シーラじいさん見聞録
岩の外と中でお互いが必死で動いた。ただ話しあうことができないので、海面に上がって戻ってくると、岩が微妙に動いていることがよくあった。怪物が休むことなく岩に力を与えているのだ。
これはありがたいことだが、オリオンにとっては少し気をつけなければならなかった。
次のことを予測しながら若いシャチたちに力を入れる場所を指示しているのだが、怪物の力で予測以上に動いたり、別の場所が動いたりすることがあるのだ。
しかし、それは仕方がない。怪物の動きや力を頭に入れて指示を出すしかないのだ。
これは贅沢な悩みだ。怪物の力がなければここまで早く動かせないからだ。
そのおかげで穴はかなり大きくなってきた。ある日、何か出てきた。オリオンが少し入って暗闇の中をよく見た。怪物の足に違いない。
若いシャチは興奮した。「引っ張ってやろうか」誰かが言った。
「馬鹿言え。死んでしまうぞ」誰かが答えた。
「怪物は自分の体の何十分の一の穴を出入りすることができる。今は様子を見といるのだろう」オリオンが答えた。
「それにしてもこんな狭い穴から出られるのでしょうか」
「それはわからない。早く出たい一心だろうが無理ならまた自分で岩を動かそうとするだろう」案の上足を引っ込めたようだ。
翌日からさらには力を入れているのが外からもわかった。
今は怪物の動きに合わせるようになった。それによって、どの岩を動かすのか決めるようにしていた。
このままでは岩が崩れることもあるので、そうならないように、ミラに頼んで、まったく別の場所にある岩を押させることもあった。
数日後ミラが戻ってきて、「怪物が出ています!」と叫んだ。
ほんとか!みんな我先に急いだ。確かに大きなものが立っていた。
おーい。いつもは海底に近づくにつれてまわりを注意するように言われている若いシャチはそれどころではなかった。
あの形はまちがいなく怪物だ。みんな怪物にぶつかっていく。「よく出てきてくれた!」
怪物もウオー、ウオーとみんなを抱きしめた。「よくがんばった!」、「次はニンゲンの番だ」
みんなと抱き合って喜んでいるのに、怪物はその言葉を聞いていたのかふっと現実に戻ったようだった。
オリオンはそれを見逃さなかった。あいつはぼくらのことをよく分かってる。
今更ながら、言葉には気をつけなければならないと思った。
しかし、「こんな狭い穴をこんな大きな体で出入りできるのですから、ぼくらにとって千人力の見方ですね」と声をかけてきた若いシャチがいた。
オリオンは、「いや。今出てきたばかりだから、いくら大きくても疲れているよ。しばらくはぼくらだけでやろう」と答えたのであった。
ただ、これでよかったで終わるわけにはいかないので、怪物が出てきた背後の岩を見に行くことにした。
もちろんオリオンやリゲルは怪物を助ける作業の合間にも時々そこを見に行っていた。
内と外から力を加えることによって、その場所に変化がないか確認するためであった。
いい兆候かどうかはわからないが、やはり目立った変化はないようだ。
二人は、「さあ、どうしようか」とうなずきあった。
そのとき、怪物がウオーと叫んだ。みんなは怪物を見た。オリオンは何かあったのか心配になって怪物に近づいた。怪物はオリオンに何かを訴えるようだった。
オリオンは冷静に話を聞いた。しばらく聞いていたが、怪物の考えがようやく分かった。
「リゲル」オリオンは呼んだ。リゲルが近づくと、「怪物は、『すぐにでもこの穴に入ってニンゲンを探す』と言っているんだ」と話した。
「えっ、今ようやく出てきたばかりじゃないか」
「そうなんだ。ぼくはしばらく休めと言ったんだが、すぐにでも入ると言っている。どうしようか」
「入ってくれたらありがたいが」
「そうだなあ。もし行き止まりになっていたら、すぐに戻るように念を押してから頼もうか」
オリオンはゆっくり話した。怪物はウオーと答えた。そして、穴に入っていった。