのために、筏をそこに停め、船に乗りかえました。
「これから、どうしようか」オニロはピストスに話しかけました。
もう失敗はできないので、よく考えなければなりません。青い海はいつもと同じように満々と水をたくわえています。青い空も、いつもと同じように無限に広がっています。
海も空も自分を受け入れてくれそうにありません。オニロは深いため息をつきました。
そのとき、遠くに小さな船がいるのに気がつきました。動いていないようです。海の上で漂っていようようです。人が倒れているかもしれないと思うといてもたってもいられません。すぐに船を動かしました。
最初な筏で使っていた櫓を漕いでいましたが、風が吹いてきたので、布を広げ、無我夢中でその船をめざして進みました。
かなり近づいたとき、大きな声で、「誰かいますか!」と叫びました。すると、
一人の男が立ち上がるのが見えました。
「生きている!」オニロは安心しましたが、とにかくもっと近づくことにしました。
男の顔がはっきり見えました。ひげが顔を覆っていますが五十代ぐらいの男が、誰だ「何だ」と聞きました。
オニロは、「何かあったのかと思いました」と正直に答えました。
「わしは漁師だから魚を取っている。おまえこそ誰だ」と日焼けした男は言いました。
「オニロと言います。陸に上がりたいのに方向がわからなくなりました」オニロは正直に答えました。
「陸ってなんだ」
「海の次にあるものです」

オニロの長い夢
1-28
漁師はあっけにとられたようにオニロを見ました。しばらく何も言いません。
「おまえ。海の次と言ったな」
「はい。海の端のことです」
漁師は怒ったように言いました。「海には端なんてない。どこまで行っても海だ」
「でも、遠くに線が見えているじゃないですか。あそこまで行きたいのです」
漁師はちらっと遠くを見ました。「あれは海の端ではない。線のように見えているが、そう見えているだけだ。
その証拠にどこまで行っても線はあるんだ。あまりにも広いので線のように見えているだけだ。とにかく海には終わりはないんだ」漁師は早く仕事に戻りたいようです。網の準備をはじめました。
「では、このあたりに人が住んでいる陸はありますか」オニロは聞きました。
漁師は仕事をしながらしぶしぶ答えました。「陸なんて知らない。人が住んでいるのは島だ」
「はい」
オニロが困ったような顔をしているので、漁師は少し心配になったようです。「ところでおまえが乗っている船は島に停めていた船か」と聞きました。
「そうです」
「舟を停めてどこへ行っていたんだ」
「あそこが陸だと思って薬草を探しに行っていました」
「見つかったのか」
「いいえ。どこまで行っても林で、聞こうにも人と会えなくて分かりませんでした。
海の上を飛んでいる白い鳥がいたので、そちらに行くと海があったので、一度戻ろうと思って枝で筏を作って船を探しました」
「ふーん」漁師はオニロの顔を見ました。
「島まで戻り、島のまわりを回っていきな。すると港がある。そこに行けば誰かいる。
シメオンから聞いたけど、パロロス島に行くのはどう行けばいいか聞くんだ。
おれたちはパロロス島に住んでいるけど、漁の間はここにいるんだ。
パロロス島は大きくて人も多い。役場や裁判所、学校がある。学者もいるから、海の端や薬草も教えてくれるはずだ」
「ありがとうございます。すぐに行きます」
「でも、船の乗り方は分かっているのか」
「分かります。白い鳥が飛んでいるのを見て風と布のことが分かりました」
「白い鳥はカモメと言うんだ。布は帆(ほ)と言うんだ」
「分かりました。行ってきます」オニロは礼を言って港をめざしました。
「おい。ちょっと待て」と漁師が声をかけました。
「乗せているシカは食料か」と聞きました。気になっていたようです。
「いいえ。相棒です」
島に近づき、1時間ほど進むとまったく木が生えていない巨大な崖がありました。そこは島のはずれのようです。
そこを曲がり島から離れないように進むと、少しくびれた場所が見えてきました。ここが港のようです。先ほどの漁師が乗っていたような船が数隻停まっています。
しかし、人は見えませんが、奥には小屋が二つあります。オニロは船を港の中に入れて小屋に向かいました。
最初の小屋はドアが開いていて魚のにおいがします。中には樽がいっぱい置いてあります。奥のほうは薄暗いのですが、料理をするような場所のようです。
人はいないようなので、もう一つの小屋に行きました。そこもドアが開いています。覗くと手前に粗末なベッドがあって誰か寝ています。大きな男です。
オニロは、「こんにちは」と声をかけました。しかし、起きようとしません。なん何回か声をかけましたが、体を少し動かすだけです。
早くパロロス島に行きたいので、男の体をゆすりました。男はようやく目が覚めたようで、眠そうな声で「漁は終わったのか」と声を出しました。
それから、突然、「おまえは誰だ」と叫びました。

