木登り

   

「今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(178)
「木登り」
昔のことです。そうですね、今から150年以上前の話です。
その村は海の近くにありますが、背後は山に囲まれています。村人は半農半魚で生活をしています。
子供たちは学校から帰ると親の仕事を手伝いますが、それが終われば村の真ん中にあるお宮さんと呼んでいる神社で遊びます。
お宮さんの内外には木がいっぱいありました。特に銀杏の木は大きくどこからでも見ることができました。
ちょうど今は秋で銀杏の実が雨のように落ちてきます。それはとても臭いのですが、それを持ってかえると親は喜ぶので子供たちは競って拾いました。
そして、黄色の葉っぱが絶え間なく落ちてきます。大木ですので、それは大変な量です。
それを山のように集めて遊ぶのです。その中で相撲を取れば、体はすぐに温かくなります。
いつものように夢中で遊んでいたのですが、誰かが、鳥が鳴きながら山に帰るのを見て心細くなってきたのか、「暗くなって来たのでわしらも帰ろう」と声をかけました。
みんなも賛成しました。もう少しすれば一気に暗くなるのをみんな分かっていたからです。
そのとき、誰かが「あっ!」と叫びました。みんながその子供を見ると、「あれっ!」と空を指しました。
銀杏の木から黒いものが落ちてきます。くるくる回っているようにも見えます。みんなは慌てて木から離れました。その間にその黒いものはぐんぐん落ちてきました。
そして、葉っぱの山のすぐそばに落ちました。しかし、ドスンという音ではなく、タンという音がしました。
みんなは慌ててそこに集まりました。その黒いものは立っています。雷の子かと思って見ました。しかし、着物を着ています。どうも人間のようです。しかも、4,5才の女の子です。
「木に登っていたのか?」と誰かが思い切って聞きました。その子はえへへと笑うだけでした。
「大丈夫かいのう」と声をかけました。その子は、今度もえへへと笑うだけでした。
「分かった!」と誰かが叫びました。別の誰かが、「何が?」と聞きました。
「こいつは、松じじいとこの娘じゃ!」と叫びました。
みんなその子に近づきました。「そうじゃ。こいつは唖(おし)で白痴の子じゃ。あれが近づいてきたら、病気がうつるから逃げるようにおかあに言われとる」とか「親がじじいだからあんな子供が生まれたと大人が言うとる」とかいう子供もいました。
しかし、「このことは親には言わないことにしよう」と決めました。親や学校の先生も、村で一番高いところ落ちて笑っていたということなど信用しないだろうし、それどころか、そんな呆けたことを言うのは、暗くなるまで遊んでいるからで今後お宮さんで遊ぶことはならぬと止められるかもしれないからです。
そういうことで、大人には一言も言いませんでしたが、松じじいの家の近くに行ってはあの子が今どうしているか調べてくる子供がいました。
その子はたいがい庭で一人遊んでいました。どこもけがをしているようには見えません。
子供たちは次第にそのことは忘れていきましたが、大人の間で山の木から何か落ちてきたがすぐにどこかに隠れたという噂が広がるようになりました。
「天狗じゃ」、「いや。そんなものはいない。サルの見間違いじゃ」と意見が別れました。
実際に見た者は、「着物を着ていた。4,5才の女の子じゃった」と言いましたが、
「おまえも耄碌(もうろく)したな」と言われる始末です。
言われたほうは面白くないので、もう何も言わなくなりました。
それから2ヶ月後の早朝、大きな地震が起きました。村人は慌てて家を飛び出しました。
ほとんどの家が潰れてしまいましたが、みんな朝早く起きるので、死んだ者はいませんでした。
みんなお宮さんに集まりました。銀杏の木の近くで火を焚いて様子を見ることにしました。
そのとき、「おっ!」という声が上がりました。「どうした?」と聞くと、なんと木の上から何か落ちてきました。
みんな逃げましたが、落ちてきたものを見ると女の子です。みんな、何が起きたのかわかりません。
様子を見ていると、お宮さんの向こうを指してウー、ウーと指差します。
みんなあっけに取られましたが、中には、ワハハと笑うものがいます。「こいつは阿呆の子供じゃ。地震でもっといかれたようじゃ」
そのとき、外から「津波じゃ、津波じゃ」と叫びながら走ってくる者がいました。
みんな海から反対のほうに逃げようとしましたが、その女の子は、みんなの前に立ちはだかり、海に反対ではなく、直角の方角に逃げるように指差しました。
そちらに逃げる村人は少しいました。確かにそちらに高い丘があったのです。
ドドッという音がしたかと思うと海が押しよせてきました。そして、反対に逃げた者はすべて津波に飲まれました。
なんとか生き残った者は女の子の家に魚や野菜を届けるようになりました。
松じじいは、「お前さんたちも困っている。こんなことをしてもらわなくてもいい。ただ、わしの娘は得意なことをしただけじゃ。もしよければ一緒に遊んでくれるだけででええ。それと名前を呼んでくれるかな。名前はおよしじゃ」
それから、およしは木登りを教えたりして、みんなと一緒に遊ぶようになりました。ただ、高い枝から飛び降りるのは男の子でも怖がりましたが。

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