シーラじいさん見聞録

   

そのとき、すぐ上で、ドーンと何かがぶつかった音がした。割れた岩のかけらがぱらぱらと落ちてきた。
さらに地響きのような音は続いた。サメどもが攻撃を開始したようだ。
よほど腹が減っていると見える。仲間を呼んでも、十分な分け前があると踏んだようだ。確かに、わしののろまな動きは、もってうまれたものだが、その上、胸鰭(むねびれ)がないために、さらに滑稽なほどのろくて、今にも腹を見せて死んでしまうようだと判断したのだろう。
今自分がいるのは岩と岩の間の狭い根っこなので、あいつらもここまで入りこんではこれまいが、近くの岩の間にいるオリオンは、動きまわらなければいけないので、ここよりかなり広い場所にいるはずだ。
そうすると、体の柔らかいあいつらのことだ、その隙間に入ることに気がついたらやっかいだ。シーラじいさんは、そう案じた。
ときおりカリカリという音が聞こえている。オリオンは、あたりを偵察しているようだ。
「おーい、オリオン」岩にぶつかる音の音の間に、シーラじいさんは呼びかけた。
「シーラじいさん、ぼくは、ここにいますよ」オリオンは、元気な声で答えた。
声からは心配なさそうだ。
「おまえは、動いていなければならないのだけど、そこは苦しくないのか?」
「大丈夫ですよ。ここは洞窟のようになっていて、あいつらは入ってこられないと思います。しかも、かなり広いので、体をずっと動かすことができます」
「わかった。でも、すぐにここを抜けだすことを考えなくっちゃな」
「シーラじいさん、何か妙なものが近づいてきているんです」少し間があったが、オリオンは早口で言った。
カリカリという強い音が響いた。
「どんなものだ?」
「なにか長いもので、くねくねとこちらに向かってきます。それに、ちいさなものがのそのそと歩いてきます」
「ははあ、そいつらは、死肉あさりのヌタウナギとオオグソクムシだろう。こんなところにもいるのか」
「そんなに危険なものには思えません」
「そうだ。そいつらは、どこからともなくやってきて、死肉に群がって、口や肛門から入りこんで、肉をすっかり食いつくすやつらだ」
「ぼくの近くまでやってきました」
「どうやらおまえはだいぶやれているようだな。わしは、どうなってもいいが、おまえはまだ子供だ。まだ未来がある。なんとか助けたい」
「ぼくは、どこもやられていないようですが」
「わしが、あいつらに向っていくから、おまえは、その間に逃げろ。後で会おうじゃないか」
また、ドーンという音がすぐ近くで響いた。
「シーラじいさん、やつらは、血のにおいに敏感だと言っていましたね」オリオンは、シーラじいさんの提案には答えないで、別のことを聞いて来た。
「そうだ。それで、仲間もすぐに集まるのだろう」すぐにも飛びだそうとしていたシーラじいさんは、オリオンに答えた。
「それなら、今近づいてきているものの血を嗅がせましょう」
「どういうことだ?」
「こいつらの血を嗅いで寄ってくる間に逃げましょう」
「しかし、そいつらは一筋縄にはいかないぞ」そう言ったとたん、うわっーという叫び声が聞こえた。
シーラじいさんは、あわててオリオンのいる岩の間に駆けつけた。
「オリオン、どうしたんだ?」
「噛みつこうとしたら、気持ちの悪いものがでてきました」
「そうだろう。そいつらは攻撃されると、ヌタというものを出して、敵の動きを封じこめるのだ」
オリオンは、呆然自失したように見えた。
しかし、オリオンをこれ以上ここにおいておけないので、シーラじいさんは、オリオンが考えた作戦を進めることにした。
岩の間を出て、サメが来ないか用心しながら、小さな魚がいないか探しまわった。ようやく海底に潜む魚を捕まえた。
それをくわえて、オリオンがいる洞窟にもどった。
「オリオン、こいつの血で、すぐにあいつらが来るから、すぐに逃げよう」
「わかりました」
「急げ」
案の定、何かが近づいてくる気配がした。
シーラじいさんとオリオンは、そこを出て、まず反対側に回った。
そして、なるべく察知されないように岩の根元を進んだ。海山が終ったとき、すぐに「海の終わり」に向った。

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