オニロの長い夢
1-29
漁師はそう言いながら慌ててベッドから出て奥に逃げました。
オニロはその声に驚いて数歩下がりましたが、「オニロと言います。お聞きしたいことがあります」と叫びました。
樽の陰から見ていた漁師は、「人間だな」と聞きました。
「もちろん人間です。シメオンに、港で聞けと言われたのでここに来ました」
「シメオンに?シメオンは漁をしているはずだ。どこで会ったんだ」
「海です」
漁師はまさかここで子供に会うとは思っていなかったのか頭が混乱しているようです。
「何を聞きたいんだ」
「パロロス島に行きたいんです」
「それじゃ。おまえのパパに言おう」
「パパはいません。ぼく一人です」
「船でしか行けないぞ」
「大丈夫です。船の操縦はできます」
漁師はようやくオニロの近くまで来ました。でっぷり太った男です。茶色のひげが顔の下半分をおおっています。上半分も海で漁をしているせいか真っ黒です。両眼だけが光っています。
「こいつはシカだな。食べるのか」オニロの横で男を見あげているピストスに気づいたようです。
「いいえ。仲間です。二人で航海しています」
「ふーん」この漁師もシメオンのように生半可な返事をしました。
そして、「パロロス島に行きたいんだな」と言いました。「パロロス島はこのたりで一番大きな島だ。おれたちも住んでいる。ここは誰も住んでいなくて漁の時期だけ来ている。
漁師は10人ばかしいてな。みんなで助けあって漁をしているんだ。
今日はおれが当番だ。みんなが漁から帰ってきたら魚が入っている樽を運ぶんだ。漁に行ったものは仕事が終われば一杯やって寝る。当番は、漁には行かないが塩漬けなどをするんだ。
漁が終わればパロロス島に帰る。おまえもしばらくここで働かんか。楽しいぞ。パロロス島はその後でもいいじゃないか」漁師は急に親しそうになりました。
オニロは急ぎの用事があるので、速くパロロス島に行きたいと言いました。
漁師は、漁の時期は後10日ばかりなので一緒に行けば迷わなくていいがなと独り言のように言いましたが、結局、パロロス島への行き方を教えてくれました。
ここからパロロス島までには無人の島が航路の左右にいくつもあり、その間を行けば迷うことはないと言うのです。
そして、「パロロス島に知りあいでもいるのか」と聞きました。
「いいえ。いません。ぼくのいる村で伝染病が流行っていて、ある薬草で作った薬を飲めば治ると聞いたものですから探しています」
「子供のおまえが一人で探しているのか。パパはどうしたんだ」
「パパとママも伝染病で死んでしまいました」
それを聞いた漁師は、「そんなことがあるのか。かわいそうに」と見る見る目に涙をためてオニロを抱きしめました。
オニロは息ができないほど苦しくなりましたが、「パロロス島に伝染病は流行っていませんか」と聞いた。
「おれたちが出てくるときはなかった。しかし、いつそうなるか分からん。
伝染病は悪い神が息を吹きかけたら流行ると言われている。
だから、健康でいられるためには、神の機嫌を損なわないようにしなければならないだ。
ただし、おれは、空を見上げて「どうぞお助けてください」と祈るのは手遅れだと思っている。そうではなくて、下を見て一生懸命働くことが一番だと思っている。神様はちゃんと上から見ていてくださる。
そうすれば、いくら酒を飲んでも許してくださるのだ」と太鼓腹をさすりました。
「おれはニキアスというんだ。パロロス島に着いたら、ニキアスの家はどこだと聞いてくれ。
家に行ったら、妻のアマリアに事情を話したらいい。アマリアは優しいから、おまえの世話をしてくれる。
それから、物知りを紹介してくれるから、薬草のことを教えてくれるだろうよ」
ニキアスは塩漬けなどの食べものをいっぱい船に積んでくれました。
オニロとピストスはニキアスに礼を言ってパロロス島をめざしました。

オニロの長い夢

1-30
ニキアスはずっと見送ってくれたが、樽のような体もだんだん小さくなっていきました。
オニロは前を見て左右に見える島を見続けました。天気がいいので島影はくっきりと見えましたし、幸い風も穏やかなので船は順調に進みました。
カモメが鳴きながら空を回っています。遠くに船が見えますが、進んでいるように見えませんからみんな漁をしているようです。
ようやく夕焼けが雲を赤く染めて沈んでいこうとしています。
遠くに大きな島が見えます。あれがパロロス島か。よく見ると、ところどころに灯りが見えます。灯りが集まっているところが港だろうと考えてそこをめざしました。
かなりのカモメが激しく鳴きながら集まっています。きっとえさを取りあっているのでしょう。
港に近づきましたが、どこに行けばいいのか分からなかったので、船を止めて様子を見ることにしました。
左側に船が集まっています。その奥には小屋が並んでいます。ニキアスがいたところもそうなっていました。魚を下ろして小屋に運んで作業をすると言っていたので、ここもそうだろうと考えて左側に行くことにしました。
すると、「どこに行くんだ」という声が聞こえました。声のほうを振りむくと、船が近づいていて、その上に男が立っていました。少し暗くなっている上に日焼けしているので顔はよく見えませんが、声からしてかなり年配のように思えました。
オニロはニキアスから、「パロロス島に行っておれの家を訪ねればいい。アドナが世話をしてくれる」と言われたと説明しました。
「ニキアスに言われたのか。分かった。ここはわしら漁師が使う港だ。
他の島に行く船は別の港だが、ここに入ったらいい。みんなに言っておく。それから、ニキアスの家もわしが案内してやる」
オニロは、漁師の後について、船を漕(こ)いで港の奥に進みました。それから、言われた場所に船を停めて、ピストスを連れて陸に上がりました。
近くにいた漁師の仲間が仕事をしながらオニロとピストスを不思議そうに見ていましたが、漁師が説明しました。
それから、自分が釣ってきた魚を仲間と一緒に小屋に運んだ後、小屋から出てきて、「わしはアリアスだ。おまえの名前は何だ。それにしても、子供のくせに船をうまく操るもんだ」と言いました。
オニロも名前を名乗って礼を言うと、アリアスという漁師は、「それじゃ、ニキアスの家に行くぞ」と歩きだしました。
港を出てすぐに細い道に入りました。かなり坂になっています。しかも、だんだん暗くなってきたので、まわりはよく見えませんが両脇には小さい家が並んでいるようです。
家の外で椅子にすわってこちらを見ている人もいます。アリアスは会う人会う人に声をかけて進みました。オニロとピストスのことを聞く人もいますが、アリアスが説明すると笑い声がします。
20分近く歩くと、アリアスはある家の前に止まって、「アドナ、アドナ」と呼びました。
しばらくするとドアが開いたので、アリアスは、「お客さんだよ」と言いました。
「お客さん?」女の人の声がしました。「あらっ、子供。どうしたの」と叫びました。アリアスは説明しました。
主人のニキアスのようにでっぷり太ったおかみさんは、オニロとピストスをじっと見ると固まってしまいました。
アリアスは、オニロを連れてきたのをいやがっているのかと思い、「何か探しているようなので、わしが教えるよ。それに船で来ているので、寝ることには困らないから」とオニロを連れて帰ろうとしました。
「何言っているの。アリアス。亭主が家で世話をしろと言っているのに帰らすわけにはいかないよ。それに、この子供に聞くことがあるよ」と慌てて言いました。
「そうかい。それなら後を頼んだよ。かかあが病気で寝ているんで、晩飯の用意をしなくてはならないんでな」アリアスはそう言いと急いで帰っていきました。
おかみさんは、「お入りなさい。シカも一緒でいいよ」と優しく言いました。オニロは、おかみさんは聞きたいことがあると言っていたが、何を聞きたいのだろうかと考えながら中に入りました。
小さなテーブルがあり、そこの椅子にすわるように言われたので、皿が並べられるのを見ていました。
「遠慮なく食べてちょうだい。ニキアスもわたしも大食漢だから食べるものはいくらでもあるからね」
オニロは礼を言って、さっそく食べはじめました。しばらくして、アドナは、「あんた、薬草を探しているんでしょう」と聞きました。
「えっ」オニロは驚いてアドナを見ました。「あんた、夢に出てきたよ」アドナが答えました。

