風
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(49)
「風」
昔々、2人の姉妹がいました。
姉のアドナは18才で、妹のドリスは16才でした。日頃は、麦や果物を作っている父親や家事をしている母親の手伝いをしていました。
二人は、美しいだけでなく、やさしくて、近所でも評判の娘でした。というのは、二人と話をすると、どんなに悲しくても、どんなに怒っていても、心にぱっと光がさしてくるし、相手を許そう思うようになるからでした。
そのうわさを聞いた人々は、遠くからやってきて、姉妹に面会を求めました。
やがて、人々が、姉妹の家のまわりを何重にも取りかこむようになりました。話を聞いてくれる順番を待っているのです。そんなことが、日が昇る頃から沈む頃まで続くのです。
最初は、二人が一緒に話を聞いていたのですが、時間がなくなったので、別々に聞くようにしましたが、それでも、近所の森で、フクロウがホーホーと鳴く時間になっても、外には人が待っています。
野良仕事から帰ってきた父親が、食事をし、寝る頃になっても、姉妹はまだ人の話を聞いています。
母親は、「おまえたち、こんなことをしていてはいつか体を壊すよ。夕方になれば、ドアを閉めるようにしようか」と言いました。
「いいえ、お母様。ここに来る人は大きな悩みをお持ちです。それは、起きているときも、寝ている時も、その人を苦しめています。
起きている時は、気晴らしができても、寝ているときは、悪夢となって、無防備な心を攻撃しています。それで、寝不足で病気になる人が多いのです。
だから、早くそれを取りのぞかなければならないので、わたしたちのことなど関係ありません」とアドナが答えました。
ドリスも、「しかし、わたしたちは、大したことなどしていません。ただ、話を聞いているだけです。だから、疲れることはありません」と言いました。
「それより、お父様とお母様は、朝が早いのですから、私たちのことは気になさらないで、早くお休みください。なるべく小さな声でお話ししますから」と心配してくれるのです。
母親は、「神様、美しくて、やさし子供を授けてくださいましてありがとうございました」と毎晩、神様に話しかけました。
「それなのに、まだお願いするのは気が引けるのですが、このままでは娘たちは病気になってしまいます。
そんなことになれば、今ここに来ている人は苦しみから解放されません。どうにかなりませんでしょうか」
神様は、「それももっともじゃ」と考えたのでしょうか、風に、「二人の家に行かずにすむように、二人の笑顔のエッセンスを入れて、運ぶのじゃ」と命令しました。
すると、心に重みをもっている人が、「二人に話を聞いてもらいたいなあ」と思えば、ぱっと笑顔が浮かぶようになりました。そのとき、自分の悩みを言えば、直接二人に会ったように、心がぱっと軽くなりました。それも、またすぐうわさが広がりました。
面会に来る人が減ってきて、二人は、また以前のような生活を送ることができました。
あるとき、妹のドリスは、「わたしたちの笑顔を運ぶなんてすばらしいわ。まるで、馬車のようだわ。それなら、わたしたちにも、何か運んでこないかしら」と考えました。
そこで、「春風さん、春風さん、わたしたちのことを運んできていますか」と声をかけました。
春風は、しばらく、妹のドリスの上を回っていました。すると、声が聞えてきました。
「二人のおかげで、病気が逃げていったよ」とか「人と仲よくしているので、毎日楽しいわ」という声に満ちていましたが、「二人は、どこかの貴族と結婚したいために、あんなことをしているのよ。村がうるさくなって迷惑だわ」という声が混じっていました。あの声は、まちがいなく村長の奥さんです。
まあ、なんて人の!いつも、「あなたたちのおかげで、村は有名になり、鼻高々よ」と言っていたくせに。
妹は、毎日、風に乗ってくる声を聞きました。そして、どんどん痩せてきました。ベッドから起きあがれなくなりました。
母親は、今までの疲れが出たのだと思いましたが、姉のアドナは、そうではないような気がしていました。
そこで、「あなた、どうしたの?」と妹の寝室に入り、そっと聞きました。
「お姉さま、何もありません。ただ、疲れただけです」
「うそおっしゃい。わたしたちは、悩みを抱えている何万人という人と出会ってきたのよ」と言うと、妹は、涙をぽろぽろ流しながら、季節ごとに吹く風は、わたしたちの悪口は運んできて、それが口惜しくてたまらないと話しました。
姉は、やはりそうだったねというように微笑ました。
「世の中には、神様にだって悪口を言う人はいます。でも、神様は、そんな人を苦しめたり、落ちこんだりしません。
ただ、悪口を言う人は、もっと悪口を言うようになり、よいことを思う人は、もっとよいことを思うように仕向けるだけです。あなたも、今後、どの道を選ぶかよく考えないさい」と言って、部屋を出ました。
妹のドリスは、3日後、面会室のドアを開けました。