のほほん丸の冒険 第1章61~65

   

のほほん丸の冒険

第1章61
「私も折を見て行こうと考えていました。しかし、研究所には誰かが入り込んだわけですから、自宅も荒らされているかもしれません。
それに、監禁されているときに、私の家を聞かれたときは、叔父の自宅の住所を言いました」
「なるほど。それなら大きなヒントがあるかもしれないので早く行ったほうがいいと思います」
「分かりました。埼玉県の田舎です。近くには親戚などもありますので叔父のことを聞いてみます。ただ、叔父は近所づきあいや親戚づきあいをしないので無理かもしれませんが」
「それじゃ、今から行きましょう」
「おれも行くぞ」しゃかりき丸が慌てて言った。
「もちろんだよ」
ぼくらは急いで荷物をまとめて新宿駅に向かった。
電車の中で、ぼくは、「カギはありますか」と聞き忘れていたことを思いだした。
「家のカギは預かっていませんが、昔の家ですから勝手口から入れると思います。つっかい棒を立てかけているだけです。
叔父は、忙しいときは近くのビジネスホテルを利用していましたが、自宅に帰るときに鍵を研究所に置きわすれても、勝手口をどんと叩けばつっかい棒は外れるんだと笑っていました」
「大事な書類はどこに置いていたのですか」
「書類は研究所に置いていました。自宅には大量の本を置いていました。
今言ったように、自宅は不用心ですから」
「それなら安心です。それと、ビジネスホテルはどこか分かりますか」
「2,3あります。名前も場所も分かっています」
「明日でも、そこへ行って、叔父さんはいつから来なくなったか聞いてもらえませんか」
「わかりました。
電車からバスに乗り換えてようやく自宅のバス停に着いた。あたりは畑や田んぼが広がる住宅地だった。
どの家も両隣とはかなり離れている。これなら隣に何かあっても気づきにくだろう。
家に着き、玄関を開けようとしたが、やはり閉まっている。ミチコは横の勝手口に行った。そして、上がガラスの戸を揺すった。すると、ガタンという音がした。
ミチコは、「開きました」と言ってぼくらを振り返った。得意そうな顔をしている。
しゃかりき丸が、「おれは誰か来ないか見ている」と玄関のほうに戻った。
戸を開けると、台所になっている。ただ、食卓と食器棚ぐらいしかない。
ミチコはすぐ書斎に向かった。確かに本は多い。ミチコは机にある本立てを見たり、書棚の引き出しを調べたりした。
それから、居間や寝室を見た。そして、「乱暴に開けたりした様子はありませんね。来ていないんでしょうか」と言った。
「勝手口のつっかい棒は元通りの場所にありましたね。それを元に戻すことはしないでしょうから、多分来ていないのでしょう。
それなら、ちかぢか来るかもしれません。いったん外に出ましょう」
ミチコは、元のようにつっかい棒を壁と戸の間に斜めに置いてゆっくり閉めた。確認すると戸は開かない。
しゃかりき丸は庭にある木のそばにいた。ミチコは、「それじゃ、私は親戚の家に行ってきます」と言ったので、「向こうに神社があるようなので、あそこにいます」と待ち合わせの場所を決めた。
ミチコが細い道を行くのを確認してから神社に急いだ。ぼくは家の中の様子をしゃかりき丸に説明した。
「来てないのか」しゃかりき丸が驚いて言った。
「多分来ていない。引き出しなどを開けた様子はない。もちろん、田舎の家の鍵なんてすぐに開けたり閉めたりできるから分からないけど」
「どうして来なかったんだろう」
「多分、ぼくが預かったバッグをどう取り返すかで頭が一杯だったんだろう」
ミチコが帰ってきた。親戚が3軒あるが、1軒だけ聞くことができたそうだ。
やはり「こちらから行くこともないし、向こうから来ることもない」ということだった。
今日は引き上げることにした。バスはあと30分待たなければならない。そこでぼくは、「何か気になるから、しばらくここにいる」と言った。
しゃかりき丸が、「じゃあ、おれもいる」と言ったが、ぼくは、「ミチコさんを守っていてほしいんだ。それに、おじいさんの世話もある」と答えた。

