シーラじいさん見聞録

   

オリオンはじっと聞いていたが、「シーラじいさん、マスコミとは何ですか」とたずねた。
「こういう記事を書く連中のことだ。テレビという動くニュースもある」と説明した。
「この新聞の発行日は4月18日になっているから、墜落事故のことはすでに書かれているようじゃ。おまえたちが助けたニンゲンも少しよくなったようじゃな。
まあ、そのうち静かになるだろう。ニンゲンは、何度も言うように海は得意じゃない。
それで、ニンゲンにとって、海は宇宙以上に神秘な場所なので、こういう騒ぎが起こるのじゃろ」
「上官は、ニンゲンはおまえたちに礼を言いたいだけだから、一度行ったらと言っていましたが、ジムのときのように、捕まえて見世物にされるのではないか不安です」
「事故のことを考えたら、そういうことは考えられないが、みんなの考えを聞くまでは、
しばらく待っているほうがいい」
オリオンはようやく気持ちが落ちついた。

とにかく一人で見回りをするようになれば、みんなから聞くことも増えるであろう。
それからシーラじいさんに相談しながら、どうすべきか考えたらいいと思った。
翌日からも訓練が続けられたが、見回りの区域は発表されなかった。
訓練生は、今か今かと待っていたが、だんだん不安になってきた。
上官に聞く訓練生もいた。
「だいたい翌日ぐらいから決まっていくものだが、どうしたんだろうな。おれたちも聞いていないんだ」上官もわからないようだった。
「もう少し訓練がいると判断したのじゃないか。おまえたちも、そのつもりで取りくめ」と別の上官も、自分の判断で答えるだけだった。
オリオンを担当した上官が、訓練所の最高幹部なのだが、日頃の訓練には出てこないので、上官も訓練生もわからなかったのだ。
そして、ある日、訓練が終ると、しばらく待つようにいう指示があった。待っていると、オリオンの上官が来た。
「諸君、訓練は順調に進んでいることと思う。そして、平和に貢献したいという気持ちも、諸君の胸の中で大きくなっていることであろう。
我々も、すぐにでも1人で見回りをしてもらうことにしていた。
しかしながら、見回り人から、どこの区域も争いが起きているという報告が入るようになった。
それも、かつてなかった激しさのようだ。このままでは、さらに拡大していくと思われる。
そういうわけで、様子をもう少し見なければならない。諸君の気持ちは痛いほどわかるが、もう少し訓練を続けていてほしい。以上」
最高幹部は、そういうと、すぐに帰っていった。
訓練生のみならず、訓練を指導している上官も、ようやく事態がわかったが、また新たな不安も感じるようになった。
「1人でやっていけるのだろうか」
「そのための訓練をしてきているのじゃないか」
また、数日して、あるうわさが流れだした。飛行機の現場近くでニンゲンが襲われているというのだ。
その話題についても話をすることがあった。
「まだニンゲンがいたのか」
「どこかに隠れていたにちがいない」
「ニンゲンは、そんなことはできないと聞いたことがあるが」
「いや、飛行機事故のときのニンゲンではないらしいよ。オリオンはどう思う?」
「そのときのニンゲンは全員助けられたはずだ」
オリオンは、ニンゲンが自分を探しにきているという新聞記事のことは言わなかった。
次の日、見回り人の1人から、改革委員会にいたシーラじいさんの元に新聞を届けられた。
その記事には写真が載っていた。シーラじいさんは、まずそれを見た。
一枚は船らしきものに5,6人のニンゲンが乗っている写真だった。もう一枚には海面に何か黒っぽいものが写っていた。
写真だけではわからないので、記事を急いで読んだ。そして日付を見ると、最初の新聞より10日後だった。事態はさらに悪化していた。
前回の記事のことは改革委員会に報告していたが、今度は「海の中の海」として対応しなければならないと判断して、リーダーだけでなく、見回り人の幹部も呼んできてくれるように、メンバーに言った。
2人はすぐに来た。
「何かありましたか」リーダーは、挨拶をもせずに聞いた。
「これを見てくれ」とシーラじいさんもすぐに言った。
2人は、しばらく見ているが理解できないようだった。
「これは何ですか」と、リーダーがまず船が写っている写真についてたずねた。
「記事によると、あの飛行機事故の取材にいった記者の船が突然激しく衝撃を浮けて、あやうく転覆しそうになったときの写真らしい。
何回もがんがんとぶつかる音がしたということじゃ。海面に何か大きな影がいくつか写っている」
リーダーと幹部はじっと見ていた。
「そして、もう一枚には死んだニンゲンが写っている」
「船から振りおとされたのですか」幹部が聞いた。
「いや、海中で何かを撮影していたバイバーが、何者かに襲われたようじゃ。
ニンゲンは、海の中ではおまえたちとおなじように呼吸できないので、呼吸する道具をつけて海に入る。
しかし、それを誰かに壊されたから、息ができずに死んでしまったようだ。
そして、すぐに何者かに引きずりこまれてしまった。やがて、あたりは血に染まったと書いてある。
そこにも、今まで見たことのないような大きな影が認められたということじゃ」
「何が来ているのでしょうか」リーダーは不安そうに聞いた。
「記事には、『21世紀のクラーケンか』と出ている」
「クラーケン?ああ、やはりいたのか。ボスに向っていった者が、今度はニンゲンを攻撃しているのでしょうか」
「そうかもしれん」
「今後どうなると思われますか」幹部は、戦略家らしく冷静に聞いた。
「このままにすることはできないので、ニンゲンは必ず兵士を送りこんでくるじゃろ」
「兵士ですか?」
「ニンゲンは、ニンゲン同士戦って、今の文明を作ってきた。今も、それぞれの国が兵士を持っている」
「ニンゲンの兵士対クラーケンの戦いですか?」リーダーが言った。

 -