シーラじいさん見聞録

   

みんながいる場所に帰ったが、まだ新聞も雑誌も見つかっていなかった。
それさえあれば、早く海底にいるニンゲンを助けることができるし、こんな争いをなくすこともできるのに。
オリオンは、イルカの子供の言葉を思いだした。「何とかしてくれるかもしれないよ」
そうか、あの子供なら何かもってきてくれるかもしれない。
翌朝早く、あの海岸に行こうとしたとき、イルカの子供が来た。「あの子供に頼みたいことがあるんだ」と言うと、イルカの子供も、「ぼくらも行くよ」と譲らない。
それで、3人で行くことにした。近づくと、「あっ、2人いる!」子供の1人が叫んだ。
確かに海岸に2人立っている。近づくと、子供と若いニンゲンのようだ。兄弟のようにも見える。
オリオンは、あのニンゲンは昨日のことを聞いているのにちがいない。どうしようかと思った。
そのとき、「ときどき見る顔だよ」1人が言った。
「そうだな。船に乗っていることがある」もう1人が答えた。
「漁師か?」オリオンが聞いた。
「ちがうと思う。そんな格好をしていないもの。そして、毎回じゃないし、乗っているときは、何か描いている」
「ぼくらが近づくから、きみは危険かどうか判断してくれ。合図してくれたら、すぐに戻ってくるから」2人は、そう言うと、少しずつ海岸に向かった。背中が揺れはじめた。それ以上はすぐに戻れないほどの浅瀬になってきたのだ。
気がつくと、子供と青年は海に入ってきていた。オリオンは、2人に合図を送ろうとした。そのとき、子供がオリオンを指さした。
「こんにちは」青年は大きな声で叫んだ。50メートルぐらい離れている。
「こんにちは」オリオンも思わず返事をした。
青年は、子供のほうを見た。子供も、青年のほうを見あげてうなずいたようだった。
イルカの子供はかなり深い場所に戻ってきていた。オリオンは、海岸のほうに近づいた。子供が大はしゃぎをしているのがわかった。
青年は、「ぼくの言っていることが分かりますか」と聞いた。
「分かります」オリオンが答えた。
「この子供はぼくのおいです。おいの話では、きみが何かを探しているかもしれないということなので、ぼくが来ました」
そんなことを言ったおぼえはないのに、どうしてわかったのだろう。
オリオンは、さらに近づいた。そして、「英語で書かれた新聞か雑誌がほしいのです。特に最近のが」と言った。
「きみは読むこともできるのですか」
「ぼくは読めませんが、仲間に読むことができるものがいます」
「読んでどうするの?」
オリオンは、言うべきか迷った。「みんなと相談しなければ言えません」
「わかった。明日の今頃もってくるよ」
「待っています」
2人は、手を上げて海岸のほうに戻っていった。子供は、オリオンのほうを振りかえっていたが、2人で崖を上りはじめた。オリオンは2人を見送りながら、たいへんなことをしているのではないかと考えた。2人は、崖を上りきると、海のほうを見た。そして手を振った。
その晩、オリオンは、シーラじいさんたちに、昨日今日のことをすべて話し、詫びた。
みんなは、怒るどころか、興味津々で聞いていた。
「イルカがニンゲンの言葉をしゃべるのを聞いて驚いただろうな。子供はともかく、大人は」ペルセウスが言った。
「そのニンゲンは、自分のおいが、パパをなくして、頭がおかしくなったのじゃないかと心配していたが、それがまちがいじゃないとわかったんだからね」シリウスがつけくわえた。
「しかし、他人に言っても、誰も信用しないだろうな」「誰かに言っていなければいいけど」ミラとベラも言った。話を聞いていた「安全な海」のシャチもうなずいた。
「オリオンの話では、真面目なニンゲンのようだから、どちらにしても、新聞か雑誌はもってくると思う。もしもってきていないのなら、すぐに戻ってくればいいのだ」リゲルが話をまとめた。オリオンは黙っていた。
リゲルは、自分で具体的な作戦を話した。「オリオンには行ってもらう。その代わり、カモメは上から、ぼくらは海から見張る。もし不審な動きがあれば、すぐに戻ろう」
シーラじいさんも了解した。「シーラじいさん、新聞をもってきていれば、手紙を渡してもいいですか?」オリオンは聞いた。
「おまえが仲間と相談しなければならないといったのはよかった。信頼できるニンゲンなら、そう急がせることはしないはずじゃ。聞かれたら、もう少し時間がほしいと言えばいい」
カモメが下りてきたので、明日のことを話した。10羽のカモメは、手分けをして見張ることになった。
翌日、イルカの子供が来た。リゲルは、今日のことを話し、戻れないほど浅い場所には絶対行かないように言った。2人は跳ねた。は、自分たちが作戦に参加できることを喜んでいるようだった。
感知されないように別々に島の南西に向かった。オリオンとイルカの子供たちは海岸にゆっくり近づいた。
リゲルたちは、遠くからヘリコプター、船、センスイカンが近づかないかを監視することにした。ペルセウスとシリウスは、潜ったまま海岸に近づいた。
子供と青年は、すでに海水の中に立っていた。何かもっていないか見たが、遠くなのでよくわからなかったので、さらに近づいた。
「こんにちは」オリオンが挨拶をした。青年も、「こんにちは」と返した。右手に何かもっているのがわかった。
「今日の新聞と昨日の雑誌を持ってきたよ。どうしたらいい?」青年は、右手にもって、それを振りかざした。
「それをこちらに投げてくれませんか。新聞を雑誌の間に挟んでいただけたら助かります」「OK」
青年は投げた。放物線を描いて、10メートル近く飛んだ。オリオンがそれをくわえようとしたとき、シューという鋭い音がした。

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