オニロの長い夢

1-31
「ぼくが夢に。誰の夢ですか」オニロは食べるのを止めて聞きました。
「もちろんあたしのだよ」
「そんな偶然があるんですね」
「あんたを見た時、どこかで見たことがあると思ったよ。それで、夢で見たことを思い出したんだ。
夢の中で、あたしが道を歩いていたら、見かけない子供とすれちがったので、『道に迷ったのかい』と聞いたのさ。
すると、『身に迷っていませんが、このあたりに薬草がないか探しています』と答えるので、『薬草?奥には山があることはあるけど、薬草なんて聞いたこととない』と言ったんだよ。
でも、困った顔をしているので、『何か病気でもなったのか』と聞くと、『自分はオニロと言います。村で流行った疫病でパパとママが死んでしまいました。おばあさんとぼくだけになりました。
村では大勢の人が死んでいます。それで、疫病を治す薬を作りたいと思って、船であちこち探しています』とあんたは答えていたよ」
オニロはびっくりしました。「そんなことがあるのか」
「そうそう。あんたの足元には動物もいたわね。でも、それがイヌなのかサルなのかはっきりしないのよ。
見ようとしたその時、『おっかあ。早くしてくれ。そろそろ行かなくちゃなんねえから』と亭主があたしを起こしたんだよ。
ここらあたりの漁師は、あんたも行った島で仲間が一緒に漁をするんだけど、あんたが出てきた夢を見たのは島に行く日だったんだよ」
「その後は夢で見ましたか」
「いいや。夢を見ないんだよ。亭主がしばらくいないから、たらふく食べて寝たら朝までぐっすり寝てしまうからね。もともと夢を見るほうではないからね。
でも、今日あんたが連れている動物はシカということがわかったわけさ」
オニロがうなずくだけなので、気の毒だと思ったのか、アドナは、「別の人が見ているはずだよ」と慰めました。「その人が、薬草を見つけるところを見ているかもしれないね。あたしの夢が正夢だから、別の人の夢も正夢にちがいないよ。でも、こんなことがあるんだねえ」
「そうですね。ぼくもそう思います」オニロはようやく声を出した。
「そうだよ。これは何かあるね。名前も旅の目的も同じなんて考えられないね。
まだ料理は残っているよ。遠慮しないで全部食べなさい。そして、ふんわりしたベッドで寝たらいいよ。
ゆっくりしていってほしいけど、夢の中であんたは急いでいたので、実際早く船に乗って航海したいんだろう。食べるものはいっぱい用意しておくよ。魚だけでは飽きるだろう」と言いました。
「ありがとうございます。あのー。ぼくはどこへ行きましたか」オニロは言いにくそうに聞きました。
「ああ。夢の中のことだね。これも思い出そうとしていたんだけど、山のほうに行ったのか、海のほうに行ったのか分からないんだよ。亭主に起こされてばたばたしていたからね」
その後、オニロは寝室に案内されました。ピストスもベッドの横にソファを置いてもらって寝ることにしました。
オニロは、今聞いたことを考えていると寝られなくなりました。
ぼくも夢を見ていたのはまちがいない。天井にひげのおじいさんの顔が出てきたのは夢のはじまりだった。
なぜかと言うと、おばあさんが、「オニロ。早く起きなさい」と言ったのは覚えているからだ。
しかし、ひげのおじいさんが言うとおりに、おばあさんには何も言わずに薬草を探しに家を出たのは夢ではないはずだ。あれは絶対現実だ。でも、確証はない。
それなのに、ここのおかみさんは、まちがいなくぼくの夢を見ている。
夢と現実はどういう関係にあるのか。実際出会ったこともない人のことをこれだけ正確に夢に見るものだろうか。それなら、また別の人がぼくの夢を見ることがあるかもしれない。
しかし、神様が何か考えて仕組んだことだったら、考えても意味がない。
神様は、たまたまぼくを使って何かしたいんだ、絶対。そうじゃなかったら、船なんか乗ったことのない村の子供にこんなことさせるものか。
そして、他の人にぼくの夢を見させるのは、「この子供を助けてやってくれ」ということなんだ。オニロは、そう思うと少し楽になってきました。
ピストスはすでに大きないびきをかいて寝ていました。オニロはそれも気にならず、すぐに寝ることができました。

オニロの長い夢

1-32
オニロは突然目を覚ましました。いつも船の上で寝ているので、何か気になったのかもしれません。
しかし、頭はまだ寝ているようなので、じっと天井を見ていました。
それから、「ここはどこだろう。ピストス、ピストス。船は大丈夫か」そう声を出しました。
いつもなら、キューキューと鳴きながらオニロのほうに寄ってくるのに返事がありません。ぐっすり寝ているようです。
「そうか。船にいるのではなかった。ベッドで寝ていたんだ」そう納得して、もう一度目を閉じました。
しばらくそうしていましたが、目が冴えてきたので、体を起こしました。
それから、ベッドを出て、窓があるほうに行き、カーテンを開けて外を見ました。
まだ夜は明けきっていませんが、外の様子が少し見えます。ただ窓の正面は林のようなものがあり、その間から隣の家が見えるだけです。
窓を開けて、右のほうを見ると道が見えました。「あの道を通ってここへ来たんだ」そう思っていると、人が一人歩いてきました。肩に何か担いでいます。今から漁に出かける漁師かもしれません。
しばらく見ていると、また同じように何かを持って歩いている人がいます。
オニロは、「ぼくも、早く船を出さなくては」と思いましたが、他人の家にいますから、勝手なことはできません。
それで、ベッドに戻り、昨晩おかみさんから聞いたことをもう一度思いだしていました。
夕べ、神様はぼくを試そうと薬草を探しに行かせたのだと考えたが、疫病で親を亡くした子供はぼくだけではないはずだと気がつきました。
同じように一人で船に乗っている子供と出会ったことはない。他の子供は山に行かせたのだろうか。
また、その薬草で疫病を治すことができるのなら、なぜこんなに時間がかかることをさせるのか。多くの人が苦しんでいるのは神様ならしているはずだ。
そして、知らない人の夢の中にぼくを出させるなんて、神様の考えがまったく分からない。
とにかく、パパとママが死んでしまったのは夢ではない。おばあさんとぼくは抱きあって毎日泣いたのだ。
パパとママは神様に殺されたのだろうか。考えれば考えるほど分からなくなる。
ノックが聞こえました。オニロはすぐ起きて、ドアを開けると、おかみさんがいました。「よく寝られたかい」と笑顔で聞いてくれました。
「ゆっくり寝ることができました。すぐにでも出かけようと思います」
「もう行くってかい。お腹を満たしてから行きなさい。体力をつけないと船に乗れないよ。うちの亭主を見ただろう。漁師は体力勝負だよ」
山盛りの料理が用意されていました。
オニロとピストはたっぷり用意されていたものをすべて平らげました。
それに、船に積みこむ食べものも用意しされていました。
「ありがとうございました。それじゃ行きます」オニロはお礼を言いました。
「夕べあんたの夢を見ようとしたんだけど、結局あらわれなかったね。
もし夢に出てきたら、危険な目に合わないように前もって教えておこうと思ったんだけどね。やはり行くんだね」
「行きます。薬草がある島を見つけるまで行くつもりです」
「そうかい。でも、これは夢ではないんだけど、あんまり向こうに行くと怪物が出るんだよ。
このあたりの漁師で、さらに獲物を探すためにみんなが行かないほうに行って帰ってこない者が何人かいるんだよ。
ほうほうのていで帰ってきた者の話では、突然雷が鳴ったかと思うと空が夜のように真っ暗になった。今度は稲光がまぶしいぐらい光ると、船は海底に引きずりこまれたそうだよ。
船にかけた手は茶色で5,60センチあったそうだ。その人はすぐ海に飛び込んで近くにあった板につかまったそうだがすぐに気を失った。
4,5日後に仲間に助けられたが、しばらくして死んだそうだよ。
脅すわけではないが、このあたりの漁師は島が集まっているところには行かないようにしているんだよ。
あんたもそんなところには行かないように注意しとくれよ。そして、突然雷が鳴ってきたら、すぐに逃げることだね」

