シーラじいさん見聞録

   

シャチはいつもリゲルたちと少し離れた場所にいた。リゲルたちに気を使わせないようにそうしていたのだろうが、リゲルたちにとっても、そのシャチについて忌憚のない話をすることができたし、作戦を取りまとめるのにも好都合だった。
リゲルは一人でシャチに会いにいった。「おまえはすごいな。同じシャチだけど尊敬するよ。相手はまったく疑わないのは、よほどおまえの肝がすわっている証拠だ」リゲルは、ほんとにそう思っていった。
「いや、小隊長が何か言わないかずっとひやひやしていました。もしおれが動揺すれば、この作戦は終わりですから。それで、隊長がほんとにおれに命令したのだと自分に言い聞かせていました」そのシャチも正直に自分のことを言った。
「なるほど。おれにも勉強になった。ところで、おまえのおかげでここはしばらく静かになった。それで、一度みんなが待っているところに戻ろうと思うんだけど、どうだろう?」
「それはいい考えですね。みんなが、いつもシーラじいさんやオリオンのことを話しているので、おれのことで帰れないのだと気になっていたんですよ」
「いやいや、おまえがいてくれたおかげで、早く事態が動いたのだ。おまえがいなければ、まだ時間がかかっただろう」
「それはともかく、今がチャンスかもしれません。しばらくはここは何事もないでしょうから」
「そう言ってくれてありがたい。それじゃ、おれたちは一度勝手をしようと思うけど、若いクジラを見ておいてくれるか」
「もちろんです。みんな若いだけあって、どんなことにもがむしゃらに向かっていきますので心強いです。それにみんな仲がいいですから」
「それはおれも認める。それが逆に出ると共倒れになってしまうので気をつけてやらなくてはならない」
「そうですね」
「それで、ひょっとしてクラーケンの仲間がまだ残っているかもしれないので、もしそいつらに遭遇したら、すぐに逃げるように指示してほしいんだ」
「わかりました。いずれあの若い連中がここを守らなければなりませんものね」
「それじゃ任せておく。おれたちは、戻るための作戦をまとめてからここを出る」リゲルはそう言って、シャチの元を離れた。
そして、ペルセウスたちに、「あいつに任せておけば心配ない。おれたちの考えを理解してくれている。それでは明日ここを出よう」と言った。
ペルセウスたちは、若いクジラがいたためか、体中で喜びを表すことはせず、深くうなずくだけだった。それから、若いクジラに話をしたり、ここでの思い出に花を咲かせた。
その翌朝早く、カモメが下りてきて、「あいつがやられているぞ」と叫んだ。
「あいつ?」リゲルが聞いた。「あいつだだよ!あのシャチだ」
「えっ、どうしたんだ?」
「4,5頭のシャチに襲われている」
「わかりました。すぐ行きます」リゲルたちは、カモメの後を追った。
30分ほどすると、白い世界に黒いものが浮いているのが見えた。近づくにつれて、何か浮いている。「血だ!」誰かが叫んだ。
やはりあのシャチだ。かなりけがをしている。「どうした!大丈夫か」リゲルは叫んだ。
しかし、最初はまったく動かず、返事もしなかったが、リゲルが体に触れて動かしていると、少し気がついて目を開けた。
そして、「ああ、みんな来てくれたのか」というように口を開いた。しばらく意識がはっきりしなかったが、ようやく目に輝きが戻ってきた。
「誰にやられた?」リゲルは聞いた。
「ここを回っているとき、あいつらが5,6頭で近づいた。そして、『やっと見つけたぞ』と言ったので、『何か用か』と聞いたが、『おまえの企みは分かっているからな』と叫んだような気がする。それから、襲ってきたので無我夢中で戦ったが、それから思いだせない」
「やはり残っていたのだな」
「でも、ボスはここを出たはずだから、最後の連中だと思う」
「そうだったか。また話は後で聞こう。みんなで運ぶ」
「いや、待ってくれ。どこにも行かない」と大きな声で言った。
「しかし、死んでしまうぞ!」リゲルが叫んだ。
「やることはやった。ただ、若い連中の面倒を見てくれと頼まれていたのに、約束を果たせないのが残念だ。でも、おれがいなくても心配ないと思う。
そして、みんなは、早くシーラじいさんがいる場所に戻ってくれ。そして、みんなでオリオンを取りもどすんだ。そうしなければ世界は平和にならない」
リゲルは冷静に話した。「今手当をすれば、以前のように治るかもしれないぞ」
「いや、ここにいる。きみらと知りあいになってよかったよ。ほんとはきみらについていって、シーラじいさんに会いたかった。そして、オリオンを助けたかった」
「元気になったらできるじゃないか」
「いや、もう無理だ。自分でわかる。でも、できることはしたつもりだから満足だ。これで、あいつらも当分来ないだろう。早く戻ってくれ。そして、大事な作戦にとりかかるんだ」
「おまえの思いはわかった。おれたちもおまえに出会って幸運だった。おもえのことは絶対忘れない。どんなことがあっておまえとともにオリオンを助ける。それじゃ、また会おう」リゲルは最後の言葉をかけた。ペルセウスやシリウスたちも泣きながら、別れを告げた。
「それじゃ、行こう」リゲルはみんなを促した。みんなはゆっくりその場を離れた。
そして、「いいやつだった」、「心からおれたちのことを信頼してくれていたんだ」、「やつは若いクジラの大きな支えになるだろう」と話しあった。
リゲルは、心配そうに待っていた5頭の若いクジラに、今のことを話した。
全員ショックを受けたが、1頭が、「残った者がここを守ります」と言った。
「頼むぞ。向こうでも、ここの情報は集まる。もし何かあれば必ず来るから」リゲルはそう声をかけて、北極海を南に急いだ。

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