オニロの長い夢
2023/11/06
オニロの長い夢
(1)
遠くで何か聞こえる。鳥が鳴いているのか風が吹いているのか分からない。
それにその音は夢の中で聞こえているのか、現実なのかも分からない。
音はだんだん近づいてくるような気がする。人間が泣いているようにも聞こえる。
すると、目が覚めているのか。そして、その音は隣のルーカスじいさんが何か言っているのか、
ルーカスじいさんは昔からぼくをかわいがってくれていたのに、今はぼくのことを忘れて毎日泣いてばかりいる。
夕べも大きな声で泣きながら村を歩いていた。村にはそんな人が何十人もいる。そうしない人は家に閉じこもって泣いている。窓から泣き声が聞こえる。
ルーカスじいさんたちがいくら大きな声で泣きながら通りをあるいていても誰も文句を言わない。ひょっとして窓から見ようともしないかも知れない。ほんとは自分もそうしたいのかもしれない。ぼくもそうだ。何度大きな声で泣きたいと思ったことか。
部屋はまだ薄暗いが朝は近いようだ。すると、ルーカスじいさんは一晩中泣きながら歩きまわっていたのか。
その時、「おい。坊主、起きないか」という声が聞こえた。
「坊主」と言っている。この前行った教会の様子が浮んだ。祭壇の前の椅子は全部取り払われていて何百という棺が置かれていた。そのまわりには大勢の人がいて、みんな泣いたり怒鳴ったりしていた。
同じ服装をした子供がたくさんいて、大勢の人の間を走り回っていた。
そして、司祭や補祭(ほさい)から何か言われていた。教会の仕事をしているのかもしれない。
「坊主。早くしないか」中年の男がその子供たちに激しく怒っていた。
しかし、ぼくは教会の子供じゃないから、坊主じゃない。すると、ぼくはまだ寝ていて、夢を見ているのか。
「おい。坊主」まだ声が聞こえる。ぼくは、夢の中で、「誰かとまちがっているぞ。ぼくは坊主じゃない。オニロだ」と叫んだ。
「ふふふふ。なかなか威勢がいいな。しかし、目のまわりには涙の跡が残っておる。さては夕べも泣きながら寝たな」と言う声が聞こえた。
オニロはびっくりして首を起こした。しかし、ベッドのまわりには誰もいない。「やはり夢か」もう一度毛布に潜り込もうとした。
「おい。また寝るのか」その声はだんだん苛立ってきたようだ。
オニロは、夢を見ているのか起きているのか分からなくなった。それで、「どこにいる」と叫んだ。
すぐさま「ここだ」という答えが来た。なにげなく上を見ると、白いひげを伸ばした老人が天井からオニロを見ていた。
慌てて跳び起きて、ベッドから飛びだし、「誰だ!」と叫んだ。
「まあ。落ち着いてわしの話を聞け」天井の老人が言った。
それには返事をしないで、「これは夢にちがいない。天井に顔があるなんてことはない」と思った。
それで、またベッドに入ろうとした時、「おまえは両親を奇怪な病気で失くした。
二人は、突然胸をかきむしって倒れた。おまえのおばあさんが介抱したが、二日ともたなかった。
これはおまえの両親だけでなく、村の八割の人間が死んだ。そして、その病気は山を越え、海を越えどんどん広がっている。
その有様を見て、『神が世直しのために我らを殺してしているのだ』という声がある。おまえもそれを聞いたことがあるじゃろ」
オニロは、じっと天井を見上げていた。
オニロの長い夢
第1章2
「神はそんなことはしない。神が作った自然の中で、人間は家庭を作り、子供の成長を楽しみに、毎日汗水を垂らして働いている。やがてそれが実るときが来る。それが人生だ。
神もそれを見るのが楽しみしている。それなのに、どうして人間の命を途中で取り上げるのだ」
オニロは、天井に映る老人の話を聞きながら、畑で両親が働いている姿を思いだしました。そして、「それなら、誰がこんなことをしたんだ」と独り言のように言いました。
「神ではない。しかし、神も今回のことで苦しんでいる。それで、八方手を尽くされて、ようやくこの野草がいいのではないかと思われた」
「分かったのか」
「確証が持てないが、今までの例から効くはずだと」
「神ならどうして分からないのだ」
「神と言えども万能ではない。分からないことが山ほどある」
オニロは、すべて神は知っていると教えられてきたのに、このおじいさんは何を言っているのかと天井を見上げました。そして、「それなら、その野草はどこにあるのか」と聞きました。
「ここから何年もかかる場所にある。ひょっとすると何十年もかかるかかもしれない」
「神ならすぐ持って来られるのに」
「神のお考えだ。先ほど言ったように神は全能ではない。それで、人間の形を作っても中身は人間に任されているのだ。中身は自由に作ればいいのだ。
人間同士殺しあってもいいし、助けあってもいい。おまえはどうする」
「もちろん助けたい」
「おまえがそう言うと思っていた。それでは野草を取りにいくか」
「でも、パパとママは死んでしまった」
「そうじゃな。おまえにはもう助ける人間はいないから、助けるなんてことは考えなくてもいいわけだ」
「そんなことはない。おばあちゃんがいるし、ルーカスじいさんや村の人もいる」
「そうか。助けたい人はいるんだな。それなら、今から野草を取りにいくか」
オニロは、待てよと思いました。天井から覗いているおじいさんといい、村に流行っている病気に効く野草があるといい、神は全能ではないといい、にわかに信じられないことばかりだ。
そうか!これは夢だ。夢なら誰が何をしても何を言っても仕方がない。
昔、好きだったカリスをいじめた夢を見たことがある。どうしてそんな夢を見たのか分からないが、翌日「遊ぼう」と誘われても、自分を許すことができなくて、断ったことがある。
「どうするんだ。早く返事をしろ」老人の声が聞こえる。
「行きます」オニロは慌てて言った。そして、おばあちゃんに声をかけなくはと思ったが、夢なのだからそんなことをする必要はないと思いかえした。
「よし。すぐに家を出ろ。おばあさんにはわしから言っておくから」
「どっちに行けばいいのか」夢の中でそんなことを聞くやつはいないがと思いながら聞いた。
「遠くに万年雪の山がある。そこをめざすのじゃ。山にいる誰かに白い大蛇がいる場所を聞け。大蛇がそこからの方向を教えてくれるはずだ。そこから山や海を越していくんだ」
「海?」
「そうか。おまえは海を見たことがなかったんだな。まあ言ってみれば池の何億倍の広さがある。船という乗りもので海を進む」
夢なら躊躇する必要はない。オニロはベッドから出て玄関を開けた。
オニロの長い夢
第1章3
玄関を開けるとき、おばあさんに挨拶しようと思ったが、どうせすぐに帰るのだからと思いなおした。もうすぐ夜が明けると夢は覚めるのだ。
家を出たのは久しぶりだった。近所で多くの人でばたばた倒れていることを聞いて、パパは、「外に出るな」と怖い顔で言った。「これは悪魔が病気をまき散らしているのだ。悪魔がどこかに行くまで家でじっとしておかなくてはならない」
それで、家族4人は、家にあるものを食べて家にいたのだ。
しかし、病気はなかなか収まらなくて、むしろひどくなっているようだった。外から叫び声や鳴き声が聞こえるようになった。窓からそっと見ると、恐ろしい風景が繰りひろげられていた。
近所の大人が夢遊病者のようにふらふら歩いていた。中には目を吊り上げたり胸を掻きむしったりしていた。みんな家族の誰かをなくしているのだ。
窓を開けて声をかけたり、家に招いたりすることもできず、ただ見るだけだった。
しばらくすると、ずっと家にいたパパとママの様子が変わってきた。朝になっても起きることができなくなった。
おばあさんが二人の額(ひたい)をさわってみると、ひどい高熱が出ていることが分かった。おばあさんは水で額を冷やしたり、野草から作った解熱薬を飲ませたりしたが、5日後動かなくなった。
おばあさんは布を顔に巻いて、オニロに、「じっとしているのよ」と言って外に出た。葬式のときは、村の馬車で村のはずれにある墓地に運ぶことになっていたので役場に行ったのだ。
1時間ほどして帰ってきて、「毎日10人近くの人が死んでいるようよ。墓掘人が朝から晩まで墓穴を掘っているけど、いくら掘っても足らないぐらいらしいの。
それで、葬式は3日後になるけど、神父様も死んでしまって、家族だけで葬式をしてほしいと言われたわ」
「おばあさん。ぼくも手伝います」オニロが言った。
「そうしてちょうだい。でも、病気を吸わないように顔を完全に隠すのよ」
葬式まで絶対にパパとママの部屋には入らないようにとおばさんは言った。
「パパとママの体から出た病気が次の人を探して空気の中をうろうろしているから」
オニロは二人のそばで祈りたかったが、それもできないので、部屋の外で祈った。
3日後の朝、村の馬車が来た。村が用意してくれた棺の中に二人の御者がパパとママを納めてくれた。
そして、馬車は急いで墓地に向った。すでに大勢の人が墓地にいた。新しい墓は無数にできていた。
御者は二つの棺をそれぞれの墓穴に入れてから、少しお祈りをしてくれたが、「今日は夕方までに20人を墓地まで運ばなければならない」と言って戻って言った。
二人でお祈りをして、1時間以上歩いて帰ってきた。そして3日後に、天井の老人があらわれたのだ。
口元を隠しているけど、久しぶりに外の空気を思いっきり吸いたいと思ったが、用心してそれも止めた。
青空で花は咲き、鳥が鳴いていた。これはいつもの光景だった。前なら大人は野良仕事をして、子供は遊んでいた。しかし、今は誰一人いなかった。
あの天井の老人は、「万年雪の山に行け」と言っていたが、そんな山はないはずだがと遠くを見ると、確かに頂(いただき)が白い山が見えた。
しかし、「そこまで行くのには何日もかかるかもしれない」と思ったが、「夢ならそんな心配はいらない」と思って歩きだした。
オニロの長い夢
1―4
オニロは、おばあさんに声をかけたほうががよかったかなと気になったが、どうせこれは夢なので、いつものように「オニロや。早く起きなさい。朝寝坊していると、パパとママに笑われるよ」と起こすだろうと思った。
それなら、早く行って早く帰ってこようと思ってどんどん歩きつづけた。
空は晴れわたり、少し冷たい空気は心地よい。道端には見たことのないような花が咲き乱れ、楽しそうな鳥の鳴き声があちこちから聞こえてくる。
そうだ。いつもなら、遠くに見える畑には大勢の人が野良仕事をしているし、子供たちは、犬や山羊を追いかけて遊んでいる。
しかし、今は人はどこにもいない。大勢の人が死んでしまったし、生き延びた人もこれからどうなるかわからないので家に閉じこもったままだ。
天井に映ったおじいさんが言ったように、どこかにある野草を持ってかえり、それで薬を作れば、この病気で死ぬことはなくなるのだ。そして、その野草を持ってかえる役目をぼくがするかどうか聞いた。
パパやママのように死んでしまった人の命は返らないけど、薬さえあれば、以前のような村になるのだ。それを断る理由がない。パパやママもこの任務を果たせばどれだけ喜ぶだろう。
まずあの雪が残っている山に行けば、そこにいる白い蛇がどこに行けばいいか教えてくれるのだ。オニロは意気込んで歩きつづけました。
しかし、いつまで歩いても雪の山は近づいてきません。早く着かないと寝坊してしまう。オニロは焦りました。
それから何も考えないで無我夢中で歩きました。すると、目の前に頂(いただき)に雪を被った山があらわれました。しかし、山裾はなだらかですが、かなりありそうです。
「とにかくここを進めば、白いヘビに会えるはずだ」オニロは自分にそう言って、進みました。
しかし、いつまでも山そのものにたどりつけません。そう思っていると、ようやく急な坂道になってきました。無数の大きな木が生えています。
「山に着いたぞ。ここを登っていけば、白いヘビが出てくるのだ」オニロは元気を取りもどして登りはじめました。
すると、木と木の間に閃光が走りました。眼を開けていられないような光です。それがしばらく続いたかと思うと、ゴロゴロと雷の音が聞こえてきました。すぐに雷は耳をつんざくような音になりました。まるで巨大な岩が転がり落ちてくるかのような音です。
目の前に広がる森のあちこちでバーンというものすごい音がします。オニロは、思わず近くの木につかまりました。雷が落ちたのです。焦げ臭いにおいがします。炎も見えます。
突然雨が降りだしました。すぐに叩きつけるような音がします。前からその雨が川のように流れてきます。オニロは大きな木を選んで、その陰に隠れて待つしかありません。
「夢であっても早く任務を終えて帰りたいのに、これではどうしようもない。
今日無理なら明日の夢で野草を見つけてもいいかな」と都合のいいことを考えました。
すると、雨が止み、雷も聞こえてきません。「『山の天気はよく変わる』とパパが言っていたとおりだ」とオニロは上を見上げましたが、木の葉に溜まっていた雨がシャワーのように顔に降ってきました。
「このまま帰るわけにはいかない。夢の中ぐらいはちゃんとしなくは」と気を取りもどして、滑りやすくなった山道を登りはじめました。
しばらく行くと、木の上から、キィー、キィーという声が聞こえてきました。
そして、数が増えて近づいてきました。「サルか」オニロは立ちどまって見上げました。少し心細くなっていましたので、人間ではなくとも、生きものというだけでほっとするのです。
サルはさらに近づき、オニロのすぐそばまで来ました。何十匹もいるようです。
一匹が、手を挙げて、「ついてこい」というような身振りをしました。
オニロの長い夢
1―5
オニロは、「白いヘビに会わせてくれるのだな。ぼくは今から村中の、いや、世界中の人の期待を担って、恐ろしい病気の特効薬の原料になる野草を取りに行くのだ」と考えて急ぎ足でサルの後を追った。
「そうだ。天井のおじいさんの話では、ぼくは神から選ばれた人間の一人だった。何人の候補者がいたか知らないか、大人を押しのけてぼくが選ばれたのだ。白ヘビもそのことを知っているにちがいない。道を教えてもらったらすぐに海とやらを船で乗りだそう」
そんなことを考えていると、サルの一団はどんどん進む。ついていくのがやっとだが弱音を吐くわけにはいかない。
しばらく行くと、サルは大きく飛び上がって今まで以上に早く進む。オニロは取り残されてはいけないと体に力を入れて走る。
すると、体が浮いたかと思うとそのまま足が地に着かない。そのまま体を反転させて落ちていくとき意識を失った。
身体が寒い。ぶるぶると震えながら目を覚ました。しかも、身体のあちこちが痛い。
何が起きたのかと見回した。水たまりの中に寝ている。上を見ると、木の間から青空が見える。「そうか。サルの後をついているときこの穴に落ちたのか」オニロはようやく状況がわかった。
「よく助かったものだ。しかし、ぼくを案内してくれていたサルたちはどうしたんだろう?ぼくがいないことに気づいたたら、すぐに助けようとするはずだ。なにしろぼくは白ヘビのお客様だから」そう思って、穴の上を見ました。
オニロから地上までは10メートルぐらいしかありませんので、誰かいたらすぐにわかります。
しかし、誰かが顔をのぞかせた騒いだりしていません。時々壁から水が落ちる音がするだけです。
オニロは立ち上がっていますが、足は水につかったままなので、身体はさらに冷たくなってきました。
幸い穴の壁はところどころ大きな石が出ていますので、それに手や足を乗せていけば上に上が上がることができないか考えました。
すぐに手で石をつかみ、足を置きました。足は冷えきっていますので少し感覚が鈍いのですが、手で石を固く握っていれば何とか上がれそうです。
かなり上に行ったと思ったのですが上を見ればかなりの高さが残っています。
そして、水が染み出しているので、手が滑ります。とうとう落ちてしまいました。
幸い頭から落ちずにすみましたが、水の底にある固いものに足を取られて転んでしまいました。「こんなことが何回もあるかもしれない。落ちそうな場所にある石を片付けておこう」と思って水の中を探りました。
かなり大きな石のようです。それを持ちあげたとたん、オニロはそれを放り出しました。それは大きな石ではなく、頭蓋骨だったのです。
足で探ると、直径3メートルぐらいの穴に10個以上の頭蓋骨があるようです。
「何が起きているんだろう」と思いましたが、すべての頭蓋骨を1ヶ所にまとめました。
改めて上を見ましたが、壁にある石はすべて濡れているようです。
「今の方法で穴から出られるのはまちがいない。青空が出ているので、しばらく待てば乾くはずだ」そうは思っても時間はなかなか進みません。
「しかし、サルは白ヘビから怒られたりしていないのか。それなら、サルと白ヘビとは関係がないのか。
そして、不思議なことがある。頭蓋骨はあるけど、あばら骨などはない。ここは儀式で頭を捨てる場所なのか。それにしても、サルが人間を食べるとなど聞いたことない」謎は次から次へと浮かんできます。「最初にこの山に行けと言った天井のじいさんは何者だ。ひょっとして・・・」
オニロの長い夢
1―6
その時、上でバサッという音がしました。見上げると何か落ちてきました。
しかし、下まで落ちてこず、途中で止まりました。ちょうど穴の半分の高さです。どうも紐のようなものですが、枝のようなものが無数にあり、葉っぱもついています。
木に巻きついているツルにちがいありません。あれに掴まれば難なく上に上がれます。しかし、いくら待ってもそれ以上下に下りてきません。
サルか誰かがぼくを助けるためにツルを落としてくれたのではないかと様子を見ていましたが、誰も顔を出しません。それなら、自然に落ちてきたのかと思いましたが、念のため、おーい、おーいと叫びました。しーんと静まりかえったままです。
誰もいないことが分かりましたが、オニロは考えました。「これ以上下には下りてこないが、でも、ぼくが登らなければならない高さは、あのツルのおかげで半分になったのだ。これからは、5メートルの壁を登れば助かるのだ。
ただ、石は濡れている。石さえ乾けばここを出られる」すると希望が湧いてきました。
しかし、まだ水は壁から沁みだしています。それが下の石を塗らすのです。
オニロは、たとえ濡れていても、大きな石を探しました。
突然、日差しが穴の底まで届きました。「これはすごい!すぐに石が乾くぞ」
オニロは大きな声で叫びました。しかし、5分もすると、日差しは徐々に陰ってきました。そして、光はなくなりました。
石は少しは乾いたように見えますが、ツルの反対側の石だけです。それに、ツルのほうの壁はかなり水が沁みだしていますし、そこの石は足の置きにくい小さなものがほとんどです。
それでも、オニロはあきらめずに石や壁の様子を見ていましたが、「よし!」と声を出しました。
ツルと反対側の壁から出ている石は比較的大きく、そして乾きつつあるように見えたので、そこを5メートルぐらい上がり、反対側の壁にあるツルに飛び移ることにしたのです。穴の直径は3メートルぐらいありますが、「飛び移るときに壁を思いっきり蹴れば大丈夫だ」と計画を立てました。
オニロは石の様子を見ながら、自分の気持ちが高まるのを待ちました。
そして、大きく呼吸をしてから壁を登りはじめました。どの石に足を置き、その時、どの石を掴むかを頭に入れていたので、かなり早く5メートルの高さに到達しました。それから、顔をツルのほうに向けて、どこを掴むかを決めました。
そして、ものすごい勢いで後ろを向くやいなや、ツルに向って飛びました。
ツルを掴まえたように見えましたが、そのまま下に落ちてしまいました。
オニロは落ちた拍子に尻をつきましたが、すぐに立ち上がりました。どうして落ちたのか合点がいきませんでしたが、どうもツルが湿っていて手が滑ったようです。手のひらにはかなり擦り傷があり、血が出ていました。
「ツルがあれほど滑るとは気がつかなかった」オニロは反省しました。
「それなら、ツルの枝が出ているところを掴んだらいいのだ」すぐに壁を登ろうとしましたが、今落ちたときに足を痛めたようで、足に力が入りません。
焦る気持ちもありましたが、「大丈夫。大丈夫。しばらく待てば、石も壁もツルも乾く」と気持ちを落ち着かせました。
ようやく大きく息をすると、壁を見上げました。足はまだ痛いけど、ゆっくり登れば失敗しない。オニロは自分にそう言い聞かせて登りました。
5メートルぐらい登ると、後ろを何回も確認して、ツルを何回も見て掴む場所を決めました。
それから、どの石に足を置くかも決め、息を大きく吸い込み、身体をぐっと縮めると、サルのように飛びだしました。
決めていたツルの場所を掴むと、急いで穴の上に出ました。しかし、歩くことができず大の字になってしまいました。
オニロの長い夢
1―7
しばらく意識を失っていましたが、ときおり風が枝を揺らすと、雨粒が一斉に落ちました。それがオニロの体にかかるのです。
すると、無意識に体を動かしますが起きません。それが何回か続くとようやく目を開けました。
しかし、頭はまだ寝ているようで、無数の木が空に伸びているのが見えているだけで、「ここはどこだ」さえ考えていないようです。
しばらくして、少し頭を動かしました。ようやく頭も起きたようです。
確か天井に白いひげのおじいさんが出てきて、疫病を鎮める薬の原料となる野草を取りにいくように言ったことは覚えています。
「雲のかかった山に行けば、白いヘビがその場所を教えてくれるが、まずサルがその白いヘビがいるところに案内してくれる」ということだったと思いだしました。
「ところが、サルの後を追っていると、大きな穴に落ちた。水がたまった穴の底には、何十という頭蓋骨が転がっていた。
恐怖と絶望で、「もう助からない」とあきらめたが、穴の壁にもたれ、水のたまった底にすわって空を見上げていると、空があまりにも青いので、『何とかここを出たい』と思うようになった。
あのとき、ツルが垂れ下がらなかったら、あの頭蓋骨のようになっていたのはまちがいない。
ツルは風で外れて落ちたのだろうが、『早く野草を探しにいけ』と天井のおじいさんか誰かの思いが伝わったのだ」オニロは今までのことがそこまで頭に浮かぶと起き上がることにしました。
まだあちこちが痛みますが、歩きはじめました。すると、木の上から、キィッ、
キィッと鳴き声が聞こえてきました。見上げると、黒い影が枝を揺らして枝から枝へ渡っています。
「サルだ。ぼくが穴に落ちるのを見ていたやつらか。助けてくれなかったが、ぼくが穴に落ちたことは白ヘビに報告してくれただろうな」と思いました。
しかし、今度は前のように山道に降りて先導する気はないようで、ずっと木の上からオニロを見ているようです。
落ちていた枝を杖代わりにして獣道を登っていると、黒い影が見えました。オニロが近づくと、さっと草むらに隠れました。
2,3匹いるようですが、サルよりかなり大きいようです。「こっちに向ってこなければ心配ない」と考えて、そのまま通りこそうとしましたが、けもの道に小さなものが横になっているのに気づきました。さっき隠れたものより小さいものです。
オニロが近づいても逃げようとしないので、休憩がてら足を止めました。
シカでした。よく見るとぶるぶる震えています。右の後ろ足から血が出ています。
放っておけないので、長い草を引き抜いて止血をしようと後ろ足を持ちあげるとだらんとしています。
「骨折しているのか」と言うと、また草むらで何か動く音がしました。どうも一匹ではなさそうです。
「わかったぞ。このシカを獲物にしようとしているのだ」オニロは杖にしている枝を刀のようにして音がした方に向かっていき杖を無我夢中で振りまわしました。
どうも3匹いるようですが、それぞれ別の方向に逃げましたが、かなり遠くまで追いかけました。
そうしたのは二度と子供のシカに近づかないようにするためです。自分は急いでいるので、ずっとここにいるわけにはいかない。そのうち、親なり、兄弟なりが見つけてくれるだろうし、歩けるようになれば無事に帰ることができると考えたのです。
子供のシカの元に戻り、足を見ると、出血は少なくなっている気がします。もう一度止血をして、「しばらく我慢するのだよ。ぼくがおまえの家族と会えば、おまえがどこにいるから教えるから」と声をかけました。安心したのか震えもほとんど止まっています。
やることは全部やったという思いでそこを離れました。30分ぐらいけもの道を登りました。
「もう少しで白ヘビに会えるだろう」と自分を励ましながら進みましたが、あの子供のシカのことが頭に浮かびました。
「大丈夫だろうな」と心配になりましたが、「あいつらを蹴散らしておいたから、もう二度と襲うことはないはずだ」と打ち消しました。
その問答を頭の中で何回も繰り返すようになると、「よし」と声に出して、オニロは元来た道を戻りました。
オニロの長い夢
1―8
ようやく息を切らしながら戻ってみると、なにか大きく黒いものがいます。
それも2頭です。「クマか!クマがいる。遅かったか」と思いましたが、「こら!」と叫びながら、杖を振り回して大きなほうのクマに襲いいかかりました。
不意をつかれたクマは驚いてものすごい勢いで草むらに逃げ込みました。小さなほうもついていきました。
それから、オニロは子供のシカが倒れていないかあたりを見回しました。
しかし、どこにもいません。「逃げたとき口にくわえていったのか」と思いましたが、子供でもかなり大きいので、それなら分かるはずだと思いなおして、念のため草むらを探しましたが見つけることはできません。
「すでにどこかにもっていっているのなら、どうしてまた帰ってきたのだろう」と考えましたが、どうにも腑に落ちません。
どうしたものかと思案していると、ごそごそという音がします。さっきクマがいた大きな木の根元に大きな洞(ほら)があってそこから聞こえてきます。
オニロが見ていると、洞から細い足が2本出てきました。それから、身体が見えて、子供のシカがあらわれました。
そうか。クマが来ると、とっさに洞に隠れたのだ。どれくらい耐えたか分かりませんが、怖かったはずです。
オニロは、「生きていたか!」とシカに抱きつきました。「ごめんよ。足が折れているのに、よくがんばったな」とシカを慰めました。
それから、シカはオニロの横に横たわりましたが、怖かったのと助かったのとで、身体はぶるぶる震えています。
「ぼくが最初に見つけたときにはすでにクマなどに狙われていたのだから、また同じことがあるかもしれないのは分かったはずだ。それなのに、ぼくは『気をつけろ』などと安易なことを言って、自分の都合を優先させてしまった。もっとすべきことがあった」とオニロは反省しました。
そして、目をじっと閉じているシカを見ながら、「すべきこと」を考えはじめました。
しばらくして、「よし。まずおまえを家族の元に返すことを最初にする」と決めました。
「とにかく足の骨折が治るまではここにいよう」と思いましたが、目を閉じていたシカが、急に目を開けるとゆっくり立ち上がりました。
「どうしたんだ。おまえはけがをしている。治るまでここにいろ。もちろんぼくもいるから」と声をかけましたが、シカはかまわず歩きだそうとしました。
