シーラじいさん見聞録
そのとき、何かが近くを通るのを感じた。みんな、急いで窪みに隠れた。
規則正しい波動を感じる、「センスイカンだな」リゲルが小さな声で言った。
ようやく音が遠ざかった。「落ちつくべきだと思うのですが、オリオンに何かあればと思うと焦ってしまいます」リゲルは、シーラじいさんに言った。
「そうじゃな。一刻の猶予もないのは、わしも承知しておる。しかしながら、何事も、計画通りいかないのはお前たちも知っているとおりじゃ。
そのとき、忘れてはならないのは、作戦はあくまで手段であるから、何をするための作戦かということじゃ。
最初の作戦が頓挫しても、目的さえ忘れなかったら、その場の状況に合わせて、新しい作戦を考えればいい。
つまり、危険が予測されるのにも関わらず、最初の作戦に固執するのは、わざわざ自滅するようなものである。
また、オリオンについて心配する気持ちもわかるが、オリオンは、わしら以上に何かしているのちがいない。
同じように囚われていたものを、海に戻す作戦はわしらを励ましたじゃないか」
今仲間になっている、そのイルカは、深くうなずいた
「また、クレタ島からイギリスに行ったのも、オリオンが何かしたかもしれない。
さらに、わしらが、オリオンがイギリスにいるがわかったのも、オリオンが敵の目を盗んで知らせてくれたはずじゃ。だから、わしらが焦る必要はない」
ベラが上がってきて、シーラじいさんに手紙ができたと報告した。「ご苦労じゃった。それをすぐアントニスに渡すようにしてくれ」と言った。ベラはすぐにカモメを探しに出かけた。
「その返事が来たら、ここを出よう。しかし、どうするのかは、おまえたちが決めたらいい」と言い、下に向かった。
リゲルやミラ、シリウスなどは、今後の作戦について話しあった。
リゲルは、ミラから、大西洋の状況を聞き、それを参考にして、みんなの意見を聞いた。
1時間後、アントニスからの返事をもって、カモメが帰ってきた。
ミラがシーラじいさんを呼びにいった。アントニスの手紙は、「お気をつけて。ぼくらもイギリスに向かいます」と書かれていた。
リゲルは、シーラじいさんに言った。「みんなと相談しました。大西洋を西に向かい、安全が確認できたときに、北上します。そして、イギリスの西の海で待ちます。
ミラの話では、クラーケンたちは、フランスの北西部の海に集まる傾向があるので、そこに向かう道を避ければ、やつらと遭遇することは比較的少ないというのです」
「よし、気をつけていけ。わしは、様子を見ながら先回りする。カモメからの情報も集めておく」リゲルたちは出かけた。
アントニスはシーラじいさんからの手紙に返事を書いてから、イリアスに、「いよいよだぞ。みんな動きだした」と言った。
イリアスは、待っていたとばかりに、「海と陸と空からオリオンを助けるんだ。わくわくするよ」と興奮して叫んだ。
「そうだ。こんなことは、地球に生物が誕生して以来初めてのことだ」
「ぼくにも、何かできることはないだろうか」
「きっとある。そのときは頼むぞ」
それから、アレクシオスに電話をした。「よかった。無事ならいいが、生物兵器にされていないか心配だ」
「ぼくも、それが気がかりだ。これから、イギリスに行ってもいいだろうか」
「もちろんだ。イギリス派遣員として活動できるようにしておく」
「オリオンを助けだせなくとも、オリオンのことを理解してくれるニンゲンが増えれば、オリオンは喜んで言葉を話すにちがいない。そうすれば、海底のニンゲンだけでなく、陸にいるニンゲン、海にいる生きものを助けることができるはずだ」
「そうだな。決して不可能なことじゃない。ぼくらニンゲンの常識を少し変えればいいのだから」
それから、ブラウンにも電話した。「今、バーリンから電話があったよ。アルバモフは生きていて、当時のソフィア共和国の構成国であったアルバトニアで暮らしているそうだ。
バーリンが、アルバトニアの情報局に取材を申し込んでいて、その返事を待っている」
「何かわかるかもしれないな」
「取材が認められたら、ぼくも行くつもりだ。今の異常な現象は当時の状況に起因しているかもしれないというきみの考えは検討に値すると思う。それで、会社に取材さえてほしいと頼んでいるんだ」
「ありがとう。ぼくとイリアスはイギリスに行くことにした。落ちついたら連絡をする」
ミセス・ジャイロは、アントニスの話を聞くや、「そうだろうと思っていたわ。最近は、ミスターカモメが少なくなっていたので、相当警戒しているようだから」
「内陸部のカモメは、スパイあるいはウィルスキャリーという恐れから、捕まっているようですから。マスコミはあまり取りあげていませんが」
「場所がわかったとして、その後どうするの?」
「シーラじいさんたちは、直接ドーバー海峡に向かわずに、大西洋を西に行き、そこからイギリスの西に向かいます。
その時点で、どうするかみんなで考えましょう。ぼくらも、その間に、ヨーロッパの様子を調べて、シーラじいさんに報告しようと思います」
「わたしたちニンゲンがもっと力を出さないとオリオンを助けることができないわよ。オリオンたちはあれほどがんばっているのだから」
「そうですね。そっちに行ったら、何をすべきか話しあいましょう」