シーラじいさん見聞録
みんなが緊張をするのを感じて、リゲルは大きな声で聞いた。
「まちがいないのか!」
「まちがいないわ。あなたたちの帰るほうにも仲間が一杯いるのよ。
クラーケンの影響を受けているシャチを監視している仲間が、お兄さんがどのシャチに襲われたのかを調べておいたの。だからまちがいないわ!」
兄弟は顔を見回し、今にも動きだそうとした。
しかし、リゲルは、「家族は、このままミラと進んでください。他の者はぼくについてきてくれ。ただし、何かあっても絶対挑発に乗らないこと。お兄さんを安全な場所に送りとどけるという任務を忘れるな」と言った。
そして、あのカモメが飛びたったほうを見た。遠くの空に黒い点のようなものが見える。じっと見ていると、少しずつ大きくなってくる。
「さあ、行くぞ」リゲルは動きだした。オリオン、シリウス、ベラ、ペルセウスが後を追った。しばらくしてから止まり、様子を見た。
鳥たちの姿は、自分たちが進んだ以上に大きくなっているように思われた。
ミラたちの上にいる鳥も見た。この調子なら、20分近くで追いつくかもしれない。
みんなに声をかけようと振りむいたとき、2人の弟もいるのに気づいた。
「あっ、きみたちも来たのか」リゲルは叫んだ。
「はい。お兄さんを襲った者を見たいというとパパは許してくれました。ママはみんなの言うことを絶対守るように言いました」今まであまりものを言わなかった上の弟が答えた。
「そうか。なるべく時間稼ぎをして、お兄さんを無事に連れてかえらなければならないから、今は相手を怒らしたりしてはだめだよ」リゲルは釘を刺した。
「わかっています」二人は同時に答えた。
そのとき、左前方に黒々としたものが近づいてくるがわかった。
リゲルは、「それじゃ、行くぞ」と言うと、速度に気をつけながらそちらに向った。
他のものが後を追った。
リゲルは、黒黒としたものの4,50メートル手前に入った。
それらは、リゲルたちに気づいて、速度を落として分かれた。
そして、ばらばらに引き返してくると、5頭いる。1頭が、「危ないじゃないか」と大きな声を出した。
「うっかりしていた。申しわけない」リゲルはあやまった。
「おまえもシャチならわかりそうじゃないか」怒りは収まりそうでない。
「まあ、いいじゃないか」1頭がなだめた。
「どこへ行くんだい?」リゲルは聞いた。
「おまえたちには関係ない」
なだめた者が、「おれたちの上にものすごい数の鳥が飛んでいるが、向こうのほうにも鳥がかたまって動いているんだ。
おれたちの仲間の話では、あの下にはクジラがいて、そのまわりに何かが集まっているようなんだ。それを見にいくところだった。
それを見ると、おれたちの上だけでなく、どうしてあちこち鳥があつまっているのかもわかるからね」
「それなら聞いたことがある」リゲルは大きな声で言った。
「何を聞いたんだ?」
「クジラがけがをしていて、他のクジラが何十頭も集まっているだけらしい。別に見にいくことはないと思うよ」
「それなら、なぜ鳥が集まっているんだ。おまえたちと話をしているひまはない。みんな行こうぜ」最初のシャチが大きな声を上げて動こうとした。
「それより聞きたいことがあるんだ?」リゲルは、穏やかなシャチに言った。
「なんだ?」
「おれたちはここの者ではないが、みんな疲れているので、通りがかり者に、どこかゆっくりできる場所はないか聞いたんだ。そうしたら、最近は争いばかりで、そんな場所はなくなってしまったから、もっと遠くへ行ったほうがいいと教えられた。見たところ、そんなことはないがなあとみんなで話しあっていたので、きみたちにぶつかってしまった」
「今は平和だ。そして、永遠に平和だ。ニンゲンはもうすぐこの世から消えるぞ」怒りがおさまらないシャチが大きな声を出した。
「えっ」リゲルやオリオンたちは顔を見た。
「おまえたちには信じられないだろうが、この世の者はすべて、ニンゲンに敵意をもっている。
海にいる者だけでなく、空を飛ぶ者もそうだ。鳥もニンゲンを攻撃し始めているのだ。
その攻撃で大勢のニンゲンが死んでいるようだ」
「どこにそんな証拠があるんだ?」リゲルはさらに聞いた。
「世界中から情報が集まってきている。ニンゲンの言葉がわかる者がいて、ニンゲンの状況を分析している」
シーラじいさん以外にそんなことができるものがいるのかオリオンは信じられなかった。
「とにかく向こうに集まっている鳥がおれたちに何かを教えようとしているのかもしれないので行かなければならない」穏やかなシャチが話を締めくくった。
そのとき、リゲルは、シリウス、ベラ、ペルセウス、兄弟2人に急いで戻れと信号を送った。
そして、「もう少し聞かせてくれ」と、オリオンとともに、シャチの前に立ちふさがった。