「無理だ。山道は急な坂になっている。そんなことをしたら、他の足までやられてしまうぞ」と言いましたが、シカは止まろうとしません。
オニロは、仕方がないのでシカについていくことにしました。くぼみや太い枝が落ちているところではちょっと止まって様子を見ながらそこを越しますが、後は懸命に歩きつづけます。オニロが引き返した場所を過ぎても休もうとしません。
日が暮れてきましたので、あたりが見えている間に、もしもの時に逃げられる場所で一晩を過ごすことにしました。
しかし、洞のある木は見つかりません。それなら、ぼくが一晩中寝ないでシカを守ってやればいいのだと思って、さらにあたりを見ると、道から少し離れた場所に巨大な岩がありました。そこに行ってみると、岩はうまい具合に下が細く上が太くなっています。これならクマでも登ることはできそうにありません。
それに、上が平らになっているので、シカと一緒でも横になることができそうです。さらにいいことに岩の上には大きな木の枝がかかっています。これなら、雨が降ってもかなりしのげそうです。
「今晩はここで休もう」と言いましたが、ただこのままではシカは上に上がることはできないので、オニロが馬のように体を曲げてシカを自分の背中に乗せると、シカは何とか岩のてっぺんにたどりつきました。
今度は自分の番です。自分は岩の根元でもいと思いましたが、どうもがさがさという音が聞こえるようになりました。
もし自分が襲われると、シカも家族と会えないし、自分も天井のおじいさんに言われた使命も果たすことができないと思うと、やはり岩のてっぺんに行かなければならないと思いました。
かなり暗くなってきました。急がなければと思いながら、ずっと見回していると、あることが浮びました。
オニロの長い夢
1―9
岩の上に大きな木の枝がかかっています。しかし、かなり高い所です。10メートル近くあります。
あそこから岩の上に飛び降りることはできそうにない。もし失敗して、頭から岩に落ちたら一巻の終わりだ。
深い穴に落ちたとき、なぜか穴に垂れ下がったツルを使って穴から出られたことを思いだしたのです。今度はツルを使って下に降りる。「よし」オニロは急いでツルを探しました。どんどん暗くなっていきますので、急いであちこちの木を見てまわりました。
ようやく木にに巻きついているツルを見つけました。かなり太くてぶらさがっても切れることはなさそうです。
まずそのツルに足をかけて登っていきました。それから、ナイフ代わりの石をもつていましたので、それを使ってツルを切りことにしました。時間がかかりましたが、何とか切ることができました。そして、降りていきました。気に強く巻きついているので、ツルが外れることはありませんでした。
もう見えないぐらい暗くなっていましたが、力を入れてツルを木からはずしていきました。
これもすんだので、急いで岩のところに戻りました。そして、「もうすぐそこに行くから待っていろよ」と下からシカに声をかけました。
それから、作戦を練っていたとおり、枝が岩の上にかかっている木の横にある細い木に行きました。
枝が岩の上にかかっている木は太すぎて登れないのです。細い木は下から枝が出ていますので、そこを伝って上に行くことにしたのです。突然、あたりが明るくなって来ました。空を見ると、満月が出ていました。「こりゃ、すごいぞ」オニロは足をかける枝を頭に入れていましたので、どんどん登っていきました。それから、その木の枝と大木の枝とが重なっているところまで行き、大木の枝に移りました。
そして、大木の枝にツルをかけて投げてかけてから、そこに行きました。もう一度同じことをして、もう一つ上の枝に行きました。
この枝を先に向って行くと岩の上に行きます。下に岩が見えます。しかもこちらを見上げているようです。
「待っていろよ」オニロは腰に巻いていたツルをほどいて枝にかけました。そして、ツルにつかまって少しずつ下りていきました。下を見るとシカはすぐ下にいます。
オニロは手を放して岩に飛び降りました。「来たよ」オニロは子供のシカを抱きしめました。真っ暗です。雲が月を隠したようです。オニロはシカが落ちないように抱いたまま寝ました。
それが夢かどうかわかりませんが、「おばあさん。今日も何とかシカを守ることができました」と言っています。でも、おばあさんは何も答えてくれません。
それなら、今起きていることは夢でないのか。ここに来たのは天井に白いひげのおじいさんが出てきたからだ。絶対それはまちがいないはずだ。そんなことは夢でしか起きないことだ。
オニロは訳が分からなくなったことは覚えています。それで、これが夢でも、夢でなくてもかまわない。村の人のほとんどを殺した疫病の薬を作る薬草なんてどうも夢に出てきそうな話だ。そんなことは医者の仕事だ。
しかし、シカは夢の中にいるのか。オニロはシカの体を抱きしめました。
オニロの長い夢
1―10
ずっしりと重くて、しかも温かいものを感じました。オニロはずっと子供のシカの体を抱いていました。
「確かにおまえは夢でなく現実にいる。夢の中なら相手が生きていると感じることはないもんな。夢に出てくるものは薄っぺらくて、すぐに消えてしまう。
現実でおまえが苦しんでいるのなら、おまえが家族と会えるまでぼくは命をかけてがんばるよ」オニロはそう言うと、さらに力を込めました。
その時、顔に何かが降りかかりました。「また雨か」と思い、上を見たとき、何十羽という鳥が鋭い声を上げて飛んでいきました。
鳥の落としものかと手で顔をぬぐうとどろっとしたものも感じました。「何ということだ」とポケットに入れていたハンカチで顔を拭きました。
夕べは獣らしきものの唸り声は聞こえたが、襲われることはなかった。そろそろ動くときかとあたりを見回しましたが、まだ夜が明けきっていません。
もう少し明るくならないと、岩の下がどうなっているのか分からないのです。石が散らばっていれば岩から下りるときは気をつけなければならない。もし石の上に落ちたらけがをするかもしれないからです。
どのように岩から下りかは寝るときから考えていました。岩の上に下りたときのツルをもう少し長ければ、それに飛びついて枝に戻って木から下りることができたのにと後悔しました。夕べ確認しましたが、ツルはオニロの遥か上にあり、飛び上がってつかまえることはできそうにありません。今後はどんなに急いでいても、次のことを考えようと決めました。
そんなことを考えていると、ようやくあたりが見えてきました。下をのぞくと、まだ暗いですが、石らしきものはないようです。草や木なら、飛び降りことはできるかもしれないが、5メートルはありそうです。
思い切って飛び下りるか。しかし、ぼくが足を痛めて歩けなくなったとどうなるか。それに、シカは元々足の骨を折っているじゃないか。また反対の足を折れば、これ以上歩くことができなくなり、いずれ獣の餌食になるのは目に見えている。さっそく次のことを考える必要に迫られました。
いつのまにかシカが立ちあがっていました。突然飛び降りるような仕草をしたので、オニロは、「待て。待て」と体を押さえました。子供のシカは、オニロが考えていることが分かったようでした。「またけがをしたら、二度と家族と会えなくなるぞ。今考えているからもう少し待て」オニロはシカを説得しました。
「そうだ。いい考えが浮かんだ」オニロはそう言うと、ズボンが落ちないように巻いていた二重の紐を外して、端に小さな輪っかを作り、岩の頂上の端にあった出っ張りに結びつけました。「ぼくが考えていることが分かっただろう。今からこの紐を伝って下に下りる。紐が終わったところから下に落ちるよ。紐の長さとぼくの身長を引くから、そんなに高くないはずだ。
そして、ぼくが地面に着いたら、おまえに声をかけるから、ぼくに向って下りろ。その時、ぼくとおまえが地面にひっくりかえっても草だからけがはしないよ。でも、頭だけは打たないように気をつけろよ」シカはオニロの説明に納得したようでした。
オニロはリュックとズボンを下に落とし、説明したように紐をもって岩を伝って下に下りました。紐の端まで来ると、岩に片足をかけて少し戻って、紐を鞭のようにして輪っかを出っ張りから外すとそのまま下に落ちました。
用心して足を曲げていましたので、ひっくりかえりましたが、すぐに立ちがり、シカに、「ぼくに向って落ちろ」と叫びました。
シカはすぐさま飛び込んできました。ドンという音がして、二人ともひっくりかえりましたが、今度もうまくいきました。
シカはすぐ立ち上がってオニロのそばに駆け寄りました。オニロは急いでズボンを履いてから紐を固く結び、「よかったな」とシカを抱きしめました。
オニロの長い夢
1―11
木の上からサルの鳴き声がしました。仲間同士が話しているようです。
深い穴に落ちたときは、サルに嵌(はめ)られたと思っていましたが、その後、何とか穴から脱出したり、子供のシカと出会ったりした後は、サルのことは忘れていました。
「雨水がたまった穴の底には頭蓋骨が10個ほどあった。しかし、あばら骨などはなかった。首だけが投げこまれたのだろうか。
ただ今考えれば、あの頭蓋骨が人間のものかどうかはぼくには分からない。
人間のものではなかったら、仲間喧嘩で殺されたものか」そんなことを考えていたら、サルの鳴き声はすぐそばで聞こえるようになりました。
オニロとシカの近くにいます。もし襲ってきたらすぐ戦えるように、杖を持っている手に力を加えました。
サルは木の陰からこちらを見ているようですが、どうも10匹近くいるようです。どこから襲ってきてもいいように目を配っていましたが、殺気めいた雰囲気は感じられません。
すると、サルがゆっくり姿をあらわしてオニロとシカの前に集まりました。
みんな背中を見せていますので、オニロも様子を見るしかありません。
10匹のサルはゆっくり歩きはじめました。つられるようにオニロとシカも歩きだしました。ただ、サルが走りだすようなことになったら、すぐに逃げようと決めていました。
しかし、サルは走りだすようなことはなく、足を痛めているシカでも余裕をもって歩ける速さで歩いています。
歩くにつれて、サルの数は増えてきています。また、サル以外の動物もいるようです。本でしか見たことにないヤギやクマなどが木や草の陰から姿をあらわすかからです。
「ぼくらをどこかに連れていこうとしているのちがいない。ひょっとして神聖な山に紛れこんだものに対して罰を与えようとしているのだろうか」オニロはオニロの足元を歩くシカを見ました。
別に不安な様子はない。オニロは、「出会ってからずっと、『おまえを必ず家族の元に届けるよ』と言いつづけているから、足が痛いはずなのに、何一つ泣き言も言わずについてきているのだ」と思った。「もしぼくが殺されることになっても、シカのことは、この山に住んでいて、たまたま家族とはぐれただけですから助けてやってください」と頼むことに決めました。
上っていた山道はいつのまにか下りで足早で歩けるようになっています。どこへ行くのだろうと気になって時々前を見るようにしていましたが、前が少し開けていて、木と木の間が青くなっています。
「あれはなんだろう。広い畑に何かが植えられているのだろうか」と思いましたが、山道は突然左に曲がり、しかも、急坂を上りはじめました。
右を見ても、また木が密生していて何も見えなくなりました。
後ろをチラッと見るとクマやヤギだけでなく、本でも見たことのない動物が無数にいます。
それを見ると、オニロは、心で「これから、生贄(いけにえ)の儀式がはじまるのだ。そして、ぼくが生贄にされるのだ!」と叫びました。
体が震えてきました。「おばあさん。ぼくは早く起こしてください。これから、遊びに行く前には必ず家の手伝いをしますから」とおばあさんに必死で頼みました。突然、何かが腐ったにおいがしてきました。息が止まりそうです。
オニロの長い夢
1―12
しかし、先に行くサルやクマ、イノシシなどの動物は別に気にすることもなく歩いています。
オニロは今にも気を失いそうになってきました。歯を食いしばって歩きながら、横にいる子供のシカを見ると、シカも不安そうにオニロを見上げていました。自分を心配しているのだと思って、「ぼくは大丈夫だが、おまえはどうだ。何かあったら、遠慮なくぼくに言えよ」と目で言いました。
シカにも伝わったようで、安心した表情になったようでした。オニロはお互い心が通じ合ったように思いました。
その間にも動物はどんどん増えてきます。横からも道に出てくるのです。サルは、他の動物に、「少し離れろ」と注意するかのように怒鳴り声を出したが、あまりにも増えすぎるので動物たちもどうしようもありませんでした。
遠くで大きな歓声が上がりました。オニロは、「いよいよか」と思いました。
「ぼくはここで殺されて神に捧げられるのだ。でも、どうしてこんなことになったのか。夢で天井におじいさんが浮んで、『今から疫病の薬の材料になる野草を取りにいくか』と聞いたので、『行く』と答えたばっかりに、こんな夢を見ている。あの時、「行かない」と答えていれば、今頃おばあさんと昼食を食べてから、パパが買ってくれた本を読んでいる時間だろう。ほんとはすぐに外に出たいが、おばあさんが、疫病が終わるまで家の中にいろとうるさいので仕方がない。
とにかく、夢というものは、途中で選ぶことはできない。勝手にどんどん進んでいく。しかし、神様に祈ることぐらいできないものか。
オニロはそう考えて、「神様。これが夢でも、また、夢の中で神様のために生贄(いけにえ)にされると決まっていても、現実はパパとママが疫病で死んだので、ぼくにはおばあさんしかいません。どうかぼくにそんな夢を見せないでください。もうすぐおばあさんがぼくを起こしに来ると思います。気持ちよく起きたいのす」と祈りました。
しかし、動物たちは相変わらずのろのろと進んでいます。においはますますきつくなってきました。
それなら、シカを連れて逃げようかと考えましたが、道の両脇からも動物が姿をあらわすので逃げることはできません。
ようやく動きが止まりました。「ようやく着いたのか」と思っていると、前の動物が、サルの指示で次々と動きました。
前を見ると、道の先は少し高くなっているようです。そして、そのまわりには無数の動物がいます。
また、高くなっている場所の上には4,5匹のサルがいるようです。
オニロはそれを見ていると、胸がどきどきしてきました。「いよいよ夢の中で殺されるのだ」と思いまいた。
シカがオニロの体を押しました。それに気づいたオニロは、「殺される前に、『おまえは関係ない。助けてやってくれ』と必ず言うよ」と心の中で言いました。
高台にいたサルの一匹が、「ここに上るように」と手招きしました。
オニロは、すぐに上がりました。『早く』と急かされるのは嫌だったのです。磯急いで上がると、サルの間に白いヘビがいるのに気づきました。その白さはまるで絹でできているようです。「これか」オニロは少し驚いて立ち止まりました。
とぐろを巻いて、鎌首をもたげて、赤い目でじっとオニロを見ています。恐ろしい表情と息が血まりそうなにおいで逃げ出したくなりました。
しかし、逃げては弱虫のように思われます。オニロは足に力を入れて、顔をそむけずに白ヘビを見ていました。
4匹いたサルは白ヘビのまわりにすわっていました。一匹のサルが立ちあがり、オニロの前に来ました。「こちらはミーダス様とおっしゃる。世界は天と地でできている。具体的に言えば、陸と海、そして、空だ。それぞれに神がいるが、もっとも偉大な神は三つの間におられる3人の神だ。陸と海と空を行き来しなければ、我々は生きていけないからだ。 ミーダス様は陸と海の間を任されている神だ」と言いました。
オニロは上の空で聞いていました。もうすぐ生贄の儀式がはじまると思ったからです。
オニロの長い夢
1―13
自分はもうすぐ生贄にされて死んでしまうのだと思っていたオニロは何も考えられないようになっていましたが、シューシューという音は聞こえてきました。それは急な坂道を登っていたときから聞こえていた音です。それはだんだん大きくなっていました。「ああ、生贄がはじまる音だ」と思いました。
「とぐろを巻いている大きくて白いヘビが合図をすればすべて終わりだと観念しました。
オニロは目をつぶって、「おばあさん。こんな恐ろしい夢から早く助けてください」と祈りつづけました。
しかし、何も起こりません。「オニロ。いつまでも寝ていないで、早く起きなさい。パパとママに笑われますよ」というおばさんの声も、「神に捧げよ」という白ヘビの声も聞こえません。
もっとも、白ヘビの声は聞いたことがないのでわかりませんが、きっと大きな合図をするのだと思いました。
静まり帰っています。オニロは思い切って目を開けました。目に映る風景は、先ほどとは何も変わっていないようです。目の前には白ヘビがいて、こちらを見ているようです。
白ヘビの横には、オニロにも分かる言葉で白ヘビのことを説明した年老いたサルがいて、そのまわりには、別のサルやクマ、シカ、イノシシなどがすわっています。白ヘビを見ると、赤い舌がチロチロ出しています。
少し余裕が出てきましたので、耳や鼻を働かせると、シューシューという音も聞こえますし、吐き気がするほどのにおいも分かりました。
「そうか。音もにおいもヘビから出ているんだ」そんな気がしましたので、改めて白いヘビを見ました。
目は赤く、まるで教会の神父が被るミトラについている赤い宝石のようでした。
オニロは、パパとママの葬儀のときに、それを身近で見ましたが、心まで届くような鋭さがありました。
白ヘビの目もやはりオニロの心をを見ているようです。それに、白い体もときおり青や黄色に変わっています。
「こんなヘビがいるわけがない。これが夢である証拠だ」オニロは少し安心しました。
すると、シューシューという音が大きくなると、横にいたサルが、「よく来た」と言いました。白ヘビの体は黄色に変わりました。
「何が起きているのだろう」オニロは、白ヘビと年老いたサルの顔を見ました。
しかし、サルは話しつづけます。「多くの人間に声をかけたが、誰一人この山を越えることができなかった」サルはそう言ったとき、オニロは、「サルは白ヘビの言葉をぼくに伝えているのだ」と理解しました。白ヘビの体は青くなって、すぐに白に戻りました。
さらにさらに話しつづけました。「この度の疫病も、いつもの疫病と同様に人間が自ら動かないと終わりはない。
わしらは人間がいなくなっても一向に構わないが、眼下に人間が見えなくなるのは淋しいという声があったので、海と空と陸の境界を任されている3人が話しあって、人間を助けることになったわけじゃ。
しかし、人間は、親、兄弟、他の仲間のために動こうとするのだが、大きな壁が前にあると、ほとんどのものが任務をあきらめてしまう」また、白ヘビの体が青くなりました。
「これを最後にしようと、子供であるおまえに使いをやった。ただ、おまえを、命を落とした人間を葬るための穴に落としたのはわしらの過失だ。
道の真ん中にシカの子供がいたので、それを避けるために少し左によったために、おまえを穴に落としてしまった。ツルを降ろしたのは、その償いをするためであった。
ツルは短かったが、それを使っておまえは穴から出た。また、クマやイノシシからもうまく逃げることができた。おまえは、子供ではあるが、洞察力、行動力が秀でていることが分かった」白ヘビの体が黄色くなった。
「『だから、生贄にふさわしい』と言っているのか」オニロは白ヘビが何を言いたいのか分からなくなりました。
すると、サルが、「後ろを見ろ!」と叫びました。オニロが体を動かすと、そこには、途中見た広大な畑のような光景が広がっていました。ここは目をさえぎるものがありませんので、さっきに見たとき以上に見事なものでした。
しかし、それがまだ何かわかりません。
「さあ、おまえはここを進むのじゃ」サルは叫びました。
オニロの長い夢
1―14
オニロは息を飲むような風景を見とれていましたが、しばらくして、「これは何だろう。教会で見たような絵のようだ」とつぶやきました。
画面には青いものがどこまでも広がっています。その青さも同じではなく、手前は薄いが向こうに行くほど色が濃くなっていて、その青の中に白いものがあります。
空には綿雲が少し浮んでいますが、ほとんど青です。下の青と上の青の間が一本の線のようになっています。
オニロは、「あそこが下の青の端なのだろうか」と思いました。
村にある池なら、池の端には土地があり木が生えている。やはりここは広大な畑なのか。青く見えるのは畑に水がたまっていて、青空が映っているだけかもしれない。しかし、何かが植えられているようには見えない。
そして、池ならボートや筏で進むことができるが、畑ならどうして進むのだろうか。
馬に乗ってパパと一緒に猟に行くことはあったが、本格的に練習する前にパパが病気で倒れたのだ。見よう見まねで乗れても、馬はぼくには大きすぎてうまく乗りこなせない。
背後から、「この海をどこまでも行け。方角が分からなくなったら、ウッパールというものがいるからそれに聞け」という声が聞こえました。
海!これが海か。池のようだが、やはり大きさが違う。だから、船というもので進むのか。
オニロはもう一度海の向こうを見ました。あの端までどのくらいかかるのだろうか。
ここへ連れて来られたのは生贄にされるためと観念して黙っていましたが、少し様子が違ってきたようなので、相手が答えてくれなくても構わないとと決めて、「あそこまでどのくらいかかりますか」と思い切って聞きました。
サルは白いヘビに何か言っているようでした。すると、白いヘビの体は黄色くなりました。
サルが、白いヘビの代弁をしました。「あそことはどこだ」
オニロは、すぐに「あの端のことです」
「あそこが端と思うか。おもしろいやつじゃ」白ヘビの体はどんどん黄色くなり輝くようになりました。
オニロは、白ヘビの体が黄色くなれば機嫌がよく、青くなれば機嫌が悪いことにここに来た時から気がついていました。
「端は次から次へと続いているぞ」黄色が点滅しています。
オニロはどういうことか分からなくなり、その話を辞めました。すると、「海岸に2艘の船がある。どちらかを選べ」という声尾が聞こえました。
よく見ると、山の下に同じような形のものがあります。あれが船か。
「1艘は10人近く乗れる。速度はそう早くないが、嵐に強い。もう一艘は
2,3人は乗れるが、うまく風に乗れば速度は早い。ただし、操縦をまちがうと転覆する恐れがある」
オニロは、「船の操縦ができません」と聞きたかったのですが、もう何かを聞く雰囲気ではありませんでした。白ヘビの色は教会の神父がつけている真珠の首飾りのように純白に輝いていました。
「小さいほうの船で行きます」オニロはすぐに答えました。
「よし。すぐにその船まで行け」
白ヘビと白ヘビの話を代弁する年老いたサルのまわりにいた4,5匹のサルがオニロを近くに来ました。それに従い山を下りていきました。
ようやく山を下りると、先ほどまであった2艘の船のうち、大きいほうがなくなっていました。
サルは、オニロを船まで案内すると、すぐに山に戻りました。オニロは船を見ました。
大きいほうがなくなると、案外大きく見えました。一方の先が細くなっていて、船の真ん中に大きな柱があります。そこに布が巻きついています。
オニロは、「これでどうして海を進むのか」と呆然と船を見ていました。その時何かが近づいてきた気配を感じ振り向きました。
オニロの長い夢
1―15
小さなものがこちらに来る。「なんだ、これは」と考える前に、「あいつか!」とオニロは大きな声を出しました。今にも大きな獣に襲われそうになっていたシカだ。親とはぐれたのか、いつまでたってもぼくから離れなかった。
それで、海に行くためにこの山をどこまでも行けと言われたオニロは、そのシカを連れていくことに決めたのです。
しかし、オニロを大きな穴に落としたにちがいないサルの集団がまたもあらわれて、オニロを取り囲んでどんどん引っ張っていくのでした。
あの穴の底には水がたまっていて、そこに頭蓋骨がいくつもごろごろころがっていたので、ぼくを生贄にするためにどこかに連れていくのだと思い込んでしまったのです。
それで、オニロは観念して、自分は生贄にされてもいいが、このシカだけは親に合わせてやってくれと言うつもりでした。
しかし、サルが連れていったところには、大きな白いヘビがとぐろを巻いて立っていました。
オニロは、「あっ。これが天井に出てきた白いひげのおじいさんが言っていた白いヘビか」と思い出したのです。
そのヘビは、ときおりシューシューという音を出します。出すたびに息ができなくなるほどのにおいが出ます。
そして、シューシューという音がすると、必ず横にいる大きなサルがオニロに何か言うのです。
それで、そのシューシューという音は白ヘビが何かしゃべっていると分かったのです。それをサルがオニロに伝えるのです。
「後ろを見ろ」と言うので、振り返ると、今まで見たことのないような光景が広がっていました。「そこにある船に乗って海に乗り出すのじゃ」
「山には白いヘビがいて、これからどうするか教えてくれると言っていたとおりだ」
おじいさんはそう言っていたのに、これから生贄にされると思い込んだばかりでなく、シカへの約束をすっかり忘れていました。 。
「親とは会えたのか」と言って、何気なくシカの後ろを見ると、2頭の大きなシカとその間に少し小さなシカが立っていたのだ。
「会えたんだね。よかった。それじゃ、元気でね」と声をかけました。
しかし、小さなシカはオニロに近づいたかと思うと、そのまま船に乗り込みました。
「だめだ。ぼくは今から海に出るんだ。早く降りろ」
しかし、シカは降りようとしません。さらに、家族は止めようとしないどころか、なんだか見送っているようにさえ見受けられました。
「これはどうことだ。ぼくについてくるというのか」船に乗ってオニロを待っているかのようなシカを見つめました。
「ぼくは海がはじめてだ。船をどう動かすのかさえ分からないんだ。
山でのように自由に動くことは無理だ。何かあってもおまえを助けることはできないから、家族とともに山に帰ったほうがいい」それを聞いてもシカはじっとすわっているだけです。
オニロは、「よし。わかった。海がどれだけ深いか知らないけど、怖くなったら逃げるんだ」オニロはそう言ってから、船のまわりをぐるぐる回って、船の様子を調べました。船というものがどういうものかまだ自信がなかったからです。
船の左右に4本の棒が取りつけられていました。「これは手で漕いで船を進め目にのだ。池で遊んでいる人が使っていた。
しかし、4人分しかない。これであの海の端まで行くのは苦しいだろう。これは何だろう」オニロは船の真ん中に立っている棒に巻きついている布をさわりました。
すると、船にすわっていたシカが立ち上がり布を止めている細い紐を口でほどきました。
布は広がりました。「こうなっているのか。でも、何をするものだろう。
暑さを防ぐものか、それとも、雨が降ったときのものか」
