シーラじいさん見聞録
最初、リゲルとミラだけが深海まで行く訓練をする予定だったが、シリウスや若いものも教えてほしいと言いだした。
ニンゲンがいる海底は2000メートル近い深度があったはずだ。ミラはクジラなので、なんとか行けるが、シャチのリゲルはかなり訓練をしても、体調が悪いとそこまで行くことができなかった。意識が遠のくのを感じながらでも成功したのはオリオンがいたからこそだ。
オリオンはイルカではあるのにそこまで行くことができたのは稀有の体力と不断の訓練のたまものの成果であるが、何より自分への期待に応えたいという思いがさらに力になったのであろう。
オリオンがいつそこに行くことになるのかわからないのだから,体調が悪いから行けなかったでは許されない。だからいつでも行けるように訓練をしなければならない。
リゲルは、それがわかっているから、同じシャチやイルカに過度な訓練をしなかった。
逆にそれが、シリウスたちを奮い立たせることになった。オリオンと同じイルカであるシリウスはインド洋にいるときにはあまり潜ることができなかった。深く潜るにつれ、暗闇の中から何か巨大なもの、そう、クラーケンのようなものがあらわれて体を押さえつけるような感覚に捕えられたのだった。
それで、オリオンは特別だが、自分は同じ仲間ぐらいの深さまでは潜ることができるのだと一人納得していた。
しかし、後輩が増えるにつれて、オリオンの話もよく出るようになった。シーラじいさんやリゲルでも、オリオンとシリウスを比較するようなことは言わなかったが、それが、シ自分について考えるきっかけになっていた。オリオンはオリオン。自分は自分でいいのだろうか。そのオリオンが苦しんでいるのだ。しかも、オリオンがいないと、おれたちの夢がかなわないだ。
そういう葛藤から自分を見なおすようになった。そして、オリオンがいないときは、少しでもリゲルを助けたいと考えてリゲルに何か手伝うことはないかと話すようになった。「大した役には立ちませんが、何でも言ってください」
リゲルは、自覚が出てきたシリウスを認め、常に若い者をまとめさせた。そして、今回の訓練である。
シリウスは、リゲルとミラに頼んで、深く潜ることを教えてほしいと頼んだ。二人は喜んで教えたが、300メートルを超すことはなかなかできなかった。
リゲルも久しぶりだったので、1000メートルも潜れなかった。それで、二人は、教える、教えられるという立場を止めて、協力しながら成果を出していった。
それを見ていた若いものも自分たちもと言いだしたのである。
若い者の中には、無理をするので、目をむいて浮かんでくるものもいたので、リゲルは、これ以上は潜るなというリミットを設ける始末であった。
やがて、全員恐るべき上達を見せた。シリウスは、「おまえには勝てない」リゲルが感心するほどになったのだ。若いものにも、1000メートルに達するものが出てきた。
一通り訓練が終わったとき、アントニスから手紙が届いた。みんな、訓練をしながらも、手紙をくわえたカモメが来ないか気になっていたので、それに気づいたリゲルたちは訓練を中止してカモメを追った。
ベラがシーラじいさんを呼びにいった。その間、「北極海のほうにしてもらえないかと頼んだ返事にちがいない」、「もちろん。でも、向こうは敵味方が集まっているそうだから、そんな余裕があるかな」
シーラじいさんとベラが上がってきた。カモメが手紙を広げた。全員シーラじいさんのまわりに集まっていた。
ベラが手紙の内容を話した。ベンはみんなの希望がわかったので、北極海に面した国を当たっていると書いていた。ただし、この状況なので、動物についてはどうしても後回しされるので、少し待ってほしいとのことだった。
しかし、同盟国のどこかが受け入れてくれたら、マイクとジョンを必ず同行させるつもりだから安心してほしいとつけくわえたそうだ。
アントニスたちも、場所が決まれば、すぐに今のホテルを引き払い、そこに移るそうだ。
「すごいぞ。ベンがおれたちのことを理解してくれたんだ!」ペルセウスが叫んだ。
「事態が複雑になればなるほど、大勢の仲間で助けあわないと解決は不可能だ。それが動きはじめたのだ」リゲルも興奮して言った。
オリオンは水槽でゆっくり泳いでいた。一日一回は、マイクとジョンが戸外の水槽に出してくれるので、それがとても楽しみだった。
オリオンを研究していた生物学者や軍人は、核兵器が使われてから、それぞれの職場に帰っていった。
今は、マイクやジョンなど、海洋生物研究所の元々のスタッフ5,6人が、オリオンやその他のシャチやイルカの世話をしていた。
マイクやジョンとアントニスたちは毎日電話連絡をしていたので、監視していたカモメや小鳥たちはいなくなった。
昔のように穏やかな生活が続いていた。しかし、世界の状況やシーラじいさんたちのことは、すべて知っていた。二人がどんなことでも教えてくれるからだ。
ニンゲンの世界は混乱をきわめていたので、海底にいるニンゲンを助けるというプロジェクトが止ったが、それをマイクが説明し、「ようやくきみの力を必要だったのに」と謝ったが、オリオンは、「ぼくのことは気にしないでください。最悪の状況にならないように祈っています」と答えた。
「そういってもらうと返す言葉がないよ。きみには心配ばかりかけるね」というばかりだった。
「いや、ぼくには心配も不安もありませんよ。みんながぼくの進む場所を作ってくるるので、そこに行くだけですから」
二人は、オリオンを命がけで守ろうと考えた。