シーラじいさん見聞録

   

リゲルたちは、カモメたちの先導で懸命に北に向かっていた。
リゲルはみんなと相談して、「しばらくオリオンの訓練はできないと思いますから、この間にミラを探しに行ってはいけませんか」とシーラじいさんに頼んだのだ。
リゲルたちの計画を聞いて、シーラじいさんは、アメリアに対する核攻撃がはじまってからずっと考えていたことを行動に移すときが来たのだと思った。
確かに今ニンゲンの間に起きている混乱はそう簡単に収まるようなものではない。もはや駆け引きというレベルを越してしまっているのだ。
ニンゲンにとって次はもうないのだ。生きのこったとして、元の文明に戻るためには何百年もかかるだろう。
攻撃された国は、報復さえできないほどの状態にになっているし、攻撃した国も、これからその代償を払わなければならないからだ。どちらにとっても、次の一歩をどうするか決めるためには時間がいるはずだ。当分何も動かない。
「よし、わかった。おまえたちの気がすむまでやればいい」と答えた。
みんなの目が輝いた。シーラじいさんは続けた。「リゲルが言うように、ニンゲンは当分目先のことでいっぱいで他のことを考える余裕はないじゃろ。
だから、わしらが時期を待っていても何も変わらぬ。それなら、わしらが事態を変えなければならない。
わしらが今まで蓄えてきた力を使えば、ニンゲンが無理な壁でも突き破れるかもしれぬ」
シーラじいさんは、そう話しながら、リゲルたちがインド洋から苦労してここまで来たのに何もできないのは無念だろうということが頭に浮かんだ。
「おまえたちは、オリオンが陸に閉じこめられているので歯痒い思いをしてきたはずじゃ。その思いを、まずミラを探すことにぶつければいい。
そして、ミラが帰ってくれば、今度はアントニスたちや研究所にいるニンゲンたちとオリオンを助けるじゃ。そして、アントニスたちも含めて、みんなで海底にいるニンゲンを助ければ、ニンゲンは自らの愚かさを知るじゃろ。
謙虚になれば、見えなかったものが見えるようになる。聞こえなかったものが聞こえるようになる」
リゲルたちは武者震いをした。シーラじいさんは自分たちの行動がみんなの役に立つきっかけになることを教えてくれたからだ。
今までオリオンを助けたいと思っても何もできなかった。ニンゲンが決めたことにはどうすることもできないとあきらめていからだ。
でも、少しずつ動いていけば事態は自分たちが思う方向に進むというのだ。決してあきらめてはいけない。
当のオリオンも海に戻ること、海底のニンゲンを助けることをあきらめていないとシーラじいさんは言っていた。
オリオンやミラと一緒に「海の中の海」に帰れる日は必ず来るのだ。
一人一人が、そう心で考えていたとき、シーラじいさんの話の聞いていたカモメたちも、「おれたちもやりますぜ」と叫んだ。
「もちろんじゃ。おまえさんたちがいないとわしらには何もできない」シーラじいさんが応えた。
「ぜひお願いします」リゲルも言った。
「今度の核攻撃についてシーラじいさんから聞いてみんな怒っています。
ニンゲンが死なないといっても、他の動物がどうなるのかわからないのですからね。
たとえ助かっても、放射能に汚染された食べものを食べていれば、おっつけ死ぬわけだ。
どうしてニンゲンのためにおれたちが犠牲にならなくてはいけないのかというわけです。
北極に行けば、食べものが少なくなるので困ることもあるのですが、ここで新しく仲間になったものも、おれたちもやりますと言ってくれています」
「それはありがたい」
「わしらは北極作戦と呼んでいます」
「北極作戦か!これはすごいや」ペルセウスが叫んだ。
「わしもアントニスたちからの情報を整理しておまえたちに送る。ベラに助けてもらうとして、他の者は全員北極作戦に参加せよ」
「それじゃ、今から出発だ」リゲルの合図とともに全員北極海をめざして、すでに10日立っていた。
「北極海に着いたのでうか」誰かが近くにいたカモメに聞いた。
「まだだよ。ここはアイスランドという島で、もっと北に行けば、グリーンランドという大きな島が見えてくる。
いよいよそこから北が北極海だ。そこで、ミラらしきクジラを見たという話を聞いた。
おれも行ったことはないが、迫力がある風景が広がっているようだぜ」
リゲルたちはまわりに目を配りながら北をめざした。ときおり北風が強くなる。海面にいても前に進めないほどだ。空を飛ぶカモメたちはさらに難渋しているようで、後退してしまうときがある。
そんなときは、リゲルは必ず休息をすることにしていた。脱落するものが出ないようにすることが司令官の仕事だとシーラじいさんから教えてもらっていたからだ。
「グリーンランドが見えてきたぞ!」カモメが下りてきてそう叫んだ。
海面からは水平線しかみえない。でも、近くまで来ているのだ。「おい、あの大きなものは何だ」誰かが叫んだ。確かに北の方に何か浮いているようだ。
「動物じゃないか」
「でも、大きすぎないか」
「北極海にはいくらでもあると聞いていたが、それだろう」カモメが言った。
「それって?」
「氷山だ。しかし、おれも詳しいことはわからないから、ずっといる仲間に説明させよう」
カモメが大きな声で鳴くと、以前からここでミラを探しているカモメが下りてきた。それはインド洋から来た昔からの仲間だ。
リゲルたちは、そのカモメのまわりに集まった。まるで現地案内人の話を聞く旅行者のようだった。

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