シーラじいさん見聞録
「どうするんだ?」ペルセウスが聞いた。
「ぼくがこいつを持ちあげるから、氷の上に乗せてくれないか。そうして、窪みがあるからそこに入れたいんだ」
確かにシャチが十分入れる窪みがあった。そこに入れば重さで氷が融けて水に困ることはないだろう。
「なるほど。それはいい考えだ」
ミラはそのシャチの下に潜った。準備のために動きまわっていたペルセウスは、「ミラ、もう少し間を開けてくれないか。これじゃ、みんなが入れないぜ」と言った。
ミラは、何度か動いて幅を開けた。全員がその間に入った。「よし、準備OKだ」ペルセウスの合図に、ミラは徐々に浮いた。背中に乗ったシャチは、氷の方にゆっくり転がりはじめた。「よし、今だ」ペルセウスが叫んだ、
シリウスたちはシャチを背に受けると同時に思いきり撥ねた。シャチはその勢いで放りだされて氷の上に勢いよく乗った。2回ほど転がり、うまい具合に窪みに腹から落ちた。
「やった!」ペルセウスはジャンプして喜んだ。そして、ミラに、「成功したぞ」と声をかけた。
ミラは、「ありがとう。後は水をかけてやれば大丈夫だろう」と言った。
「みんなでやろう」とシリウスが提案した。
「いや、おれがやるよ」と答えた。
「きみにこんなことをさせられないよ。そうですよね、リゲル」とシリウスがリゲルを見た。
リゲルが答える前に、「いや、これはぼくがお願いしたことだから僕がやる。
みんなは、クラーケンがどこにいるか調べてくれ。もちろん、何かあればすぐに駆けつけるから」と自分の考えを話した。
「ミラ、そう無理をするなよ。おれたちも時間があれば手伝うから」リゲルはミラに声をかけた。
「ありがとうございます。しばらく様子を見てやります」
「わかった。きみも、ここの者に助けてもらったのだから、そうしてやれ」リゲルはミラの気持ちが分かった。
その後もシャチは動かないままだった。「助かってくれればいいがな」リゲルはみんなに話しかけた。
ミラは、とにかく死んだことが分かるまではできるだけのことはしてやろうと決めて、時間を決めて水をかけてやった。
リゲルたちは翌日からもクラーケンの行方を追った。何度かカモメの急報ですぐに向かったが、方角をつかまえることはできなかった。
夕方、ミラがいる場所に帰ると、今度はミラと交代して、シャチを見た。その間にミラは休むようにした。
5日後の朝、ミラが休んでいると、その晩世話をしていた若いクジラが慌ててやってきて、「ミラ、あいつが動いたような気がするんです」と教えに来た。
ミラはすぐに向かった。「頭を少し持ちあげました」と別のクジラも興奮して言った。
しかし、また動かなくなっていた。ミラは、「おい、気がついたか」と何度も声をかけたが、やはり反応はなかった。
「夢でも見ていたのかもしれないな。夢ならさめるはずだが」ミラもどうししたらいいのかわからないようだった。
その日の夕方、ミラもように見えた。すぐに、「おい」と呼びかけた。
今度は、ミラの声に反応した。目を微かに開けたのだ。しかし、どこを見ているかわからないようだったので、何度も声をかけた。
すると、ミラのほうを見た。「おい、気がついたか」ミラは大きな声を出した。
そのとき、みんなが帰ってきて、大騒ぎになった。リゲルが、「よかったじゃないか」と声をかけると、ミラも自分のことのように喜んだ。
「でも、かなりやせていますね」誰かが言った。「そうだろうな。食べていないもの」と誰かが答えた。また、別の者が、「腹は減っていないのか?」と聞いた。
シャチは、こちらを見ているようだったので、「何か食べるか」とミラが聞いた。
しかし、シャチは首を振った。「かなり意識が戻って来ていますね」とペルセウスが驚いた。
それから、日毎に元気になるのが分かった。少し動こうとしたが、体力がないので、どうしても窪みを出られない。
「何か食べるか」とミラが声をかかると、ようやくうなずいた。「よし、待っておけ」と言うと魚を探しに出かけた。
それを聞いたシリウスたちは、懸命に魚を探してはシャチに与えた。
「今度は、太りすぎで出られなくなるかもしれないぞ」誰かが言うとみんな笑った。ミラの思いが通じたのがうれしかったのだ。
さらに数日すると、その甲斐あって、自力で窪みを出ることができた。そして、氷の端でまで来たが、自信がないのか、それ以上は前に来ようとはしなかった。
ミラは近づいて話しかけた。「よかったな」と声をかけると、シャチも、何度もありがとうを繰りかえた。
「ぼくも、遠くの海で意識を失っているとき、みんなが助けてくれたんだ。それで、きみも、何とか助かってほしいと願っていたよ」
「みんなでここまで運んでくれたのか?」
「そうだ。沈んでしまうと助からないから」
シャチはうなずいたので、「何があったのか。仲間とけんかでもしたのか」と聞いた。
「そうじゃない、以前より少し息苦しいことがあったが、みんなの話を着て、おれも何かしなければと思ってここに来た。
しかし、みんなについていけなくなり、もうだめかと考えていたんだけど、今回尊敬する隊長が指揮を取るというので、無理したのがわるかったのかなあ」シャチは思い出しながら答えた。