オニロの長い夢

1-33
オニロはおかみさんが用意してくれた食べものを山のように積んで船を出しました。
おかみさんは、「無事に帰ってくるんだよ。あんたたちが夢の中で困っていたら、あたしが助けてあげるから」と言って、いつまでも見送ってくれました。
オニロとピストスはさわやかな海の風を浴びながら出発しました。
「ピストス。今度こそ薬草のある島を見つけよう」オニロが声をかけると、ピストスはうなずきました。
近くには漁にでかける船がいましたが、それも見えなくなりました。
「おかみさんの話では、四つ五つの島が固まっている場所があるようだね」オニロはピストスに話しかけました。
「そこに近づきすぎると、晴れていても突然雷がゴロゴロ鳴りだしたと思うと、雨が激しく降りはじめるんだ。
そして、海の底から巨大な手が二つ伸びてきて船をひっくり返すというじゃないか。そんなことが何回もあったと言っていたな。
神様はなぜそんなことをするんだろうかと夕べずっと考えていたけど、この穏やかな海を見ていたら、それは神様ではなく、海の底にいる怪物が、『おれの邪魔をするな!』と怒っているような気がするんだ。
そうだろう?ぼくは、パパやママのように疫病にかかった人を助けるために神様に選ばれたのだよ。神様がそんなことをするわけがない。
しかも、誰かの夢の中にもぼくは出てくる。こんなことができるのは神様だけだと思わないか。
もう少ししたら薬ができるぞと神様が多くの人に希望を与えているんだ。
神様は、ぼくらが怪物に近づかないようにウッパールをよこしてくれたんだ。怪物に負けるわけにはいかないよ」
何日も進みましたが、島がいくつか集まった場所も、一つだけある島もまったく見えません。ただ、見渡すかぎり海が広がっているだけです。
「アリアスもニキアスも、海の端なんてないと言っていたが、海はあまりにも広すぎて、誰も端まで行ってないだけかもしれないな」オニロは少し自信をなくしてしまいました。
相変わらずカモメが大きな声で鳴きながら空を回っています。ときおり大きな音がするのでそちらを見ると、真っ黒で巨大な魚が海面から飛び出してくることがあります。
「これが怪物か!」と身構えるほど大きい魚です。船の何十倍もの大きさです。あれに襲われたらひとたまりもないと分かっているのですが、見たい気持ちもあるからです。
水を噴水のように吐いたり、ジャンプしたりします。それから、海に潜るときは尾びれを広げて潜ります。それを見ていると、海の底はどうなっているのか興味がわきます。
それで、何か海にいるときは、近づくことにしています。怪物ならばその様子を見ることができるし、船であれば、乗っている人に島を知らないか聞くことができるからです。
しかし、船に会うことはありません。オニロは悩みました。とにかく、あきらめては役目を果たせない。誰かの夢の中でぼくの情けない姿を見せたくない。
「パパ、ママ」オニロは大きな声で叫びました。ピストスは悲しそうな顔でオニロを見ていました。
「パパとママはどこかでぼくを見ているにちがいない」と考えました。
「今晩パパとママの星をもう一度探そう。その星を使って進む方向を決めるんだ。そして、島が見つからなかったら、別の方向に行くことにする。
ピストス。おまえは海を見て島を探すようにしてくれないか」とオニロが言うと、ピストスは、キュィー、キュィーと鳴きました。
ようやくパパとママの星を見つけたオニロは、「パパ、ママ。ぼくとピストスを見ていますか。
今が一番苦しい時です。でも、パパとママの星を目印にして必ず島を見つけます。
パパとママがいなくなって悲しいですが、これ以上悲しい子供が出てこないように薬草を持って帰ります」と誓いました。
そして、海が穏やかなのはこの下にいる神様がぼくを助けようとしてくれているからだと思えてきました。
それから数日後、一晩中星を見ながら船を進めたので一休みしていると、体を押されたような気がしたので目を開けると、ピストスが何か言っている。
体を起こすと、首を向けて振ってあそこを見ろ!と合図をしています。眠たい目をこすって見ると島が見えました。

