シーラじいさん見聞録

   

その男は、部下から作戦の報告を受けていた。「突然、クジラが檻に体当たりしてので、檻が外れ、沈みはじめました。クジラは、それを追い、ニンゲンもあわてて追いかけました。おれたちはここぞとばかりに襲ったのですが、空からの攻撃が激しく、ほとんどのものが殺されました」
「空からの攻撃は想定していたはずだろう?どうしてもっと船同士を孤立させる作戦を取らなかったのか」その男は、冷静に部下の釈明を引きだそうとした。

「先ほど言いましたように、突然見かけないクジラがあらわれまして、船や船から吊るされている檻に体当たりして、檻を落としました」部下は言葉を選びながら話した。
「それで、ヘリコプターが集まってきて、そのクジラを攻撃しはじめたので、我々はしばらくそこを離れざるをえなくなったのです。
そのクジラはかなり攻撃されたと思うのですが、海が血であふれていましたから、しかし、クジラは、そんなことを気にせず、自分が体当たりをして海に落とした檻を探しに潜りました。
ヘリコプターや船がクジラを追いかけだしたので、我々は最初の作戦をあきらめざるをえなくなったのです」部下は部隊長らしいが、その男に言いわけを続けた。
じっと聞いていた男は、「いったいその檻には何がいたんだ?」
「はあ、貧弱なイルカが1頭いました」
「イルカが1頭!」
「そうです。しかも、背びれがなかったようです。その時に取れたのかどうかはわかりませんが」
「そいつのために、我々は大きな犠牲を出したのか」部隊長は何も答えなかった。
「イルカは、何のためにそんなことをされたのだろうか」男は独り言のように言った。
「はい。檻が海に下されたとき、ニンゲンは何を企んでいるのだろうかと思って、檻をのぞくとそいつがいるだけでした。
しかし、何か仕掛けあるかもしれない考えて、私は、部下にあまり近づかいで、様子を見ろと指示を出したのですが、船から集中攻撃を浴びて・・・」
「ところで、そいつは何をしていたんだ?」
「我々が攻撃される前に、様子を見ていたところ、そいつは、『おれがニンゲンに話をするから、これ以上ニンゲンを襲わずに、すぐに自分の国に帰るようにボスに伝えろ』と大声で言ったと報告を受けました。しかし、クジラがあらわれたので・・・」
その男は、「よし、わかった。しばらく休め。後から連絡する」と言って、部隊長を下げた。
その男はじっと考えこんだ。背びれがない、ニンゲンはおれがなんとかする、か。
あっと声を上げた。まさかあいつが。確か人間のように名前があったはずだ。オリオンだ!そして、おれはベテルギウスという名前だった。そうだ。目が青く光る妙な魚がつけてくれたんだ。
そのとき、その名前の由来を話してくれた。夜空に光る星には2種類あって、自ら光る星と他の星の光を映すだけの星があるという。
そして、ベテルギウスは、オリオンというグループの中にあるだけでなく、光る星の中で一番大きい星だ。
これからは、オリオンを助けて、みんなで海の平和を守ってくれという願いを込めているとか言っていたな。
しかし、ずっと昔の、そして、ここから遠く離れた海の出来事だ。あいつらがここまで来るとはとても思えない。
オリオンは、あそこでの揉めごとを、力づくではなく、説得して解決しようとした。
おれはしばらく行動を共にしたが、小さくて力がないから、姑息なことをするのだとしか思えなかった。
自分が正しいと信じるのなら、話しあいなど時間の無駄だ。相手に言い負かされたらどうするんだ?正義はいつかはわかってもらえるはずだと信じていた。
おれは、オリオンにそう言ったことがあった。しかし、オリオンは、力づくで相手を捻じふせても、相手が納得しないかぎり心から理解してくれない。それに正義は一つじゃないと聞く耳をもたなかった。
それで、力には力で対抗して自分たちを守るべきだという考えに惹かれて今のボスについてきたのだ。
しかし、オリオンがどうしてニンゲンに捕まっているのだ。妙なイルカだとしても、いや、そうなら、どうしておれたちがいる海に連れだされたのか。
クジラがあらわれたと言っていたが、ひょっとしてあの海のボスか。それで、オリオンを助けようとしたのか。辻褄は合う。しかし、当時でもかなり老いていたから、そんなことができるのか。
「おれがニンゲンを説得するから」とはオリオンらしい。ベテルギウスは苦笑した。
しかし、おれの唯一のボスは、今回の作戦に並々ならぬ期待をかけていた。だからこそ、おれに指揮を任せれくれたのだ。そして、自らセンスイカンを襲ってニンゲンにあわてさせてくれた。それなのに、以前のように多くのものを失った。
まだあきらめるのは早い。ここで引きさがれば、おれには二度とチャンスは回ってこないだろう。
ましてや、あの国の生まれでもなく、「あんなちっぽけなシャチに指揮を取ることができるわけがない」と思っているものが多いのだから。
ボスの恩義に応えなければならない。ベテルギウスは頭を巡らせた。

ジムは、今は使われていない気象庁の建物で調べを浮けていた。軍関係者が取調べに当たったが、まだ有力な手がかりをつかんでいないようだった。
聞き方はちがうが、同じ質問を何度も繰りかえしたので、ジムは、どんなに疲れても、そこをつかれないようにしなければならないと思った。
数日後、相手は、「おまえはイギリス人じゃないな」と切りだした。
「どうしてそんなことをいうのか。おれは正真正銘のイギリス人だ」ジムはすぐに答えた。
「おまえがイギリス人だとう証拠はどこにない」
「それは親が悪いんだ。親はおれが生まれた後、すぐに孤児院に預けたから、書類がなくなったのじゃないか」
「でも、おまえは、母親に会いに行くところだったと言っていたが?」
「何十年ぶりに母親がひょっこり姿をあらわしたんだ。それについては、今度会ったら確かめるよ」

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