のほほん丸の冒険

第1章62
しゃかりき丸はしばらく黙っていたが、ようやく納得して、「何かあったらすぐ連絡してくれないか。すぐに駆けつけるから」と言った。
「ありがとう。やつらが来るかどうか分からないので一人で待ってみるよ。
おじいさんの世話を一人でしなければならないけどごめん」
「いやいや。大丈夫だよ」
「私もしますから」ミチコが言った。
「それは安心です。おじいさんも喜びます。2,3日の間、何も起こらなければすぐに帰るから」ぼくは、バス停に向かう二人に言った。
それから、もう一度叔父さんの家に向かった。誰も来ていないようだ。
家のまわりを調べながら、やつらが来なかったら叔父さんは捕まっている。来たら、やつらも叔父さんを探しているだろうと考えた。
とにかく家に入らなければやつらの話は聞けない。勝手口を揺すってつっかい棒を外して中に入った。
もう一度部屋の配置を確認することにした。台所の左は土間で、その前に8畳ぐらいの部屋がある。客が来たらそこに上がるのだろう。その奥は仏壇がある部屋がある。
台所の奥は居間のようだ。そして、右手は二つ部屋があって寝室になっていたようだが、今は叔父さんは二つとも書斎として使っている。専門的な本が山のようにある。
やつらが来たら、まずここを調べるだろう。それなら、ここにいればやつらの話を聞くことができるが、押し入れに隠れることは無理だ。
ぼくはあたりを見回したがどうもわからない。ようやく天井に上るしかないと思ったが、さて、どうするべきか。
ようやく押し入れの天井から入ることができそうだ。しかも、ふとんがあるので、うまく上がることができる。
天井は涼しくて、木造の家独特のにおいがする。懐中電灯を照らすと、屋根の骨組みがあるだけだ。ただ、動物のフンがかなりある。
頭を打たないよう骨組みを頭に入れた。懐中電灯が使えないからだ。
それから、下に降りて書斎を調べた。暗くなった6時頃に天井に上がった。
下の様子をうかがったが音はしない。ところが天井で音がする。ネズミだ。
かなり走っている。
これはぼくにとっていいことだ。やつらが天井の音を聞いてもネズミだと思ってしまうからだ。
結局その日は誰も来なかったが、今晩もここにいることに決めた。買い物に行き、準備をした。
夜来るとは限らないので、下にいてもすぐに天井に隠れる準備をした。
午後5時ごろだった。玄関のほうで何かの気配を感じた。がたがた音がしている。鍵を使っているのか。
ぼくは慌てて天井に上がり、しばらく様子をうかがった。確かに人がいる。
天井板の割れ目から下を見た。男の声がしている。やつらか。書斎に来た。あの声はぼくを監禁した若い男のようだ。
ぼくは隙間に目を近づけて見た。やはりあの若い男だ。すると、もう一人の男はしゃかりき丸の監禁に関係した男か。
腰をかがめて何をしているのか見ていると態勢を変えたときに、手が柱に当たってしまった。ぼくはそのまま動かなかったが、心臓が激しく打つのが分かった。
「何だ、あれは」若い男が天井を見あげた。「ネズミだよ。日頃誰もいないので、好き放題走りまわっているんだろう」もう一人の男が答えた。
「とにかく、手紙やはがきを探そう。親戚に連絡してるはずだから」
それから、二人は小一時間ぐらい調べた。何かをカバンに入れていたようだがが、それが手紙やはがきかは分からなかった。
しかし、ぼくは二人が話すことを一言も漏らさないように聞いた。
二人は帰ったので、天井から出た。
やはり、叔父さんを監禁していないようだ。ミチコにも逃げられたので、叔父さんの居所をどうしても知りたいわけだ。とにかく、バッグの中身を喉から手が出るほどほしいんだろう。
今午後8時だがバスはないので、朝のバスまで待つことにした。