すると、シカが布を縛っている紐を歯でほどくと、布ははらりと広がりました。
「なんだ、これは」布は中心の棒に括られていたのです。
ロールを引っ張ると布は張ってきました。「こうなっているのか!」オニロは叫びましたが、まだ何をするものか分かりませんでした。
オニロの長い夢
1―16
船の真ん中にある長い棒から垂れさがっている大きな布は何をするものかオニロは分かりませんでした。雨や雪を塞ぐものか、暑さや寒さから身を守るものか。それとも両方の目的のものか。
そのとき、風がふぁっと吹きました。すると船が少し動きました。そして、風が止むと船はまた何事もなかったように静かになりました。
「今のは何だったのか」オニロは大きな布を見上げて考えました。しばらくして、「布に風が当たると、その力で船が動くのだ!」オニロは叫びました。
「分かったぞ。布は風を受けるためにあるのだ。そして、停まる時は布を閉じるのだ。
これをうまく使えば、船は進む。それに小さい物のほうが早く進むはずだ。
だから、白いヘビは小さい船のほうが早く進むと言っていたじゃないか。
小さい船を選んだぼくの選択は正しかった。早く行って、早く野草を持って帰ることができる。
それを使って、早く薬を作ったら、得体の知らない伝染病で両親を亡くしたぼくのような子供は少なくなるだろう」
何気なく海の端を見ると太陽がだんだん赤くなっていき、海の端に沈んでいくところです。
「絵本で読んだことがあるが、太陽は夕方になると海の底に沈むということは本当だ!」オニロは刻々と変わっていく夕焼けの光景に感動していました。
そして、「太陽は完全に海に沈んだ!」と叫びました。
赤い雲も消え、海の上は徐々に暗くなっていきました。すると、暗い空のあちこちが光りはじめました。
「星が輝きはじめた。太陽が沈むと、こうやって出てくるのか。家にいる時は太陽と星は関係ないものと思っていたが、今見ると、まちがいなく交代しているのが分かる」オニロの感動は止まりません。
ちょうど風が吹いてきたようです。「こんなことをしていてはいけない。ぼくらも、海の端に向っていこう」オニロはシカに声をかけました。シカは緊張した顔でオニロを見ました。
「さあ、出発!」とオニロは海に向って手を突き上げ、大きく叫びました。
しかし、船はぴくとも動きません。確かに風は吹いているようですが、どうも海から陸に向って吹いているようです。
オニロは、海の端に向かう風を待つべきかどうか考えました。「しかし、いつ吹くか分からない。とにかく自分から進んでいけば、そのうち端に向かう風が吹くだろう」と考え、船の左右に二つずつある櫂(かい)を漕いで沖に出ることにしました。
布を畳んでぐっと櫂を漕ぐと船は動きました。片方だけの櫂を漕ぐと船はまっすぐ動かないので、しばらく漕ぐと反対側の櫂を漕ぎました。
「よし。これでまっすぐ進むはずだ。もし端に向かう風が吹けば、布を広げるのだ」
オニロは無我夢中で漕ぎました。暗いので海の端に向って漕いでいるのかどうか分かりませんでしたが、「とにかく朝になればわかるだろう」そう思って漕ぎつづけました。
ある時、あまりにも疲れたので仰向きに倒れてしまいました。しばらくは大きな息をしていましたが、目を開けることできなかったのですが、ようやく目を開けると、空には無数の星が輝いていました。
「なんて美しいのだろう。星は朝になって太陽と交代するまで一晩中輝いているのだろうか。
無数の星があるが、大きいのと小さいのがある。それはどうしてだろう。ひょっとして、太陽の破片だからか。そして、太陽と同じように空を動いているのだろうか」オニロは、海や空には不思議なことがいっぱいあると思いました。
オニロの長い夢
1―17
オニロとシカは一晩中飽きることもなしに星空を見ていました。オニロは寝転んで、シカはすわって空を見上げています。
「ほらほら。あの星を見てごらん。すごいじゃないか。他の星の10倍ぐらいあるぞ」とオニロが指さすと、シカも目を輝かせてその星を見るのです。
「ずっと輝いている星と瞬く星がある。どうしてだろうな。もちろん家でも窓から星が見えていたけど、ママが、『早く寝なさい』と言ってカーテンを閉めてしまうから、ずっと星を見ることはできなかった。
それにまわりは山があったから、空のどこまでも星が光っているとは気がつかなかったな。おまえも、山にいたから木と木の間からしか星が見えなかっただろう。
ところで、空はどこまで広がっているのだろう。海と同じぐらいか。そんことはないなあ。海だけじゃなく、陸もあるからな。
おい!気がついたか。すごい流れ星だった。こんなにすごい流れ星は初めてだ。あっ、また!」
シカは眠たくて、時々頭をこっくりこっくりするのですが、オニロの話は止まりません。こっくりするのを話にうなずいていると思ったのかもしれません。
「家でも、流れ星を見ることはあったが、流れ星が海に落ちるのを見るのは初めてだ。
やはり星が太陽のかけらだというのはまちがいないようだ。太陽が海に沈むとき、飛び散った無数のかけらが空に飛んでいくのだろう」オニロは太陽と星の関係を自分の目で見て納得しました。
しかし、いつの間にかオニロは寝てしまいました。いびきが聞こえてきました。
シカもずっと空を見上げていたので首を垂れて寝てしまいました。
体が冷たくなったので、オニロは目を覚ましました。あれだけ輝いていた星は少なくなり、今は転々とあるだけです。そして、暗闇は少し青みがかかっています。
「ここはどこだ」オニロはあたりを見まわしました。
「そうだ。ここは海だ。ぼくらは薬を作る薬草を探すために小さい船で海を進んでいた。
あれっ。これはどうしたことだ!これは夢か。夢の中の夢か。おい。起きてくれ」オニロはシカに叫びました。シカも大きな目を開けてあたりを見ています。
「気がつかないか!」オニロは叫びました。
「船は、全然前に進んでいないじゃないか。海の端は夕べと同じぐらい遠くにあるし、岸はそこに見えている。どうしたんだろう。夕べは布は風をいっぱい受けてどんどん進んでいたじゃないか」オニロは合点がいきません。
「白いヘビは、『おまえは大人よりも勇気と知恵がある。すぐに船に乗って薬草を取りにいってくれ』と言うから、船に乗るのははじめてだけど、みんなのためにどんな困難でも立ち向かうと決めたのに。
あっ!そうだ。道案内をしてくれるウッパールはどこにいるんだろう」オニロは海を見渡しました。
その時、シカが、「ウッ、ウッ」と叫びました。
オニロが、シカが見るほうを見ると、海面が少し動いているように見えました。
そして、黒い影が出てきました。「ウッパールだ!」オニロが叫びました。
「おーい。こっちだ。道に迷ったんだ。教えてくれ」オニロは無我夢中です。
空には白い大きな鳥が何十羽と集まってきて、黒い影の上を飛びまわりました。
「ほら。ウッパールに違いない。白いヘビのまわりにサルが集まったのと一緒だ。よし!」オニロは櫂で船を進めはじめました。
しかし、一人で漕いで船を進めるのは簡単にできるわけがありません。
「ウッパールはぼくがここにいることに気づかないだけだ。波を起こしていれば必ず気がついてくれる」オニロはそう思って、力を込めて櫂を漕ぎました。
オニロの長い夢
1―18
「ウッパール!早く気づいてくれ。ぼくはここにいるぞ」オニロは叫びながら櫂を漕ぎつづけました。
オニロがウッパールにちがいないと思っているものは海面近くにいますが、オニロのほうに来ることもなく海に浮んでいるだけです。
ただ、動いたときに大きな波が起きます。近づくにつれ船が転覆するほど大きな波が来ます。
それでも、オニロは「ウッパール。早く気づいてくれ」と叫びながら櫂を漕ぎました。
やがて波が収まったので海面を見ましたが、大きくて黒いものはどこにも見えません。
よく見ようとしても、波はきらきら輝いているので、よくわかりません。
「どうしてぼくを見つけてくれないのか。早く薬草を取りにいこうとしているのに」オニロは嘆きました。
海の端のほうを見ると、遠くで船が数隻何事もないように進んでいます。じっとそれを見ていましたが、「まさか!」とつぶやきました。
「白いヘビは小さい船のほうが早いとは言ったが、風については何も言ってくれなかった。
そして、薬草を取りに行くように命じたのは、ぼくだけじゃなかったかもしれない。
確かにそうだ。伝染病にかかった人間を救う薬を作る薬草をぼくのような子供に頼むだろうか。
そうだ。そんなことはありえない。何人もの大人や子供に命じたはずだ。
船をうまく扱うことができるかをウッパールは海のどこかで見ていたのにちがいない。
ぼくには無理だと判断したのだ。それなら、ぼくはここにいる必要はない。
早く家に帰ろう。いつもおばあさんが、『オニロ。早く起きなさい。寝坊すれば、パパやママに笑われるよ』と言って起こしてくれるが、今帰れば、いつもの時間に起きることができるだろう」オニロはそう考えました。
シカにも、「帰ろうか。おまえもパパやママに心配かけなくてすむものな」と声をかけました。
幸い、風は海岸に向って吹いています。「よし。布を張ろう」と大きな声を出して、結んでいた紐をはずして力いっぱい張りました。
船はゆっくり海岸をめざして進みました。「伝染病は村中に流行り、多くの人が死んでいった。ぼくの友だちやそのパパやママ、おじいさん、おばあさんも死んでいった。
早く薬を作らなければ、村から人がいなくなる。幸いぼくのおばあさんは元気だが、おばあさんが伝染病になれば、ぼくはどうしたらいいのか分からない。
こんな不幸な目に合わせるのも神様の考えなのか」
オニロは天井に出てきた髭のおじいさんが家を出るように言ったときから今までに起きたことを思いだしていました。
オニロは遠くを見ました。海から出てきた太陽は目を開けておれないほどの光を放っています。海もその光を受けて鏡ようにきらめいています。
空には白い鳥が仲間と話しながら楽しそうに飛びまわっています。その様子を見ていると、どうして鳥は飛ぶことができるのだろうかと思いました。
「もちろん翼があるからだろう。では、あの翼はどういう役目をしているのだろうか。
船の布のように翼で風を受けているのだ。高い空にも風が吹いているからな。でも、風の向きが変わっても、あまり気にしているようには見えない。高く飛んだり、急いで海の近くまで下りたりと自由自在に動いている。
そうでなかったら、友だちと遊んだり家族が待っている巣に帰れなくなるじゃないか」
船は海岸に向っていましたが、オニロはもう少し考えてみようと思いました。
オニロの長い夢
1-19
やがて風がなくなったようで船は止まりました。布もたれさがってしまいました。
静かです。オニロが動くと船は傾くので波が船に当たる音がするぐらいです。
空を飛びまわる白く大きな鳥の鳴き声はさらに大きく聞こえます。
海の真ん中でポツンと取り残されたようになったので、オニロは鳥の様子を見ていました。
空を回っていた鳥が一気に海面まで下りて何かを加えてすぐに飛び上がりました。
すると、4,5羽の鳥がそれを追いかけていきました。最初の鳥は取られないようにものすごい勢いで逃げました。やがて豆粒のようになってしまいました。
餌の取りあいか。自分の意思で飛び回っている。ぼくらが野原で追いかけっこするように、どこに逃げようがどのように捕まえようが自分の考え一つだ。風のことなど考えていない。
すると、船のすぐ上を飛ぶ鳥がいました。大きな翼を上に持ち上げたり、下に下ろしたりして飛んでいる。このくりかえしで飛んでいるのだ。
さらに観察していると、翼を上げたときに上がり、そのまま進んでいる。
そして、翼を下に下ろしたときに前に進んでいる。まるで船を漕ぐように空気を漕いでいるようだ。
少しわかったぞ。そこに秘密があるのだ。だから、向かい風でも平気なのだ。
少し風が出てきた。布の横棒に止まっていた鳥が飛びだした。今は追い風だが、空を回っていれば半分は向かい風になるはずだ。でも、同じ早さで回っている。向かい風で速度が遅くなったようには思えない。
船についている布は鳥の翼よりはるかに大きいじゃないか。いや、布が大きすぎて、向かい風に負けてしまうのだろうか。
空を飛ぶ鳥は神様からもらった能力を自由に使いこなしている。
しかし、ぼくは別に空を飛びたいと言っているのではない。空を飛べなくても、風を使って前に進まなければならない。
神様の使いのような天井の老人や、サルに守られていた白いヘビが海の向こうに行けと命じたではないか。しかし、風の使い方をぼくには教えてはくれなかった。
白いヘビは、ぼくには知恵と勇気があると言っていた。それなら、教えてくれなかったが今それを証明しなければならない時かもしれない。
そんなことを考えているとあたりは少しずつ暗くなり体が冷えてきました。
船に当たる波の音はしますが、何も聞こえません。今度は鳥の鳴き声もしません。住処(すみか)に帰ったようです。
よし、明日こそ鳥の飛び方を見つけようと思いました。空は無数の星で輝いています。流れ星も縦横無人に流れています。
「流れ星は流れてどこにいくのだろうか。海から出てきて空のどこかに止まっている星とはどう違うのだろうか。この世は分からないことばかりだ。
ああ。そうだ。ママは、流れ星を見たら何か願いごとをすると叶うのよ」と言っていたような気がする。
でも、暗くなるとカーテンを閉めて寝るように言われていたから、そんなことはしたことない。
「おまえはどうだい?そんな話をママから聞いたことあるか」オニロはシカに聞きました。
「おまえは外で寝ていたから、流れ星なんてめずらしいことないのかもしれないね。毎日願いごとをしていたら疲れる」
シカは返事をしたようですが、どういう意味なのかオニロには分かりませんでした。
「これから、流れ星を見たら、毎日パパとママが生きかえるように願うよ。
その次に、この船を自由に操ることができますようにと祈る殊にする。
その前に、おまえに名前をつけるよ。これからどんなことが起きるかもしれないからね。おまえとはぐれても、名前がないとおまえを呼ぶことができないじゃないか。
そうだ。今日からおまえをピストスと呼ぶことにする。どういう意味かって?
意味なんてないよ。呼びやすい名前にしただけだ」
オニロは、船の上は暗かったですが、シカはうなずいたように感じました。
オニロの長い夢
1-20
オニロは思わずピストスを抱きしめました。その拍子に船は大きく傾き、ひっくり返りそうになりました。
「おっと危ない。もう少しで海に落ちるところだった。また、ピストス!って叫ぶところだったな」オニロは胸をなでおろしました。
ピストスも自分からオニロの顔をなめました。こんなことは初めてです。
名前をつけたので、さらに友情が深まったようです。
「ピストス、明日からがんばろう」オニロがそう言うと、ピストスは体を横たえて眠りました。
オニロは一人になると、雨の日以外は寝転んで空を見ました。
無数の星の輝きを見ていると楽しくなります。今は、それぞれの星の大きさや輝きだけでなく、星と星を結んで何に似ているか考えるようになりました。
最初は、木や山のような簡単なものでしたが、だんだん複雑になってピストスや船なども見つけることができました。
そして、パパとママの二人の形も見つけました。星が出てくるとまずそれを探すのです。すると、二人がすぐそばで見てくれていると思えます。
疲れていても、「どんなことがあっても約束したことはやりとげるぞ」と空を見上げて二人に誓うのです。
今日も新しい形を探していました。しかし、うまく見つけられなかったのですが、ふっと「船を進めていけば、あの形は違って見えるのだろうか」と思いました。
つまり、家でもその前を歩いていくと正面が見えなくなり、家の横しか見えなくなります。
星の形もそうだろうか。それなら、船を進めていけば、パパとママには会えなくなるかもしれないが、薬草を取りにいかなければならないのだから、しばらく我慢すればパパとママは喜んでくれる。
そのためには、早く船を前に進めることを覚えなければならない」
明日は朝からその研究しようと思いながら、ピストスの横で眠りました。
翌日目を覚ますと快晴で風も少し吹いています。研究には最適の日です。
白い鳥はいつものようにかん高い声で鳴きながら船の上を飛びまわっています。
寝転んですぐ上を飛ぶ鳥を観察しました。羽を上げて上に行き、羽を下げて前に進むことはまちがいないと確信しました。
そして、「向かい風であろうが追い風であろうがそんなことは気にしないで自分が行きたいほうに行こうとすればいけるだ」と、うっすらと思っていたことがはっきりわかりました。
「それじゃ。ぼくらもその気持ちで船を前に進めよう」と思いました。
布を向かい風に向かって張り、前に進もうとしましたが、やはりうまくいきません。
きつい向かい風が吹くと船がひっくりかえりそうになります。「これは絶対無理だと思うとあきらめてしまう。鳥のように何も考えないこと」自分にそう言って、何百回も挑戦しました。
そして、向かい風に向かって少し斜めに布を張ると前に進むことができることに気がつきました。
ほんとにそうなのか、また何回も繰り返しました。「前に行った。前に行ったぞ!ピストス」オニロはピストスを思いっきり抱きしめました。
「鳥もそういうことをしているのに違いないよ。体が勝手に動くのだ。神様がそういうふうに作ってくれたのだ。ぼくらも練習すれば、どんな風でも自然に前に進めるようになれるはずだ」
明日から、いよいよ薬草探しに行こうとピストスに言いました。ピストスもそれがわかったようで、オニロの顔を見ました。
その晩は空にいるパパとママの姿を見て、「明日から海の旅に出ます」と言って、いつもより早く寝ました。
そして、朝早く起きましたが、ピストスがいません。オニロは、「ピストス!」と何回も叫びました。
オニロの長い夢
1-21
海に落ちたのか。オニロはピストスを必死で探しまわりました。
すると、少し離れた海面が膨らんだかと思うと、何かが突然あらわれました。体の色からしてピストスに違いありません。「やはり海に落ちて死んでしまったのか」と思っていると、それはどんどんこちらに近づいてきました。
生きている!船まで戻ってきて顔をぐっと上げると口に何かくわえています。
「ピストス!」オニロは思わず叫びました。ピストスは30センチはあろうかという大きな魚をくわえています。
オニロはその魚を船の上に放り投げてから、力を入れてピストスを引っぱりあげました。
オニロもピストスも息切れが激しくぐったりしたままでしたが、しばらくしてようやく体を起こしました。
「心配したよ、ピストス。でも、こんな大きな魚をよくつかまえたな。おまえもこれからの航海の訓練をしていたんだね」オニロが魚を見ると、船の上で飛び跳ねていました。
「今まで船に飛びこんできた魚はいたが、ここまで大きな魚は初めてだ。今日は腹いっぱい食べよう。これでがんばれるぞ」オニロはそう言うと早速ナイフを使って魚をさばきはじめました。
以前船の中を調べているとき、甲板の下に物入れがあって、そこにナイフ、ロープ、30センチぐらいの筒を見つけていたのです。
お腹がいっぱいになると、「それじゃ、もう少し風の研究をするよ。いよいよ明日は出発だ」オニロはピストスに言いました。
オニロは無我夢中で風の動きと早さ判断して、布をすばやく変えて船の方向と速度を覚えました。
気がついたら夕焼けがはじまっていました。真っ暗になっても風が分かるようにしようと思っていましたが、ピストスがもうやめるようにという合図をしました。
「そうだな。明日は朝早く出発しなければならないからな」とピストスの言うとおりにしました。
疲れを覚えたのでごろんと横になると、空にはパパとママの星が見えました。
オニロは体を半分起こして、「パパ、ママ。旅をする準備はできました。どんなに苦しくても弱音を吐きません。
どうか空からぼくとピストスを見守ってください。必ずパパやママを苦しめた伝染病をやっつける薬草を見つけます。
そして早く家に帰っておばあさんを助けますから」と祈りました。
翌日はようやく日の出がはじまったときに起きました。すでにピストスは起きていました。ピストスの大きな目には日の出が赤く映っていました。
「今日もいい天気のようだね。ピストス。海の端に行くまでにウッパールがどちらに行くか教えてくれるようになっているんだ。
『ここをまっすぐ行け』と言われても船を操れなければその方向に行けないもんな。
なぜそんなことに気がつかなかったんだろう。あの白い蛇に、『おまえには勇気と知恵がある』と言われたので有頂天になってしまったんだな。
これからは目の前のことをちゃんと見なければならないことがよくわかった。
今知りたいことは、空に光る星はぼくらが進む方向を知るために使えるかどうかということなんだ。
もし使えることができたらどんなにすばらしいことだろう。パパとママの14個の星がきっと教えてくれるはずだ。おっと、長話はやめて出発しよう」
オニロは船を動かしました。向かい風が吹いていますがそうきつくないので、船は滑らかに前に進んでいきました。
大きな白い鳥も鳴きながらついてきています。以前からその鳥が海面まで下りてくると、そこには魚がいることが分かっていましたので、ピストスも鳥の様子を見ています。
船はあくまで順調です。波を切って進みます。海の端はかなり遠いですが、これなら、ウッパールに会えるのはそう遠くないような気がしてきました。
10日ほど進みました。いつも遠くにあった海の端が徐々に大きくなっているような気がしました。
「ピストス。海の端も大きくなってきたように思わないか。海も終わりに近づいてきたんだ。
しかし、ウッパールと出会えなかったな。船が早いので、ウッパールはぼくらを見落としたんだよ」オニロは上機嫌でした。
確かに海の端と思っている黒いものはぐんぐん大きくなってきました。崖が目の前にあらわれました。
「やったぞ。海は終わった。船をおいて崖を登ろう!」オニロは叫びました。
オニロの長い夢
1-22
オニロは、崖を登る前に船をどこにとめようかと考えました。薬草を見つけたとしても、それを持って帰らなければならないからです。
近くに少し凹んだ場所がありました。そして、そのまわりには細い木が数本生えていました。
「ここがいい!」甲板の板を一枚開けてロープを取り出しました。他にはナイフと丸い筒がありました。
ナイフはピストスがとってくれた魚を料理するときに使いましたが、筒とロープはまだ使っていませんでした。
「よく見つけられたものだ」オニロはその道具箱を見つけた時にそう思いました。
「『どんな時も、落ち着いてまわりを見ろ』と教えるために白いヘビわざと言わなかったのだろう」と気がつきました。「それなら、この長い筒は何をするものだろうか」と不思議に思いました。
とにかく、今は船を失わないようにするためにロープを使うことにしました。
まずピストスを陸に上げてから、丁寧に布をたたみ、船が波にさらわれないようにロープを使って2本の木にきつく結びつけました。
何回も結び目を確かめた後、「ピストス。行くぞ」と声をかけました。
しかし、細かい石でできている場所をしばらく歩くと、オニロの何倍もある岩が無数に重なっている崖が立ちふさがっています。
登りやすい場所はないか見まわしましたが、どこも同じです。「池ならこんなに高い岸はない。海は水の量がちがうから、もし岸が崩れたら大変なことになるからだろう」と考えました。
それで、崖を見上げて、様子を調べました。岩と岩の間には低い木が生えています。
「頼りなさそうだが」と思って、一番下の岩の隙間から出ている木をぐいっと引っぱりました。しかし、抜けそうにありません。
あちこちの木も試しましたが、深く根を張っているようです。
「これは使えそうだ。疲れたらこれにつかまって休んだらいいのだ。
それに、ぼくは深い穴に落ちたが脱出することができた。白いヘビの神様も言ってくれたように、今度もあきらめなければ何とかなる。
しかし、ピストスは登れるだろうか。いや。動物は4本の足を使ってこんな崖でも上手に登るかもしれない。そして、崖の上から『オニロは遅いなあ』とぼくをあきれ顔で見るかもしれないが・・」
オニロはピストスが登りやすい場所がないか遠くまで見ましたが、見るかぎり同じような岩山が続いています。
ちらっとピストスを見ると、ピストスは何か察したのかオニロを見ていました。
オニロは、思い切ってピストスに言いました。「ピストス。今からこの岩山に登るつもりだが、見てのとおりの急な崖だ。
ぼくは木をつかみながら岩と岩の間に足を入れて登っていくつもりだ。
でも、おまえは無理だ。急いで帰ってくるからここで待っていてくれないか」
すると、ピストスは岩山にジャンプして乗ったかと思うと、そのまま横に走り、今度は上に行き、岩の出っ張りに乗ってオニロのほうを見ました。
オニロは何か起きたのかわからないほど驚きましたが、ピストスはすでに下りてきていて、得意そうにオニロを見上げていました。
「ぼくの考えは杞憂だった。おまえは山の育ちだ。こんな岩山なんか毎日のように通っているのだ」オニロはほっとしてピストスの背中に手を置きました。
「今度こそほんとの出発だ。ぼくに遠慮しないで先に崖の上に行ってくれ。
ぼくも落ちないように行く。陸につけばこっちのものだ」
二人は目の前に聳(そび)え立つ崖を見上げました。
オニロの長い夢
1-23
オニロは聳え立つ崖を見上げて、「ピストスは大丈夫だ。後はぼくだ。弱音を吐かず登るのだ」と自分に言いました。そして、すでに決めていた岩の横にある隙間に足を入れるとすぐに体を起こして、岩の出っ張りにつかまりました。
それから、体を横向きにして次の隙間に行きます。
ピストスは少し離れた場所から上ったようです。その様子が見えましたが、どんどん横に行ったかと思うと少し休んでから上に向かいました。
「ピストスも考えているのだな」と思いましたが、姿はすぐに消えました。
崖の向こう側に行ったようです。
「ぼくも急がなくてはならない」と思いましたが、高い場所の様子は下から見えなかったのでそこでどの方向に行くか考えなければなりません。
「慌てるとどこにも行けない場所に氏突き当たってしまう。そうなると一つ戻らなければならない。それは体力の消耗になるし、そのまま落ちてしまうかもしれない」そう思って、その先その先を考えるようにしました。
岩の間に足を入れて少し休んでいるとき、上や下を見ましたが、ピストスの姿はありません。止めていた船も小さく見えるだけです。
「ピストスはもう登りきったようだな。ぼくもここまで来た。もう少しだ。落ち着いて。落ち着いて」オニロはそう自分に言い聞かせながら次の方向を決めました。
懸命に登っていると、風の音に混じって何か鳴き声が聞こえてきました。
ヒヒーンと聞こえる。馬がいるのかと思ったが、「あれはピストスに違いない」と気がついた。
「ピストスはあまり鳴かないが一度聞いたことがある。確かぼくがクマに襲われていたときだ。ぼくが逃げていたとき聞いたあの鳴き声だ。
