シーラじいさん見聞録
シャチが他の者に襲われることはあまりない、しかも、そんなに多く。何が起きたのか。
「近くに山脈がなかったか」シーラじいさんが聞いた。
「確かにあったような気がします。しかし、そこから相当離れています」
「潜水艦は?」リゲルが聞いた。
「それは見なかったです」
TOnikaku、調べることにした。ミラのあとを追った。翌日そこに着いたが、散乱していたというシャチの死体はもちろん跡形もなくなっていた。
しかし、どこか血のにおいがするような気配だった。
リゲルは、シーラじいさんが到着するまでにできるだけ情報を集めようと提案した。
ただし、この近辺の者は気が立っているかもしれないので用心するように付けくわえた。ただ、シャチはリゲルとベラだけで、しかも、ベラは少女なので、その近辺にいるシャチから聞きだすことができるのはリゲルだけだった。
しかも、そこはシャチの海域なので他の者は少ないので、他から情報を得ることは少ないだろう。
やはり、通りすぎる者がいても、立ちどまって話をしてくれる者はいなかった。
リゲルは、一日かけて情報を得ることができた。シャチといえども、他の種類と同じように、見慣れない者を寄せつけないからだ。
ようやく一人でいた若い者を見つけて、話を聞くことができたというのだ。
それによると、やはり山脈で演説があったようだ。演説に賛同したシャチが仲間を誘いはじめたが、それに抵抗した者が殺されたのだ。
その若者の友だちも数頭殺された。「みんないいやつだったのに」
毎日悲しくて、惨劇があった場所に一人で来るのだ。
ようやく着いたシーラじいさんは、それを聞いて、「恐れていたことが起きはじめたようじゃな」と言った。みんなは黙っていた。
「こうした仲間割れが起きて、憎しみや苛立ちがニンゲンだけでなく、海の者にも向かうようになる」
誰も何も言わなかった。しばらくして、リゲルが声をだした。
「このままではたいへんなことになります。先回りをするほうがいいのではないですか。こういうことが起きると、止める手立てがなくなるような気がします」
他の者はうなずいた。
「それはそうじゃ」シーラじいさんは、そう答えたのみだった。
しかし、そうすればおまえたちから犠牲が出るのは明らかじゃという言葉を呑みこんだのだ。
「そうしましょう」ベラが大きな声で言った。「それが一番任務の目的に適っているわ」
シャチが相手だというのに、女というだけで遠くにいなければならない不満があったのか、ベラは自分の思いを出した。
シーラじいさんは、世界が、クラーケンか、あるいはその背後にいる者がたくらんでいるように変わっていくのを、何もしないで見ていることは、子供たちには辛いだろうが、今は引きあげさせるのがわしのやるべきことじゃと思いはじめていた。
最後の決断までもう少し様子を見ることにした。
オリオンは、薄暗い場所を見回り、海面に上がろうとした。そこには何事もなく、海と空が、自分の青を互いに見せつけるような光景が広がっていた。風が心地よい。
さあ、もう少しと思ったとき、「あなた、いつも一人ね」という声が聞こえた。
あたりを見わたしたが、誰もいない。
「ここよ、ここよ」と声がする。オリオンはジャンプした。「そう、あなたの上」
その声に反応して、背中から下りるとき、5,6メートル上空に何か白いものを見た。
急いで反転して海面に戻った。すると、目の前の波に白いカモメが止まっていた。
「ぼくを知っているのですか」オリオンは驚いて聞いた。
「あちこちで見るわ。あなただってことは上から見たらすぐにわかる。ひどい怪我をしているせいか、泳ぎ方がお仲間とちがうもの」
オリオンは合点がいった。
「その体でいつも一生懸命泳いでいるわね。しかも一人で。みんな、あの子はいじめられているのじゃないのと言っているわ。
みんなで大きなものを追いかけたりして楽しそうだわ。上から見ていてもそれがわかるの。最近はそれもめっきり見なくなったけど」
そのカモメはおしゃべりが好きなようだ。
「同じ種類じゃないけど、仲間といつもいっしょです」オリオンはようやく答えることができた。
「それじゃ、いつも何をしているの?」
オリオンは、海に起きていることや、自分たちがしていることを話した。
「そうだったの。そんな体で、海を平和にするためにがんばっているのね。
空を飛んでいると、海が一瞬に地獄になるのを見ることがあるわ。みんなと楽しく遊んでいたと思うと、大きな者が襲ってあっという間に無残な姿になることがある。
また、一人淋しく死んで、波に浮いているのを見ることがある。
誰も、次の瞬間のことがわからない。それが生を受けた者の運命なのよ。
もっとも、わたしたちも、おこぼれをいただくこともあるけど。
そうそう、確かに暑くなっているようね。飛ぶのが辛くなるときがあるもの。
食べ物が少なくなっているのはそのせいね。わたしたちにも無関係ではないことがわかったわ。私たちにもできることがあるかしら?」
「もちろん、何か起きていることを知らせてらえれば助かります」
「それくらいなら簡単よ。でも、夜は何も見えないわよ」
「ああ、昼間だけでも」
「あなた、これからどこへ行くの?」
「それはわかりません」
「でも大丈夫。あなたのことは、どんなに遠くからでもわかるから」
カモメは、そう言うと一気に飛びたった。