失踪(2)
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(169)
「失踪」(2)
「藤本さん、ここにすわって」ママは、まだ客が来ていないのでカウンターの横のテーブルに案内した。そして、二人が椅子にすわったので、「それで何を見たの?」と聞いた。
「50ぐらいの人だったかな。短髪で眼鏡をかけていた」
「そうそう」
「その人はここにすわっていた」とカウンターの奥の席を指さした。
奥といっても店は狭いので、出入り口から7,8メートルしか離れていなかった。
「そうだったわね」ママはそう言うと、森は「左側に女性がいた」と続けた。
「間違いないわ」
「言いにくいが、その女性はきみのお母さんじゃないのだろう?」森は少し言いにくそうに聞いた。
「そうです」少年はすぐに答えた。
森はなぜかうなずいて、また話しはじめた。「ぼくと山田と長谷川の3人はちょうどこのテーブルにいて話をしていたので、注文するとき以外はカウンターの方はあまり見なかった。
でも、あっという女性の声がしたので、カウンターの方を見ると、ちょうどきみのお父さんと女性が帰ろうと立ち上がったときだった」
「それで?」ママは身を乗り出した。主人と若い従業員も料理をしながらもじっと聞いているようだった。
「その声はきみのお父さんの顔を見た女性の声だった」
「お客さん?」
「そうだよ。ここで飲んでいた」そこもカウンター席で出入り口から一番近い席だった。カウンターは厨房を囲んでいて、その直角に曲がっている席だった。
その女性はきみのお父さんとハイタッチしたんだ。そして、『街中で会えるんじゃないかと思っていたのに、こんなところで会えるなんて!』と言っていたな。
「それで?」
「お父さんはハイタッチをするとすぐに出入り口に向かった。早く出ていきたいような雰囲気だった。支払いは連れの女性がしていた。
ハイタッチした女性はまだお父さんの背中に向かって何か言っていたな。
お父さんは戸を開けながら、『まだ生きているよ』と何とか答えたような気がする。後ろ向きだから、聞き取りにくかったけど」
「覚えていないわ。私たちはいなかったの?」
「直前までいたのじゃないのかな。しかし、ママは奥から誰かが呼んだのでそっちに行ったような気がする」
「ぼくも覚えていないけど、ぼくはいましたか?」主人が聞いた。
「もちろんいたような気がするが、注文で忙しかったんでしょうね」
「それじゃ、その女の人って?」
「ぼくは2,3回見ましたよ。何かの話をしたような気もする」
「ほんと!」
「いつも3,4人の女性で来る人」
「何組もいるわよ」
「顔はおぼえているけど」
「その後どうなったの?」
「それからは記憶にないんだ。その女性に聞くしかないなあ」
「私たちはそんなことを覚えていなから、警察にはわからないと言うしかなかったのよ」
「でも、どうして彼のお父さんがこの店を出てから行方不明になってことが分ったです?」
「警察の話では、多分連れの女性が連絡したそうですよ」ママは少年の方をちらっと見て言った。
「そうですか」森もママの意を汲んでそのことはそれ以上言わなかった。
「森さん、それならなぜもっと早くそれを言わなかったの?」
「当時友だちがここで何かあったらしいぞと言っていたので、ここに来るのを少し遠慮していましてね」
「そう言えば、長い間来なかったものね。どうしたのかなと話していたことを思い出したわ。今年になってよく来てくれるようになったけど」
主人もうなずいて、「それなのに、どうしてこの少年のことで急に興奮したんだい?」と聞いた。
「うーん。そうですね。うまく説明できないのですが、何か心に引っかかるものがあったのですかね。
あのときのことを思い出すと、自分以外にもそこにいた者はいたから、誰か話しているだろうと考えるようにしていました。
2年ほど立って、早くここへ来たいと思っていましたよ。刺身の盛り合わせ、野菜の天ぷらは夢に出てきましたからね」
「うちへ来るようになっても、そんなことまったく言わなかったね」
「何か店に迷惑をかけるかもしれないと思ったんですかね」森はそう表現した。
それから、少年を見てから、「彼には申しわけないけど、4,5年前のことならすでに終わっていると思っていたんでね」と言った。
「確かあなたは高橋というお名前ですよね」ママが少年に聞いた。
「そうです。ぼくは高橋明で、父は高橋進です」そのとき戸が開いた。