ピストスはぼくを心配したり、励ましたりするときだけに鳴くのだ。
ピストス!ありがとう。おまえの声が聞こえるところまで来ている。絶対そこについてみせる」オニロは疲れた体を奮い立たせました。
終わりに近づくと崖は反りかえるようになっていました。「ここはどうしたらいいのか」オニロは泣きそうな気持になりました。
またヒヒーンという声が聞こえます。「ピストスは最後はどうなっているのかわかっているのだ」オニロはあきらめる気持ちを振り払いながら、岩の様子を丁寧に見ました。
すると、自分がいる岩の左側五つ目の隙間に今までで一番太い木が生えているのを見つけました。
「あれなら足をおいても大丈夫そうだ。そうしてから、左側の岩の出っ張りに飛びつくのだ。それがうまく行ったら、崖の反り返りが少し弱くなっているところから崖を乗り越えることができる」オニロは計画を立てましたが、その通りになるのか不安になりました。
下を見ると目も眩(くら)むような場所に来ていることが分かりました。
「もう少しなんだ」ピストスに言うように言うと、左にゆっくり進みました。
ようやく太い木がある岩にたどりつきました。
その木を確かめると体を任せても大丈夫なのが分かりました。そして、左足をそこにおいて大きく息をすると膝を曲げて飛び上がりました。上の岩の出っ張りに手をかけると同時に左足を隙間に入れました。
心臓が破裂するほど動いています。左足を隙間に入れたとき膝を強く打ちましたが、痛さを感じることさえありません。
心臓が落ち着くとすぐに右手に力を入れて、左足を抜きました。そして、右手で上の岩の隙間にある木をつかみました。
それを3回繰り返すと崖の上にへばりつくことができました。
しかし、安心する間もなくすると体がずるずると落ちていくのが分かりました。
「落ちるのか」と思わず体を固くしましたが、体が動いています。
「落ちる。落ちる。何とかしなくては」オニロは横を向いて木をつかみました。
ようやく体は止まりました。すると、ヒヒーンという声が聞こえました。
顔を上げるとピストスの顔がすぐそばにありました。「えっ。ぼくは助かったのか!」オニロは叫びました。
オニロの長い夢
1-24
ピストスは、そうだというようにうなずきました。
「ピストス。ありがとう。おまえがぼくを助けてくれたのか!」
オニロがずるずると落ちはじめた時、ピストスはまた崖を降りてオニロの下に回りこみました。そして、頭を使ってオニロは思いっきり突き上げたのです。オニロは空中で2,3回回転して崖の上に転がったのです。無我夢中で何が起きたのか分からなかったようです。
ようやく立ち上がったオニロはまだ足腰が痛かったのですが、「それじゃ、行こうか」と言いました。
目の前は林になっています。「とにかく林を突き切ろう。そうすれば家が見えてくる。
ぼくの家の近くにある池もそうなっているよ。池のまわりは林になっていて、次は広い畑がある。遠くに家が立っている。
林を抜けたら人がいるから、その人に、薬草のある場所を聞くことにしたらぼくらの任務は終わる。
それにしても、ウッパールはぼくらを見つけられなかったな。多分、ぼくらの技術じゃここまで来るのにはまだまだ時間がかかると思ったんだろうな。
でも、ぼくらは海や風、鳥のことを研究して船を自在に動かすことができたんだ」オニロは上機嫌でピストスに話しかけながら進みました。
しかし、なかなか林が終わりません。驚いた鳥が鋭い鳴き声を出してばたばた飛び出します。
さらに木々が増えてきたので、前に進めにくくなってきました。枝や根に足を取られて何度もこけました。
「これは家がある方向ではないかもしれない。反対に来ているのだろうか。焦ったら早く来たことが台無しになる。
ピストス。道がないか調べてきてくれないか。必ず人が歩いたところが道になっているはずだから。ぼくも探す」
二人は離れて道を探しました。オニロは枝が折れたり切られたりしたところはないか注意深く探しました。
そういうところがあれば、最近人が来なくて足元の草が深くなっていてもそこを進めば必ず林を抜けられると思ったのです。
それらしき場所は何か所かありましたが、確証は持てません。自然に折れたかもしれないからです。はっきりした道が残っていないかさらに探しました。
その時。ピストスがピョンピョン飛びながら戻ってきました。「ピストス。見つかったか!」オニロは叫びました。
ピストスは、「こっちへ来い」というように首を曲げました。オニロは急いでピストスの後を追いかけました。
しばらく行くと、木と木の間が少し開いた場所に何か崩れたものが見えました。オニロはそれを調べていましたが、「これは家だ」と言いました。「人がいた証拠だ。ここに焚火の跡がある」
ピストスもオニロを見上げて話を聞いていました。「どうしてここに家を建てたのかはわからないが、簡単な作りだ。逃げてきたのか、猟をするためか・・・。
とにかく人が住んでいるところから来たはずだから、ここを進めばぼくらも人に会えるぞ」オニロはそこからどの方向に向かうのか考えました。
聞きなれた鳥の鳴き声が聞こえました。あの白い大きな鳥です。かなりの数が集まって飛んでいます。
「あの鳥は海の魚を食べていた。つまりここは海に近いのだろう。すると、ぼくらはそんなに海から離れていないかもしれない。かなり進んだと思っていても、海に沿って歩いていたのだ。それなら、海から離れるようにしなければならない」
オニロは白い大きな鳥がどちらに進んでいるのか見上げて確認しました。
「あの鳴き声は魚を見つけた時の声のように聞こえる。すると、こっちが海と離れる方向だ。こっちへ行こう。ピストス、よくこれを見つけてくれたな。これで早く薬草を見つけられるぞ」
二人は進みはじめました。朽ちた家のまわりはまた木が密生していましたが、人がいた証拠があったのですからどんな太い枝や根でも乗り越えて前に進みました。
オニロの長い夢
1-25
朽ち果てた家らしき残骸を見つけたのですが、その後は何もありません。
しかし、木の枝や絡まった草に足を取られてこけることもありましたが、必ず人が住んでいる町があるはずと信じて歩きつづけました。
夜も歩きたかったのですが、天気が悪い日が多く、しかも木が大きいので枝で空が見えないので、暗くなったら夜が明けるまで休むことにしました。
ときおり枝から鳥が鋭い鳴き声で飛びだしたり、草むらでがさがさという音がしたりします。そんな時は必ずピストスが立ち上がって身構えます。
オニロは、「ピストス。大丈夫だよ。もっと近づいてきたら、ぼく撃退するから、おまえはゆっくり休め」と体を触ります。ピストスは少し痩せたようです。骨が出てきている。早く薬草を見つけて親の元に帰れるようにしたいと思うのです。
夜が白々と明けてくるようになると早速歩きだします。草むらに人が歩いたところがないか見ながら進みます。全くなければ木と木の間が少し広くなったところを進みました。人はわざわざ狭いところを歩かないと思ったからです。
数日後、先に進んでいたピストスが跳びはねながら戻ってきました。「何かあったか!」オニロは叫びました。
「早く来い」と合図をするのでオニロは急ぎました。ピストスが止まっています。
其処だけ木が生えていないためか明るくなっています。ピストスの黒い影が動きません。「家があったか」と思い、オニロは急ぎました。
しかし、家ではなく大きないけか沼が広がっています。鳥が鳴いています。
魚もパシャと跳ねています。
「すごいなあ」オニロはピストスに声をかけました。「この池がどこまで続いているのか見てみよう。こんなにすばらしいところに人がいないわけないよ。きっと人はいるはずだ」二人は歩きはじめました。
すぐに焚火の跡らしきものがあり動物の骨もありました。「ほら。人がいる証拠だよ。こんなことをする人は花や草について詳しいんだ。『薬を作る草を知りませんか』と聞くと、『それだよ』と教えてくれる。
オニロはピストスの前を歩きました。しかし、道らしきものは見当たりません。
1時間ほど歩くと池は終わり、また森の中を歩くことなってしまいました
二人とも疲れていましたが、まだ明るいので休まず歩きました。
頭がぼっとしていて、いつ寝たのか分かりませんが、どこかで聞いたような声が聞こえてきます。
しばらくして、海の上を飛んでいたあの大きな白い鳥の声だと気づきました。すると、船でここまで来たときのことが夢の中に出てきたのだと思いました。
ぼくがよく幽霊の夢を見て泣くので、ママは、「怖いことや辛いことを夢で見るのは悪いことじゃないのよ。あなたの心が強くなったかどうか調べているだけだから」といていたのを思いだしました。
オニロは鳥の鳴き声に耳を澄ませました。「そうだな。海は終わったのにあの鳥がいるわけはない。これは夢だ」
オニロはそのまま目をつぶっていましたが、明るくなったようで目を開けました。ピストスも起きています。
しかし、あの鳥の声が聞こえます。「ピストス。あの鳥の甲高い声が聞こえるか。
あの鳥のおかげで船の動かし方が分かった。でも、どうしても分からないことがあるんだ。あの鳥は海にいるだろう。ここは海から遠く離れているから、あの鳥ではないと思うんだ。別の鳥だろう」
鳴き声がさらに大きく、さらに増えてきています。「まずどんな鳥が同じように鳴いているか調べよう」二人は鳴き声のほうに行くことにしました。
昼過ぎまで歩きました。鳴き声は止みません。木がだんだん低くなってきました。遠くに何か見えます。
二人は走って行きました。「あっ!海だ」二人は顔を見合わせました。
オニロの長い夢
1-26
オニロは、どこまでも広がる海を呆然と見ていましたが、「これはどうしたことだ!海は終わったはずなのに」と絞りだすように言いました。
オニロの計画では船を停めたところで海は終ったので、後は陸地をどんどん進み、出会った人に、「薬草はどこにありますか」と聞くだけだったのです。
しかし、あの白い鳥の鳴き声が聞こえたので、思わずそちらのほうに行ったのでした。
少し落ち着いたので、「ここはどこなんだろう。それにしてもぼくらはどこに行こうとしていたのか」と考えましたが、頭が混乱するだけでした。
「途方に暮れているばかりでは白いヘビから命じられた任務を達成することはできない。今も伝染病で苦しんでいる人は大勢いるだろう。
しかし、船に戻ると決めても、木の密生した林では方向が分からない」
海を見ると、白い波が岸に打ち寄せています。何十羽という白い鳥が以前のようにギャーギャーと鳴きながら空を回っています。
「それなら、船を作ってみようか」と考えました。「でも、あの船のようにはうまくできない。筏(いかだ)なら田舎の池で乗ったことがあるので分かるが、筏は海にが浮くものだろうか。
とにかく筏を作ってみよう。ここが陸地の端ならば、端に沿って行くだけだから、そう難しいことではないかもしれない」
そして、「ピストス。筏を作るよ。それに乗って船を探しに行く。
船にあったナイフを持ってきているから、それで枝を切ればいい。落ちている枝も使える。
木と木をつなぐのは木に巻きついているツルだ。それに、風を受けてくれる布もツルを編んで作れる。
ぼくが穴に落ちたとき、サルがツルを投げいれてくれたのでぼくは助かった。今回もツルがぼくらを助けてくれるかもしれないぞ」
二人はさっそく林に戻り、枝やツルを探しました。まず自然に折れて下に落ちている枝を探しました。
足らない分はオニロが木に登り切りました。もちろん頑丈なツルがあればそれも切りましたが、巻いているツルはピストスが木のまわりを回って外しました。
枝が20本ほど集まりましたので、崖近くまで運びました。筏は海に近くでしか作れないので、今度は崖から落としました。
自分たちも崖を下りなければなりませんが、ここは岩と岩の間に生えている木が多かったのでそれにつかまりながら無事に下りることができました。
オニロは、枝を見比べて外側に太い枝を置き、その中には細い枝を並べました。それから、ツルを使って、昔乗った筏を思い出しながら編んでいきました。
しかし、池とちがって海は波があるので、ばらばらにならないように何重にも編みました。
さらに、ツルを編んで布の代わりを作らなければなりません。岸からそう遠くまで行きませんが、うまく風を受けるように丁寧に編みました。
それから、枝につけて筏の真ん中に立てました。これで二日間かかりました。
後は海に浮かべるだけですが、海まで10メートルもありませんが、このままでは重いので、2本の枝を地面に置き、そこをすべらして海まで運ぶことにしました。
ようやく筏は海に浮かびました。余った枝は枝が流されたときのために筏に乗せました。
二人は筏に乗りました。オニロはあちこち調べました。どこも異常がないようです。
「ピストス。ありがとう。立派な筏ができたよ。これなら少しぐらいの波が来ても大丈夫だろう」オニロはピストスに言いました。ピストスもうれしそうに頭を振りました。
そして、海まで運ぶための筏2本と余った枝3本の合計5本を筏に乗せて、「ぼくらの船はここを左に行ったところにあるはずだ。何日もかかるだろうが、ピストスも何か気づいたら教えてくれ」とピストスに声をかけ出発することにしました。
しかし、風はありません。筏はわずかな波に揺れているだけです。
オニロは、「どうしたらいいのだろう。陸から離れるわけにはいかない。陸のすぐ側では筏を動かす風はあまり吹かないかもしれない」と思いましたが、「風が吹くまで筏を漕ぐことにしました。
余った枝を一本つかみました。それを櫓(ろ)にして船を漕ぐことにしました。
オニロの長い夢
1-27
筏にしている枝が折れたりしたときのための予備の枝をナイフで持ちやすいよう切りました。
それを浅瀬に突き立てて漕ぎはじめました。筏はうまく進みました。後は風が吹けば布を使って進むだけです。
しかし、穏やかな日で風はまったくありません。初めて作った筏ですから、いつどうなるか分かりませんので沖のほうにはいかず、注意しながら崖の近くを進みました。
休むことなく漕いでいると、手のひらは真っ赤になり、血が出てきましたが、休むわけにはいきません。かなりの日数を無駄にしているからです。
もちろん、停めておいた船を見つけなくてはなりませんが、暗くなると見逃すおそれがあります。夜になると、ピストスが一睡もすることなく崖の下を見ました。
「ぼくらが上陸したのは島だったのか。故郷にある池にも島があったが、そんなに大きなものではなかった」オニロはまだ合点がいきません。
海の端は相変わらず遠くに見えています。「海は池と比べて何千倍、何万倍と大きい。
それなのに、白いヘビは、なぜぼくのような子供に人々を助けるための薬草を持ってかえるように言ったのか。
ひょっとすると、ぼくの勇気や知恵を試そうとしているのか。それならぼくに何をさそうとしているのだろうか。それもわからない。すべてわからないものばかりだ」
時々風が吹くことがあります。そんなときは急いで布を広げて進みます。
筏がうまく進むときは、少し沖合に出ます。しかし、注意が必要です。早く進むと、筏がばらばらになるかもしれないからです。
そんなことになったら、ピストスが心配です。ピストスは魚を捕まえるのがうまくなりましたが、長い間泳ぐことはできないかもしれないからです。
10日後夕方、ピストスがオニロに体当たりして、崖の下を見るように合図をしました。岩と岩の間に船が有馬sづ。「やったぞ!」オニロはピストスは抱きしめました。
急いでそちらに向かいました。まちがいありません。停めておいた船です。
幸い強い風が吹かったようで、どこも傷んでいません。
何かあったときのために、筏をそこに停め、船に乗りかえました。
「これから、どうしようか」オニロはピストスに話しかけました。
もう失敗はできないので、よく考えなければなりません。青い海はいつもと同じように満々と水をたくわえています。青い空も、いつもと同じように無限に広がっています。
海も空も自分を受け入れてくれそうにありません。オニロは深いため息をつきました。
そのとき、遠くに小さな船がいるのに気がつきました。動いていないようです。海の上で漂っていようようです。人が倒れているかもしれないと思うといてもたってもいられません。すぐに船を動かしました。
最初な筏で使っていた櫓を漕いでいましたが、風が吹いてきたので、布を広げ、無我夢中でその船をめざして進みました。
かなり近づいたとき、大きな声で、「誰かいますか!」と叫びました。すると、
一人の男が立ち上がるのが見えました。
「生きている!」オニロは安心しましたが、とにかくもっと近づくことにしました。
男の顔がはっきり見えました。ひげが顔を覆っていますが五十代ぐらいの男が、誰だ「何だ」と聞きました。
オニロは、「何かあったのかと思いました」と正直に答えました。
「わしは漁師だから魚を取っている。おまえこそ誰だ」と日焼けした男は言いました。
「オニロと言います。陸に上がりたいのに方向がわからなくなりました」オニロは正直に答えました。
「陸ってなんだ」
「海の次にあるものです」
オニロの長い夢
1-28
漁師はあっけにとられたようにオニロを見ました。しばらく何も言いません。
「おまえ。海の次と言ったな」
「はい。海の端のことです」
漁師は怒ったように言いました。「海には端なんてない。どこまで行っても海だ」
「でも、遠くに線が見えているじゃないですか。あそこまで行きたいのです」
漁師はちらっと遠くを見ました。「あれは海の端ではない。線のように見えているが、そう見えているだけだ。
その証拠にどこまで行っても線はあるんだ。あまりにも広いので線のように見えているだけだ。とにかく海には終わりはないんだ」漁師は早く仕事に戻りたいようです。網の準備をはじめました。
「では、このあたりに人が住んでいる陸はありますか」オニロは聞きました。
漁師は仕事をしながらしぶしぶ答えました。「陸なんて知らない。人が住んでいるのは島だ」
「はい」
オニロが困ったような顔をしているので、漁師は少し心配になったようです。「ところでおまえが乗っている船は島に停めていた船か」と聞きました。
「そうです」
「舟を停めてどこへ行っていたんだ」
「あそこが陸だと思って薬草を探しに行っていました」
「見つかったのか」
「いいえ。どこまで行っても林で、聞こうにも人と会えなくて分かりませんでした。
海の上を飛んでいる白い鳥がいたので、そちらに行くと海があったので、一度戻ろうと思って枝で筏を作って船を探しました」
「ふーん」漁師はオニロの顔を見ました。
「島まで戻り、島のまわりを回っていきな。すると港がある。そこに行けば誰かいる。
シメオンから聞いたけど、パロロス島に行くのはどう行けばいいか聞くんだ。
おれたちはパロロス島に住んでいるけど、漁の間はここにいるんだ。
パロロス島は大きくて人も多い。役場や裁判所、学校がある。学者もいるから、海の端や薬草も教えてくれるはずだ」
「ありがとうございます。すぐに行きます」
「でも、船の乗り方は分かっているのか」
「分かります。白い鳥が飛んでいるのを見て風と布のことが分かりました」
「白い鳥はカモメと言うんだ。布は帆(ほ)と言うんだ」
「分かりました。行ってきます」オニロは礼を言って港をめざしました。
「おい。ちょっと待て」と漁師が声をかけました。
「乗せているシカは食料か」と聞きました。気になっていたようです。
「いいえ。相棒です」
島に近づき、1時間ほど進むとまったく木が生えていない巨大な崖がありました。そこは島のはずれのようです。
そこを曲がり島から離れないように進むと、少しくびれた場所が見えてきました。ここが港のようです。先ほどの漁師が乗っていたような船が数隻停まっています。
しかし、人は見えませんが、奥には小屋が二つあります。オニロは船を港の中に入れて小屋に向かいました。
最初の小屋はドアが開いていて魚のにおいがします。中には樽がいっぱい置いてあります。奥のほうは薄暗いのですが、料理をするような場所のようです。
人はいないようなので、もう一つの小屋に行きました。そこもドアが開いています。覗くと手前に粗末なベッドがあって誰か寝ています。大きな男です。
オニロは、「こんにちは」と声をかけました。しかし、起きようとしません。なん何回か声をかけましたが、体を少し動かすだけです。
早くパロロス島に行きたいので、男の体をゆすりました。男はようやく目が覚めたようで、眠そうな声で「漁は終わったのか」と声を出しました。
それから、突然、「おまえは誰だ」と叫びました。
オニロの長い夢
1-29
漁師はそう言いながら慌ててベッドから出て奥に逃げました。
オニロはその声に驚いて数歩下がりましたが、「オニロと言います。お聞きしたいことがあります」と叫びました。
樽の陰から見ていた漁師は、「人間だな」と聞きました。
「もちろん人間です。シメオンに、港で聞けと言われたのでここに来ました」
「シメオンに?シメオンは漁をしているはずだ。どこで会ったんだ」
「海です」
漁師はまさかここで子供に会うとは思っていなかったのか頭が混乱しているようです。
「何を聞きたいんだ」
「パロロス島に行きたいんです」
「それじゃ。おまえのパパに言おう」
「パパはいません。ぼく一人です」
「船でしか行けないぞ」
「大丈夫です。船の操縦はできます」
漁師はようやくオニロの近くまで来ました。でっぷり太った男です。茶色のひげが顔の下半分をおおっています。上半分も海で漁をしているせいか真っ黒です。両眼だけが光っています。
「こいつはシカだな。食べるのか」オニロの横で男を見あげているピストスに気づいたようです。
「いいえ。仲間です。二人で航海しています」
「ふーん」この漁師もシメオンのように生半可な返事をしました。
そして、「パロロス島に行きたいんだな」と言いました。「パロロス島はこのたりで一番大きな島だ。おれたちも住んでいる。ここは誰も住んでいなくて漁の時期だけ来ている。
漁師は10人ばかしいてな。みんなで助けあって漁をしているんだ。
今日はおれが当番だ。みんなが漁から帰ってきたら魚が入っている樽を運ぶんだ。漁に行ったものは仕事が終われば一杯やって寝る。当番は、漁には行かないが塩漬けなどをするんだ。
漁が終わればパロロス島に帰る。おまえもしばらくここで働かんか。楽しいぞ。パロロス島はその後でもいいじゃないか」漁師は急に親しそうになりました。
オニロは急ぎの用事があるので、速くパロロス島に行きたいと言いました。
漁師は、漁の時期は後10日ばかりなので一緒に行けば迷わなくていいがなと独り言のように言いましたが、結局、パロロス島への行き方を教えてくれました。
ここからパロロス島までには無人の島が航路の左右にいくつもあり、その間を行けば迷うことはないと言うのです。
そして、「パロロス島に知りあいでもいるのか」と聞きました。
「いいえ。いません。ぼくのいる村で伝染病が流行っていて、ある薬草で作った薬を飲めば治ると聞いたものですから探しています」
「子供のおまえが一人で探しているのか。パパはどうしたんだ」
「パパとママも伝染病で死んでしまいました」
それを聞いた漁師は、「そんなことがあるのか。かわいそうに」と見る見る目に涙をためてオニロを抱きしめました。
オニロは息ができないほど苦しくなりましたが、「パロロス島に伝染病は流行っていませんか」と聞いた。
「おれたちが出てくるときはなかった。しかし、いつそうなるか分からん。
伝染病は悪い神が息を吹きかけたら流行ると言われている。
だから、健康でいられるためには、神の機嫌を損なわないようにしなければならないだ。
ただし、おれは、空を見上げて「どうぞお助けてください」と祈るのは手遅れだと思っている。そうではなくて、下を見て一生懸命働くことが一番だと思っている。神様はちゃんと上から見ていてくださる。
そうすれば、いくら酒を飲んでも許してくださるのだ」と太鼓腹をさすりました。
「おれはニキアスというんだ。パロロス島に着いたら、ニキアスの家はどこだと聞いてくれ。
家に行ったら、妻のアマリアに事情を話したらいい。アマリアは優しいから、おまえの世話をしてくれる。
それから、物知りを紹介してくれるから、薬草のことを教えてくれるだろうよ」
ニキアスは塩漬けなどの食べものをいっぱい船に積んでくれました。
オニロとピストスはニキアスに礼を言ってパロロス島をめざしました。
オニロの長い夢
1-30
ニキアスはずっと見送ってくれたが、樽のような体もだんだん小さくなっていきました。
オニロは前を見て左右に見える島を見続けました。天気がいいので島影はくっきりと見えましたし、幸い風も穏やかなので船は順調に進みました。
カモメが鳴きながら空を回っています。遠くに船が見えますが、進んでいるように見えませんからみんな漁をしているようです。
ようやく夕焼けが雲を赤く染めて沈んでいこうとしています。
遠くに大きな島が見えます。あれがパロロス島か。よく見ると、ところどころに灯りが見えます。灯りが集まっているところが港だろうと考えてそこをめざしました。
かなりのカモメが激しく鳴きながら集まっています。きっとえさを取りあっているのでしょう。
港に近づきましたが、どこに行けばいいのか分からなかったので、船を止めて様子を見ることにしました。
左側に船が集まっています。その奥には小屋が並んでいます。ニキアスがいたところもそうなっていました。魚を下ろして小屋に運んで作業をすると言っていたので、ここもそうだろうと考えて左側に行くことにしました。
すると、「どこに行くんだ」という声が聞こえました。声のほうを振りむくと、船が近づいていて、その上に男が立っていました。少し暗くなっている上に日焼けしているので顔はよく見えませんが、声からしてかなり年配のように思えました。
オニロはニキアスから、「パロロス島に行っておれの家を訪ねればいい。アドナが世話をしてくれる」と言われたと説明しました。
「ニキアスに言われたのか。分かった。ここはわしら漁師が使う港だ。
他の島に行く船は別の港だが、ここに入ったらいい。みんなに言っておく。それから、ニキアスの家もわしが案内してやる」
オニロは、漁師の後について、船を漕(こ)いで港の奥に進みました。それから、言われた場所に船を停めて、ピストスを連れて陸に上がりました。
近くにいた漁師の仲間が仕事をしながらオニロとピストスを不思議そうに見ていましたが、漁師が説明しました。
それから、自分が釣ってきた魚を仲間と一緒に小屋に運んだ後、小屋から出てきて、「わしはアリアスだ。おまえの名前は何だ。それにしても、子供のくせに船をうまく操るもんだ」と言いました。
オニロも名前を名乗って礼を言うと、アリアスという漁師は、「それじゃ、ニキアスの家に行くぞ」と歩きだしました。
港を出てすぐに細い道に入りました。かなり坂になっています。しかも、だんだん暗くなってきたので、まわりはよく見えませんが両脇には小さい家が並んでいるようです。
家の外で椅子にすわってこちらを見ている人もいます。アリアスは会う人会う人に声をかけて進みました。オニロとピストスのことを聞く人もいますが、アリアスが説明すると笑い声がします。