のほほん丸の冒険

第1章63
ミチコの叔父さんの家でバスを待つ間にしゃかりき丸に電話をして、やつらが来たことを報告した。
しゃかりき丸は興奮して、「どうだった。どうだった」と聞きたがったが、やつらが戻ってきたり、このあたりの人に聞かれたりすることがあるのですぐ切った。
ようやく朝になったので注意しながらバス停に向かった。そして、2時間後にテントに戻ることができた。
ミチコとしゃかりき丸はぼくが無事に帰ってきたことを喜んでくれた。しゃかりき丸がテツに連絡してくれていたので、テツとリュウも待っていてくれた。
ぼくは、天井に上がり、あちこちにある穴から下を見る練習をしたことを説明した。案の定しゃかりき丸は目を輝かせて身を乗り出してきた。
ぼくは話しつづけた。「二日目に玄関のほうで誰かいるような気がした。耳をそばだてると、がちゃという音がしたので、すぐに書斎にある押し入れから天井に上った」
「合鍵を作っているんだな」テツが口をはさんだ。
「そうだと思います。話し声が聞こえていましたので、何人かいるんだなと思いましたが、明かりがついたので、書斎に来たのでよく見ると、一人は監禁されたときぼくを見張っていた若い男で、もう一人はしゃかりき丸を見張っていた男のようでした。こちらは少し年上のようでした。
他の部屋も見ていたようですが、大体書斎を中心に何か探していました。
その間に話をしていたのを聞いたのですが、ミチコさんを逃したことを上司からかなり怒られたそうです。
『あの子供らがしでかしたことだろうな』とか、『ずっと子供らから見張られている気がする』とか言っていました。
その時、天井をネズミが走りました。すると、『子供がいるんですかね。確かめましょうか』と若い男が聞いたので、ぼくは体が固まりましたが、年上の男が、『ばか言え。ネズミじゃないか』と言ったのでほっとしました。
それから、しばらく二人は何かを懸命に探していました。
また、若い男が、『やはり女と子供は知りあいで、最初から新宿駅でバッグを渡すことにしていたんですかね』と聞きました。
年上の男は、『親子か何かしらないが、たぶんそうだろう。そうでないと子供らがここまでしつこくおれたちのことを調べないだろう』とも言っていました」そう話すとしゃかりき丸が笑顔でうなずいた。
「結局あいつらは何を探していたんだ」テツが聞いた。
「そうですね。名刺入れなどはすでに持っていっていますが、親戚や知りあいなどの情報だと思います。天井からはよく見えませんでしたが、書類入れみたいなものをカバンに入れていましたから」
「何の目的だ」
「たぶんミチコさんやぼくらを監禁していたのはバッグを取りもどすためでしょうが、それができなくなったので肝心の叔父さんの所在を知るためだと思います」
「つまり、やつらも叔父さんを探してるのか」
「そうです。ミチコさんもやつらも叔父さんを探しているのです」
「そういうことか!」リュウが叫んだ。
「そうです。それと、はっきりは分からないのですが、そういうことを指示した黒幕みたいなものかあるような気がしてならないのです。個人か組織かは分かりませんが」
「そんなことを言っていたか」テツが聞いた。
「『社長が向こうに話したが、絶対見つけろと言われた』とか何回も言っていましたから」
「話が複雑になってきたな」
「叔父さんの研究を知っているはずですからね。それについてはミチコさんに一度聞いてみようと考えていました」
「私も用事があるときだけ呼ばれたので、すべての来客については分かりません。
今回も、のほほん丸としゃかりき丸を監禁した会社名を聞きましたが、初めて聞く会社でした。しかし、思い出してみます」ミチコが力強く言った。

ののほん丸の冒険

第1章64
ミチコはおじいさんの世話を毎日続けた。洗濯機はないので手洗いで洗濯をし、料理もした。
ただし、料理をするための家電はあまりなく、バッテリの冷蔵庫とガスボンベのコンロぐらいしかなかった。テツが鍋とか包丁や皿、そして、食材や調味料などを買ってきた。
ミチコはてきぱきと調理をしたが、おじいさんは、「これはうまい」と喜んだ。
ぼくらもご相伴にあずかったが、テツは、「おふくろの味だ」と叫んだ。
ぼくとしゃかりき丸やリュウは、「おふくろの味」という言葉は聞いたことなかったが、野菜をたっぷり使っていたので、やさしい味でおいしかった。
それで、「おふくろの味」とは野菜をたっぷり使った料理のことかと思った。ミチコの動き回る姿を見るにつれ、ミチコがぼくのママであればどれだけいいだろうかと思った。
しかも、その可能性は多分にあるのだ。ぼくが新宿駅で、花壇の端にすわってこのまま叔父さんの家に行くべきかどうか思案している時、思わずうつらうつらしてママの夢を見ていると、声をかけてくれたのがミチコだったからだ。
もちろん「このバッグを預かってくれない。すぐに取りに来るから」という切羽詰まった内容ではあったが、ミチコの出現はとても偶然とは思えないのだ。
ぼくとしゃかりき丸もおじいさんの世話を熱心にした。もちろん、時間があれば、ミチコの叔父さんをどう見つけるか毎日作戦を練った。
しばらくして、ミチコから話があると言ったので、3人で公園に行った。
「以前も言ったけど、来客があれば叔父から連絡があって研究室行くことになっていたの。研究室の掃除をしたりお茶を出したりしていました。
もちろん、予定の管理などもありましたが、電話で確認していました」
ここで、ミチコに聞きたいことがあったが黙っていた。
「来客は元々の知りあいや友人ですから、そう気をつかうこともありませんでしたね。
たまたま私が用事で行けなかったときに、来客があったそうです。その客がおいていったおみやげがあって、次行ったときに、叔父が、「これ作ってくれよ」と言いました。
『味噌煮込みうどん』だったと思います。叔父はうどんが好きだったのですが、
それを知っている人だったかもしれませんが、誰かは聞いていません。
来客を思いだしていたのですが、いろいろあったのであまりおぼえていません。おみやげを持ってくる客はあまりないので、思いだしたのかもしれませんが、私は見ていませんので、役に立つかわかりませんが・・・」
「味噌煮込みうどんってどこのおみやげですか」ぼくは聞いた。
「多分名古屋だと思います」ミチコが答えると、しゃかりき丸が、「名古屋の会社を調べるべきだな」とすぐに言った。
「二人で来ていたらしいですが、叔父に、『いくらでも資金を用意しますから、
こちらで研究してくれませんか』と言ったそうですが、叔父は絶対そのような話には乗りません。
今までもそう言われたことは何回もあるようですがすべて断ってきました。意にそぐわない研究はしないと言っていましたから。その後、その人たちが来たかどうかは聞いていません」
「その人間がぼくらを監禁した者と関係があるかどうかですね」ぼくは言った。
「やはりおみやげから調べるべきだよ」しゃかりき丸が持論を述べた。
「でも、味噌煮込みうどんはどこでも売っているんじゃないか」とぼくが言うと、しゃかりき丸が、「今の段階ではこれしかヒントはないよ」と譲らない。
「うどんが入っていた手提げバッグはおぼえていますか。その店で買ったのとどこかの駅のおみやげコーナーで買ったのとはバッグが違うような気がするのですが」ぼくはミチコに聞いた。
ミチコはしばらく考えていたが、「それはまったくおぼえていないですねえ」と申しわけなさそうに言った。
ののほん丸の冒険

