感情失禁(1)
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「感情失禁」(1)
「危ないから、そんなことしたらあかん」とか「お姉ちゃんの分やから、食べたらあかん」とゆわれると、いや、ゆわれたからこそ、下りている踏切を渡ったり、水屋のおやつを食べたりする子どもがいるやろ。
「危ない」とか「お姉ちゃんの分」とゆうバリアを超えたくなるもんがあるんやろな。
一休さんも、和尚が留守のとき、「子供には毒じゃ」とゆわれた「水あめ」をなめてもうた。
今、大騒ぎしている飲酒運転が減らへんのも、車をおいて帰るのはじゃまくさいとゆうより、またタクシーや代行は高くつくとゆうより、今これをしたら自分の人生はどないなるんやろとゆう誘惑に負けてしもうたような気がする。普通は、こんなとき自重するやろ。罰金も30万や。
「ぼくは、よう事故を起こしたけど、『しらふ』のときは、1回も起こしたことない」ゆうのが、ぼくの自慢のギャグやけど、ぼくも、今はおとなしいもんや。
これ以上ゆうと、「どつぼ」にはまりそうやから、この話は終わり。
そうそう、あの教授や。たまたま「手鏡」を持っていたばっかりに、警察の「でっち上げで、冤罪」(自分で、そうゆうてる)を着せられた教授や。
ぼくは、復活コンサルタントして、何回も取りあげて、この教授のように復活をしようとゆうている矢先やった。
何でやゆうたら、竹中平蔵か、この教授が経済閣僚になって、日本経済を動かすゆわれていたのに、こんなことになった。
ぼくらは、たかだか2階か3階から落ちたぐらいやけど、この教授は、20階の高層ビルから転落したようなもんや。講演が多かったから、年収5000万あったらしいし、名声も地位もすべて失った。もちろん、妻子のこともあるやろ。
それでも、最近は、大学に拾ってもらって、証券会社の講演も始めていたのに、またや。
経済を動かさずに、へんなとこ動かした(おかげで、おんなじギャグをまたゆわんとあかん!)。
ぼくが、この教授の復活を頼まれたら、まず、女子高校生の制服は、「親の仇」と思うて近づかないことをアドバイスする(教授は断るやろけど)。
とにかく、「インディアンはウソつかない」とゆう「ことわざ」(ほんまか)があるけど、誰でも、ウソはつかれへんように思う。
人間は、生きる術(すべ)として、ウソや「べんちゃら」を使うけど、自分をつきうごかすもんでしか生きていかれへんのや。それが、この教授のように、ちょっと具合が悪いもんもあるけど。
生まれたての子供はウソつかへんのは、誰でも納得するやろ。腹が減れば泣くし、うれしかったら笑うようになる。
しかし、だんだんウソ泣きを覚えてくる。泣けば、親があやしてくれるゆうゆうことがわかってくるんやろな。そして、「ウソも方便」を覚えるようになる(度が過ぎるもんもいるけど)。
それで、人間嫌いになって、犬や猫を偏愛するもんもいる。もっとも、そうゆう人も、ウソをつかへんゆうことはないけどな。
しかし、だれでも、ウソをつかなくなるときが来る。