20分近く歩くと、アリアスはある家の前に止まって、「アドナ、アドナ」と呼びました。
しばらくするとドアが開いたので、アリアスは、「お客さんだよ」と言いました。
「お客さん?」女の人の声がしました。「あらっ、子供。どうしたの」と叫びました。アリアスは説明しました。
主人のニキアスのようにでっぷり太ったおかみさんは、オニロとピストスをじっと見ると固まってしまいました。
アリアスは、オニロを連れてきたのをいやがっているのかと思い、「何か探しているようなので、わしが教えるよ。それに船で来ているので、寝ることには困らないから」とオニロを連れて帰ろうとしました。
「何言っているの。アリアス。亭主が家で世話をしろと言っているのに帰らすわけにはいかないよ。それに、この子供に聞くことがあるよ」と慌てて言いました。
「そうかい。それなら後を頼んだよ。かかあが病気で寝ているんで、晩飯の用意をしなくてはならないんでな」アリアスはそう言いと急いで帰っていきました。
おかみさんは、「お入りなさい。シカも一緒でいいよ」と優しく言いました。オニロは、おかみさんは聞きたいことがあると言っていたが、何を聞きたいのだろうかと考えながら中に入りました。
小さなテーブルがあり、そこの椅子にすわるように言われたので、皿が並べられるのを見ていました。
「遠慮なく食べてちょうだい。ニキアスもわたしも大食漢だから食べるものはいくらでもあるからね」
オニロは礼を言って、さっそく食べはじめました。しばらくして、アドナは、「あんた、薬草を探しているんでしょう」と聞きました。
「えっ」オニロは驚いてアドナを見ました。「あんた、夢に出てきたよ」アドナが答えました。
オニロの長い夢
1-31
「ぼくが夢に。誰の夢ですか」オニロは食べるのを止めて聞きました。
「もちろんあたしのだよ」
「そんな偶然があるんですね」
「あんたを見た時、どこかで見たことがあると思ったよ。それで、夢で見たことを思い出したんだ。
夢の中で、あたしが道を歩いていたら、見かけない子供とすれちがったので、『道に迷ったのかい』と聞いたのさ。
すると、『身に迷っていませんが、このあたりに薬草がないか探しています』と答えるので、『薬草?奥には山があることはあるけど、薬草なんて聞いたこととない』と言ったんだよ。
でも、困った顔をしているので、『何か病気でもなったのか』と聞くと、『自分はオニロと言います。村で流行った疫病でパパとママが死んでしまいました。おばあさんとぼくだけになりました。
村では大勢の人が死んでいます。それで、疫病を治す薬を作りたいと思って、船であちこち探しています』とあんたは答えていたよ」
オニロはびっくりしました。「そんなことがあるのか」
「そうそう。あんたの足元には動物もいたわね。でも、それがイヌなのかサルなのかはっきりしないのよ。
見ようとしたその時、『おっかあ。早くしてくれ。そろそろ行かなくちゃなんねえから』と亭主があたしを起こしたんだよ。
ここらあたりの漁師は、あんたも行った島で仲間が一緒に漁をするんだけど、あんたが出てきた夢を見たのは島に行く日だったんだよ」
「その後は夢で見ましたか」
「いいや。夢を見ないんだよ。亭主がしばらくいないから、たらふく食べて寝たら朝までぐっすり寝てしまうからね。もともと夢を見るほうではないからね。
でも、今日あんたが連れている動物はシカということがわかったわけさ」
オニロがうなずくだけなので、気の毒だと思ったのか、アドナは、「別の人が見ているはずだよ」と慰めました。「その人が、薬草を見つけるところを見ているかもしれないね。あたしの夢が正夢だから、別の人の夢も正夢にちがいないよ。でも、こんなことがあるんだねえ」
「そうですね。ぼくもそう思います」オニロはようやく声を出した。
「そうだよ。これは何かあるね。名前も旅の目的も同じなんて考えられないね。
まだ料理は残っているよ。遠慮しないで全部食べなさい。そして、ふんわりしたベッドで寝たらいいよ。
ゆっくりしていってほしいけど、夢の中であんたは急いでいたので、実際早く船に乗って航海したいんだろう。食べるものはいっぱい用意しておくよ。魚だけでは飽きるだろう」と言いました。
「ありがとうございます。あのー。ぼくはどこへ行きましたか」オニロは言いにくそうに聞きました。
「ああ。夢の中のことだね。これも思い出そうとしていたんだけど、山のほうに行ったのか、海のほうに行ったのか分からないんだよ。亭主に起こされてばたばたしていたからね」
その後、オニロは寝室に案内されました。ピストスもベッドの横にソファを置いてもらって寝ることにしました。
オニロは、今聞いたことを考えていると寝られなくなりました。
ぼくも夢を見ていたのはまちがいない。天井にひげのおじいさんの顔が出てきたのは夢のはじまりだった。
なぜかと言うと、おばあさんが、「オニロ。早く起きなさい」と言ったのは覚えているからだ。
しかし、ひげのおじいさんが言うとおりに、おばあさんには何も言わずに薬草を探しに家を出たのは夢ではないはずだ。あれは絶対現実だ。でも、確証はない。
それなのに、ここのおかみさんは、まちがいなくぼくの夢を見ている。
夢と現実はどういう関係にあるのか。実際出会ったこともない人のことをこれだけ正確に夢に見るものだろうか。それなら、また別の人がぼくの夢を見ることがあるかもしれない。
しかし、神様が何か考えて仕組んだことだったら、考えても意味がない。
神様は、たまたまぼくを使って何かしたいんだ、絶対。そうじゃなかったら、船なんか乗ったことのない村の子供にこんなことさせるものか。
そして、他の人にぼくの夢を見させるのは、「この子供を助けてやってくれ」ということなんだ。オニロは、そう思うと少し楽になってきました。
ピストスはすでに大きないびきをかいて寝ていました。オニロはそれも気にならず、すぐに寝ることができました。
オニロの長い夢
1-32
オニロは突然目を覚ましました。いつも船の上で寝ているので、何か気になったのかもしれません。
しかし、頭はまだ寝ているようなので、じっと天井を見ていました。
それから、「ここはどこだろう。ピストス、ピストス。船は大丈夫か」そう声を出しました。
いつもなら、キューキューと鳴きながらオニロのほうに寄ってくるのに返事がありません。ぐっすり寝ているようです。
「そうか。船にいるのではなかった。ベッドで寝ていたんだ」そう納得して、もう一度目を閉じました。
しばらくそうしていましたが、目が冴えてきたので、体を起こしました。
それから、ベッドを出て、窓があるほうに行き、カーテンを開けて外を見ました。
まだ夜は明けきっていませんが、外の様子が少し見えます。ただ窓の正面は林のようなものがあり、その間から隣の家が見えるだけです。
窓を開けて、右のほうを見ると道が見えました。「あの道を通ってここへ来たんだ」そう思っていると、人が一人歩いてきました。肩に何か担いでいます。今から漁に出かける漁師かもしれません。
しばらく見ていると、また同じように何かを持って歩いている人がいます。
オニロは、「ぼくも、早く船を出さなくては」と思いましたが、他人の家にいますから、勝手なことはできません。
それで、ベッドに戻り、昨晩おかみさんから聞いたことをもう一度思いだしていました。
夕べ、神様はぼくを試そうと薬草を探しに行かせたのだと考えたが、疫病で親を亡くした子供はぼくだけではないはずだと気がつきました。
同じように一人で船に乗っている子供と出会ったことはない。他の子供は山に行かせたのだろうか。
また、その薬草で疫病を治すことができるのなら、なぜこんなに時間がかかることをさせるのか。多くの人が苦しんでいるのは神様ならしているはずだ。
そして、知らない人の夢の中にぼくを出させるなんて、神様の考えがまったく分からない。
とにかく、パパとママが死んでしまったのは夢ではない。おばあさんとぼくは抱きあって毎日泣いたのだ。
パパとママは神様に殺されたのだろうか。考えれば考えるほど分からなくなる。
ノックが聞こえました。オニロはすぐ起きて、ドアを開けると、おかみさんがいました。「よく寝られたかい」と笑顔で聞いてくれました。
「ゆっくり寝ることができました。すぐにでも出かけようと思います」
「もう行くってかい。お腹を満たしてから行きなさい。体力をつけないと船に乗れないよ。うちの亭主を見ただろう。漁師は体力勝負だよ」
山盛りの料理が用意されていました。
オニロとピストはたっぷり用意されていたものをすべて平らげました。
それに、船に積みこむ食べものも用意しされていました。
「ありがとうございました。それじゃ行きます」オニロはお礼を言いました。
「夕べあんたの夢を見ようとしたんだけど、結局あらわれなかったね。
もし夢に出てきたら、危険な目に合わないように前もって教えておこうと思ったんだけどね。やはり行くんだね」
「行きます。薬草がある島を見つけるまで行くつもりです」
「そうかい。でも、これは夢ではないんだけど、あんまり向こうに行くと怪物が出るんだよ。
このあたりの漁師で、さらに獲物を探すためにみんなが行かないほうに行って帰ってこない者が何人かいるんだよ。
ほうほうのていで帰ってきた者の話では、突然雷が鳴ったかと思うと空が夜のように真っ暗になった。今度は稲光がまぶしいぐらい光ると、船は海底に引きずりこまれたそうだよ。
船にかけた手は茶色で5,60センチあったそうだ。その人はすぐ海に飛び込んで近くにあった板につかまったそうだがすぐに気を失った。
4,5日後に仲間に助けられたが、しばらくして死んだそうだよ。
脅すわけではないが、このあたりの漁師は島が集まっているところには行かないようにしているんだよ。
あんたもそんなところには行かないように注意しとくれよ。そして、突然雷が鳴ってきたら、すぐに逃げることだね」
オニロの長い夢
1-33
オニロはおかみさんが用意してくれた食べものを山のように積んで船を出しました。
おかみさんは、「無事に帰ってくるんだよ。あんたたちが夢の中で困っていたら、あたしが助けてあげるから」と言って、いつまでも見送ってくれました。
オニロとピストスはさわやかな海の風を浴びながら出発しました。
「ピストス。今度こそ薬草のある島を見つけよう」オニロが声をかけると、ピストスはうなずきました。
近くには漁にでかける船がいましたが、それも見えなくなりました。
「おかみさんの話では、四つ五つの島が固まっている場所があるようだね」オニロはピストスに話しかけました。
「そこに近づきすぎると、晴れていても突然雷がゴロゴロ鳴りだしたと思うと、雨が激しく降りはじめるんだ。
そして、海の底から巨大な手が二つ伸びてきて船をひっくり返すというじゃないか。そんなことが何回もあったと言っていたな。
神様はなぜそんなことをするんだろうかと夕べずっと考えていたけど、この穏やかな海を見ていたら、それは神様ではなく、海の底にいる怪物が、『おれの邪魔をするな!』と怒っているような気がするんだ。
そうだろう?ぼくは、パパやママのように疫病にかかった人を助けるために神様に選ばれたのだよ。神様がそんなことをするわけがない。
しかも、誰かの夢の中にもぼくは出てくる。こんなことができるのは神様だけだと思わないか。
もう少ししたら薬ができるぞと神様が多くの人に希望を与えているんだ。
神様は、ぼくらが怪物に近づかないようにウッパールをよこしてくれたんだ。怪物に負けるわけにはいかないよ」
何日も進みましたが、島がいくつか集まった場所も、一つだけある島もまったく見えません。ただ、見渡すかぎり海が広がっているだけです。
「アリアスもニキアスも、海の端なんてないと言っていたが、海はあまりにも広すぎて、誰も端まで行ってないだけかもしれないな」オニロは少し自信をなくしてしまいました。
相変わらずカモメが大きな声で鳴きながら空を回っています。ときおり大きな音がするのでそちらを見ると、真っ黒で巨大な魚が海面から飛び出してくることがあります。
「これが怪物か!」と身構えるほど大きい魚です。船の何十倍もの大きさです。あれに襲われたらひとたまりもないと分かっているのですが、見たい気持ちもあるからです。
水を噴水のように吐いたり、ジャンプしたりします。それから、海に潜るときは尾びれを広げて潜ります。それを見ていると、海の底はどうなっているのか興味がわきます。
それで、何か海にいるときは、近づくことにしています。怪物ならばその様子を見ることができるし、船であれば、乗っている人に島を知らないか聞くことができるからです。
しかし、船に会うことはありません。オニロは悩みました。とにかく、あきらめては役目を果たせない。誰かの夢の中でぼくの情けない姿を見せたくない。
「パパ、ママ」オニロは大きな声で叫びました。ピストスは悲しそうな顔でオニロを見ていました。
「パパとママはどこかでぼくを見ているにちがいない」と考えました。
「今晩パパとママの星をもう一度探そう。その星を使って進む方向を決めるんだ。そして、島が見つからなかったら、別の方向に行くことにする。
ピストス。おまえは海を見て島を探すようにしてくれないか」とオニロが言うと、ピストスは、キュィー、キュィーと鳴きました。
ようやくパパとママの星を見つけたオニロは、「パパ、ママ。ぼくとピストスを見ていますか。
今が一番苦しい時です。でも、パパとママの星を目印にして必ず島を見つけます。
パパとママがいなくなって悲しいですが、これ以上悲しい子供が出てこないように薬草を持って帰ります」と誓いました。
そして、海が穏やかなのはこの下にいる神様がぼくを助けようとしてくれているからだと思えてきました。
それから数日後、一晩中星を見ながら船を進めたので一休みしていると、体を押されたような気がしたので目を開けると、ピストスが何か言っている。
体を起こすと、首を向けて振ってあそこを見ろ!と合図をしています。眠たい目をこすって見ると島が見えました。
オニロの長い夢
1-34
「あっ、島だ!」オニロは叫びました。「ようやく島があった。ピストス、ありがとう」オニロはピストスを抱きしめました。
少し興奮が収まると、島が4つ、5つ集まっていれば、そこの海の下は神様がいるので近づくと船が沈められるという、おかみさんの話が頭に浮かびました。
「近くに島がないか調べなくてはならないぞ」オニロはピストスにそう言うと、もう少し島に近づいてから様子を見ようと思いました。
島が近づいてきました。かなり大きな島です。あまり木はありませんが、崖はさほどなく、船を停めるとすぐに島の上まで行けそうです。
そして、これ以上近すぎると危ないと判断して、進路を左に向けました。
最初の島を曲がってすぐにまっすぐ行くと島影が見えました。
驚いたことに、その奥にまた別の島が見えます。
どうして見えなかっただろう」と不思議に思いましたが、「そうか。最初の島は横に広いうえに、船とまっすぐ一色線になっていたから、見えなかったのか」と合点がいきました。
「これからは気をつけなければならないな。もし島が集まっているのを知らずに船を近づけるとすべてが台無しになる。
でも、どうして神様は人間同士が助け合うようにしてくれるのに、こんなにひどいこともするのだろうか」オニロは不思議に思いました。ひょっとして、おかみさんは妖怪か何かを神様とかんちがいしているかもしれないと思いました。
かんちがいかどうかはいつか分かるだろうが、とにかく島が集まっている場所は気をつけなければならない。
さらにまっすぐ進むと、ピストスがまた大きな声で鳴きました。向こうにも島が見えました。
「これで五つか。すぐにここを立ち去ったほうがいいか」オニロはそう考えましたが、ちょっと決めかねていました。どの方向に行けばいいのか分からなかっただけでなく、この5つの島をもう少し見ようと思ったのです。
まず、島には誰も住んでいないか知りたかったのです。もし住んでいたら、5つの島が集まっているけど、神様は海にいないということになります。誰も神様を怒らしては住むことができないからです。
まず最初の大きな島のほうに戻り、港がないか調べました。見るかぎりは無人島のようですが、島の反対側に行くことはできません。島と島の間に入ることになるからです。他の島もどうやら無人島のようです。やはり神の島なのだろうか。
おかみさんや他の人の夢の中にぼくが出てきているのなら、なんと情けない子供だと思うかもしれないけど仕方がない。
とにかく、大きな島の反対側を調べる方法はないかそればかり考えていました。
数日後、遠くに船が来るのが見えました。やはりこの島には人間が住んでいるのだと興奮しました。
オニロは急いで向かいました。自分より年上の人が乗っていることがわかりました。船もオニロの船とよく似ています。相手もオニロに気づいたようです。
オニロは、「島の人ですか」と大声で聞きました。
「ちがう。少し用事があるんだ」と大声で答えました。
「人から聞いたのですが、この島の下には神様が住んでいて、この島に近づくと、空が暗くなって、雷が轟き、激しい雨が降るらしいです。それから海の底から怪物が船を沈めるということです」
それを聞いた青年は、「あっはっは。心配無用。おれは神様から疫病を治す薬草を探すように頼まれているんだ。その神様がそんなことをするわけがない」と叫びました。
オニロは言葉を失いました。青年はオニロをおいて、どんどん島に近づきました。すると、どこかで雷が鳴りはじめました。
オニロの長い夢
1-35
「雷だ!」オニロは息を飲みました。オニロは青空を見上げました。
「何かの音と聞きまちがっているのだろうか」と思って耳をそばだてましたが、空を割くような音は雷にちがいません。
「おかみさんが言っていたとおりだ」オニロはまだ青空を見ていましたが、どこからともなく雲があらわれました。
雲はだんだん勢いを増して集まってきます。しかも、近づくにつれて白い雲は黒くなってきます。
「さっきの人を助けなくては!」オニロはあわてて船を島のほうに向けましたが、こちらに向かってものすごい風が吹いてきました。目も開けられず、船も大きな波に乗り上げて前に進むことができません。
オニロはピストスが海に落ちないように足の間に置いて船を操りました。
波と風に気を取られて気づかなかったのですが、たたきつけるな雨が降っています。それに、雷とともに稲光が眩しいぐらい光ります。
オニロはこれ以上進めないと思いました。それで向きを変えようとしたとき船の横に大きな波がぶつかり、船は大きく空に投げ出された。オニロは海に放り投げられることを覚悟しました。ピストスを抱えました。
しかし、船は運よく一回転しても元に戻りました。しかも、風に押されて島からどんどん離れることができました。
二人はしばらくぼっとしていましたが、ようやく気がついて島のほうを見ました。
島の木々は大きく揺れていましたが、今はそれもありません。そして、島の上にはまだ雲は残っていますが、雷は聞こえません。少し明るくなり島もくっきり見えています。
「おかみさんの言うとおりのことが起こった。すると、あの人はどうなったのだろう。しかし、島に近づくことはできない。また同じことが起きかもしれない」とオニロは思いました。
それで神様を怒らせないぐらい離れて船を探すことにしました。
島のまわりをピストスと探しまわりましたが、どこにもいません。「確か神様に頼まれたと言っていたから、うまく島に上陸できたのだろうか。
それなら、神様が怒り狂ったような嵐はどうして起こったのだろうか」オニロは分からないことばかりでした。
しかし、こんな嵐にあった人は昔から何人かいて、多くの人が帰らないままだが、何かにつかまっていた人が通りがかりの船に助けられたこともあったというおかみさんの話を思い出しました。
それで、もう一度島のまわりを探すことにしました。幸い波もなく遠くまで見えました。しかし、それらしきものは見つかりません。
その時、ピストスが遠くを見て叫びました。オニロは何も見えませんでしたが、とにかくピストスが教えるほうに向かいました。しばらく行くと、何か浮かんでいます。急いで向かうと板のようなものが海に漂っていて、そこに誰か倒れているようです。
「あの人か」オニロはロープを出してそこに投げました。「大丈夫ですか」と何回も叫んだが動かない。
「大きな波が来たら海に落ちてしまう」と思い、とにかく船に乗せることにしました。
船を板にぴったりつけてロープでくくることにしました。しかし、板には柱のようなものはなくどうしたらいいのか分かりませんでした。
それを察したピストスはロープをくわえて海に飛び込みました。そのまま板の下を潜り、板を越すように口にくわえたロープを勢いよく投げました。
その間に一方の端を柱にくくりつけたオニロは海に落ちたロープを拾ってそれも柱にくくりつけました。船と板はぴったりとつきました。
また、オニロとピストスは協力してその人を船に乗せることができました。
やはり、薬草を見つけに島に向かった人でした。しかし、まだぐったりしたままです。
オニロの長い夢
1-36
その青年まだ意識がありませんが、体がガタガタ震えています。
「寒いんだな」と思って、濡れている服を脱がせて体をふきました。
それからピストスが体をくっつけて温めました。太陽がまた出てきましたので、それも好都合でした。
二人でずっと見守っていましたが、ようやく「うーん」という声が聞こえました。それから、しばらくすると、目を開けました。オニロは、「もう大丈夫ですよ」と声をかけました。
青年は何も答えず、オニロを見上げていました。それから、「ここはどこだ」と聞きました。
「ぼくの船です。あのひどい嵐に巻き込まれてあなたの船は転覆したようです。それで、板の上で倒れていたあなたを見つけて、ここに乗せました。もう大丈夫ですよ」オニロは説明しました。
若い人は今聞いたことが納得できていないようにうつろな目をしていましたが、少しずつ思い出したようで、目に光が戻ってきました。
「突然雷が鳴りだしたと思うと、すぐにひどい雨が降ってきたんだ」と恐ろしそうな顔をしました。
「そうでしたね。それでどうされたのですか」
「波が高くなると船が転覆すると思って、早く島に上陸しようとしたんだけど、船が動かないんだ・・・。そこまではおぼえているけど、そこからはまったく記憶がない。あれからどうなっただろう」
「ぼくも、あなたを助けようとしたんですけど、あまりにも風がきつくて前に進めなかったんです。
雨と風が少し止んだので、島のまわりを回ったのですが、まだ波が高くて近づけませんでした。
でも、波が収まると遠くまで見えるようになると、ピストスが何か浮かんでいると教えてくれたので、あなたを見つけました」
「そうだったのか。助けてくれてありがとう。おれはテリスだ」
「ぼくはオニロです。相棒のシカはピストスと言います」
「雷が合図のように鳴ると急に嵐が起きた。どうしてあんなことになったんだろう?そう言えばおかみさんから聞いたとか言っていたな」
「そうです。この島だったと思うのですが、おかみさんの村の人も同じ目にあって、帰った人もいますが、帰らない人もいると言っていました」
「どうしてこの島に近づくとそんなことになるのか」
「おかみさんの話では、この島のあたりの海の下には神様が住んでいて、人間が近づくと、怪物が嵐を起こして、それでも出て行かないと、船を沈めると言っていました。だから、村人はこの島には近づかないそうです」
「じゃあ。島に行って少し休もうと思ったけど、それもできないのか」テリスは肩を落とした。
「残念ながらあなたの船は沈んだかどこかに流されたようです。それなら、しばらくぼくの船に乗っていてください」
「でも、きみも薬草を探しているんだろう」
「そうですが、白ヘビの神様が、旅の途中ウッパールというものがあらわれて薬草の場所を教えると言ってくれました。
ぼくはウッパールがあらわれるのを今か今かと待っています。それであらわれたら、僕が探している薬草の場所だけでなく、あなたが探している金の花の場所も聞きますよ」
「そうしてくれるか。早く金の花を持ってかえることは人間のため、つまり神様のためでもあるということだから」
それで、オニロとてリス、ピストスの3人は、一つの船に乗ってそれぞれのものを探す旅に出ました。
しばらく船を進めましたが、島もないし、ウッパールもあらわれません。
しかし、二人はいろいろ話をしました。お互い一人で航海するのは寂しかったからです。
オニロはパパとママが村を襲った疫死んでしまったこととか、夢に出てきたひげのおじいさんから、疫病を治す薬を探しにいけと言われたこと、途中の山で白ヘビの神様に船を与えられたのでそれに乗って航海していることなどを話しました。
テリスの場合は、父親は優秀な医者だったそうですが、3才の時に亡くなったそうです。それで、母親と二人っきりになりましたが、貧乏な子供時代を過ごしました。
父親のことを覚えている人も多く、それで、父親のように医者になって、母親を楽にさせたいと思うようになりました。
テリスの住んでいた村にはまだ疫病ははやっていませんが、村の老人から、どこかにある島の森には、夜中に光る金の花があって、それを煎じて飲めばどんな病気でも治すということを聞いたので、それを探しに航海に出たと言うのです。しかも、その船は、父親に病気を治してもらったという村の地主から資金を出してもらって船を作ったのです。二人は毎日夢を語りあいました。
オニロの長い夢
1-37
テリスは、自分の夢は他人ができないことをして富と名声を得ることだということを何回も繰り返しましたが、オニロはまだ8才ですので、具体的な夢はないけど、パパのような村人から尊敬されるような大人になりたいと言いました。
確かに次の村長はパパだと村中から思われていました。近所の人が何か相談しても、嫌がらずに調べ、さらに分からないことがあれば、役場に行き役人に聞きました。
二人の話が途切れた時、「オニロは夢の中に出てきたおじいさんに薬草を取りに行けと言われたと言っていたな。どうもよくわからないんだ。それをもう少し詳しく話してくれないか」とテリスは聞きました。
オニロは、「わかりました」と言って、パパとママが同時に高熱になって翌日死んでしまったことを話しました。
「その時は村人の多くが同じように次々と死んでいきました。前の日一緒に遊んでいた友だちが次の日に死んでしまうということもありました。
あまりにも多くの人が死んでいくので、村の人は悪魔が空から死の種をばらまいているんだと考えて家から出ないようになっていましたが、パパはそういう人が出ると、構わずすぐその家に駆けつけて葬式の手配などをしました。
それが悪かったのか、今度はパパとママは起き上がれなくなったのです。ママはおばあさんとぼくが死の種が体に入らないように自分たちに近づかないように言っていました。
ぼくはとてもさびしかったけど、ぼくやおばあさんが疫病にかかるとパパやママが村の人を助けられなくなると思って辛抱しました。
