シーラじいさん見聞録

   

アントニスとイリアスは、午後7時に、「オセアニア」というホテルのレストランに行った。大勢の客で賑わっていた。
ボーイに、「ダニエル・ブラウンを探しています」と言ったとき、「アントニス!」という声が聞えた。
ダニエルが向こうで大きく手を振っている。テーブルに着くと、「今日はぼくのおごりだから、2人とも腹いっぱい食べてくれ」と笑顔で言った。
「ありがとう。ごちそうになるよ」アントニスも礼を言った。
すぐに料理が運ばれてきて、3人は無我夢中で食べた。ようやく一息つくと、「クレタ島のほうはどうなっている?」とダニエルが聞いた。
「去年まではクラーケンに囲まれて大変だった。観光客が激減するわ、漁に出られないわで、島は大きな被害を受けた。
しかし、今年になって、スエズ運河とジブラルタル海峡をバリアで塞いだので、攻撃は少し減ってきたが、ギリシャ政府は、閉じこめられてクラーケンがいるかも知れないと言って漁を認めないので、漁師は死活問題を抱えている」
「それはアメリカもそうだし、世界中もそうだ」
「アメリカは広いだろう?」
「フロリダやカリフォルニアには、よく人に慣れたイルカやクジラがいたが、すべていなくなった。
まるで牢獄に閉じこめられているようだとみんな言っている。ところで、きみは、どうしてこんなことになったと思う?」アントニスは、どう言ったらいいのか躊躇した。
「食べるものが少なくなってきているからじゃないか?」
「専門家が海洋調査をしたら、温暖化で生態が多少移動しているようだが、そんなkとはないそうだ。
それに、海の生き物だけでなく、鳥なども、明らかに人間を狙ってウイルスをばらまいている。ダーウィンに聞いてみたいよ」
「ダーウィンってだれ?」イリアスが聞いた。アントニスが英語に訳した。
「ああ、ダーウィンは昔の動物学者で、生物の種は元々一つだが、親から子、子から孫となるうちに、環境に適応して、別々の種になったという進化論を唱えたんだ」
「じゃ、ぼくらは、神様が作ったんじゃないんだ」
「そう考える人もいるが、神様は世界中にいっぱいいて、それぞれ考えがちがうから、あまり信用できないな」
「それなら、海の生き物がニンゲンを攻撃するのは、環境が耐えられなくなるほど悪くなっているんだ!」
「イリアス、きみはすごいな。大人顔負けだ。第二のダーウィンになれるかもしれないよ。
そうだな、海と空にいるものが同時に人間に向かってきているというのは、そうとしか考えられない」
「でも、クラーケンという、ダイオウイカどころではない巨大な怪物がいると言われている」アントニスが聞いた。
「そんなことを言うものがいるね。海底の奥に神の国があって、クラーケンはその使いだと。でも、目撃談はあっても、実際の写真はないんだ。ただ、何らかの意思が動いていると思えるけど。
とにかく、急がなければならない。1か月ほど前、大西洋でアメリカの潜水艦2隻が、相手をクラーケンと勘違いして、もう少しでお互いを攻撃するところだった。
それで、いつまでもこのままではいけない。大陸からある程度の距離にいる大型の生き物は処分しようという意見が軍部のほうから出てきた」
「処分?殺すことか」
「そうだ」
「そんなことをすれば、絶滅するものが出てこないだろうか」
「動物愛護協会もそう主張しているが、世論は軍部の考えを認めてはじめている」
ダニエルは、アルコールが入ったのか、饒舌になっていた。
「イリアス、ところで、『オリオンとイリアス』は、きみが書いたのかい?」
イリアスはアントニスを見た。
「ダニエル、今日はありがとう。今度はぼくがごちそうするよ。また話をしよう」
アントニスは、イリアスが眠くなっているのでと言いわけをしながら立ちあがった。

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