オニロの長い夢

1-34
「あっ、島だ!」オニロは叫びました。「ようやく島があった。ピストス、ありがとう」オニロはピストスを抱きしめました。
少し興奮が収まると、島が4つ、5つ集まっていれば、そこの海の下は神様がいるので近づくと船が沈められるという、おかみさんの話が頭に浮かびました。
「近くに島がないか調べなくてはならないぞ」オニロはピストスにそう言うと、もう少し島に近づいてから様子を見ようと思いました。
島が近づいてきました。かなり大きな島です。あまり木はありませんが、崖はさほどなく、船を停めるとすぐに島の上まで行けそうです。
そして、これ以上近すぎると危ないと判断して、進路を左に向けました。
最初の島を曲がってすぐにまっすぐ行くと島影が見えました。
驚いたことに、その奥にまた別の島が見えます。
どうして見えなかっただろう」と不思議に思いましたが、「そうか。最初の島は横に広いうえに、船とまっすぐ一色線になっていたから、見えなかったのか」と合点がいきました。
「これからは気をつけなければならないな。もし島が集まっているのを知らずに船を近づけるとすべてが台無しになる。
でも、どうして神様は人間同士が助け合うようにしてくれるのに、こんなにひどいこともするのだろうか」オニロは不思議に思いました。ひょっとして、おかみさんは妖怪か何かを神様とかんちがいしているかもしれないと思いました。
かんちがいかどうかはいつか分かるだろうが、とにかく島が集まっている場所は気をつけなければならない。
さらにまっすぐ進むと、ピストスがまた大きな声で鳴きました。向こうにも島が見えました。
「これで五つか。すぐにここを立ち去ったほうがいいか」オニロはそう考えましたが、ちょっと決めかねていました。どの方向に行けばいいのか分からなかっただけでなく、この5つの島をもう少し見ようと思ったのです。
まず、島には誰も住んでいないか知りたかったのです。もし住んでいたら、5つの島が集まっているけど、神様は海にいないということになります。誰も神様を怒らしては住むことができないからです。
まず最初の大きな島のほうに戻り、港がないか調べました。見るかぎりは無人島のようですが、島の反対側に行くことはできません。島と島の間に入ることになるからです。他の島もどうやら無人島のようです。やはり神の島なのだろうか。
おかみさんや他の人の夢の中にぼくが出てきているのなら、なんと情けない子供だと思うかもしれないけど仕方がない。
とにかく、大きな島の反対側を調べる方法はないかそればかり考えていました。
数日後、遠くに船が来るのが見えました。やはりこの島には人間が住んでいるのだと興奮しました。
オニロは急いで向かいました。自分より年上の人が乗っていることがわかりました。船もオニロの船とよく似ています。相手もオニロに気づいたようです。
オニロは、「島の人ですか」と大声で聞きました。
「ちがう。少し用事があるんだ」と大声で答えました。
「人から聞いたのですが、この島の下には神様が住んでいて、この島に近づくと、空が暗くなって、雷が轟き、激しい雨が降るらしいです。それから海の底から怪物が船を沈めるということです」
それを聞いた青年は、「あっはっは。心配無用。おれは神様から疫病を治す薬草を探すように頼まれているんだ。その神様がそんなことをするわけがない」と叫びました。
オニロは言葉を失いました。青年はオニロをおいて、どんどん島に近づきました。すると、どこかで雷が鳴りはじめました。

オニロの長い夢

1-35
「雷だ!」オニロは息を飲みました。オニロは青空を見上げました。
「何かの音と聞きまちがっているのだろうか」と思って耳をそばだてましたが、空を割くような音は雷にちがいません。
「おかみさんが言っていたとおりだ」オニロはまだ青空を見ていましたが、どこからともなく雲があらわれました。
雲はだんだん勢いを増して集まってきます。しかも、近づくにつれて白い雲は黒くなってきます。
「さっきの人を助けなくては!」オニロはあわてて船を島のほうに向けましたが、こちらに向かってものすごい風が吹いてきました。目も開けられず、船も大きな波に乗り上げて前に進むことができません。
オニロはピストスが海に落ちないように足の間に置いて船を操りました。
波と風に気を取られて気づかなかったのですが、たたきつけるな雨が降っています。それに、雷とともに稲光が眩しいぐらい光ります。
オニロはこれ以上進めないと思いました。それで向きを変えようとしたとき船の横に大きな波がぶつかり、船は大きく空に投げ出された。オニロは海に放り投げられることを覚悟しました。ピストスを抱えました。
しかし、船は運よく一回転しても元に戻りました。しかも、風に押されて島からどんどん離れることができました。
二人はしばらくぼっとしていましたが、ようやく気がついて島のほうを見ました。
島の木々は大きく揺れていましたが、今はそれもありません。そして、島の上にはまだ雲は残っていますが、雷は聞こえません。少し明るくなり島もくっきり見えています。
「おかみさんの言うとおりのことが起こった。すると、あの人はどうなったのだろう。しかし、島に近づくことはできない。また同じことが起きかもしれない」とオニロは思いました。
それで神様を怒らせないぐらい離れて船を探すことにしました。
島のまわりをピストスと探しまわりましたが、どこにもいません。「確か神様に頼まれたと言っていたから、うまく島に上陸できたのだろうか。
それなら、神様が怒り狂ったような嵐はどうして起こったのだろうか」オニロは分からないことばかりでした。
しかし、こんな嵐にあった人は昔から何人かいて、多くの人が帰らないままだが、何かにつかまっていた人が通りがかりの船に助けられたこともあったというおかみさんの話を思い出しました。
それで、もう一度島のまわりを探すことにしました。幸い波もなく遠くまで見えました。しかし、それらしきものは見つかりません。
その時、ピストスが遠くを見て叫びました。オニロは何も見えませんでしたが、とにかくピストスが教えるほうに向かいました。しばらく行くと、何か浮かんでいます。急いで向かうと板のようなものが海に漂っていて、そこに誰か倒れているようです。
「あの人か」オニロはロープを出してそこに投げました。「大丈夫ですか」と何回も叫んだが動かない。
「大きな波が来たら海に落ちてしまう」と思い、とにかく船に乗せることにしました。
船を板にぴったりつけてロープでくくることにしました。しかし、板には柱のようなものはなくどうしたらいいのか分かりませんでした。
それを察したピストスはロープをくわえて海に飛び込みました。そのまま板の下を潜り、板を越すように口にくわえたロープを勢いよく投げました。
その間に一方の端を柱にくくりつけたオニロは海に落ちたロープを拾ってそれも柱にくくりつけました。船と板はぴったりとつきました。
また、オニロとピストスは協力してその人を船に乗せることができました。
やはり、薬草を見つけに島に向かった人でした。しかし、まだぐったりしたままです。

