シーラじいさん見聞録
「それじゃ、行こう」
シーラじいさんは、大きな声で叫んだ。
オリオンとジムも、シーラじいさんに負けないほど大きな声で、「行こう、行こう」と叫んだ。
ゆっくり話をしたことで、みんな元気を取りもどしたようだ。
空には、いつものように無数の星が輝いていた。流れ星も見えた。
オリオンは、ロープをくわえて動きだした。それに連れて、黒々としたボートも進みだした。
ボートの上では、ジムが、あたりを見まわしていることだろう。
ボートの横につきながら、シーラじいさんは、そう思った。
とにかく北に向って進むのだ。ジムの仲間と会えなくても、誰かに救助してもらえる。
ジムには、何か事情がありそうだが、とりあえず国に帰ることはできるだろう。
2,3日は何も変わらなかった。
オリオンは、だんだん疲れてきた。ジムも、それがわかったのだろう。
「シーラじいさん、オリオンをやめさせてもらえないか。このままじゃオリオンの体がもたない。
ここまで来たら、自分で何とかできるから」と頼んできた。
それを聞いたオリオンは、「ぼくは大丈夫です。でも、不思議な音が聞こえます」
「えっ、どんな音だ?」シーラじいさんとジムは、同時に聞いた。
「ダッ、ダッ、ダッというような、かすかな音なんです。しかし、その音が、大きくなるかと思えば、小さくなってしまうときもあります。全く聞こえないときもあります」
シーラじいさんもジムも、耳を澄ませたが、何も聞こえない。オリオンにとっても、それは信号として感知されるだけなのだ。
「ジムを探しにきている船ならいいがな」シーラじいさんはつぶやいた。
「ぼくが知らない生き物が、食料を探しているだけかもしれませんが」オリオンは、確信が持てないといったふうに言った。
ジムは黙っていた。
「今はどうだ?」
「今は、何も感じません」
「そうか。感じるようになったら、そっちへ向おう」シーラじいさんは決断した。
「わかりました」
その後、オリオンは、「今、また音がしはじめました」と叫んだ。
「よし、おまえに任せたぞ」シーラじいさんは大きな声で言った。
オリオンは、やや東よりの方向に向った。
音は、やはり大きくなったり、小さくなったりしていたようだ。
また、全く聞こえなくなる時があり、オリオンは、泣きそうな声で、「どうしましょうか?」とシーラじいさんに聞いた。
「心配するな。いずれ、また聞こえるようになる。そのときに、そっちへ行けばいいのだ」とオリオンを励ました。
次の日、音は今まで以上に大きくなった。
オリオンは、時々、ロープの外に出て、ジャンプを何回かした。
「シーラじいさん!」オリオンは叫んだ。
「どうしたんだ?」シーラじいさんは、オリオンのそばへ近寄った。
「向こうから灯りが近づいてきます」オリオンは、興奮気味に言った。
「本当か?」
「最初星かと思っていたのですが、だんだん大きくなってきているのです」
「ジム、運が向いてきたぞ」シーラじいさんは、ジムに声をかけた。
「いや、おれにはまだ見えないが、そうならこんなうれしいことありません」
「よし、急ごう」
オリオンは、またボートを動かした。
オリオンは、またジャンプした。「かなり大きくなってきています。船にまちがいないようです」
「よし、どんどん行こう。でも、大きな船かもしれないから、ぶつからないようにしろよ」
シーラじいさんの指示を仰ぎながら、オリオンは進んだ。
「シーラじいさん、おれにも見えるようになりました」ジムも大きな声で言った。
灯りは、大きくなってきた。やがて、巨大な影も見えてきた。しかし貨物船ほどはないようだ。
灯りは、船の上にあるだけでなく、船の舳先(へさき)から、海に向っていた。しかも、それが、めまぐるしく動いていた。波を切る音もしだした。
このままでは、船が起こす波によって、ボートが転覆するかもしれないと思い、シーラじいさんは、オリオンに、急いで、左に行くように命じた。
船は、そんなにスピードは出ていなかったが、やがてボートを追いこした。
昼間のような光が海を照らしだしていた。
「オリオン、あの船の横っ腹につけろ。あの光の中に入れば、相手は気がつくだろう」
オリオンは、ぐっと力を入れ、船を追いかけた。
「ジム、もうすぐだ。近づいたら、服を振ったり、大きな声を出すんだ」
やがて、ボートは、船のすぐそばまで近づいた。
「オーい、助けてくれ」ジムは、声をかぎりに叫びつづけた。
シーラじいさんは、小さくなっていく船を見ながら、だめだったかと思った。
オリオンやジムのほうへ進んでいくと、船の灯りが、少しずつ大きくなっていくのがわかった。