シーラじいさん見聞録
「じゃ、みんなで行こう」オリオンは、あまりにも凄惨な光景が広がっているので、みんなの気分を変えなければならないと思ったのだ。
自分たちも行きたいというイルカの子供たちの希望を認めたのも、そういう理由だった。
シーラじいさんは、新聞か雑誌を見つけたらもってくるように言って、海底に向かった。
ミラは、その子供がいるのはクレタ島の南西の岩の上だと言う。そこに集まる約束をして、思い思いに向かった。
途中、イルカの子供たちは、「ここはぼくらの遊び場だよ」と、オリオンに話しかけてきた。
途中、ここで何があり、あそこで何が起きたかなどを楽しそうに話してくれた。
2人とも、両親がいなくなっている。多分船で回収されたものに混じっているだろう。
これから辛い現実が待ち受けている。自分たちもここにはそう長くいられないが、何か役に立てることはないか、オリオンは話を聞きながらそう思った。
南西の海には、すでにミラが待っていた。しばらくすると、全員集まった。
ミラは、「ほら!」と叫んだ。山の上に切りたった岩がある。そこに誰かいるようだ。あれが子供か。
「朝から晩までいつも1人でいるよ」ミラの言葉で、もう少し近づくことにした。
もし大人に知らせるつもりなら、すでにそうしているだろう。危険は少ないと判断した。
4,5才ぐらいだろうか、金髪の男の子のようだ。こちらをじっと見ている。
ミラは、あたりに船がいないか見てから、思いっきり噴気孔から水を噴出した。海水が子供にかかるぐらいの勢いだ。そして、大きな声を上げた。
子供は興奮したのか立ちあがった。そして、何か叫んだようだが、よくわからない。
「あの子は知っているよ」イルカが言った。
「ああ、あの子か」もう1人のイルカも叫んだ。
「いつもあそこにいるのか?」オリオンが聞いた。
「ちがう。こんなことにならないときは、いつも船に乗っているよ。この島の人たちは、漁をしているんだ。
漁に出かけるときは邪魔をしないが、漁が終わって帰ってくるときに近づくんだ。
船をくねくね動かしたり、甲板に出てぼくらの相手をしてくれるときは、今日は大漁だったとわかるよ。みんないい人だ。そして、あの子はいつも船に乗っている」
「仕事をしているのか!」オリオンは驚いて聞いた。
「ちがう、あの子のパパも漁師だったが、船が火事で沈没する事故があって死んでしまったんだ」
「そうだ。ぼくらは見ていないが、その事故を見ていた友たちがいる」
「漁師仲間が捜索したが、まだ見つかっていないんだ。だから、あの子は、パパがどこかで生きていると思っているようだ。
いつもパパの仲間の船に乗せてもらって、パパを探しているのだろうとみんなで話している」
「こんなことにならなければ、今日も海に出ていただろう。それができないから、海が見える場所にいるのだろうと思う」
「ぼくらのことも心配しているだろうな」
「早く平和な海に戻ってほしい」
2人は、代わる代わる話した。まるで自分たちほどあの子供を知っているものはいないというようだった。みんな黙って聞いていた。
「きみたちのパパやママは探しにいこうか」オリオンは、たまらなくなって言った。
クレタ島を回って、エーゲ海に向かった。死体はほとんどかたづけられていた。船もヘリコプターもほとんどいなくなっていた。
全員であたりを探したが、海面にも、深い場所にも、誰もいなかった。
2人は、穏やかな波のエーゲ海をじっと見ていた。「もう家に帰っているかもしれません。みなさん、ありがとうございました」2人は同時に挨拶をした。
シーラじいさんにその日の様子を話した。オリオンたちのもうそろそろという気持ちを察したのか、今ヨーロッパという場所で何が起きているか、そして、ニンゲンは、この状況をどう見て、どう考えているか知りたいと言った。「それがわかれば、わしらも、どうするべきか判断できる」
明日は、みんなで新聞や雑誌を探すことにしようと決めた。
翌朝、イルカの2人が来た。みんな驚いたが、誰も、パパとママは帰ってきたかなどは聞かなかった。また、2人とも、それについては何も言わなかった。
2人は、オリオンから離れようとしない。それで、3人で、あの子供がいる場所に行った。
すでに岩にすわっていたが、オリオンたちが行くと立ちあがった。
子供を喜ばすためになるべく近くに行くことにした。
静かな海に戻れば、あの子供も、そして、イルカの子供たちも、また楽しい生活を送れるだろう。オリオンは、そう思って、3人で泳ぎまわった。
気がつくと、子供は山を下りて海岸まで来ていた。オリオンたちは近づいた。すると、子供も、海に入ってきた。子供はにこにこしながら、オリオンたちを触った。
船に乗っているときでも、こんなことはできなかったので、ほんとに楽しそうだ。
やがて、オリオンの背びれがないことに気づいたようで、傷跡をやさしく触っている。
オリオンは胸が熱くなった。今回のことでけがでもしたのじゃないかと心配してくれているのか。なんてやさしい子供だ。
そう思ったとたん、コンニチハという言葉が口から出た。「しまった」と思って、子供を見ると、目を大きく開けてオリオンを見ていた。そして、コンニチハと言った。
オリオンはどうしようかと考えたが、トモダチニナリマショウとゆっくり言った。
しかし、子供は、オリオンをじっと見ていたが、何も答えなかった。そうか。英語が通じないのだ。
「きみは言葉をしゃべれるのか?」イルカの1人が驚いたように聞いた。
「ああ、少しなら」
「でも、その言葉は聞いたことがあるけど、ここの人はそんな言葉はしゃべらないよ」
「ぼくもそれに気づいた。英語で書かれた新聞か雑誌を探しているので、思わずしゃべってしまったんだ」
「でも、やさしい子だから、なんとかしてくれるかもしれないよ」