オニロの長い夢

1-36
その青年まだ意識がありませんが、体がガタガタ震えています。
「寒いんだな」と思って、濡れている服を脱がせて体をふきました。
それからピストスが体をくっつけて温めました。太陽がまた出てきましたので、それも好都合でした。
二人でずっと見守っていましたが、ようやく「うーん」という声が聞こえました。それから、しばらくすると、目を開けました。オニロは、「もう大丈夫ですよ」と声をかけました。
青年は何も答えず、オニロを見上げていました。それから、「ここはどこだ」と聞きました。
「ぼくの船です。あのひどい嵐に巻き込まれてあなたの船は転覆したようです。それで、板の上で倒れていたあなたを見つけて、ここに乗せました。もう大丈夫ですよ」オニロは説明しました。
若い人は今聞いたことが納得できていないようにうつろな目をしていましたが、少しずつ思い出したようで、目に光が戻ってきました。
「突然雷が鳴りだしたと思うと、すぐにひどい雨が降ってきたんだ」と恐ろしそうな顔をしました。
「そうでしたね。それでどうされたのですか」
「波が高くなると船が転覆すると思って、早く島に上陸しようとしたんだけど、船が動かないんだ・・・。そこまではおぼえているけど、そこからはまったく記憶がない。あれからどうなっただろう」
「ぼくも、あなたを助けようとしたんですけど、あまりにも風がきつくて前に進めなかったんです。
雨と風が少し止んだので、島のまわりを回ったのですが、まだ波が高くて近づけませんでした。
でも、波が収まると遠くまで見えるようになると、ピストスが何か浮かんでいると教えてくれたので、あなたを見つけました」
「そうだったのか。助けてくれてありがとう。おれはテリスだ」
「ぼくはオニロです。相棒のシカはピストスと言います」
「雷が合図のように鳴ると急に嵐が起きた。どうしてあんなことになったんだろう?そう言えばおかみさんから聞いたとか言っていたな」
「そうです。この島だったと思うのですが、おかみさんの村の人も同じ目にあって、帰った人もいますが、帰らない人もいると言っていました」
「どうしてこの島に近づくとそんなことになるのか」
「おかみさんの話では、この島のあたりの海の下には神様が住んでいて、人間が近づくと、怪物が嵐を起こして、それでも出て行かないと、船を沈めると言っていました。だから、村人はこの島には近づかないそうです」
「じゃあ。島に行って少し休もうと思ったけど、それもできないのか」テリスは肩を落とした。
「残念ながらあなたの船は沈んだかどこかに流されたようです。それなら、しばらくぼくの船に乗っていてください」
「でも、きみも薬草を探しているんだろう」
「そうですが、白ヘビの神様が、旅の途中ウッパールというものがあらわれて薬草の場所を教えると言ってくれました。
ぼくはウッパールがあらわれるのを今か今かと待っています。それであらわれたら、僕が探している薬草の場所だけでなく、あなたが探している金の花の場所も聞きますよ」
「そうしてくれるか。早く金の花を持ってかえることは人間のため、つまり神様のためでもあるということだから」
それで、オニロとてリス、ピストスの3人は、一つの船に乗ってそれぞれのものを探す旅に出ました。
しばらく船を進めましたが、島もないし、ウッパールもあらわれません。
しかし、二人はいろいろ話をしました。お互い一人で航海するのは寂しかったからです。
オニロはパパとママが村を襲った疫死んでしまったこととか、夢に出てきたひげのおじいさんから、疫病を治す薬を探しにいけと言われたこと、途中の山で白ヘビの神様に船を与えられたのでそれに乗って航海していることなどを話しました。
テリスの場合は、父親は優秀な医者だったそうですが、3才の時に亡くなったそうです。それで、母親と二人っきりになりましたが、貧乏な子供時代を過ごしました。
父親のことを覚えている人も多く、それで、父親のように医者になって、母親を楽にさせたいと思うようになりました。
テリスの住んでいた村にはまだ疫病ははやっていませんが、村の老人から、どこかにある島の森には、夜中に光る金の花があって、それを煎じて飲めばどんな病気でも治すということを聞いたので、それを探しに航海に出たと言うのです。しかも、その船は、父親に病気を治してもらったという村の地主から資金を出してもらって船を作ったのです。二人は毎日夢を語りあいました。

オニロの長い夢

1-37
テリスは、自分の夢は他人ができないことをして富と名声を得ることだということを何回も繰り返しましたが、オニロはまだ8才ですので、具体的な夢はないけど、パパのような村人から尊敬されるような大人になりたいと言いました。
確かに次の村長はパパだと村中から思われていました。近所の人が何か相談しても、嫌がらずに調べ、さらに分からないことがあれば、役場に行き役人に聞きました。
二人の話が途切れた時、「オニロは夢の中に出てきたおじいさんに薬草を取りに行けと言われたと言っていたな。どうもよくわからないんだ。それをもう少し詳しく話してくれないか」とテリスは聞きました。
オニロは、「わかりました」と言って、パパとママが同時に高熱になって翌日死んでしまったことを話しました。
「その時は村人の多くが同じように次々と死んでいきました。前の日一緒に遊んでいた友だちが次の日に死んでしまうということもありました。
あまりにも多くの人が死んでいくので、村の人は悪魔が空から死の種をばらまいているんだと考えて家から出ないようになっていましたが、パパはそういう人が出ると、構わずすぐその家に駆けつけて葬式の手配などをしました。
それが悪かったのか、今度はパパとママは起き上がれなくなったのです。ママはおばあさんとぼくが死の種が体に入らないように自分たちに近づかないように言っていました。
ぼくはとてもさびしかったけど、ぼくやおばあさんが疫病にかかるとパパやママが村の人を助けられなくなると思って辛抱しました。
それなのに、パパとママが死んでしまったとき、どうしていのか分からなかったのですが、おばあさんが近所に行って事情を話しました。
村の人は出ないようにしていたはずなのに、パパとママが死んだと聞き、みんな来てくれました。みんなは、『パパとママは村の犠牲になったんだ』と言って泣きました。
それから、みんなはパパとママを墓に連れて行って埋葬しました。そこでもみんな泣きました。
ぼくは泣きませんでした。パパはみんなの役に立たなければならないと思っていましたから、ぼくも、早く葬式を終わらせてみんなを早く帰らすのが自分の仕事だと思って、泣かずに自分ができる仕事をしました。
家に帰ると、ものすごく悲しくなり、涙が止まりませんでした。おばあさんも葬式の時は我慢していましたが、家に帰ると自分の部屋で泣いていました。
しかし、翌日になると、『これをしなさい』とか『あれを片付けなさい』とかうるさくなりました。特に寝坊すると、『パパとママが見ているよ』と怒るようになりました」
それから、オニロは、朝方、「おい」という声が何回も聞こえるので、寝たまま声のほうを探すと、天井に白いひげを伸ばしたおじいさんの顔がこちらを見ているのに気づいたことを話しました。
「ぼくはびっくりしましたが、『これは夢なんだ』と思いました。夢なのだからと思い、何も返事をしないでおじいさんの顔を見ていましたが、天井から『オニロ。パパとママが死んで淋しいだろう』という声が聞こえました。
ぼくはまだ黙っていました。おじいさんは、『おい、なぜ返事しないのか。失礼なやつだな』と怒ってしまいました。
ぼくは、『淋しいのに決まっているだろう。それにしても、おまえは誰なんだ』と叫んだような気がします。
すると、『そうだろうな。おまえのパパはほんとによくやった。おまえもパパのように人助けをしたくないのか』と言ったのです。
ぼくは、『あたりまえだろう。でもまだ子供だから大人になってからやるつもりだ』と言うと、『今からでもできるぞ』と言うので、それを聞くと『島に行けば疫病を治す薬草を今すぐ取りにいけ』と言うのです。
ぼくは、どうせ夢の中だから、おじいさんの言うようにしてやろうと考えて、外に出ました。
言われるように山があってそこを上って行って、サルの集団についていったり、途中深い穴に落ちたりしながら、白いヘビに出会いました。
サルやその他の動物が白いヘビを敬っているようでしたので、これは神様なのだと思うようになりました。
白いヘビの神様は大きなサルに何か言ったようで、船に乗っていけば島があってそこに薬草が生えているので、それをもってかえろと言いました。
島の場所はウッパールというものが教えるとのことでした。それで、用意されていた船でここまで来たのですが、まだウッパールがあらわれません。
それに、ぼくは自分の夢を見ているだけなのに、現実の自分なのではないかと思う時があるんですよ。
夢を見たときは、『そんなことはしたくない』とか『そっちへ行きたくない』と思っても、勝手にそうなってしまうことがあるでしょう。そんなことはなく、自分でどうしようか決めることもあるからです。ひょっとしてテリスも夢の中いる人ですか」とオニロはテリスを見ました。
「馬鹿言え。おれは現実だ」テリスはあわてて言いました。
「おれを触ってみろ」と言って、自分の腹を叩きました。「筋肉が固いぜ。夢の中の人間なんて雲のようなものでできているんだ」
「それじゃ。ぼくを触ってみてくれますか」オニロは少しからかうように自分の体をテリスに近づけました。
テリスは一瞬固まりましたが、「おいやめろ。おどかすんじゃない!」と叫んで、船の端に飛んで逃げました。