それなのに、パパとママが死んでしまったとき、どうしていのか分からなかったのですが、おばあさんが近所に行って事情を話しました。
村の人は出ないようにしていたはずなのに、パパとママが死んだと聞き、みんな来てくれました。みんなは、『パパとママは村の犠牲になったんだ』と言って泣きました。
それから、みんなはパパとママを墓に連れて行って埋葬しました。そこでもみんな泣きました。
ぼくは泣きませんでした。パパはみんなの役に立たなければならないと思っていましたから、ぼくも、早く葬式を終わらせてみんなを早く帰らすのが自分の仕事だと思って、泣かずに自分ができる仕事をしました。
家に帰ると、ものすごく悲しくなり、涙が止まりませんでした。おばあさんも葬式の時は我慢していましたが、家に帰ると自分の部屋で泣いていました。
しかし、翌日になると、『これをしなさい』とか『あれを片付けなさい』とかうるさくなりました。特に寝坊すると、『パパとママが見ているよ』と怒るようになりました」
それから、オニロは、朝方、「おい」という声が何回も聞こえるので、寝たまま声のほうを探すと、天井に白いひげを伸ばしたおじいさんの顔がこちらを見ているのに気づいたことを話しました。
「ぼくはびっくりしましたが、『これは夢なんだ』と思いました。夢なのだからと思い、何も返事をしないでおじいさんの顔を見ていましたが、天井から『オニロ。パパとママが死んで淋しいだろう』という声が聞こえました。
ぼくはまだ黙っていました。おじいさんは、『おい、なぜ返事しないのか。失礼なやつだな』と怒ってしまいました。
ぼくは、『淋しいのに決まっているだろう。それにしても、おまえは誰なんだ』と叫んだような気がします。
すると、『そうだろうな。おまえのパパはほんとによくやった。おまえもパパのように人助けをしたくないのか』と言ったのです。
ぼくは、『あたりまえだろう。でもまだ子供だから大人になってからやるつもりだ』と言うと、『今からでもできるぞ』と言うので、それを聞くと『島に行けば疫病を治す薬草を今すぐ取りにいけ』と言うのです。
ぼくは、どうせ夢の中だから、おじいさんの言うようにしてやろうと考えて、外に出ました。
言われるように山があってそこを上って行って、サルの集団についていったり、途中深い穴に落ちたりしながら、白いヘビに出会いました。
サルやその他の動物が白いヘビを敬っているようでしたので、これは神様なのだと思うようになりました。
白いヘビの神様は大きなサルに何か言ったようで、船に乗っていけば島があってそこに薬草が生えているので、それをもってかえろと言いました。
島の場所はウッパールというものが教えるとのことでした。それで、用意されていた船でここまで来たのですが、まだウッパールがあらわれません。
それに、ぼくは自分の夢を見ているだけなのに、現実の自分なのではないかと思う時があるんですよ。
夢を見たときは、『そんなことはしたくない』とか『そっちへ行きたくない』と思っても、勝手にそうなってしまうことがあるでしょう。そんなことはなく、自分でどうしようか決めることもあるからです。ひょっとしてテリスも夢の中いる人ですか」とオニロはテリスを見ました。
「馬鹿言え。おれは現実だ」テリスはあわてて言いました。
「おれを触ってみろ」と言って、自分の腹を叩きました。「筋肉が固いぜ。夢の中の人間なんて雲のようなものでできているんだ」
「それじゃ。ぼくを触ってみてくれますか」オニロは少しからかうように自分の体をテリスに近づけました。
テリスは一瞬固まりましたが、「おいやめろ。おどかすんじゃない!」と叫んで、船の端に飛んで逃げました。
オニロの長い夢
1-38
オニロは、テリスの慌てっぷりにあっけにとられましたが、「驚かせてごめん」と謝りました。
テリスは、「ふっー」と言いながら戻ってきて、「いやいや。ずっと一人いたから弱虫になっちまった」とはずかしそうに言いました。
オニロは、「晴れた夜には楽しみがあるんですよ」と話題を変えました。
「楽しみ?どんな楽しみだ」テリスはようやく元に戻りました。
オニロは、「夜寝っころがって、この星とあの星をつなげたら、これになるなと遊んでいるんです」
「つなぐって?」
「頭の中で線を引くんですよ。そうすると、パパとママとがぼくを見ているような星があります。
特に泣きたくなったら、それを見るんです。すると、『オニロ。薬草を見つけると神様と約束したんだろう。それに、おまえには知恵と勇気があると神様は言っていたじゃないか』とパパが空から言っているような気がします。
ママも、『オニロ。パパとママはずっとあなたを見守っていますよ』と声をかけてくれるんです」
「それはすばらしい。でも、星なんて何億ってあるんだぜ。そんなことできるのか」
「大きな星を探すんですよ。慣れたらできます。そして、気がついたんですが、船を動かしていると、その形が少しずつずれていっているような気がします。
それを観察したら、どの方向にどのくらいの早さで進んでいるかわかるかも知れないと思うんです」
「オニロ。それはどうかと思うよ。確かに船は動いているけど、空も動いているから、方向も早さも正確には分からないよ。まず、空がどのように動くかを研究しなければならないぜ」
「言われてみればそうですね」
「それよりどこかの島などを目印にしたほうがいいよ」
「早く島を見つけなければいけませんね」オニロは同意しました。
しかし、何事も起きない日が続いたので話は続きました。
オニロは、「神様は人間を守ってくれるはずなのに、村人を全滅させるほどの疫病が流行っている時に、僕のような子供に薬草を探しにいけなどと言わずに、なぜ自分でさっさと疫病を退治しないのかなと考えることもあります」と言いました。
テリスはしばらく考えていましたが、「きみのパパやママも死んでしまったのだからそう思うだろうな。
でも、神様にはいつも何かの意図があるんだよ」
「どんな意図ですか」
「詳しくは分からないけど、苦しみや悲しみを与えるのは人間に試練を受けさせるためだろう。
つまり、さらに大きな不幸を乗り越えるさせるためだ。そうしないと自分の子供である人間が大きな不幸で負けてしまうだろう。
きみのパパやママが疫病で死んでしまったのは気の毒だけど。でも、きみは、
パパやママが自慢する大人になれるのだから」
オニロは納得できるところもありましたが、パパとママを亡くした以上の悲しみがあるのだろうかと密かに思いました。
それを察してか、テリスは、「きみが薬草を探すために、神様は、船などの準備をしてくれているじゃないか。さらに、ウッパールだっけ。ウッパールにその場所を教えるように指示を出しているそうじゃないか。
また、おれように、自分で病人を治したいと思う人間にも手を差し伸ばしてくれるんだ。
どちらもいいことなんだ。人間同士が助け合うことを神様は一番好きなことだ」とオニロに教えました。
オニロは深くうなずき、「ありがとう」と礼を言いました。
それから数日の間お互い何も言わずに島を探しました。
ある日、テリスが、「なかなか島が見つからないので、今後一人で島を探すよ」と提案しました。
オニロは驚いて、「一人で?船をどうするのですか」と聞きました。
「島があれば一番いいけど、それもしばらくは無理そうなので、この船にある予備の枝を貸してくれないか。足らない分は海に浮いている枝や板などを使おうと思っているんだ」
オニロの長い夢
1-39
ぼくは、すぐに船にある枝を見ました。大小合わせて8本ぐらいありました。これでは船を新たに作るのは無理です。
「島があれば、たとえ二人が探している光る花や薬草がなくても、木は生えているはずです。木があれば船は作れますが、その島が見えません。しばらく時間がかかりますが、よろしいですか」オニロは聞きました。
オニロは、このままテリスと一緒に航海してもよかったのですが、なかなか島が見つからないので、進む方向など自分の考えを言いたくても言えないことになる気がしたのです。
「それはそうだ。おれそう思っていた。それで、島が見つかるまで海に浮かぶ枝や板切れなどを集めてはどうだろうか。協力してくれないか」
「もちろんです。ピストスも探してくれます」
それから海の上を注意しながら航海しました。そして、木などが近くに浮いていればすぐに拾い上げたし、遠くに何かあるような気がすれば、船を急いでそちらに向けました。暗くなれば、ピストスが鳴いたり、船を足で叩いたりして知らせました。
時々、どこかの船が何かと衝突してばらばらになったのか、かなり大きな残骸が浮いていました。
そういう時は、一人が海に入って板を船に近づけ、もう一人が引っぱって船に乗せました。そして、船が傾くぐらい集まったので船を作ろうと決めました。
数日かけて船がようやくできました。テリスは大喜びでした。「オニロ。ありがとう。前より少し小さいがこれで十分だ。
船がつぶれた時は、光る花をあきらめるしかないかと観念したが、きみのおかげでまた探しにいける。この恩は絶対に忘れないよ。
もし光る花を見つけて、どんな病気も治せる薬を作ることができたら、きみに山のような金や銀の財宝を渡すつもりだ。もちろん。ピストスにも食べきれないほどのごちそうを用意する」
「ありがとうございます。光る花が見つかればいいです」オニロも財宝のお礼を言って、食べものを半分渡しました。
テリスは自分の船に乗り込みました。「それではごきげんよう。早く薬草が見つかることを祈るよ。また会おう」テリスは船に乗り込みました。
船は徐々に小さくなっていきました。オニロの目から涙が溢れ、止まらなくなりました。涙を拭って船を見るとさらに小さくなりほとんど見えなくなりました。
オニロはぼっとしたままそこに立っていました。それを心配したのかピストスがオニロの足に身体を寄せてきました。
「ピストス。テリスは行っちゃったね。早く光る花を見つけるためには自分が決めた方向へ行きたいものな。ぼくだってそうしてきたんだから」と言うと、ピストスはうなずいたように見えました。
「よし。ぼくらも薬草を見つけるために頑張らなくては」ピストスは力強く言いました。
それから船を進めて島を探しましたが、どこを見ても海しか見えません。
今どこにいるのか、どこに向かっているのか知る方法はないものかと改めて考えました。
星を見てそうできないのかと以前から思っていたのですが、テリスが、「空にへばりついている星は空ととも動いている上に、自分の船も動いているのだから、そんなことはできないぜ」と言ったいましたが、星のことはあきらめていました。
しかし、今は何とか星を利用できないかと思いなおしていました。もちろんそれは簡単なことではなさそうですが、神様は、おまえには知恵と勇気があると言ってくれたのだから、絶対に見つけると決めました。
ある日空にある無数の星を見ていた時、ドンという音がすると、船が大きく持ちあがりました。「これは何だ!」と思う間もなく、オニロの体は空高く飛びだしました。
オニロの長い夢
1-40
闇に吸い込まれたオニロの体はくるくると回転して海に落ちました。意識を失っていたオニロはそのまま海中深く沈んでいきました。
その後は何もなかったように海は静かになり、満天の星が輝いているだけです。
しばらくして、何かが動いている音がしますが、それも聞こえなくなりました。
まだ夜は明けていませんが、闇が少し薄れてきたとき、また海を叩くような音がしました。今度はいつまでも続きました。
やがて、夜が明けると、板のようなものが浮いているのが見えました。板には何かが乗っているようです。しかも、板の横にも何かいて上に乗ろうとしているようです。
でも、ちがいました。板の横にいるのはピストスです。板の前足をおいて板を動かしているのです。船が何かにぶつかってひっくりかえりましたが、どうやらピストスは助かったようです。
それなら、板の上に横たわっているのはオニロかもしれませんが、ひどく顔が腫れていてまだ意識がないようです。
ピストスは板を押しながらも、時々板の上を見ています。ときおり、大きな声で鳴いています。
太陽が昇ってきました。板の上にも光が当たっています。すると、腫れあがった顔が少し動きています。ピストスはさらに大きな声で鳴きました。
目が少し開きました。しばらくピストスを見ていましたが、「ピストスじゃないか。ぼくは助かったのか」と小さな声で聞きました。
ピストスは、「オニロ。そうです。海に落ちるとき、顔を打ったみたいですが、命は助かりましたよ」と言うように何回も首を振りました。
オニロは、ピストスが言うことが分かったように、自分の顔をさわりました。「目も大きく開けられないし、顔が腫れていて痛いよ」オニロは答えました。
オニロはしばらく目をつむり、その場でじっとしていました。家を出てから長い時間が立ちましたが、どんなことが起きても一喜一憂しないことを学びました。
冷静さを失うと正しい選択ができなくなるからです。サルがぼくを試すためか、4,5匹のサルの後についていき、深い穴に落ちてしまった時、どくろがいくつも転がっていた水のたまった底に立ち、どうしてここを出られるか考えたことが原点です。
サルたちはオニロの様子を木の上から来ていて、子供なのに泣き叫ぶこともなく、上を見上げて助かる方法を探していたので、木のつるを穴に投げ落としたのです。
サルたちは、ようやく穴から出てきたオニロを白いヘビの神様のところへ連れて行きました。
サルたちは、白いヘビの神様にどの子供が薬草を探すのにふさわしいのか調べるように言われていたのかもしれません。
オニロは板の上で、自分は頭から海に沈んでいったはずなのに板の上に寝ている。
これはピストスがぼくを板の上に乗せてくれたのだ。ピストスも痛い目にあったはずなのに、暗い中で、ぼくを探したり板を見つけたりしてくれのだ。
それに、船がひっくりかえったということは、この近くに神様の島があって、怪物が船が近づかないようにしたのだろうか。
それはそれで仕方のないことだが、船はどうなったのだろうか。幸い波は穏やかのようだ。まず船を探そう。
オニロは体を起こそうと思いましたが、顔だけでなく、あちこち痛みがありました。
時間がかかりましたが、何とか半身を起こすことができました。ピストスもオニロの体をさせようとしました。
「ピストス。おまえはぼくの命の恩人だ。おまえがいなくては薬草は見つけられそうにない。これからもぼくを助けてくれ」と頭を下げました。ピストスも頭を下げました。「ぼくを乗せてくれた板は船の一部だな。船はばらばらになったんだろうか」とオニロが聞くと、ピストスは、急いで泳いで、船底の一部と甲板の板1枚を持ってきました。
「ぼくが乗っている板を合わせて3枚か。ピストス。テリスの船を作った時のように、
海に浮いている木などを集めようか。作り方は分かっているから大丈夫だ」
それから、ピストスはいろいろなものを持ってきました。オニロの体も徐々に元に戻ってきたので、紐のようなものがあったので、それで集めたものをばらばらにならないようにくくりました。ピストスもそこに乗り眠ることができました。・
ある日、オニロが板の上に立ってまわりを見ていた時、島のようなものを見つけました。
「ピストス。何かありそうだ。そこに行くよ」オニロは、棒で櫓(ろ)を作っていましたので、早く漕いで、そちらに向かいました。集めていた板なども引っぱっています。
半日近くかかりましたが、やはり島だということが分かりました。しかも一つですから、神様の怒りを買うこともなさそうです。オニロは無我夢中で漕ぎました。
オニロの長い夢
1- 41
島のほうから波が来ると、思うように進めなくなりました。そんなときは無理をせず波に任せることにしました。
波がおさまったり島に向かう波が出てきたりするときのために、力を蓄えることにしたのです。
2日ほどかけて、かなり島に近づくことができました。かなり大きな島でした。島は岩だらけでしたが、ところどころに木が生えていました。ただどれも細くて、しかも、風で曲がっている木が多いようです。
それよりも、今は島に上陸できることがうれしく、全力で筏を漕ぎました。ピストスも海に入り、筏を押してくれました。そして、上陸できました。
それから、最後の力をふりしぼって筏が波にさらわれない場所まで引きあげました。
すでに立っておれないほど疲れていて、その場に倒れてしまいました。
それから、何時間たったのか、何日たったのか分かりませんが、顔がひどく痛くなったので、目が覚めました。
オニロは目を開けようとしましたが、顔がひりひりして開けられません。船がひっくりかえり、自分も空高く放りだされて海に落ちた時に顔を激しく打ったのですが、そこが日光に当たって、さらに腫れがひどくなったのかもしれません。
オニロはそのままで耳を澄ませました。カモメが鳴いています。「そうだ。島に着いたのだ。それでカモメも島のどこかに住んでいるのだろう」と思いました。
オニロは目を無理に開けようとすると眩しいので、目をつぶったままいました。
どこかでガタガタという音がします。しばらく考えていましたが、「ひょっとして筏が海に落ちていく音か!」と思って、構わず体を起こしました。
目は十分に開けられませんが、痛みをこらえて無理に開けるとかすかに動いているものが見えます。「ピストスか!何をしているんだ」オニロは叫びました。
ピストスは鳴くこともせず、懸命に何かしています。そして、ガタガタという音がします。
オニロは近くの岩につかまって体を起こして、ピストスのほうに行きました。すると、木のようなものが何本もありました。
「ピストス。これはどうしたんだ」と聞きましたが、まさか島に生えている木を取るなんてことはできないがと考えていると、ピストスは、また海に戻って板のようなものを押しはじめました。
「そうか。ぼくが寝ている間に海に浮いているものを見つけていてくれたのか」と叫びました。
オニロはピストスの仕事を手伝って板を上に上げました。全部で5本の木と板が集まりました。
「ありがとう。かなり集まったね。テリスのときのように、海で材料を拾うほうが手っ取り早いことが分かったよ。気を切るためのナイフもなくなったし」とオニロはピストスに感謝しました。
もちろん筏のようなものですから遠くまで行けないことは分かっています。それに、急に高波が来るかもしれないので、島にある木からツルを取ってきて、ピストスが集めてくれた木で少し補強をしました。頑丈な筏ができました。
まず、島を一周して島に打ち上げられた木や板を探しました。しかし、この島は急に岩になっているので、あまり成果はありませんでした。
それなら、快晴の日に近くを回るしかありません。オニロも焦る、気持ちはありません。船がひっくりかえらなかったら、ウッパールとも会えて薬草を見つけることができていたかもしれないと思うのです。
どうしてあんなことになったのかと思うと悔しくてたまりません。パパとママの星を見つけた時は、「助けて」という言葉しか出ないような気がして、ずっと星を見上げるだけでした。すると、涙が止まらなくなり、星がにじんできて、また悲しくなります。
すると、ピストスがオニロの顔をなめてくれることがあります。
しかし、数日すると、「神様は、ぼくには知恵と勇気があると言ってくれた。だからこそ、薬草探しの一人に選ばれたんだから、泣いてばかりではいられない」と思うようになって、材料探しに力が入るようになりました。
ある日、一本の板が見つかり、それを筏につないで帰ろうとしたとき、ピストスが沖のほうに顔を向けて鳴きはじめました。
そちらを見ると、何か黒いものがこちらに向かってきます。時々黒くて巨大なものを見ることはあるけど、こちらに向かってくることはありませんでした。
「船にぶつかってきたものか!」オニロは急いで筏を漕いで島に急ぎました。
オニロの長い夢
1-42
全力で筏を漕いでようやく島に着きました。筏を降りた時には心臓が飛び出しそうになっていて、立っていることができません。
しかし、海の怪物がそこまで来ているので、少しでも高いところに行かなくてはと思い、必死で岩を上りました。しかし、しばらくそこで気を失ってしまいました。
ようやく気がついて体を起こしましたが、頭はまだぼっとしています。何回も深呼吸をしてから、海を見ますと、怪物が島のすぐそばにいるのに気がつきました。
「船を追いかけてきた怪物か」オニロは、間一髪で助かったと思いましたが、その怪物をよく見ると、今にもオニロたちを襲おうとしている気配はなく、こちらをじっと見ているだけです。
巨大な体と頭は真っ黒で、まるで船のようです。航海している間に遠くで何度も怪物を見たことがあります。そんな時は、気がつかれないように急いで離れることにしていました。
なぜなら、怪物が海に潜る時は飛び上がって頭から潜ります。すると、大きな波が起きるので、船が転覆しないようにするためです。
そういう時、怪物は一匹いるだけでしたが、さっき見た時は5,6匹いました。こんなにいるのは初めてでしたので、あれだけの数で襲われたら助からないと思ったので、急いで逃げたのです。しかし、1匹が気づいて追いかけてきた時はどうなるかと思いました。
怪物はまだじっとこちらを見ているだけなので、少し落ち着くことができました。
あれだけの数の怪物がいるということは、このあたりに怪物の住処(すみか)があるかもしれない。それなら、できるだけ早く離れなければならないと思いました。
じっとぼくらを見ているということは、あの怪物がウッパールかもしれない。確かにウッパールがどんな形をしていて、どのように薬草が生えている島に案内してくれるのかは聞いていないのだという考えも浮かびました。
とにかく、どちらにしても、船を早く修復しなければならないのだ。ただ、かなり修理は進んでいる。もう少し板を集めなければならないが、怪物はいつまでもここにいるわけではないはずだ。明日からは怪物がいない場所で探すことにしました。
翌日朝早く起きて海の近くまで行きました。怪物はいなくなっています。少し安心して筏を点検していると、近くに大小の板が集まっています。
「どうしたんだろう?ピストス。おまえが集めてくれたのか」とついてきていたピストスに聞きました。
ピストスは、「ちがう」と首を振りました。そして、海のほうを見るようにと知らせました。
オニロが海を見ると、何かがこちらに向かってきます。「またあの怪物か!」オニロは叫びました。「まだあきらめていないのか」二人は、攻撃されないように岩に登りました。
そこで、怪物の動きを見ていると、頭の先に何かあるようです。なんだろう?と思っていると、島の近くまで来ると、それは板のようなものだと分かりました。そして、頭を少し浮かすとそれを力いっぱい押しました。
すると、すでに集まっている板の上にうまい具合に乗りました。「怪物が板を集めてくれている」オニロは信じられませんでした。
さらに、向こうから別の怪物が板を運んできて、同じようにそれを乗せました。板は自分たちが集めたのと怪物が集めてくれた分を合わせて20枚以上ありました。
「怪物はぼくらが何をしているか分かっているんだ。ぼくらの味方だ。さあ、船を作ろう」
オニロは筏を外してから、すべての板を調べて船を作りはじめました。
集めてきた板はほとんどが元々船で使われていたものが多いので、それを元の場所に使うことにしました。それに、テリスの船を作った経験があるので、少し自信がありました。
2匹の怪物は以前より少なくなりましたが、今も板を運んでくれます。話をすることはありませんが、友だちのような空気が流れています。
オニロとピストスが船を作っている間に怪物が来たら、オニロは手を振り、怪物は板を力いっぱい押したりはせず、そっと近くまで持ってきてくれます。
そして、船は1週間ぐらいで完成したので、少し海に出て水が入らないか、強風に壊れたりしないか調べました。不安な部分があれば修理をしました。
その間に、ピストスは2匹の怪物と友だちになり、怪物と遊ぶようになりました。
オニロの長い夢
1-43
オニロが無我夢中で船を作っている間に、2匹の巨大な怪物がピストスを誘ったようです。
最初それを知った時はオニロは肝を冷やしました。怪物は、海に浮かぶ板などを運んできたのですから感謝していましたが、どうしてそんなことをしてくれるのか分かりませんでした。安心させて、ぼくらをどこかに連れ去るのではないかと心配になりました。
でも、今のところそんな心配はなさそうです。怪物が板を運んで来ると、ピストスがうれしそうに怪物の元に泳いでいくのです。
2匹の怪物は小さなピストスと何か話しているように見えます。時にはピストスを背中に乗せて遊んでいます。
遠くに2,3匹の怪物がいますが、決してこちらには来ません。ときおり水を吹きあげていますが、あれは何だろうかとオニロは不思議そうに見ていました。
よく見ると、どこかから帰ってきた時に水を吹くのです。オニロは、海に潜った時に飲んでしまった海水を吐きだしているのかもしれないと思うようになりました。
船はほぼ完成しました。以前のものより頑丈になったような気がします。
怪物も、それが分かったのか、板などを運んでこなくなり、島に近づくときはピストスと遊びたい時のようです。
その間に、オニロは船に乗って近くを回ります。そして、怪物が運んできてくれた布を点検して強い風が吹いても破れはしないか、船体のどこかに水漏れが起きていないか慎重に調べました。
それでも、怪物の様子を見ることは忘れませんでした。それで分かったのですが、遠くにいる数匹の怪物はどうやらピストスと遊ぶために近づく怪物の家族のようです。
向こうから合図のようなものがあると、ピストスと遊んでいても、すぐに向こうに戻るからです。
オニロは、「怪物にも家族があるんだ」と初めて分かりました。パパ、ママと甘えているのだろうか。叱られることもあるのだろうか。
そんなことを考えていると、自分にはもうパパとママはいないと気がつきました。
疫病さえなかったら、今頃はパパが野良仕事から帰っていて、ママが作った夕ご飯を、おばあさんを入れて4人で食べているだろう。でも、それはもうできないのだと思うととても悲しくなりました。
しかし、船に戻ってきたピストスの体をタオルで拭いていると、ピストスにはパパやママがいるが、長い間会えないので淋しくなることもあるだろうなと思いました。
ピストスを早くパパやママのところに戻すためにも薬草を早く見つけなければならないんだとオニロは決意を新たにしました。もういつでも航海に出られる。ピストスは怪物と遊べなくなるが仕方がない。
オニロは、「ピストス。明日早く航海を再開するぞ」とピストスに言いました。ピストスも状況が分かったようで、深くうなずきました。
オニロは、さらに、「海には敵しかいないと思っていたがそんなことはない。友だちもいるんだ。あの怪物ともきっとどこかで会えるよ」と声をかけました。
それから、夜遅くまで、船が壊れたり沈んだりしたときのために、余っている板などをできるだけ多くの積み込みました。.
