シーラじいさん見聞録
シーラじいさんは、3人を見送ると、すぐさま城砦の根元にある洞(ほら)にもどった。
3人の報告によれば、あいつらがここを根城にしているのはまちがいないようだ。
ニンゲンの本では、マグロは立ちどまると呼吸困難になって死んでしまうとのことであったが、ここの種類はどうも違うようだ。確かに小刻みに動かなければならないようだが、話しあうようなときは止まっている。
回遊しないとなれば、食料が近くになければならない。それで、あのような階段状のものを作って、そこに食料が集るようにしているのか。
新たな適応が、新たな体を作り、新たな生き方になっていくのだろう。
同じ海に生きていても知らないことがあまりに多い。どんなことでも知らずにおかないニンゲンといえども、この暗くて、深い海は手ごわいだろう。ときおり見かける調査船でも、ライトが届く範囲しか見えないのだ。
これからは、みんなに教えるときは注意しなくてはなるまい。それがまちがったことや不十分なことであれば、オリオンたちを危険な目に合わせるかもしれん。
しかし、リゲルがいてくれて、わしも安心じゃ。彼は冷静で勇気がある。
2人がリゲルから学ぶことは多い。いつか3人が、「海の中の海」になくてはならない存在になるじゃろ。
その頃、オリオンは、心の中でペリセウス、ペリセウスと叫びながら、あちこちで作業をしているところに近づいた。
そうすれば、無言の声が信号となって、ペリセウスに届くかもしれないと思ったのだ。
しかし、どこも、激しく岩にぶつかる音が帰ってくるだけだった。
大人の中に混じって作業をしている幼い顔がいると、ペリセウスか思って近づいたが、どうもちがうようだった。
どの子供も、目もうつろで、激しい痛みに耐えている。体のあちこちが黒々となっている。
大きなけがをしているのか。しかし、どうしようもない。オリオンは、そこを少し離れた。
そうだ、あれから長い月日が立っている。ペリセウスは、もう青年の顔になっているだろう。それはぼくもいっしょだ。
また面影を探して、さらに近づくが、それも限界がある。あまり近づきすぎると、監視の合図で、すぐに作業が中断されて、全員どこかに隠れてしまうからだ。
オリオンは、あきらめることなくペルセウスを探した。
リゲルとベテルギウスは、兵隊の動向を見守った。
兵隊が、誰かを見つけると、急襲して、捕まった者を救いだすのだ。
二人は別々に、警戒されない距離を保ちながら、兵隊が穴を捜索している様子をうかがった。
同時に、大勢の兵隊が詰めている穴はないか調べていた。それは、ボスを守っている衛士にちがいないからだ。
しかし、そういうところはなく、大きな動きも見られなかった。軍隊は、決められたことを規律正しくこなしているようだった。
「先輩、あっ、失礼しました、リゲル、ぺリスウスはどうなったのでしょうか。軍隊には緊迫した雰囲気が見うけられませんねえ」
「確かにそうだなあ。オリオンが見つけてくれたらいいのだが。それじゃ、今までの報告を、シーラじいさんにするとしようか」
リゲルは、名前がついてから、オリオンとベテルギウスを導く役割を自覚したようだ。
「海の中の海」は、敵がいないので、どんな失敗をしても危険に会うことはない。
しかし、ここでは、一瞬の判断、一瞬の行動が遅れると、助かる命も落とすことになる。
そうなれば、後悔することさえできないのだ。
失敗が許されない状況で、相手をどう制するか、少しばかりの経験でも、オリオンとベテルギウスに教えることは教えなければならない。
リゲルは、ベテルギウスの前を泳いだ。
2人が、シーラじいさんがいる洞の近くに着いた。そのとき、オリオンも帰ってきた。
「やあ、オリオン、どうだった」
「今のところはいないようだ。また調べてみるが」
3人は、シーラじいさんの洞の前で、あたりを見てから、シーラじいさんに声をかけた。
3人の報告を聞くと、「それでは、少し動いてみるか」
「どのように」リゲルは聞いた。
「兵隊を捕まえて聞いてみるしかないようじゃな」
「いよいよだな」ベテルギウスはオリオンに声をかけた。
「ただし、大勢いるところを襲っても目的は達せられない。何かの都合で、一人になった兵隊を捕まえて、どこかの穴に連れていけ」
「わかりました。すぐに実行します」
3人は、また上に向った。
捜索は、あちこちで続けられていた。どの隊も、4,5頭で構成されていたが、連携した行動をしていたので、シーラじいさんが指示した状況は見つけられそうになかった。
「こうなったら、他の部隊から遠い距離にいる部隊をやりましょうか」ベテルギウスが、リゲルに提案した。
「そうあせるな。チャンスを待つのだ」リゲルは、ベテルギウスを制した。
オリオンは、2人の話を黙って聞いていたが、その間も超音波を出して、警戒していた。
そのとき、何か感じた。念のために、もう一度その方向に、超音波を出したが、何か激しい動きが感じられた。
「リゲル、何か起こっているようです」オリオンは叫んだ。
「ペリセウスか」ベテルギウスも身構えた。
「よし、行ってみよう」リゲルは、そう言うと、もう飛びだしていた。