オニロの長い夢

1-38
オニロは、テリスの慌てっぷりにあっけにとられましたが、「驚かせてごめん」と謝りました。
テリスは、「ふっー」と言いながら戻ってきて、「いやいや。ずっと一人いたから弱虫になっちまった」とはずかしそうに言いました。
オニロは、「晴れた夜には楽しみがあるんですよ」と話題を変えました。
「楽しみ?どんな楽しみだ」テリスはようやく元に戻りました。
オニロは、「夜寝っころがって、この星とあの星をつなげたら、これになるなと遊んでいるんです」
「つなぐって?」
「頭の中で線を引くんですよ。そうすると、パパとママとがぼくを見ているような星があります。
特に泣きたくなったら、それを見るんです。すると、『オニロ。薬草を見つけると神様と約束したんだろう。それに、おまえには知恵と勇気があると神様は言っていたじゃないか』とパパが空から言っているような気がします。
ママも、『オニロ。パパとママはずっとあなたを見守っていますよ』と声をかけてくれるんです」
「それはすばらしい。でも、星なんて何億ってあるんだぜ。そんなことできるのか」
「大きな星を探すんですよ。慣れたらできます。そして、気がついたんですが、船を動かしていると、その形が少しずつずれていっているような気がします。
それを観察したら、どの方向にどのくらいの早さで進んでいるかわかるかも知れないと思うんです」
「オニロ。それはどうかと思うよ。確かに船は動いているけど、空も動いているから、方向も早さも正確には分からないよ。まず、空がどのように動くかを研究しなければならないぜ」
「言われてみればそうですね」
「それよりどこかの島などを目印にしたほうがいいよ」
「早く島を見つけなければいけませんね」オニロは同意しました。
しかし、何事も起きない日が続いたので話は続きました。
オニロは、「神様は人間を守ってくれるはずなのに、村人を全滅させるほどの疫病が流行っている時に、僕のような子供に薬草を探しにいけなどと言わずに、なぜ自分でさっさと疫病を退治しないのかなと考えることもあります」と言いました。
テリスはしばらく考えていましたが、「きみのパパやママも死んでしまったのだからそう思うだろうな。
でも、神様にはいつも何かの意図があるんだよ」
「どんな意図ですか」
「詳しくは分からないけど、苦しみや悲しみを与えるのは人間に試練を受けさせるためだろう。
つまり、さらに大きな不幸を乗り越えるさせるためだ。そうしないと自分の子供である人間が大きな不幸で負けてしまうだろう。
きみのパパやママが疫病で死んでしまったのは気の毒だけど。でも、きみは、
パパやママが自慢する大人になれるのだから」
オニロは納得できるところもありましたが、パパとママを亡くした以上の悲しみがあるのだろうかと密かに思いました。
それを察してか、テリスは、「きみが薬草を探すために、神様は、船などの準備をしてくれているじゃないか。さらに、ウッパールだっけ。ウッパールにその場所を教えるように指示を出しているそうじゃないか。
また、おれように、自分で病人を治したいと思う人間にも手を差し伸ばしてくれるんだ。
どちらもいいことなんだ。人間同士が助け合うことを神様は一番好きなことだ」とオニロに教えました。
オニロは深くうなずき、「ありがとう」と礼を言いました。
それから数日の間お互い何も言わずに島を探しました。
ある日、テリスが、「なかなか島が見つからないので、今後一人で島を探すよ」と提案しました。
オニロは驚いて、「一人で?船をどうするのですか」と聞きました。
「島があれば一番いいけど、それもしばらくは無理そうなので、この船にある予備の枝を貸してくれないか。足らない分は海に浮いている枝や板などを使おうと思っているんだ」