翌日は晴天でした。風は向かい風ですが、今のところそうきつくないので楽しく船出できそうです。怪物の家族は見えません。別れの挨拶はできないけど、どこかで会えるだろう。
「ようそろー」オニロは昨日の寂しさを忘れて船を出しました。確かにパパとママは疫病で死んでしまったけど、ぼくの上にいる。そしてずっと見てくれている。そう思うと、勇気が湧いてきたのです。
船は順調に進みましたが、どこまで行っても島らしいものはありません。カモメが大きな声で鳴きながら空を飛びまわっています。鳥も休みたくなればどこかの島に行くはずです。だから、どちらに行くかも見ておかなければなりません。
ウッパールというものが薬草がある島に案内してくれるという話でしたが、もはや期待しないでおこうと決めていました。それを期待すると、自分で困難を乗り越えようという気持ちが薄れてしまうからです。
それに、友だちができたら、島などの情報を教えてくれるかもしれません。そう思うと、果てしない海を航海する不安がなくなりました。
それに、パパとママの見えるところにいれば、何も怖くありません。ピストスも友だちと別れたけど、上手に魚を取ってくれています。
航海を再開してからはじめて、少し海が荒れてきました。黒い雲が空を覆って星が見えなくなりました。
オニロの長い夢
1-44
暗くなるにつれて、遠くで風がゴォーゴォーと鳴ってきました。まるで海底にいる怪物が海に上がってきたようです。
でも、あれはぼくらの友だちの怪物ではないはずだ。あんな鳴き声は一度も聞いたことがない。
とにかく、あそこには近づきたくないと思っていましたが、少しずつこちらに近づいてきているようです。怪物は体をくねらせてみんなと遊んでいるのか、あるいは喧嘩でもしているのか分かりませんが、ゴォーゴォーという鳴き声は空まで届くほど大きくなってきました。
それに従い、雨混じりの風も強くなってきたので、船が激しく揺れるようになってきました。
オニロは、「ピストス。海に落ちないようにしろ」と叫んでから、すでに畳んでいる風を受ける布を船に何重にもきつく括(くく)りました。
それから、以前の船にはなかったのですが、折り畳みの屋根を組み立てました。
それは、二人が雨や日光を避けるものです。長時間雨や日光を受けていると体が消耗することが分かったから作ったのです。
二人はすぐに屋根の下に避難しました。これで雨を避けることができそうです。
それに、船の構造も変えました。これは試していないので効果があるかは分かりませんが、船底を少し広くするだけでなく、重い板を下に使って重心を下げるようにしたのです。そうすれば、かなり高い波でも転覆しないはずだと考えたのです。
波は高くなってきました。前の船よりはうまく波に乗っているようですが、まだよくわかりません。
ただ、大きな波に乗り上げた時は、二人とも何回も転がりました。海に落ちないように懸命に船につかまりましたが、体のあちこちが激しく痛むようになりました。
しかし、オニロは頭を激しく打って意識を失ってしまいました。それに気づいたピストスは。オニロが海に落ちないようにオニロの体に自分の体で覆って守りました。
嵐は一晩中続きましたが、朝方になってようやく雨風がおさまりました。
しばらくすると、今までのことが嘘のように朝日が出てきました。波は穏やかで、きらきらと輝いています。船は嵐に耐えて静かに浮いています。
カモメもいつものように鳴きながら飛んでいます。その声が届いたためか、あるいは船にたまった水で冷えたためか、オニロは目を開けました。
ピストスは、大きな声でうれしそうに鳴きました。オニロは、しばらくの間体が痛いのに耐えていましたが、「ピストス。ぼくは何回も転がったことしか覚えていないが、どうしたんだろう。ああ、そうか。頭を打って気を失ったんだ。それにしてもひどい嵐だったな」と声をかけました。
ピストスはうなずきました。オニロは、「よかった。ぼくは船の上にいるんだ。船は嵐に耐えたということか。でも、ピストスは怖かっただろう」とまた聞くと、ピストスは、またうなずきました。
オニロはようやく体を起こして、船を見ました。水がかなりたまっています。まずこれを取らなければならないと考えて、友だちの怪物が運んできてくれたバケツで水をすくいました。
それから、船の中や外を調べました。中は大丈夫でしたが、船首が少し割れています。激しい波の攻撃に耐えてくれたのです。どこかの島に寄った時には本格的な修理をしなければならないようですが、今はこれ以上割れないように修理しました。
ようやく修理も終わり、また屋根の下に入り休むことにしました。日が照りつけると、傷口が痛むからです。もちろん、ピストスと交代で島が見えないかを監視します。
翌日も晴天です。オニロが遠くを見ていますと、何かいます。どこかに行く船です。こういうことはよくあるので、気にも留めなかったのですが、こちらにどんどん近づいてくるようです。
もう少し近づいてくるのであればこちらから避けなければならないと思っていましたが、予想以上の早さで近づいてきます。かなり大きい船です。
「向こうはぼくらに気がついていないのか」と思って、急いで進路を左に切りました。
すると、またこちらに向かって来ます。また逃げては追いかけてきます。
向こうの船はオニロの船の10倍はあります。「このままではぶつかる」と観念した時、
巨大な船から、「誰かいるか」と叫ぶ声がしました。船には5人の人間が乗っていました。
オニロの長い夢
1-45
どの男もひげもじゃで、ひげのないところも真っ黒に日焼けしていて、年はよくわかりませんが、格好などから、三人は若くて、二人は年輩のように見えました。
年輩の一人が、「大丈夫か。大人はどうした。海に落ちたのか」と心配そうに聞きました。
オニロは、「大丈夫です。ぼく一人で航海しています」と答えました。
年輩の男はオニロをじっと見て、「どういう理由か知らないが、悪いこと言わないから、わしらの船に乗れ。どこかの港に連れて行ってやるから」と言いました。
「いいえ。ぼくは神様から薬草を探してこいと言われています」と断りました。
一人の若い船員は、「何が起きているのか知らんが、さっきもおまえと同じような子供が死んでいたから、水葬をしてやったんだ」と言いました。
オニロは思わず「えっ!」と叫びました。
「そうだ。体はロープで船に結びつけていた。嵐に巻き込まれて振り落とされないようにしていたんだな。
おれたちが通りかかった時、引っくり返った船を見つけたんだ。船長が、『船を戻してみろ』と言うので、みんなで戻すと、下から子供が出てきた。
それで、船長が、『水槽にしてやれ』と言うので、船に乗せている石を体につないで、水葬にした。
おれの弟ぐらいの年だった。親はどこにいるんだと思ったが、おれたちも商売で急いでいるから探す時間はないのでな。かわいそうだったが、その場を離れたんだ。
そして、おまえの船を見つけたんだ。またさっきと同じようになっていないか急いで来たのだ」
オニロは、「もしかして」という思いで胸が張り裂けそうになりましたが、「どんな子供でしたか」とようやく声尾にしました。
若い船員は、「知りあいがいればと思って、その子供が来ていた服を持っている」と言って、別の船員に持ってこさせました。一見して、その服はオニロがやった服でした。
おかみさんがくれた服で、黄色で青い横線が難本もついています。気に入っていたのですが、少し大きいのでもうしばらくしたら着ようと思っていたのですが、以前テリスの船が転覆して何もかも失くしてしまったので、この服を入れて3枚やったのです。
オニロは、その服を受け取ると、「テリス。光る花を見つけて、病気の人を助けたいと言っていたのに」と涙が止まらなくなりました。
「テリスが新しい船を作る時、もっと頑丈な船を作るようにアドバイスすればよかった。嵐の夜はどんなに怖かっただろうか」
それを見て、船長が、「おまえの友だちか」と聞いてきました。
「そうです。テリスという名前です。どんな病気も治せる光る花を見つけるために航海していると言っていました」
「おまえも、薬草を探していると言っていたが、いったいどこにあると聞いてきたんだ」
「航海していたら、ウッパールというものが教えてくれると聞きました」
「誰から」
「白いヘビの神様です」
「白いヘビとかウッパールとか、おまえたちは騙されていないのか。親はこのことを知っているのか」
それで、オニロは親が疫病で死んでしまったことを話しました。「村の人がほとんど死んでしまったので、せめて、おばあさんは疫病にかからないようにしたいと思って薬草を見つけることにしたんです」
それを聞いた船長は、「それは気の毒なことだったな。ただ、海はわしらにとってかけがえのないものだが、海は誰も拒まないから、嵐も起きる。それで今回のような不幸な出来事が起きる。
「だから、本来は海や船についてもっと勉強してから航海をしたらいいのだが。しかし、おまえは不服だろうが」と優しく言いました。・
「それは分かります。しかし、海で友だちができることがあります」
「テリス以外にもか」
「この友だちは人間の何十倍も大きいです。海の底から海面に上がってくると、ものすごく大きく海の水を吹き上げます。
つい最近のことで前の船を嵐で壊したのですが、船を作る時、海に浮いている板などを持ってきてくれました。それから、ここにいるピストスを遊んでくれました」
「それはクジラというものだ」
「それならこの船はおまえが作ったのか」
「さっきから見ていたが、よくできている」
「ありがとうございます。その経験を生かして、クジラが運んできてくれた重い板を船底に使いました。それのほうが高波にも耐えられると思ったものですから」
「それはよく考えた。ただし、帆は弱いな。すでにかなり敗れている。次嵐が来ると吹き飛んでしまうぞ」
オニロは、ほとは何か考えました。すると、船長は若い船員に命じて布を持ってこさせました。
「これを使え。大概の嵐にも耐えられる。しかし、帆を支える帆柱をもっと頑丈にする必要がある」
ほとはぼくが布と呼んでいたものか。「分かりました。どこかの島があればそこで修理します」他にも、食料や薬、服、ナイフ、板、ロープなどももらいました。
「おまえなら分かるだろうが、危険だと感じたらすぐに助けを求めろ」そして、5人が乗った大きな船は離れていきました。
オニロの長い夢
1-46
オニロは、船を見送りながら、「テリスは死んでしまったのか」と思うと、涙が出てきました。
「金色に輝く花を見つけて、それでどんな病気も治せる薬を作って名誉と富を得るのだ」という夢を語っていたテリスの姿が浮かびました。大きな船は涙で見えなくなりました。
オニロは手で涙を拭い、テリスは船長たちによって弔われて海の底で眠っているんだと思うようにしました。もうすぐ星の仲間入りをして、星と同じように毎晩空に昇り、朝になったら、海の底に戻って眠るのだ。ぼくのパパやママと同じように。
「毎晩3人でぼくを見守ってくれよ。その代わり、ぼくは絶対に弱音を吐かない」
オニロは、船をさらに頑丈にしようと決めました。ナイフやロープ、板ももらった。
もし大波でひっくり返っても、船がばらばらにならないようにしておかなくてはならない。もちろん、荷物が行方不明にならないように工夫するのも大事だ。
まず、帆を張りかえました。今まで布と呼んでいたものとは全然違います。分厚くて目が細かく、これなら弱い風でも目いっぱい使うことができる。
修理も大体できたので、後のことは船を動かしながら考えることにしました。
また、海面にも注意してテリスのものが浮いていないか気をつけました。何か浮いていれば、それを拾って、テリスのものではないか確認するのです。
遠くで船を見ることもあります。しかし、急に方向を変えたりしないので貿易などのために決まった航路を進んでいるのでしょう。どの船にも、先日ぼくらを助けてくれた人たちと同じようなやさしい人が乗っているにちがいありません。
航海は命がけだということがよくわかった。航海をすればするほどそうだ。経験したことにない危険はいくらでもあるからだ。
だから、経験のある人は、経験のない人、ましてや、ぼくのような子供が一人で航海していれば、黙っているわけにはいかないのだ。
ぼくは経験なんてほとんどないから、もっと経験を積んで、困った人がいたら助けてやろう。
海は平穏な日々が続きました。海に浮いていたものはいくつかありましたが、テリスの船のものはありませんでした。
主にオニロは夜間、ピストスは日中に見張りをすることにしていたので、オニロは、嵐や日光を避けるための屋根の中で少しうつらうつらしていました。
その時、ピストスが大きな声でオニロを起こしました。オニロはすぐに飛び起きて、ピストスが鳴く方向を見ました。
きらきら光る波の間に船のようなものが見えました。「船か!」オニロは叫びました。
テリスのことがあったので、「もし船の中で誰か倒れていたら」と思って緊張しました。ようやく船の姿が見えるようになって、誰か立っているのも分かりました。オニロはほっとしました。急いで船をそっちに向けました。
近づくと、テリスぐらいの子供でした。顔が分かるようになると、お互い、「やあ」と手を上げて声を掛けあいました。
「ぼくはオニロです」
「ぼくはリビアックだ。どこへ行くんだい」
「島です」
「島?名前は」
「実は薬草を探しています。名前は聞いていないんです」
「それなら、草がいっぱい生えている島があるぜ」
「ほんとですか!」
「このあたりは島が5つ、6つあるけど、今言った島には大きな森がある。おれはそこには住んでいないけど、幸いここから近い」
「ありがとうございます。どこにあるか教えてくれませんか」
「ああ、いいよ。でもきみはすごい船に乗っているじゃないか」オニロは自分の船が褒められたので、いかに嵐に強いかと自慢しました。
「すごいなあ。おれも船にはこだわりがあるから、もっと話を聞きたい。おれについてきたらいい。着いたら少し船について教えてくれないか」
「分かりました」
リビアックは舩を動かしました。オニロはついていきましたが、リビアックは、オニロの船の横に来て、「薬草は高く売れるのか」などと大きな声で話しかけてきました。
「疫病を治す薬を作るそうですが、それ以上は知りません」とだけ答えました。
「それはいいことをしている。薬草が見つかればいいな」
しばらく二隻の船はそのまま進みました。やがて、「島が見えてきたぞ」リビアックが叫びました。空はかすんでいましたが、確かに黒い影が見えてきました。
オニロの長い夢
1-47
黒い影は青い影になり、やがてはっきり島影になりました。巨大な島です。下は絶壁で鵜が、徐々に林になっています。カモメなどの鳥がその上を飛びまわっています。
リビアックが、「大きい島だろう」と叫びました。
「こんな大きい島はじめてですよ。島の人はどこにいるんですか」
「今から島に上陸するけど、そこから遠い場所に集落がある。みんなそこに住んでいるんだ。
船でもっと近いほうに行きたいけど、急いでしなければならない用事があるので時間がないんだ。申しわけないけど島に着いたら歩いて行ってくれないか」
「分かりました。わざわざ引き返してくれただけでもありがたく思っています。ぼくらは島の様子を見ながら集落を探します」
「そう言ってくれたらうれしい。それなら、船を停めるいい場所がある」
ようやく島に着きました。確かに巨大な島です。オニロは、島を見上げながら、「ようやく着いたぞ」という気持ちで胸がいっぱいになりました。
リビアックの船について行くと、海に突き出した高い岩と岩の間を奥深く入っていきました。まるで小さな港のようになっています。
しかも、途中曲がっているので、外界は嵐でも、そこで高波は止まるので、奥はいつも穏やかな海で安心だとリビアックが教えてくれました。
二人はそれぞれの船を停めて上陸しました。リビアックは、「この上に道があるから、そこを歩いていくんだ。途中誰かにあるから、必ず『リビアックの友人だ』と言ってくれ。そして、自分の目的を言えば案内してくれるぞ。ここの人間は知らない人間に警戒心が強い。何度も攻められているからな」と言いました。
オニロはお礼を言いながら、ウッパールとはリビアックのことかもしれないと思いました。
すると、リビアックは、「ところで、きみの船のことを教えてくれないか」と聞いてきました。
オニロはリビアックを自分の船に乗せて、今までの経験を生かした修理などを一つ一つ説明しました。
「何回も嵐になって転覆したこともあるのですが、やはり船底を重くしたほうが安定すると思います。
また、雨や日差しを避けるために折り畳みができる屋根を作っています。それを利用すれば疲れが少なくなるような気がします。帆も偶然会った船長にもらったのですが、どんな強い風にも耐えられそうです」
リビアックはオニロの話をうなずきながら聞いていました。「おれより年が若いが、経験が多くて、しかも、その経験を生かしている。また、話を聞かせてくれ。しかし、おれは行かなくてはならない。また会おう」リビアックは出発しました。
オニロはリビアックを見送った後、歩いていくための準備をしました。
袋に食料や着替え、ロープなどを入れ、腰にナイフを吊るしました。準備ができたので、もう一度船をつなぐロープを確認して、ピストスに声をかけました。
坂を上りはじめましたが、今までの島よりも上りやすいので、すぐに草地に着きました。
オニロはそこから海を見ました。どこを見ても海の端が続いています。
よく見ると、島の近くを一艘の船がいます。リビアックの船です。しかし、オニロと会った場所とは反対のほうへ進んでいます。どうしてだろうと思いましたが、別の用事かも知れないと思ってしばらく見ていました。
「海ってどうなっているんだろう」と改めて思いました。「どこまで行っても端がある。ひょっとして端はないかもしれない。しかし、そんなことあるものか。田舎でも、広い畑の向こうは端があった。ただ海は畑より広いので、どこも端があるのだ。
そして、どれだけ広い海でも友だちは見つかるものだ。それは、海があまりにも広すぎるので、人と会えないので、淋しくなるから会った人とともだちになりたくなるのだ。
でも、友人は人間だけではない。それはぼくらが経験したことだ。あの怪物はまちがいなくぼくらの友だちだ。怪物も淋しくなることがあるのだろうか」そこまで考えましたが、早く島の人に会わなくてはならないと気がついて、道を探すことにしました。
しかし、リビアックは「道があるから」と言っていましたが、はっきりした道は見つかりません。最近は人が歩いていないからかもしれないと思ったので、丁寧に探しました。
林に少し入って木と木の間などを探しました。もちろんピストスも林の中を走りまわって探しました。
ピストスがオニロを呼びました。急いで行くと、焚火の跡らしきものがありました。それに、草がかなり折れていました。
「とりあえずここを進もう」オニロとピストスは進みはじめました。
オニロの長い夢
1-48
林の中をしばらく行くと、草がオニロの背の高さぐらいになってきたので思うように進めなくなりました。そんなときはピストスが前に行き道を探します。
時々、どこかでごそごそという音がします。動物も二人が立てる音に気づいて逃げるようですが、草が深いので、どんな動物かは分かりません。
以前のように方向をまちがえるかもしれないと思うと心配でたまりませんが、とにかく今は道と思えるところを進むしかありません。人間が残したものでもあれば安心できるのですが、それもありません。
また、ピストスが白骨を見つけることがあるのですが、ピストスと比べてもかなり大きい動物のようです。どうしてここで死んだのだろうかと考えると不安が高まります。
オニロは立ち止まって、闇雲に進んでも必ず見つかるか分からないのだから、何か他の方法がないか考えることにしました。
すると、カモメの鳴き声が聞こえました。カモメは島のどこかに巣を作って子育てをしているはずだ。それなら、海の近くの崖などがいいはずだ。外敵から子供を守れるし、エサをすぐにやれるからだ。
だから、みんなが集まっているから鳴き声もうるさいほどだ。ここでは空を飛びながら鳴いている声しか聞こえない。
なんでこんなことに気づかなかったのだろう。そこをめざそう。そして、海のそばなら、どこかに港があり船が停まっている。もちろん人もいる。
まっすぐ行けば早く村に着けると思ってしまった。何回同じ失敗をするのだ。オニロは自分が恥ずかしくなりました。
「ピストス。カモメが集まっているところに行こう。そこなら港があるはずだ」二人は、夕方になると空を見上げてはカモメがどちらの方角に飛んでいるかを確認しました。
三日後、ようやく木の間から海が見える場所まで来ました。カモメの鳴き声もにぎやかです。子供の鳴き声も聞こえます。
急いで端まで行きましたが、崖が高くて下には下りることはできません。村まではまだ距離がありそうですが、とにかく海が見える場所まで来られたので一安心です。
オニロは久しぶりの海をずっと見ていました。遠くで船がいます。大きな帆に風を受けて進んでいます。「気持ちいいだろうな」オニロはうらやましくなりました。
ピストスも身動きしないでじっと船を見ています。オニロは袋から服を取り出し、落ちていた細い枝に巻きつけ、船に向けて振りはじめました。この前のように、誰か気づいたら来てくれるかもしれないと思ったのです。
しかし、船はそのまま進んでいきました。別の船も気づいてくれません。いや、気づいても、何をしているのかわからないからかもしれません。
仕方がないので崖が低くなるところまで行くことにしました。もちろん海から離れないようにしてです。
数日して、ピストスが叫びました。するとはるか遠くに海の水を噴水のように空高く飛ばしている者がいます。5,6頭います。
「友だちじゃないか!」オニロは叫びました。そして、すぐに服を振って、「おーい。助けてくれー」と何回も叫びました。
しかし、気づいてくれません。やがてどこかに行ってしまいました。二人はいつまでも海を見ていました。
船を作る時は、ぼくらがしていることに気づくと、同じように海に浮いている板や布などを運んでくれた。しかも、ピストスと遊ぶようになった。
ひょっとしたら、ここで見た怪物は同じ仲間だろうが、ぼくらの友だちではないのだ。
それなら、同じ怪物がいたら、ぼくらは友だちだと連絡できないだろうか。それにしても、自分の船をどこに行ったのだろう。
もし、リビアックが島の近くを通って無人の船を見つけてくれたら、これは誰の船かすぐ分かるはずだ。あれだけ船について説明したのだから。すでに港まで持っていってくれているかもしれない。後はぼくらが港まで行くだけだ。
オニロは進むほうを見ました。島ははるか遠くまで続いていて、先のほうはかすんでいます。オニロは森の方に戻って何か探しはじめました。
オニロの長い夢
1-49
オニロの後をついていったピストスはオニロが何をしているのかじっと見ていました。それから、林の中に一人で入りました。そして、細い枝をくわえて持ってきました。
それを見たオニロは、「ピストス。ありがとう。これは使えそうだ」と叫びました。
そうです。太い木で船を作ろうとしたら木を何本も切る必要がありますが、細いナイフしかないの時間がかかります。それで、落ちていた枝を使って以前のように筏を作ろうとしていたのです。
もちろん沖で潮を吹く友だちに近づいて、海に浮いている板などを持ってきてもらうためです。きっと覚えていてくれるだろうと考えたのです。
ただ、ここの海は、穏やかな天気の時でも、波が高い気がしました。この波ならぼくの船ならすごく早く進むだろうと思いましたが、今はそれは考えないことにしました。
ひょっとしてリビアックが船を見つけてどこかに置いてくれているかもしれないので、船が戻ってくるまでの辛抱です。
今はできることをしよう。オニロはそう決めて、ピストスと一緒に枝とツルを集めて、それらを海岸まで下ろしました。
何回もやりなおして、ようやく出来上がったので、海に浮かせました。それから筏に乗ってみましたが大丈夫そうです。
オニロは、しばらく様子を見てから、これも手作りの櫂(かい)を漕いで進みました。かなり進むことができたのですが、少し波が高くなってくると、枝と枝を結んでいたツルが一か所切れたと思うと、次々と切れて筏がばらばらになってしまいました。
オニロは慌てて枝を集めて、それにつかまり島に戻りました。戻った時は息も絶え絶えでそのまま岩にばったり倒れてしまいました。
しばらく意識がありませんでしたが、ようやく状況を思い出しました。すると。涙が止まらなくなりました。
「急いでいるとはいえ、もっと慎重になるべきだった。どうしてぼくはいつもこうなんだ」と自分を責めました。命より大事な船を失ったうえ、筏をうまく作ることができなかったことが悔しくてたまらなかったのです。
少し落ち着くと、「誰も助けてくれないなら、自分でするしかない」と自分に言い聞かせました。
ようやく立ち上がって崖の上に上り、また林の中に入りました。もちろんピストスもついてきています。
今度はツルを丁寧に探しました。何種類かの柔らかさや強さなど試しました。先ほどの経験では一か所切れたら他も切れてばらばらになりましたので、同じ種類のツルでも強いものを揃えなくてはなりません。
そして、枝も頑丈そうなものを集めてもう一度筏を作ることにしました。ピストスもあちこち走り回って探してくれました。
今度は先端を船のように波を切る工夫などをしました。そして、2時間ほどかけて筏が出来上がりました。
すでに暗くなってきたので、遠くで潮を吹く友立ちがいても見えないので明日近づくことにしました。
横になってママとパパの星を探しましたが、雲が切れているところもありましたが、島の上には雲があって見つけることができませんでした。
しかし、空から心配しているだろうなと思いました。「ママ、パパ。これからは、どんなことが起きても落ち着いて原因を調べて、これからどうするかを考えます」と二人に言いました。
雲は晴れることはありませんでしたが、オニロは気持ちが落ち着きました。
翌日はまだ曇っていますが、風はそう吹いていませんので、昨日のように筏が波に乗ってしまうようなことはないようです。
今か今かと待っていると、ピストスが鳴きました。友だちがいるようです。オニロは、「ピストス。それじゃ行ってくるから待っていてくれ」と言って、筏に乗りました。
そして、枝にシャツを旗のようにくくりつけて筏に立てました。友だちに早く気づいてほしいからです。
オニロは懸命に漕ぎました。ときおり顔を上げて海の端のほうを見ると、友だちの数は増えているような気がしますが、距離はなかなか縮まりません。
しかし、ようやく気づいてくれたのか、何頭かがこっちに頭を向けたような気がしました。
「気づいてくれたかな。そして、前のことを思い出してくれたら、大きな板を運んでくれる」オニロは引き返すことにしました。
1時間ほど漕いでいると、まわりの海が黒くなっているのに気づきました。
オニロの長い夢
1-50
「これは何だ。さっきからずっと筏のまわりにいる。魚にしては大きい。筏ぐらいある。だんだん数が増えてきた。何だろう。友だちになろうとしてついてきているのか」と思った時、筏が少しぐらつきました。「おい。やめてくれ」と叫びましたが、筏はさらに傾きました。このまま海に落ちるのかと必死で筏につかまりました。
しかし、何匹も集まった黒いものはさらに筏を押し上げてくます。もう落ちると観念したとき、ものすごい鳴き声が聞こえました。「何だ、これは!」ちらっと見るとカモメがすぐ上に集まってきて、ギャーギャーと鳴いているのです。
オニロは、黒いものとカモメは仲間でぼくを海に落とそうとしているのかと思いました。
筏はさらに持ち上がり、カモメはさらに増えています。
筏を必死でつかんでいましたが、何回も持ち上げられるので手を放しそうになったとき、筏がドスンと元に戻りました。
それで、一息つきましたが、カモメはまだ激しく鳴いています。「まだカモメがいる」オニロは櫓(ろ)を探して、カモメが攻撃してきたら、それで叩き落とそうと考えました。
しかし、しばらくすると何百といるカモメは少し高い場所まで上がりました。しかし、鳴き声は止みません。
どうしてかわからないが、次の仲間を呼んでいるのか。オニロは疑心暗鬼になって、とにかく早く島に帰らなければと思い、必死で櫓を漕ぎました。
島が近づいてきました。すると、ピストスが海に入りこちらに向かっているのが見えました。
そりゃ、そうでしょう。筏のすぐ上に無数のカモメが飛んで大きな声で飛んでいるのですから、オニロを助けようと海に飛び込んだのです。
ピストスは筏に近づくと、後ろに行って筏を押しました。「ピストス。ありがとう」オニロは疲労困憊していましたが、ピストスを見て最後の気力をふりしぼりました。
島に着いたときはほとんど気を失って倒れてしまいました。ピストスは、波に取られないように筏を押して島に上げました。
ぐるぐる回って見ていた無数のカモメはその様子を見ていましたが、いつの間にか数が少なくなってきました。もちろんオニロを攻撃しようとするものもあらわれませんでした。
ピストスはオニロに何が起きたのかよくわかりませんでしたが、オニロを守るためにその場から離れようとしませんでした。
少し暗くなりましたが、オニロはまだぐったりしているので、ピストスはオニロが息をしているのか調べました。体は乾いていますし、心臓も動いています。それで、無理に起こさないようしました。
早朝真っ赤な朝日がオニロの体を照らしています。波も穏やかです。カモメも飛んでいますが、いつものように高い空を仲間と楽しそうに鳴きながら飛んでいます。
すると、「ピストス。おまえは大丈夫だったか」と声がしました。ピストスが声のほうを
見るとオニロが目を開けてピストスを見ています。ピストスは甲高い声で鳴いてオニロを抱きしめました。
「ぼくは夢を見ていたのかな。今は現実か夢なのか分からないことがあるんだ。それに、
夢の中でまた違う夢を見ているんじゃないかと思うときがある」オニロはそう言うと、涙が溢れてきて、ピストスが見えなくなりました。
「ピストス。おまえは夢じゃないよね」と言うと、ピストスは体をさらにオニロに押しつけました。ピストスの体は重く、ピストスのにおいがしました。
オニロはしばらくじっとしていました。ようやく心が落ち着いたのか、「筏をひっくりかえそうとするものがいたんだ。何匹も、何匹も」と話しはじめました。
「必死で筏に食らいついていたけど、もう落ちると思ったとき、カモメが何百羽も来て助けてくれた。しかも、島に戻るまで守ってくれた。これは夢か。全部夢か。途中から夢か。まだ夢の中か」オニロはまた鳴き声で言いました。
その時、小さな船が近づいてきました。一人の男が乗っているのが分かりました。ピストスは警戒して、浅瀬に入り、船を見守りました。男がオニロを襲うようなことをしないか警戒したのです。
やがて男が船から降り、ロープを引っ張りながら向かってきました。ロープで何かしないか一挙手一投足に注意しました。
男はロープを石にかけ、「どうしたんだ。ものすごいカモメが集まっていたじゃないか。きのうは漁をしていたからそのまま帰ったけど、小魚が集まっていたのか見に来たんだ。小魚がいれば、大きな魚が集まってくるのでな」と言って、オニロを見ました。
オニロの長い夢
1-51
オニロは半身を起こしましたが、まだ疲れが取れていないので思わず手を下につきました。
「無理するな。寝ていていいぞ。ところで、何があったんだ」と、漁師はオニロの前にすわって聞きました。
それでも、オニロは半身を起こしたまま、乗っていた船がなくなったので、とにかく新しい船を作ろうと考えて、以前、怪物が海に浮いている板などを持ってくれたので、もう一度助けてもらおうと、筏で怪物がいるほうに向かったことを説明しました。
「怪物?多分クジラのことだな。あいつらは、人なつっこくてこちらに近づくことがある。特に子供のクジラは人と遊びたがる。それで板などを持ってきてくれたんだろう。
船はつぶれたのか」
