失踪(5)

   

「今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(180)
「失踪」(5)
おばあさんの顔が見えた。上品そうだが薄暗くて何才ぐらいなのかはわからない。
はっきり見えても、おばあさんがいない少年にとって難しいだろう。
おばあさんは相手が少年だと分かってびっくりした表情になった。少し間をおいて、「あら。どうしたの?」と聞いた。
「ぼくの父のことで話があります」と言った。
「はい?」少し困ったようだった。
「父が帰ってこないのですが、行方不明になった日にこちらの方と飲み屋で偶然に会ったようだということを聞いたので、何かご存知ないかと思って伺いました」少年は一気に用件を話した。
「それは娘のことでしょうか?」
「多分そうだと思います」
おばあさんは少し躊躇したが、「とにかくお入りなさい」と言った。
「失礼します」少年はすぐに答えたが、何気なく誰かに見られていないか背後を確認した。
薄暗い玄関に入ると花の匂いがした。「どうぞ」おばあさんはスリッパを勧めた。
すぐ右側が応接間になっていた。ドアを開けると眩しいぐらい明るかった。
どこかにいる鳥が羽をばたばたさせて鳴いた。それがおさまると部屋は静かになった。
ドアが開いておばあさんが入ってきた。そして、テーブルにコーヒーカップを2つ置いた。
そして、「あら、お聞きしてなかったわ。コーヒーは大丈夫?」と聞いた。
少年は、頭を下げて「いただきます」と言った。
おばあさんは、「それはよかった」と答えて、少年の前にすわった。
少年は、「今日は突然失礼します」と改めて挨拶した。
「それはご丁寧に」おばあさんは笑顔でお答えた。「それじゃ、あなたのご用件をお話してください」と言った。
少年は話した。おばあさんの顔の表情がどんどん変わっていった。
聞き終わると、「お辛いことね」とぽつんといった。
「私の娘も行方不明です。学校から問い合わせが来ましたが、その前日から家に帰って来ません。多分あなたのお父さんがいなくなってから、10日も違わないと思います」
少年はどう答えたらいいのかわからないのでうなずくしかなかった。
「私も警察に相談して捜索願を出しているのですが、全く連絡がありませんでした」少年は思わず身を乗りだした。
「そうです。2年前に娘から突然連絡がありました」
「よかったですね」
「年に数回連絡はあるのですが、今どこにいるのか何をしているのかまったく教えてくれません。
そのことを警察に言うとそれなら心配ないと言って、それ以上捜査してくれないようです」
「でも、どうして帰ってこられないのですか?」
「外国にいるそうです」
「どこですか?」
「それが言わないのです。何回も聞いたのに今は言えない。必ず帰るからと言うばかりです。もう4年経ちました」
「あのう、そこに父はいますか?」
「それはわかりません。あなたのお父さんのことは今聞いたばかりですから。
でも、今度かかってきたら必ず聞きますよ」
「決まったときにかかってくるのですか?」
「いいえ。でも、3,4か月に1回ぐらいです。もうそのくらい立っていますから、もうそろそろとは思っています。
今度かかってきたら、私は病気でもう長いこと生きられそうにないから、すぐに帰るように言うつもりでした。そのときに、あなたのお父様のことも聞きます」
「それにしてもなぜ外国におられるのでしょうか?」
「それについては何十回と聞いたのですが、具体的なことは言ってくれません。
日本に飽きたとか、今やっている仕事があって抜けられないとか答えます。
あの子も40を越しているのにいつまでもこんなことをしていると、取り返しのつかないことになるのではないかと心配しています」
少年が黙って聞いていると、おばあさんは、「あなたの家も大変だったでしょう。お父様から連絡はないのですか?」
「はい。何も」
「あなたのお父様と私の娘が同じ場所にいたらいいですね」
「そう思います」
「私の娘があなたのお父様を誘ったのならお許しください。他の人を巻き込むようなことをするなんて何を考えているのやら」
「まだわかりません」
「近々連絡があると思いますので、少し待ってくれませんか」おばあさんは少年に頭を下げた。
少年は、「今日はありがとうございました」と言って同じように頭を下げた。
最後に少年は連絡先を言って家を出た。

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