シーラじいさん見聞録

   

シーラじいさんは、「リゲルたちは、久しぶりに戻ってきた仲間のことを大事にしていることがよくわかった。だから、オリオンがどうしてまた監禁されることを選ぶのかわからないのは当然じゃ。
ほんとはオリオンも自由な海に戻って、昔のように仲間といることを望んでいると思う。しかし、そうしようと思えば、明日からできるはずなのに、別の道を選ぼうとしている。
オリオンはすぐには語りつくせないほどの経験をしてきているのは誰の目にも明らかじゃ。そこを、ゆっくり話を聞いてから、なぜそのような判断をしたのか考えてやってくれ」
オリオンはみんなを見た。そして話しはじめた。「みんなぼくのことを心配してくれてありがとう。確かに狭い場所にいると、心も体も辛いときがある。そんなときは、みんなと思いっきり泳いでいることを思いだすんだ。
それに、シーラじいさんの手紙も、カモメ、アントニス、マイク、ジョンとつながっているから、すぐに知ることができる。
多分一人ぼっちのままそんなところに閉じこめられていたなら、ぼくは死んでいただろう。しかし、海、空、陸に仲間がいるから、元気でいられる。
仲間というものはどれほど大事なものか身をもってわかった。それで、ぼくもいつかは仲間の役に立ちたいと考えている。
その仲間であるベンが、ぼくの希望を叶えるために、船での任務を志願してくれた。しかし、こんなことになってしまった。
ぼくがベンに頼まなかったらこんなことにならなかったかもしれないと思うと辛い。
ベンは、ぼくを海に戻すとき、これからどうするかはきみの自由だと言ってくれた。
マイクから聞いたが、今は混乱しているが、ぼくがサウサウストンの研究所にいないことわかったら自分がその責任を取るつもりだったんだ。
しかし、まだ断定できないようだけど、もし亡くなっていたら、永遠に罪を被らなければならない。
ぼくが生存していることがわかれば、イギリスはいつでもぼくをとりもどすこともできるだろう。
また、事態が悪化すればぼくの存在などは忘れられるだろうが、もしアムンセン教授がぼくを信頼してくれて海底にいるニンゲンを助けるプロジェクトが企画してくれたら、事態は変わるかもしれない。もちろん、ニンゲンを助けることができたらだが。
しかし、そうなっても、ニンゲンが絶滅するかどうかの瀬戸際を回避できるのかという疑問はある。ベンは、ニンゲンは絶滅するよ。だからその前にきみを海に戻しておくと冗談のようなことをよく言っていたが、トロムソ大学のアムンセン教授に任せるのが一番安心だとも言っていた。
だから、仲間であるベンがほんとはどう考えていたのか。トロムソからここへ来るまでそれをずっと考えていた。
ニンゲンの世界では、長い間憎悪が次の憎悪を生むことが続いているので、何もしないのなら、いや、ニンゲンはしているつもりだろうが、ほとんどのニンゲンは聞く耳を持たないので、いずれ最後のボタンを押す者が出てくるだろう。
今、何十年も海底にいたニンゲンが生存して救助されたらどうだろうか。敵に照準を当てていたニンゲンは、とりあえずそのニンゲンを見るだろう。そし、話を聞こうとするだろう。ミラやリゲル、ぼくが見た光景を話すはずだ。まさか。そんなことがあるわけがないと一笑にふすかもしれない。手にはあの光り輝く石を握っていたとしても。いずれその石は調べられだろうし、海にいるぼくらがしたことも話してくれるだろう。
そうしたら、ニンゲンは自分たちのことを考えざるをえなくなるだろう。自信を取りもどし、どんなことも遅くはないと気がついてくれるだろう。
ベンはそう考えていたはずだと思うようになった。しかし、自分たちの都合でぼくを閉じこめておくのは気の毒だと思い、自分の独断でぼくを海に戻してくれたのだ。
今の事態を考えたら、できるだけ早く動かなければならないと思う。それがベンに応えることだ。
今頃、マイクやジョンはアムンセン教授と会っているはずだ。ぼくさえトロムソに行けば、事態は大きく進む。みんなには申しわけないが、もう少しわがままを許してくれないだろうか」
みんなオリオンの話にうなずいた。「それじゃ、カモメに手紙を持っていってもらうことにするよ。それでいいですか、シーラじいさん?」リゲルが静かに言った。
「みんなオリオンをよく理解してくれたな。感謝する。オリオン、みんなの思いを忘れずにな」
「わかりました。シーラじいさん、それじゃ行ってきます」オリオンは、北極海の3頭のクジラとともに北に向かった。

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