「通りがかりの人に、薬草を探しているのなら、この島にあるかもしれない。島の人に聞いたらいいと言われたので、船を隠して島に上陸して歩きました。しかし、いくら行っても会わないので、船で島を回ってみようと考えて船を停めている場所に戻ったのですが、船がなくなっていたんです」
「なるほど。まず船のことだが、そいつに船をとられたようだな。この島には人は住んでいない。家を作る場所はないし、港になるところもないからな。
うまいこと言って船を巻き上げる人間がいるんだ。そして、船を高額な値段で売るんだ。
わしも、おまえのように騙された人を何回も助けたことがある。船板から水が漏れた船がいたんだが、悪いやつが、近くに船を直す職人がいるから直してきてやろうと言って、そのまま帰ってこなかったこともあったな。船はわしらの命だからよく考えずに頼んでしまうんだな。
それと、おまえを襲おうとしたのはシャチという生き物だ。クジラよりは小さいが、獰猛だ。珠にクジラを襲うこともある。多分、筏を初めて見たので寄ってきたんだろう。運が悪ければ食べられていたかもしれないぞ。
しかし、カモメはよく助けてくれたな。どうしてあれだけのカモメが集まったか知らないが運がよかった。
このあたりは魚が多く集まるんだ。それを狙ってクジラやシャチが来るんだ。わしらも来るけどな」
「シャチは何度も筏をひっくりかえそうとしました」
「そうだろう。最初はおもしろがってやっていたんだ。途中おまえがいることに気づいて海に落とそうとしたんだろう。
それにしても、おまえのような子供が一人で海にいるのは初めて見た。何か理由でもあるのか」
オニロは薬草を探している理由を話しました。漁師は話を聞いて、「海は危険だから、ほんとは大人になるまで待てと言いたいところだが、おまえは納得しないだろうな」とにやにや笑いながら聞きました。「これからどうしたいんだ?」
「何とか船を作って薬草を探したいんです」オニロは力強く言いました。
「そう言うだろうと思った。多分、一人で航海をして自信をつけているんだな。さぞ自信がある船を作っていたんだろう。そこを悪党に狙われたわけだ」
漁師の話はオニロにとって衝撃的でした。海に詳しくなったと思っていたけど、知らないことばかりでした。海は急に荒れたりして怖いものだったが、海で会った人や怪物はみんなやさしかった。まさか船を取られるとは思わなかった。船の話を聞きたがったのは売るためだったからか。これからはどんなときでも油断してはならないな。
そんなことを考えていると、「それなら船を貸してやろう」漁師の声が聞こえました。「わしらは助け合って漁をしているんだ。誰かが船を修理しなければならなくなると、仲間内の船を使う。
仲間内以外の者に船を貸すことはあまりないけど、わしがおまえのことをちゃんと説明しておく。多分しばらくなら認めてくれるだろう。納得できる船ができるまで使ったらいい」
オニロは、「ありがとうございます」とすぐに礼を言った。「近いうちに船を持ってきてやる」と言って漁師はまた仕事に戻って行きました。
オニロは漁師を見送りながら、航海をする者にとって、船がないということは、羽を取られた鳥のようなものだ。カモメも羽をうまく使って、自由に空を飛んでいる。でも、漁師が言っていたように、どうして何千羽というカモメが集まってぼくを助けてくれたのだろう。
カモメも魚をエサにしていると漁師から聞いた。シャチとはエサの取り合いをする関係だ。
シャチがぼくを襲っているのを見て自分たちもありつこうと思ったのか。しかし、あれだけの数のカモメが来るなんて考えられない。
あの漁師は、船に使えるものがあれば持ってきてやるとも言ってくれた。船を作ることをあきらめないでがんばらなくてはと、オニロは自分に言い聞かせました。
しかし、まだ疲れが取れないので、ピストスと横になっていると、またカモメの鳴き声が聞こえてきました。
オニロは体を起こして耳を澄ましました。どこかで激しく鳴いています。シャチに襲われたときのことを思い出しました。ピストスも体を起こして激しく耳を動かしています。
そして、岩を登ろうとしています。「島の上なのか」オニロも岩を登りました。
オニロの長い夢
1-52
確かに上に行くほど鳴き声が大きくなってきました。しかも、無数のカモメが鳴きながら激しく空を回っているのが見えました。
「何か起きているようだ。カモメはまた誰かを助けようとしているのか」オニロはピストスの後を追いました。
林を走りぬけて、草地を走っていくと突然急な崖になっているのが分かりました。しかし、カモメは相変わらず羽を広げて何かと戦っているようです。オニロは崖から下を覗きこみました。崖の途中でカモメが鳴きながら固まっているのが見えました。
すると、カモメの間に巨大な黒い羽の鳥がいるようです。「鳥同士で戦っているのか。どうしたらいいのだろう」と思いましたが、すぐに落ちていた枝を拾って崖を下りることにしました。
「ピストス。何が起きているかよくわからないけど、様子を見てくる。ここで待っていてくれ」
オニロは岩をつかんで崖を下りていきました。カモメの鳴き声は耳をつんだくほどになりました。そして、みんなで黒い鳥を激しく攻撃しています。
数羽いる黒い鳥は攻撃を逃れて飛び立とうとしていますが、口に何かをくわえているようです。
オニロはすぐに黒い鳥を枝で叩きました。ただひどくは叩きませんでした。黒い鳥は口から何かを落としました。ヒナです。まだ羽は茶色ところがついていますが、カモメのヒナにちがいありません。
数羽いた黒い鳥はすべて逃げていきました。落とされたヒナは生きているのもいますが、動いていないのもいます。
死んだヒナの近くに親が寄ってきました。くちばしで子供を動かそうとしています。オニロはそれを見て胸が苦しくなりました。「この前ぼくを助けてくれたカモメもいるにちがいない。それがこんな目に合うなんて。それなのにぼくは何もできない」
オニロはしばらくそこにいましたが、「ぼくがここにいればカモメも困るだろう。仲間できっと立ち直る」と考えて、崖を上ってピストスがいる崖の上に戻りました。
オニロは、「ぼくの友だちも大勢疫病で死んでしまったが、墓地に行くまで友だちの親はずっと泣いていた。
ぼくも、ママとパパが次々と亡くなったが、早くママとパパのいる天国に行きたいと毎日泣いていた。
おばあさんが、『そんなことではママとパパは喜ばないよ』と励ましてくれたので少しは元気が出た。
カモメの親もヒナにエサを与えたりして、早く大きくなって空を飛ぶのを楽しみにしていたにちがいない」と思いました。すると、ママとパパの顔が浮かびました。オニロは、大事な船を盗られたり、シャチに攻撃されたりしたので、しばらくママとパパのそばにいたいと思いました。
しかし、パパが何か言っているような気がしました。オニロは、すぐに飛び起きて、「パパ。まだやらなくてならないことを忘れていたよ」と叫びました。
そうです。明日でも漁師が船をもってきてくれるかもしれないのです。でも、それはずっと使っていいものではなく、自分の船を取り返すか、あるいは新しく船を作るまで貸してもらえるのです。
早く返すためには早く作るのが最良の方法です。漁師は材料も持ってきてやると約束してくれましたが、自分でも木の枝などを集めなければなりません。
オニロはピストスとともに、前のように林に入って使えそうな枝を探しました。
船が来れば、海に浮いている板などを探すのです。船を作るのはかなり慣れてきました。しかも、船底を広く厚くしたりして荒波にも強い船を作る自信さえついてきました。
数時間かけて何かに使えそうな枝を海岸近くまで運び食事をしました。
それから、ママとパパの星を探して話しかけました。「どうして人にはいい人と悪い人がいるのだろうと考えていたけど、それは自分を中心に考えているのではないかと思うようになりました。
今はそれ以上分からないけど、これから海で大勢の人と会うだろうけど、自分はうそをついたり、騙したりはしないと決めました。そう思うと、元気が出てきたよ」とママとパパの星に言いました。二つの星ははキラキラ輝いたように見えました。オニロはそのまま眠りについた。
オニロの長い夢
1-53
オニロは何か騒がしい気がしたので目が覚めました。よく聞くとピストスが鳴いているようです。
オニロは目を開けましたが、空にはまだ星が光っています。しかし、ピストスの鳴き声は止まりません。オニロは、「どうした。ピストス」と言って、体を起こして、ピストスが海のほうを向いて鳴いています。
そちらを見ると、闇が少し薄くなり、紺色になった海の上に何かいるような気がしました。
「おーい」という声が聞こました。その声にピストスの鳴き声がさらに激しくなりました。オニロは、「ピストス。もういい」と言って、鳴くのをやめさせました。
海から聞こえる声は聞き覚えがありました。船を持ってくると約束してくれた漁師です。
すぐ近くに来た漁師は、「船を持ってきたぞ」という声が聞こえました。確かに船の後ろにはもう一艘の船が見えました。
「ありがとうございます」オニロは叫んだ。そして、浅瀬に入って漁師がもってきてくれた船を岸に上げました。
その船には多くの板や布などが乗っていました。「こんなにたくさんもってきてくれたのですか」オニロは礼を言いました。
「そうだ。おまえは早く船を作りたいんだろう。仲間に頼んで余っているものをもってきた。船ができてからわしらの船を返してくれたらいい。
ときどき見に来るけど、時間をかけて満足する船を作ったらいい。わしは漁に行かなければならない」と、漁師は食べものを入れた箱を渡して出ていきました。
オニロとピストスは漁師を見送ってから、船にある材料を調べました。板は20枚近くありました。他にロープや魚を釣る針や網、衣服もあり、オニロはほっとして、「これで、自分の不幸のことを考えずに、次のことだけを考えることができる」と思いました。
そして、とにかく以前の船に負けない船を作ること。オニロは自分に言い聞かせて準備にかかりました。
前の船以上に荒波でも引っくりかえらないように船首を工夫し、重心がなるべく下になるようにしました。
さらに、多少の速さを犠牲にしても、船底の幅を広げ、厚くするようにしました。ただ、船底になる板を合わせて絶対浸水しないようにするだけでなく、船底を二重にしようと決めていましたが、やはり板が足りません。
それで、漁師から借りている船で海に浮いている板を探すことにしました。以前なら、友だちと思っていたクジラが助けてくれたのですが、それも期待できません。
そもそも誰か助けてくれないかとなどと甘い考えを持っていたら、自分のためにならない。自分で考えて、自分でする。そうしたら、神様がご褒美で助けてくれる人と合わせてくれると思うようにしました。
予定していたとおり仕事が進まないことがあっても気にしないことにしました。焦って失敗するとさらに時間がかかるからです。
夜は、ピストスと食事をしてから、空にいるママとパパと話をしました。それから、船のことを考えて寝ました。
いつものように疲れたのでぐっすり眠っていた時、ドーンという音がしたかと思うと、島が激しく揺れて、オニロの体はベッドにしている草地から大きく宙に浮いてからまたドーンと下に落ちました。
オニロは慌てて立ち上がり、「ピストス、ピストス」と叫びました。ピストスもびっくりしたようで今まで聞いたことのないような鳴き声でオニロのそばに来ました。
「ピストス。何が起きたんだろう。島が崩れるか思ったな」そう言って、海のほうを見て、「あっ!」と叫びました。真っ暗な海の向こうで炎が吹きあがっていました。
「あれは何だ!海から炎が出ている。海が燃えている。そんなことがあるのか」オニロは叫びました。
また島が揺れだしました。さらに大きな火柱が噴きだしました。島もまた揺れてオニロは崖から転げ落ちそうになりました。
火柱のほうを見ると、雲のようなものが火柱の上にもくもくと出ています。しばらくすると、雷のような音がしだしました。火薬のようなにおいがしてきました。また、あちこちで岩のようなものが空から飛んできて海に落ちています。
「海が燃えているんだ。こっちに向かってくればぼくらも死んでしまう。早く逃げたいが、まだ船はできていない。もってきてくれた船を使ってもいいのか」オニロは火柱のほうを見ながら考えました。
火柱はもう出ませんが、火柱が噴きだしたあたりから、赤いものが川のように下に流れているのが見えました。その赤い川は何十本もあります。
「あの赤いものは何だろう。水が燃えると赤くなるのだろうか。いやそんなことはない。あれは火なんだ。すると、海の下には火があるんだ。海の上にどんどん火が出てきたら、もう船は出せない。そうしたら、薬草をみつけることはできない」オニロは、さらに石がばらばら落ちてきた海を見ながら考えました。
オニロの長い夢
1-54
大きな揺れはなくなりましたが、まだときどき揺れています。海岸に降りていく崖には異常はありませんでしたが、近くには崩れて岩が海に落ちている崖がありました。
火柱が上がったところからここまではかなり遠いですが、別の穴がこの近くで開くかもしれないと思うと気が気ではありません。
早く船を作ってここを脱出しようと思いましたが、まだ思うようには船はできていません。
遠くを見ると火柱は上っていませんが、そこは巨大な雲ができています。しかし、島のまわりの海は今までと同じように青く穏やかです。
空ではカモメも穏やかに鳴いていますし、遠くにクジラがいるのが見えます。
このまま収まればいいが、海の底に穴が開いて火が噴き出したのだから、今度はその穴から水が外に出てしまうはずだ。そうなったら、みんなどうするのだろう。みんなにそのことを伝えればと思うが、どうしたらいいのだろう。そんなことを考えながら、再び船を作りはじめました。
昼過ぎ、ピストスが鳴いたので遠くを見ると船が近づいてきました。漁師ということはすぐ分かりました。無事だったのだと安心しました。
声が届くぐらい近づいたとき、オニロは、「大丈夫でしたかあー」と叫びました。
「わしは大丈夫だ。わしらの島も無事だった。この島も揺れただろう。心配になってちょっと寄っただけだ」漁師はそう言いながら船を下りました。
「びっくりしました。飛び起きました。海のほうを見ていると、向こうで大きな火柱が見えたので、何が起きたのかと思いました」
「わしらもびっくりしたよ。あれだけ神様が怒ったのは初めだ」
「やはり神様は怒ったので、火柱が上がり地面が揺れたのですか」
「昔からそう言われている。しかし、火柱は初めて見た。何で怒られたのかは知らないが」
神様が怒ったのでこんなことになったと聞いて、オニロは心配なことを漁師に聞きました。
「海はなくなりますか」
「どうしてだ」
「海の底に穴が開いて火が出てきたんじゃないかと思いました。火がなくなると、その穴から海の水が抜けてしまわないかと心配です」
「わしらも火柱を見たのははじめてだからよくわからない。しかし、海がなくなることはないだろう」
「絶対ですか」
「絶対とは言えんが、海はなくならないと思う。なぜなら、海の底には神が住んでいる。海がなくなったら、神はこの世からいなくなる。そうなったら、人間は生きていけない」
漁師は真剣な顔になって話を続けました。
「海の底にいるのは死の神、空にいるのは生の神と言われている。その間でわしらは生きている。
死の神といっても人間を殺すのではなく、人間が死ぬまで見てくれていて、生の神は死んでから星にしてくれるのだ。
二人の神がいてこそ、わしらは元気に生の喜びを感じて生きていくことができて、死んでも天国で楽しく生きていけるのだ。
おまえは、自分の親からどう聞いたかは知らんが、わしは親からそう聞いて育った。大人になって親の仕事をしているが、それを忘れないようにして海に出ている。
おまえも、空から見ている親に恥ずかしくないように生きていったら、立派な大人になれる。
そろそろ港に帰らなくてはならない。海がどうかなっていないか心配していたが、そこそこ獲(と)れた。魚はわしらより度胸がある」と笑って帰っていった。
オニロは漁師を見送りながら、「やはり神様は怒っていたのか」と独り言を言いました。
「でも、何に怒っているのだろう。ぼくが何かしたのか」
オニロはしばらく海を見ていましたが、頭には何も浮かんでこないことがわかったので、
船の状態を見ました。
そして、今残っている材料を調べて、できるところを急ごうと思いました。
オニロの長い夢
1-55
午前中懸命に働きました。船底はほぼできました。ただ、頑丈にするために船底を二重にするための板はありません。それを今後の宿題として他の部分にかかることにしました。
側面である舷(げん)も大事です。激しい横波に耐えられるように、ここも二重にすることにしました。しかし、板が足りません。
そこで、漁師が持ってきてくれた船で、近くの海で板を探すことにしました。
海は穏やかでした。しかし、火柱が上がった場所の上にはまだ巨大なキノコのような雲が残ったままです。
それを見ながらオニロは、「神様はまだ怒っているのだろうか」と思いました。それで、そのまま海に出ていくは少し怖くなりましたが、「自分は何も悪いことはしていない。神様の指示で人を救う薬草を見つけようとしているのだ」と雲に向かって叫びました。
それから、船を沖に向かって進めました。海はあくまでも穏やかです。遠くまで見えます。それで、「何かありそうだ」とか「あれはなんだ」と思うとそちらに向かいました。
そして、「あれは何だろう。クジラの子供か」と思えるような長さのものが浮いていました。
オニロは少し警戒しながら、それを見ていました。それが急に動きだすと途方もなく大きなものであるかもしれないと用心したのです。
確かにクジラならときおり海から飛び出すことがありますが、とてつもなく大きいことが分かります。
近づいて、クジラが海に落ちるときに起きる波で船が転覆したりすると漁師に迷惑をかけてしまいます。
しかし、いくら待ってもそれは自分で動こうとしません。ただ海に浮かんでいるだけのようです。
オニロはそっと近づくことにしました。しかし、突然動きだせばすぐに逃げる準備をしていました。しかし、それは海に漂っているだけです。死んでしまったクジラかと思い、さらに近づきました。
すぐそばまで来た時、それは転覆した船だと気がつきました。オニロは、「すごい。これを持ってかえれば、すぐに船を完成することができる」と思いました。確かに頑丈そうな板でできています。
オニロは、船底に飛び移り、ロープをくくる場所を探しました。すると、船底の中から音がしたように思いました。
それで、持っていた棒で船底を叩きました。直ぐに返事のような音がしました。もう一度叩きました。また音がしました。まちがいありません。誰かいるのです。
オニロは、「人がいる」と確信しました。「これは大変ことになった。早く助けなくっちゃ」と思いましたが、どうしたらいいのか分かりません。
それで、船底のどこかに穴をあけようと考えて、ナイフを取り出して、船底のどこかを切ろうとしましたが、硬くてすぐには開けられないことが分かりました。
それで、ロープを自分の船のマストに結び、反対側を腰にまいて、海に下りました。そして、息を深く吸い込んで、船底から船の中に入りました。
しかし、中は真っ暗であちこちにぶつかり進めません。何回か息を吸うために上がましたが、とうとう人の体を見つけました。
「もう少しだ。がんばれ」と念じながら、体をぐっと引っぱりながら外に出ました。
そのまま先に海に浮かべておいて、板の上に乗せました。それから助けた人を見ました。若い男で、顔は真っ青です。意識はありませんが、かすかに息をしているようなので、あわやというところで助かったようです。
オニロもようやく一息ついたので、板の上の男を堕ちないようにロープでくくり、船に引っ張り上げました。それから服を脱がせて毛布をかぶせました。
それから、転覆した船をロープでつなぎ、島まで帰ることにして、船を進めました。
しかし、転覆した船は重たくて前に進めません。それで、ロープを外して、自分の船だけで帰ることにしました。
若い男はまだ意識が戻りません。オニロは、その男の顔を見ていましたが、突然あっと叫びました。
オニロの長い夢
1-56
青白い顔をして、まったく動かない男は、オニロの船を奪ったリビアックだったのです。
オニロはもう一度顔をじっと見ました。目をつぶっているので表情ははっきりしませんが、まだ若いのでひげはまばらに伸びていて、右目の近くに大きなほくろがあるのもおぼえています。
リビアックにちがいない。でも、転覆した船はぼくの船ではなかった。ぼくの船はそう簡単に転覆することはない。それに、しばらく大嵐はなかった。
ぼくの船はどうしたんだろう。すでに誰かに売ってしまったのか。そう思うと、オニロはだんだん心が苦しくなりました。
今やさしい漁師のおかげで新しい船を作っていますが、実際に自慢の船がなくなったことが分かったからです。
しかし、しばらくすると、ぼくの船は転覆していないはずから、リビアックが誰に売ったか分かったら、取り戻すことができるかもしれないとも思えてきました。そのためにはリビアックが生き返らなければならない。
リビアックの心臓は微かに動いているようですが、人は食べなくても生きていけるものなのかオニロは心配になりました。それで、葉っぱでリビアックの口に水を少し入れました。
しかし、早く船を作らなければならないので、ピストスにリビアックの様子を見させておいて、オニロは船を作ることに専念しました。今度の船もなくなった船のように、そう簡単に転覆しないようにしたかったのです。
ときおり、ピストスが鳴いてオニロを呼びました。急いで行くと、リビアックはうーんとうなることがあるのです。しかし、またぐったりしてしまいます。ようやく何回目かに身体を動かしました。
オニロは食べものを柔らかくして、リビアックの口に少し入れました。すると、咀嚼して体に入れようとしたのです。
それから徐々にリビアックの顔は血の気が戻りはじめました。オニロはリビアックの手足をやさしく揉んで温かくしました。
数日後リビアックは目を開けました。オニロは、「リビアック!」と叫んで、体を抱きしめました。
リビアックは体を揺すられるままにしていましたが、だんだん意識が戻ってきたようで、目をきょろきょろして何かを見ようとしました。
リビアックは、「生きているのか」と小さな声で言いました。
オニロは、「君は生きているよ。よくがんばったなあ」と大きな声で言いました。
リビアックの目からは涙が出てきました。「死んだかと思った」と独り言のように言いました。
「転覆した船の船底でよく生き延びたよ。何とか助かろうとしたんだね。ぼくが船底を叩くと、君は何かで叩いて返事をしてくれた。それで、誰かいると思って船の中に入ったんだ」
「そうだったのか。ありがとう。島が爆発してものすごい火柱がでたので、慌てて逃げた。でも、波が後ろから追いかけてきて、船が転覆したんだ」
「あの近くにいたのか。何日も爆発したからなあ。その都度、どろどろの熱い河が噴きだしてきて海に流れると聞いたことがある。それで波ができるんだ。君は危機一髪で助かった」
「いや。君がいなかったらおれは死んでいたよ。君は命の恩人だ。おれはリビアックと言うんだ」
オニロは、リビアックがもっと回復するまでは自分のことを言わないでおこうと思っていましたが、リビアックが自己紹介したので、ぼくの名前をおぼえていませんか」と言ってしまいました。
リビアックは、オニロの顔をまじまじ見ました。しばらく考えていましたが、「オニロ」と叫びました。オニロはうなずきました。
リビアックは、体を起こして、「君には申しわけないことをした。神様から薬草を探せと言われていると聞いていたのに、おれはとんでもないことをしてしまった。
神はおれに罰を与えたのだ。怒って島を爆発させておれを海底に連れていこうとしたのに、君が助けてくれた。おれは何という罰あたりだ。許してくれ」リビアックは大きな声で泣いて謝りました。
「きみは、まだ十分回復していない。食べものを食べてください。それから、話をしよう」オニロはリビアックを慰めました。
オニロの長い夢
1-57
リビアックは、オニロの忠告を聞いて少しずつ食べるようになりましたが、まだ疲れているのか寝ていました。
オニロは、その間も船を作りつづけました。都合のいい板がなければ、それを探すために、リビアックのことはピストスに任せて一人海に出かけました。
そして、船がほぼできあがったころ、リビアックも元気になり船を見に来るようになりました。
リビアックは「オニロ」と声をかけました。オニロが仕事の手を休め、振り返りました。
「オニロ。おれが勝手に持っていった船のことだけど、きみが薬草を探しに行く間に少し乗ってみようと思っただけなんだ。
確かにおれは船や釣り道具を盗んでは売ることをしてきた。しかし、きみと会って、自分と同じように親を疫病で亡くす子供を出さないために薬草を探していると聞いて、おれはほんとに自分が情けなくなった。
だから、きみの船を盗ろうとは思わなかった。でも、きみから船がいかに工夫しているかを聞き、つい乗ってみようと思ってしまった。
きみがいうようにあまりにすばらしいので、もう少しもう少しと乗っている時、どこから船が近づいてきて、きみの船を見せてくれと言うやつがいたんだ。おれよりかなり年上だけど、島から島へと渡って物々交換をしていると言っていた。
おれも得意になって、自分が作ったように自慢をしたんだ。つくづく船を調べていた男は、『どうしても売ってほしい』と言いはじめた。
最初は断ったけど、『この船なら商品をいくら積んでも大丈夫そうだ。もし沈んだら大損だからな。それで、自分の船と交換してくれないか。さらにこれだけ払う』と金貨を見せてきた。
それは今まで見たことにないような大量の金貨だったので、つい心が揺れた。おれも物心ついた時から親はいなくてばあさんに育てられた。これだけ金貨があれば、ばあさんの病気を治せると思ってしまったんだ。
許してくれ。きみをだますようなことをしてしまった。だから、神様はぼくに罰を与えたんだ」と泣きはじめた。
オニロはその話を聞いた時、ほんとの話かにわかに信じられませんでした。というのは、島をまっすぐ進めば、集落があって大勢の人が住んでいるから、そこの人に薬草が生えている場所を聞いたら分かると教えてくれたのはリビアックだったのですから。
そのことを問いつめたいと思いましたが、今はこれ以上考えないことにしました。
「リビアック。きみも苦労していることがよくわかった。前の船も誰かの役に立ったら
うれしい。その船で工夫したことを生かして今の船ができあがったのだ」
「そう言ってくれたらありがたい。おわびに手伝わせてくれないか」
「そうか。それなら海に浮いているものを一緒に探してくれないか」二人は海に行き、板など海に浮いているものを集めました。
船がちょうど完成した時、船を貸してくれた漁師が来ましたが、前のように食べものをどっさり持ってきてくれました。
そして、船を見ると、「おお。できているじゃないか」と言って、船を調べはじめた。そして、「おれもこんな船がほしいもんだ。仲間もうらやましがるだろうな。ところで、この子供はどうした」とリビアックのことを聞きました。
オニロはどぎまぎしましたが、正直に、「あの爆発で船が漂流していたので助けました。それで、船を作るのを手伝ってくれました」と答えました。
「そうか。オニロはまたいいことをしたな。必ず神様は薬草を見つけさせてくれる。
それじゃ、幸運を祈る」漁師は船を曳航(えいこう)して帰りました。
漁師を見送りながら、「さあ。出発だ」と思いましたが、リビアックは帰る船がないことに気づきました。オニロは少し考えて、「リビアック。ぼくらは出発するけど、その前に、きみがすんでいる島まで送るよ」と言いました。
すると、リビアックは、「おれは、自分の邪(よこしま)な考えできみに悪いことをした。そのお詫びをしたいんだ」
「きみは海で木を拾ったり、船に板を取りつけたりするのを手伝ってくれたじゃないか」「いや。おれは薬草を見つけるのを手伝いたいんだ」
オニロの長い夢
1-58
オニロはびっくりしましたが、「ありがとう」と答えました。しかし、薬草を探すのに人に助けてもらってもいいのかと思いました。
白ヘビの神様は、「船を用意しているから、それに乗って海に出ていけ。しばらく行けば、ウッパールというものがあらわれて薬草が生えている場所を教えてくれる」としか言っていない。
それなら、リビアックがウッパールなのか。しかし、リビアックは一緒に探すと言ってくれているだけなのでウッパールではないだろう。
とにかく、誰かの手助けを受け入れることを神様はどう思うだろうか。たとえ、自分から助けてほしいと頼まなかったとしても。オニロは分からなくなりました。
リビアックはオニロが遠慮していると思ったのか、「おれも海には慣れているぜ。一日中海にいるのは疲れるだろう。
夜はピストスが海の様子を見てくれているといっても、動物が帆を使うことはできないだろう。おれは夜に強い。寝なくても大丈夫だ。君と交代で船を操縦したら、島に早く着くことができる」と胸を叩きました。
オニロは、「きみの島には薬草は生えていないのか」と聞きました。
「そんなことは聞いたことがない。みんな漁師だから山には興味がないんだ」
「それなら、まずきみの島に行きたいんだが」オニロはおそるおそる言いました。
「そうか。そんな話聞いたことないけどなあ。きみがそれほど言うのなら行ってもいいけど」リビアックはあっさり承諾しました。
オニロとしては、これなら助けてもらったことにはならないはずだと考えたのです。
オニロ。ピストス、リビアックの3人は、急いで余っている板や食料、服などを船に乗せて、出発することにしました。
空は晴れわたっていて、波も穏やかです。神様が怒っている様子はありません。風もかすかに吹いているだけですが、オニロはうまく帆を操って進みました。
疲れてくると、オニロとリビアックは自分のことなどを話して過ごしました。「向こうにある島を越せば、おれは住んでいる島が見えてくる」とリビアックが言った時、ゴロゴロという音がしました。
「あれは何だろう」とオニロは考えましたが、リビアックは別に何も言わないので、そのまま船を進めました。
そのうち、その音はだんだん大きくなってきました。「雷だな。こんなにいい天気なのに」とリビアックが言いました。
オニロはびくっとしました。「神様は怒っているのか」と思うやいなや、冷たい風が吹いてきました。そして、青空を隠すように黒い雲が空に広がってきました。
追い風がどんどん強くなってきました。目の前の島まで行って避難しようとしているとき、リビアックが、「あの島に行くな!」と叫びました。オニロはリビアックを見ました。
「あの島の海底には神様がいると言われている。それで、神様が怒って息を吸いこむと、雲が集まってくるのだ。そして、嵐になって島に近づいた船が沈んでしまうのだ。
雲が集まりだすと、漁師は、大量に魚が釣れていても、漁をやめてすぐ帰ると聞いたことがある。
でも、おれは全然気にしないで近くを通ることもあったけどな。ただ、こんな天気の豹変は見たことがない。何かあったのだ。巻き添えを食わないように島から離れよう」リビアックは恐ろしそうな顔で叫びました。
オニロは船の向きを変えて、向かい風に対して、舳先(へさき)と帆を動かして、前に動かしました。ただ、風が強いのでなかなか前に進めません。帆も今にも敗れそうです。
リビアックも転覆しないように体を懸命に移しました。二人とも、とにかく帆が破れないように、船が転覆しないように無我夢中で動きました。
オニロの意識が戻った時、ピストスが横にいました。「ピストスも海に落ちなかったんだな」と言うと、「おれも落ちなかった。気を失ってしまったがな」とリビアックが言いました。
オニロが体を起こすと、リビアックが仰向けのままオニロを見て笑いました。「きみは船づくりの天才だな。あんな嵐でもびくともしない。おれを弟子にしてくれないか。
人の船を盗みより、自分が作った船を売りたいんだ。
きみは神様の指示で薬草を探しに来ているのに、おれのせいでこんなことになって申しわけないと思っている」