オニロの長い夢

1-39
ぼくは、すぐに船にある枝を見ました。大小合わせて8本ぐらいありました。これでは船を新たに作るのは無理です。
「島があれば、たとえ二人が探している光る花や薬草がなくても、木は生えているはずです。木があれば船は作れますが、その島が見えません。しばらく時間がかかりますが、よろしいですか」オニロは聞きました。
オニロは、このままテリスと一緒に航海してもよかったのですが、なかなか島が見つからないので、進む方向など自分の考えを言いたくても言えないことになる気がしたのです。
「それはそうだ。おれそう思っていた。それで、島が見つかるまで海に浮かぶ枝や板切れなどを集めてはどうだろうか。協力してくれないか」
「もちろんです。ピストスも探してくれます」
それから海の上を注意しながら航海しました。そして、木などが近くに浮いていればすぐに拾い上げたし、遠くに何かあるような気がすれば、船を急いでそちらに向けました。暗くなれば、ピストスが鳴いたり、船を足で叩いたりして知らせました。
時々、どこかの船が何かと衝突してばらばらになったのか、かなり大きな残骸が浮いていました。
そういう時は、一人が海に入って板を船に近づけ、もう一人が引っぱって船に乗せました。そして、船が傾くぐらい集まったので船を作ろうと決めました。
数日かけて船がようやくできました。テリスは大喜びでした。「オニロ。ありがとう。前より少し小さいがこれで十分だ。
船がつぶれた時は、光る花をあきらめるしかないかと観念したが、きみのおかげでまた探しにいける。この恩は絶対に忘れないよ。
もし光る花を見つけて、どんな病気も治せる薬を作ることができたら、きみに山のような金や銀の財宝を渡すつもりだ。もちろん。ピストスにも食べきれないほどのごちそうを用意する」
「ありがとうございます。光る花が見つかればいいです」オニロも財宝のお礼を言って、食べものを半分渡しました。
テリスは自分の船に乗り込みました。「それではごきげんよう。早く薬草が見つかることを祈るよ。また会おう」テリスは船に乗り込みました。
船は徐々に小さくなっていきました。オニロの目から涙が溢れ、止まらなくなりました。涙を拭って船を見るとさらに小さくなりほとんど見えなくなりました。
オニロはぼっとしたままそこに立っていました。それを心配したのかピストスがオニロの足に身体を寄せてきました。
「ピストス。テリスは行っちゃったね。早く光る花を見つけるためには自分が決めた方向へ行きたいものな。ぼくだってそうしてきたんだから」と言うと、ピストスはうなずいたように見えました。
「よし。ぼくらも薬草を見つけるために頑張らなくては」ピストスは力強く言いました。
それから船を進めて島を探しましたが、どこを見ても海しか見えません。
今どこにいるのか、どこに向かっているのか知る方法はないものかと改めて考えました。
星を見てそうできないのかと以前から思っていたのですが、テリスが、「空にへばりついている星は空ととも動いている上に、自分の船も動いているのだから、そんなことはできないぜ」と言ったいましたが、星のことはあきらめていました。
しかし、今は何とか星を利用できないかと思いなおしていました。もちろんそれは簡単なことではなさそうですが、神様は、おまえには知恵と勇気があると言ってくれたのだから、絶対に見つけると決めました。
ある日空にある無数の星を見ていた時、ドンという音がすると、船が大きく持ちあがりました。「これは何だ!」と思う間もなく、オニロの体は空高く飛びだしました。

オニロの長い夢

1-40
闇に吸い込まれたオニロの体はくるくると回転して海に落ちました。意識を失っていたオニロはそのまま海中深く沈んでいきました。
その後は何もなかったように海は静かになり、満天の星が輝いているだけです。
しばらくして、何かが動いている音がしますが、それも聞こえなくなりました。
まだ夜は明けていませんが、闇が少し薄れてきたとき、また海を叩くような音がしました。今度はいつまでも続きました。
やがて、夜が明けると、板のようなものが浮いているのが見えました。板には何かが乗っているようです。しかも、板の横にも何かいて上に乗ろうとしているようです。
でも、ちがいました。板の横にいるのはピストスです。板の前足をおいて板を動かしているのです。船が何かにぶつかってひっくりかえりましたが、どうやらピストスは助かったようです。
それなら、板の上に横たわっているのはオニロかもしれませんが、ひどく顔が腫れていてまだ意識がないようです。
ピストスは板を押しながらも、時々板の上を見ています。ときおり、大きな声で鳴いています。
太陽が昇ってきました。板の上にも光が当たっています。すると、腫れあがった顔が少し動きています。ピストスはさらに大きな声で鳴きました。
目が少し開きました。しばらくピストスを見ていましたが、「ピストスじゃないか。ぼくは助かったのか」と小さな声で聞きました。
ピストスは、「オニロ。そうです。海に落ちるとき、顔を打ったみたいですが、命は助かりましたよ」と言うように何回も首を振りました。
オニロは、ピストスが言うことが分かったように、自分の顔をさわりました。「目も大きく開けられないし、顔が腫れていて痛いよ」オニロは答えました。
オニロはしばらく目をつむり、その場でじっとしていました。家を出てから長い時間が立ちましたが、どんなことが起きても一喜一憂しないことを学びました。
冷静さを失うと正しい選択ができなくなるからです。サルがぼくを試すためか、4,5匹のサルの後についていき、深い穴に落ちてしまった時、どくろがいくつも転がっていた水のたまった底に立ち、どうしてここを出られるか考えたことが原点です。
サルたちはオニロの様子を木の上から来ていて、子供なのに泣き叫ぶこともなく、上を見上げて助かる方法を探していたので、木のつるを穴に投げ落としたのです。
サルたちは、ようやく穴から出てきたオニロを白いヘビの神様のところへ連れて行きました。
サルたちは、白いヘビの神様にどの子供が薬草を探すのにふさわしいのか調べるように言われていたのかもしれません。
オニロは板の上で、自分は頭から海に沈んでいったはずなのに板の上に寝ている。
これはピストスがぼくを板の上に乗せてくれたのだ。ピストスも痛い目にあったはずなのに、暗い中で、ぼくを探したり板を見つけたりしてくれのだ。
それに、船がひっくりかえったということは、この近くに神様の島があって、怪物が船が近づかないようにしたのだろうか。
それはそれで仕方のないことだが、船はどうなったのだろうか。幸い波は穏やかのようだ。まず船を探そう。
オニロは体を起こそうと思いましたが、顔だけでなく、あちこち痛みがありました。
時間がかかりましたが、何とか半身を起こすことができました。ピストスもオニロの体をさせようとしました。
「ピストス。おまえはぼくの命の恩人だ。おまえがいなくては薬草は見つけられそうにない。これからもぼくを助けてくれ」と頭を下げました。ピストスも頭を下げました。「ぼくを乗せてくれた板は船の一部だな。船はばらばらになったんだろうか」とオニロが聞くと、ピストスは、急いで泳いで、船底の一部と甲板の板1枚を持ってきました。
「ぼくが乗っている板を合わせて3枚か。ピストス。テリスの船を作った時のように、
海に浮いている木などを集めようか。作り方は分かっているから大丈夫だ」
それから、ピストスはいろいろなものを持ってきました。オニロの体も徐々に元に戻ってきたので、紐のようなものがあったので、それで集めたものをばらばらにならないようにくくりました。ピストスもそこに乗り眠ることができました。・
ある日、オニロが板の上に立ってまわりを見ていた時、島のようなものを見つけました。
「ピストス。何かありそうだ。そこに行くよ」オニロは、棒で櫓(ろ)を作っていましたので、早く漕いで、そちらに向かいました。集めていた板なども引っぱっています。
半日近くかかりましたが、やはり島だということが分かりました。しかも一つですから、神様の怒りを買うこともなさそうです。オニロは無我夢中で漕ぎました。

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