吟遊詩人
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(86)
「吟遊詩人」
1人の旅人が今にも倒れそうになりながら、日差しの強い山道を登っていました。
ようやく遠くに海が見える頂上まで来ると、木陰に倒れこみました。
そのまま1時間ほど動きもせずに眠っていましたが、目を覚ますと自分のカバンがあるかどうか確かめると、それを枕にして、また1時間ほど眠ってしまいました。
薄目を開けると、日が翳りはじめているのがわかりました。涼しい風も吹いています。
「この山を下りたら次の国に入る。そこで商売をさせてもらおう」と独り言を言いました。
「でも、そこでも断られたらどうしよう。もう半年仕事がない。もうこんな生活は止めて、田舎に帰ろうか」
ぶつぶつ言いながら、ゆっくり歩きはじめたとき、「ピンダロスじゃないか」という大きな声がしました。
顔を上げると、馬に乗った軍人でした。後ろには、同じように馬に乗ったお供が二人ついていました。
「これは、これはペリクレス様、お久しぶりでございます」旅人は馬の前に片膝をついて挨拶しました。
「どうしていた?祝宴があると別の吟遊詩人が来ていたから、心配しておった。ははあ、もっと羽振りのいい王様を見つけたな。ワッハッハ」軍人はあくまで豪快に言いました。
吟遊詩人と言われた男は、「いやいや、そんなことはございません。さっきもあなた様の国に行ったのですが、門番が、『おまえの詩は陳腐で、心を打たないそうだ。それでは王様の機嫌を損ねるだけだ。帰れ』と門前払いされたところです」と元気がありません。
軍人は同情して、「それでか。わしは、おまえの歌と詩が一番気に入っている」
「ペリクレス様にそう言っていただけるのが一番の励みでございます」
「でも、一介の軍人だから、何もしてやれるが」
「そんなことはございません。それに、こんなことになったのは、私のほうにも責任がございます。
体力が衰えてきたためか、才能がないためか、お心に訴える言葉が出なくなってしまいました。今も仕事は止めて田舎に帰ろうかと思案していたところでございます」
「おまえほどの言葉の魔術師はそういない。少し休めば、また自信が戻ってくる。そして、出来上がったら、まずわしに聞かせてくれ。わしが王様に話してやる」
「何から何までありがとうございます」
「そうだ!ムーサ草という草を知っているだろう?」
「紫色の花が咲く・・・」
「そうだ。あれを乾かした後、火で炙(あぶ)って煙を吸いこめば疲れが取れる。戦(いくさ)のとき、兵士に吸わせると弱気の虫が消えて、みんな我先に突撃するようになる。あっ、これは秘密じゃ。誰にも言うなよ」軍人はそう言いのこすと、馬を飛ばして去っていきました。
翌日、麓(ふもと)にある国でも門前払いされましたので、その吟遊詩人は、近くでムーサ草を集めました。一日干すと枯れ草になったので、大きな木の陰で、火をつけて、煙を深く吸いこみました。
しばらくすると、体が熱くなってきたと思うと、突然火山が爆発したかのように言葉が溢れてきました。吟遊詩人は、急いで楽器を取りだして、その言葉に曲をつけていきました。
1時間ほどの間に10曲以上の歌ができました。今まで経験したことがない精神状態になったのです。
それからは、以前のようにあちこちの国に呼ばれては、王様の前で歌うようになりました。疲れても、ムーサ草の煙を吸えばすぐに元気になります。歌もすぐに生まれます。
あるとき、ムーサ草を教えてくれた軍人に会いました。
「ペリクレス様は命の恩人でございます。お礼にどんなことでもいたします」と挨拶しました。
「おまえのことは聞いておるぞ。よかったじゃないか。それなら、一つだけ頼みたいことがある」と言いました。
「なんなりと」
「おまえはあちこちの国に行くが、そのときに、これをまいてくれないか」と何かを出しました。吟遊詩人が、それは何かと聞くと、花の種だと言うのでした。
他の国の人でも、美しい花を見て楽しく暮らしてもらいたいからだ。しかし、誤解されたくないので、黙って道端にまくようにということでした。
歌も花も人をやさしくするものだと同感した吟遊詩人は引きうけました。
しかし、それは、その匂いを嗅ぐと脳がやられて廃人になる花の種だったのです。
その一帯は大小の国が何十とありましたが、今までお互いに干渉することなく、平和に暮らしていました。
その軍人がいる国はそんなに大きくはなかったのですが、そこの王様はどこかの国に攻めて国を大きくしたいという野望をもちはじめたのです。
軍人は出世して将軍になりました。だから、戦(いくさ)に勝つための戦術を考えなければなりません。そこで、お互いが大きな犠牲を払わずにすむことを考えたのです。
翌年、花が咲くとあちこちの国で大勢の人が亡くなりました。
それを伝え聞いた将軍はあちこちの国を攻め入りましたが、反撃が強く、戦はなかなか終わりません。
吟遊詩人の仕事も少なくなりました。いつしか体もがたがたになり、歩くことさえできなくなりました。
同じ吟遊詩人が、「ピンダロス、大丈夫か?」と心配してくれました。
ピンダロスは、もう死ぬかもしれないと思って、今までのことを全部話しました。
「やはりムーサ草だったか。あれに頼ったものはほとんどの者が廃人になって死ぬ」
「どうしたらいいのか?」ピンダロスは、かすれた声で聞きました。
「生きたいのか?」ピンダロスはうなずきました。
「苦しくなったら、自分がほしいのはムーサ草か、人の心に届く言葉なのかを考えろ。それですべてが決まる」