第1章65
3人ともしばらく黙っていたが、ミチコが「ひょっとして包装袋に大きなお城があったかもしれないです」と言った。
「お城ですか」とぼくは聞いた。
「味噌煮込みうどんにお城なら名古屋城だ!」しゃかりき丸が叫んだ。
「うろ覚えですが、お城だったと思います」
「それなら、名古屋で買ったんでしょうね」
「名古屋の会社を調べようぜ」
「どんな会社を調べたらいいですか」
「ぼくらを監禁した会社は貿易会社でしたね。貿易会社や商社など同じような会社から調べたらどうでしょうか」
「調べてから、おれたちはどうしたらいいんだ」
「まだ分からないな。ぼくにお金を振り込んでくれる弁護士の先生に、『パパに連絡をして、軍事などを研究している会社を聞いてほしい』と連絡しているんだ。
それで、何か分かったら、そこと名古屋の会社と関係があるかどうか調べるんだよ」とぼくは説明した。
「なるほど。わかった。すると、おじさんは外国に連れていかれているかもしれないということか」
「そうかもしれないが、一番いいのはおじさんが自分でどこかに隠れていることだ。
それなら、おじさんは、ミチコさんに連絡を取りだろうな。しかし、ミチコさんはあいつらに捕まる寸前に携帯を捨てた」
「そうです。それに、親戚づきあいを嫌っていた叔父ですから親戚の電話番号を知りませんが、何らかの方法で親戚の電話番号を調べて電話をかけたかもしれませんから、親戚には私から電話をしました。
まだ叔父からは電話がないようですが、叔父から電話があれば連絡してほしいと頼んでいます」とミチコが説明した。
今のところはとりあえず名古屋の商社や貿易会社を調べることにしてテントに戻った。
いつものように3人でおじいさんの世話をしてから、ミチコはホテルに帰り、ぼくとしゃかりき丸はテントで休んだ。夕方、テツが一人で来て、おじいさんと話をした。
おじいさんが寝てからも、3人で話した。テツはおじさんの行方について話を聞いてくれた。
「外国に連れていかれたとなると、なかなか厄介なことだな。じいさんは、おまえたちの話を聞いて、自分で判断してあきらめることはいけないが、どんなことでも思うようになるまでは時間がかかるものだと言っていた。
困ったことがあれば、できるだけのことをしてやれとのことだから、遠慮なく言ってくれよ」とテツが励ましてくれた。
翌日からミチコは二日間用事があると言ってテントに来なかったが、三日目来てくれた。そして、「仕事がすんだら話しましょう」と言った。
おじいさんにお昼ごはんを出してから、また3人で公園に行った。
ミチコは、「名古屋の貿易会社を調べました。大きな会社は5社あって、全部世界的な商社の名古屋支店です。
その中の五大物産に知りあいがいたことを思い出したので、会社に電話しました。
まだ在籍していて、彼女が自宅に帰ってから話をしました。貿易会社のことはよくわからないが、どこの商社にも軍事部門はあるはずだと言っていました。それで、さりげなく上司に聞いておくと言ってくれました」
それに、携帯は監禁されたときに取り上げられた上に、自宅にもあいつらが来るかもしれないので、帰ることはできないが、何とか携帯を作ったそうだ。
さあ、後はパパからの連絡を待つばかりだ。

 -