別のクリスマスキャロル

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(109)
「別のクリスマスキャロル」
遠くで教会の鐘が午後9時を知らせていました。その老人は、いつもならそれが鳴るまでに寝てしまっているのですが、今日は寒さが強く、薄い毛布1枚ですので、眠るどころではありませんでした。
体ががたがた震えて、それに合わせてベッドや窓ガラスもがたがた震えています。
もう何十年もストーブは冷えったままだし、食べるものも、近くのレストランからもらってきたパンの耳とわずかな野菜しかありません。
「まあ、今日はクリスマスだから、明日になれば残りものの料理もいつも以上にあるかもしれん。それを楽しみに眠ろう」と独り言を言いながら、体を丸めて眠ろうとしました。
しかし、寒さはひどくなるばかりです。すると、頭の中に昔のことが浮かんできました。「もう70年前のことか。ママは敬虔なクリスチャンだったから、教会に行った後は、すばらしい料理を作ってくれたものだ。豪華ではないが、日頃食べたことのないものが、テーブルに所狭しと並んだ。
金持ちの家の友人も羨ましかったと見えて、わしの家でクリスマスを迎えたいと親に言って叱られたものだ。
わしが好きだった女の子もそうだった。もう名前も忘れてしまったが、目がきらきら輝いていた。ママの料理を見たとき、その眼をもっと輝かせていた。あの子が残ってくれればいいがと密かに願っていたが、ママに料理を教えてもらうと、夕方になると帰っていった。
でも、ママとパパ、そして、弟二人のクリスマスは楽しかった。
しかし、それも遠い昔のことだ。妻や子供も死んだり、どこかへ行ったりして、わし一人この世に取り残された。わしぐらい不幸な人生を送ったものはそういないだろうな」
老人は、昔のことを思いだしても、暖かくならないし、腹も膨れない。それより眠ることだと思ったとき、窓ガラスを叩く音がしました。
雪を呼ぶ風だろうと思っていましたが、どうも風の音ではなさそうです。しばらくそのままベッドにいましたが、音が止みそうにはありません。
「なんだ?酔っぱらいが家でもまちがったか。クリスマスの夜に酔っぱらうとは、とんでもない罰当たりだ」老人は、毛布を体に巻いて、道側の窓ガラスに近づきました。
薄汚れた窓ガラスの向こうに誰かこちらを見ているのがわかりました。同じような老人です。
「誰だ、おまえは?」窓ガラスを開けずに叫びましたが、何か言っています。
渋々窓ガラスを少し開けました。すると、その老は挨拶もせずに、「この家にハンスという少年はいるかな?」と聞きました。
「ここにはハンスもヨハネスもいない。わし一人だ。それにつけても、誰だ、おまえは?」老人は、寒さと怒りでがたがた震えながら怒鳴りました。
外の老人は、「それは悪かった。ハンスの家はどこじゃろ?」と独り言のように言いました。
「誰だ、おまえは?」老人はもう一度叫びました。
「わしか?わしはサンタクロースじゃ」
やはり酔っぱらいだったかと思って、老人を見ると、昔から知っているサンタクロースの格好をしていています。
「なかなか手の込んだ酔っぱらいだ」と、ふとそばを見るとトナカイがいるではありませんか。それも9頭います。足元には橇(そり)も!
「それは!」老人は思わず叫びました。「ああ、これか」外の老人は振りかえって、「これはわしの商売道具だ。乗ってみるか」と言いました。
「何をばかな。それにこんな寒い夜に」
「おまえは。『クリスマスキャロル』という話を読んだことがあるか」
「もちろんある。しかし、あれは金持ちから金を出さそうとする魂胆丸出しの本だ。
わしは、食べるものも、着るものもないとしよりだ。リュウマチだし、腰も痛い。それに、高所恐怖症だ」老人はさらに叫びました。
「寒いのか。それならこれを着なさい」外の老人は、窓ガラスから服を入れました。
老人は、これ幸いとそれを着ました。すると、すぐに体がぽかぽかしてきました。
「これは!」
「すぐに出てきなさい」
老人は、子供のように窓ガラスを大きく開けて、そこをまたいで、外に出ました。そして、自分から橇に乗りました。
「よし、それじゃ、飛ぶぞ」サンタクロースがそう言うと、9頭のトナカイにひかれた橇は一気に空に飛びあがりました。まったく寒くありません。
「これは夢ではないのか。町が下に広がる」老人は、落ちそうなぐらい体を乗りだして叫びました。
サンタクロースは振りむいて、「楽しいかな?ここだけの話わしの頭の中はプレゼントを渡すことでいっぱいで、景色を楽しむことはない。それに、わしも疲れが取れにくくなった。どうじゃ、これからわしの手助けをしてくれぬか」
「おお、わしでよかったら、いつでもやります」老人は興奮して答えました。
「まずハンスの家を探してくれ。あしたの夜また来る。それがすんだら、あちこち回るぞ」
「わかりました。わしでもできることがあったのだな」
「そうじゃ。金がなくても、年をとっても、それを言いわけにしないのなら、できることは山のようにある」

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