シーラじいさん見聞録
シーラじいさんは、オリオンの話をさえぎり、先を急いだ。
オリオンの子供らしい興味にできるだけ答えてやりたかったが、今は、次のことにかからなければならないからだ。
つまり、早くオリオンを、家族の元に戻さなければならないのだ。
暗闇は、段々薄くなっていき、あたりの景色は影絵のように見えてきた。多くの魚がのんびり泳いでいた。
シーラじいさんとオリオンは、そのまま海面に向った。
シーラじいさんは、突然頭がくらくらし、目も開けられなくなった。水圧が急に変わっただけではない。何かとてつもないものが襲ってきたように感じた。
あわてて潜ってから、体を建てなおして、見上げたが、誰も来る様子はない。まわりを見ると、オリオンがいない。すぐに上に向うと、無数の光が、生き物のように踊っているのだった。まるで海が光でできているようだった。
空を見上げると、真っ青な空に白い雲が広がり、眩しく輝いていた。
どこかで、鳥の鳴き声が聞こえた。何という美しい風景だろう。こんな風景に包まれていれば、どんな者の心にも邪(よこし)まな考えなど浮かばないだろう。
もし浮かんでも、それを恥ずかしく思い、すぐさま忘れようとするだろう。
闇は、静謐(せいひつ)と安穏をもたらすが、光は、克己と喜悦を与えてくれるのだ。
シーラじいさんは、目をしょぼつかせて、そう考えた。
そのとき、オリオンが、何事もなかったように帰ってきた。オリオンも、満ちたりた表情をしていた。
あの戦いの前後にも、海面に来たはずだが、風景を味わう余裕などなかっただろう。
ペリセウスの国にいたことは、遠い昔のように感じられた。あいつを、ここへ連れてきていたら、どんなに喜んだことだろう。
しかし、ペルセウスには、憎悪や諦念に満ちた国を立てなおさなければならないのだ。
勇敢な青年になって、きっとそうしてくれるのにちがいない。
シーラじいさんは、オリオンに声をかけた。
「オリオン、おまえを探している家族が近くにいるかもしれない。よく見るんだよ」
オリオンは、何度も大きく飛びあがり、体を回した。
「あちこちで飛びあがっている者がいる」
「それじゃ、そっちに行こう。何かわかるかもしれない」
そのとき、「こんにちは」という声が聞こえた。
「こんにちは」オリオンも、返事をして、声の方を見ると、同い年ぐらいのイルカがオリオンを見ていた。
「1人なの?」
「いや、シーラじいさんといっしょだよ」オリオンは、シーラじいさんの方に顔を曲げた。
そのイルカの子供は、シーラじいさんを見て、驚いた顔をした。どう見ても自分の仲間ではなく、しかも、としよりの魚だったからだ。
「いや、パパやママはいないの?」
「うん、パパやママとはぐれてしまったので、シーラじいさんに探してもらっているんだ」
「それは困ったことだな」
「きみも、一人かい?」
「ちがうよ。みんなと遊んでいるんだ」
しばらくすると、4,5匹のイルカが来た。友だちのようだ。
「どうしたんだい?」
オリオンが、事情を話すと、「それじゃ、僕らの方へ来ないか」と誘ってきた。
オリオンは、シーラじいさんを見た。
「そうしなさい」シーラじいさんは、すぐに言った。
「シーラじいさんは来ないの?」
「おまえたちの足手まといになるから、ここにいるよ」
「でも・・・」
「わしは、疲れたから、ここでしばらく休みたい。家族が見つかったら、教えてくれ。挨拶をしてから、国に帰るつもりだ」
「絶対だね」
「そうだ。早く行きなさい」
「そうだよ。行こう、行こう」みんなは、オリオンを急かせた。
オリオンは、振りかえりながらついていった。
シーラじいさんは、200メートルほどもぐって、格好の岩場を見つけた。
そこで、体を休めると、空腹のはずなのに、疲れが一気に押しよせてきて身動きせずに眠った。
4,5日して、ようやく目が覚めると、キリキリという音がしているのがわかった。
あれは、オリオンが出しているのだということがすぐにわかった。