「ハンバーグ大学高熱教室」(1)

      2018/01/15

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~

「ハンバーグ大学高熱教室」(1)
身過ぎ世過ぎは、社会的立場がちがっても、みんなたいへんや(赤っ恥も辛抱せんとあかん)。
特に自分の状況が急に変わるとうろたえるもんや。東電の社長が、行きたくもない避難所で、「清水!土下座して謝れ」とどなられている(ぼくも、あちこちでどなられたうえに、銀行からの借金を自分の金で返したけど、あいつらは自分の金は一銭も返さんでええ、しかも、年収は2000万、3000万と保証されているもんなと狭い了見で見ている)。
ところで、親父ギャグゆうのがあるやろ。何か「寄りあい」があると、「遅れてすんません。車道を走ってきましたわ。車道ボクシング!てへっ」などとゆいながら入ってくるおっさんがいるけど、親父ギャグも、身過ぎ世過ぎの道具の一つや。
本人は、案外「緊張しい」やのに、「出たがり」のとこもある。それで、手っとりばやく注目されるためには親父ギャグを使うのや。
その親父ギャグの中でちょっとランクが高いのに、「健康は命より大事」ゆうのがあるけど、最近のことを見ていると、「しゃれにならんで」と思うようになった。
納豆、バナナ、アボカドがええと聞くと、「ばっかり食い」をするもんがいる。見てくれがよくなるし、ついでに健康にもなるという腹積りやろけど、そうは問屋が許さん(たいがいのもんは、それプラスいつものもんを食べるようになるので健康やけど、意思が固いもんは命にかかわることになる)。
ところで、健康的な生活をするためには、電気が不可欠やけど、これは困ったことになったな。
米軍基地、焼却炉、葬祭場、暴力団事務所などは、「ばば抜き」の対象やけど、原発はその比やない(中国やロシアも早う止めろとゆうているし、今日のテレビでは、鹿児島の「ぶり」も、風評で売れなくなっているようや)。
せやけど、自民党の一部では、原発事故が起きても、転変地異では補償しなくてもいいと法律で決まっているし、原発がないと日本はどうなるんやと、原発を推進していくんやと(「安全なら東京のお台場に作れ」とゆう意見が昔からあったが、管首相が、浜岡原発の稼動中止を要請したのは、浜岡原発がメルトダウンを起こすと、東京は人が住めなくなるからやろ。そうなれば、井戸兵庫県知事が、「関西にチャンス」と喜ぶやろけど)。
原発は、中曽根なんかによって国策事業として進められてきたが、今後どうするかは議論せんとあかん。
そこで、「ハーバード白熱教室」で有名なサンデル教授を呼ぼうとしたんやけど、返事がないので、別の教授に連絡した。
ドイツのハンバーグ大学のアンデル教授や。早速、「ハンバーグ大学高熱教室」をはじめるで。
「フムト・アンデルです。わたしは文明に懐疑的です。時間があれば、フランスの貸し農園でモンペトクワをやって、文明について考えています。百姓です。偶然、日本の親父ギャグに似ています。それも古いやつに。
さて、日本が今後どの道を進んでいくか、日本人が議論をしなければならなのですが、日本人は議論が苦手と聞いています。
議論に負けると、自分の人格まで破壊されたように思って、感情的になるようです。
議論に勝とうとする人は、自分の都合のいいようにテーゼを出します。そして、二者択一に持ちこもうとします。
日本の産業のために、原発がいるかどうか、というように(「日本の将来のために」とは言いません)。そして、他の選択肢を提案する者は認めません。
議論に勝つためには、その土俵に上がらないようすること(今、相撲取りは土俵に上がりたくても上がれないようですが)と、世界で主流でないもの、あるいは、まだ研究のものまでも、選択肢に入れて議論していくのです。
日本には、木を見て森を見ずということわざがありますが、相手は、木のみを見せようとしますので、それに乗らないでください。そこのきみ、きみは原発をどう考えるかね」

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