忠吉の評定
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(100)
「忠吉の評定」
「お奉行様のお成りぃ~」という声が響きました。
お白洲に座っていた者は頭を下げました。しばらくすると、「みなのもの、面(おもて)を上げい」という声が聞こえました。
お奉行様がみんなを見回してから、真ん中に座っている男を見て、「その方が忠吉と申すものか」と尋ねました。
40代の男は、「まちがいございません」とはっきりした声で答えました。
「そのほうは、文(ふみ)を届けることを生業(なりわい)としていることも相違ないか」と念を押しました。
「まちがいございません」
「この度、そのほうが、偽の文を作って、隣にいる次郎衛門を騙して五万両という大金を失わせたことも相違ないか」とさらに確かめました。
「それは、後から聞いたことですが、騙すつもりはまったくございませんでした」
「さすれば、どうして、そのようなことをしたのか詳しく申せ」
「先日、峠にさしかかったとき、一人の男が木にもたれてぐったりしていました。
私は、どうされた、医者を呼んでこようかと声をかけましたが、いや、それはいい。しかし、頼みたいことがあると言うのです。
話を聞くと、勤めている店の旦那様の命令で、相場で勝つために、あることを調べてきたが、早くそれを報告しなければならないのだ。しかし、もはや動くことができない。そこで、わしのかわりに伝言をしてくれないかと息も絶え絶えで言うのです。
それはお安い御用だと返答したのですが、ただし、他人に言ってもらったら、旦那様はひじょうにお怒りになる。そこで、文を書いてほしいとのことでした。
そこで、わしは飛脚をしているので任せてくれと、持ちあわせていた筆と紙で、筆記しようとしたのですが、少し話しただけで息絶えてしまいました。かなり考えて、「満足なり」と認(したた)めて、お店に届けたのです」男は冷静に話しました。
「されど、米の生育は不出来であったので、次郎衛門は財を失くしてしまった。その方の罪は逃れないものと考えざるをえない。しかも、その方はでたらめな文を幾度となく作っておることもわかっている」お奉行様の言葉に忠吉は頭を下げた。
そのとき、与力の一人が、「お奉行様、忠吉は確かに、ありもしない文を作っておりますが、このようなこともあります」と申しでた。
それによると、おたねいう老婆におとよというと娘がいた。おとよは、一人娘がいたが、離縁して実家に帰っていた。
そして、重い病気になり、死ぬ前に3才になる娘に一度会いたいと泣く毎日であった。
それを聞いた忠吉は、以前の夫の文だと言って渡した。それによると、「春先には連れてかえるから、それまで養生するように」と書いてあった。
おとよはそれを支えに病と闘ったが、年末に死んだそうだ。しかし、母親のおたねは、娘は春を楽しみしていた、最後は幸せだったと言うのである。
また、源治郎という若者は、突然、恋仲だったお良が親の判断で遠くの親戚に預けられたので、生活が乱れてしまった。
忠吉は、源治郎の親から話を聞いて、お良からの文を作った。そこには、「今はどこにいるか言えないけど、立派になって迎えに来てほしい」と書かれてあった。
今、源治郎は、一人前の大工になるべく、朝から晩まで働いているのだった。
そのようなことをして、忠吉はみなから喜ばれいるのいうのだ。
お奉行様は、じっと考えてから、評定を述べはじめた。
「忠吉は、文を偽造するという罪を犯したが、それによって、私腹を肥やしたようなことをしていないようじゃ。
また、忠吉の作った文で、多くの人を救ったのはまちがいない。それならば、いつも偽りが許されるものか。事実はいつも人を苦しめるものか。はたまた、事実とはいったい何か。
わしには明確に答えられぬ。よって、忠吉を放免とする」