シーラじいさん見聞録
1頭のシャチが動いた。長老という年ではなさそうだが、相手を威圧する雰囲気をもっている。
若いシャチが、発言をするときに許可を求めていたシャチだ。ここの社会をまとめているのだろう。そういえば、お兄さんを安全な場所に入れるように長老の許可を取ってくれた者がいると聞いたが、このシャチかもしれない。
「今の話で、あなたたちのことや世界のことがよく理解できました。世界はひじょうに複雑で、しかも、激しく動いているのですね」丁寧に話しはじめた。
「しかし、あなたたちは、果敢に未知の世界に飛びこみ、自分たちの夢を実現しようとしている。
わたしらにはできないことです。わたしらは、自分たちを守ることしかできないが、何か困ったことがあれば、お役に立ちたい。なんなりとおしゃってください」
「ありがたいことです。わしも、調子に乗って言わずもがなのことを言ったようじゃ。
あなたたちがここにいれば心強い。何かあれば、ここに来ればいいのじゃから。
ただ、何度も危険な目に会ってきたが、その都度何か考えてくぐりぬけてきた。強い者は、自分の力に頼って頭が回らないが。おっと、また失礼なことを言った。
これ以上話をすると、また危険な目に会いそうじゃから、ここでわしの話は終りにする」聴衆から笑い声とともに、歓声が上がった。
翌日、オリオンたちが集まっていると、シャチの子供たちが大勢やってきた。
訓練を終え、社会の一員となった若者のようだ。これからは家族とともにいて、何かあると、社会を守るために戦うのだ。みんな希望に燃えているようだ。
1人が言った。「昨日の話はおもしろかったよ。夕べは興奮して眠られなかった。みんなそうだ。それで、もっと冒険のことを聞きたいと思ってやってきたんだ」
すると、他の者も、口々に質問をしだした。
「クラーケンってやつは、どんな姿をしているのか教えてくれないか」
「ぼくらより大きいのは本当か?」
「どんなふうに、クラーケンと戦ったのか教えてくれよ」
オリオンが話をすることにした。
まず「海の中の海」のことから説明した。近所にクラーケンの部下が来るようになったので、近所の者を「海の中の海」に避難させたことや、それを追ってクラーケンの部下が「海の中の海」に入りこんできたことを話した。
やがて、ニンゲンが、クラーケンたちが根城にしている場所を見つけたので、このままでは、「海の中の海」に逃げこんでくる恐れがあるので、ボスを中心として、クラーケンの部下を追いだす作戦を取った。
そして、攻めてきた部下との戦いを話した。シャチの若者は、目を輝かせながら聞いていた。
「どのくらい大きいのか?」一人が聞いた。
「多分、きみたちの3倍ぐらいある」
「そいつを岩にぶつけるために、きみらが囮(おとり)になったのだな?」
「怖くなかったのか?」
「怖かったよ。逃げだしかった。でも、ここで自分に負けりゃ、お世話になったボスに恩返しができないと必死だった」
「一体誰がそんな作戦を考えたのだい?」
「今、安全な場所でお世話になっているリゲルだ」
「すごいじゃないか。それで、シーラじいさんは安心しているのだな」
「それは、クラーケンの部下だな。それなら、クラーケンはどうした?」
「ぼくは、そいつを見たことないんだ。ちらっと見たのはミラだ。実はミラのパパが『海の中の海』のボスだった。
ボスは根城を偵察してくれていたんだ。ボスは、ミラの教育のために、ときどき連れていた。
そして、ニンゲンから逃げるために出ていこうとしたクラーケンと戦ったんだ。ミラの話では、クラーケンはパパより大きかったようだ。
熾烈な戦いだったが、パパはクラーケンの足で絡まってなくなったのだ」
「足に絡まる?」
「そうだ。クラーケンは巨大な足がいくつもあって、それに絡まるとどんなにもがいても抜けだせないほど力が強いのだ」
シャチの若者は顔を見合わせた。
「ここには昔からの言い伝えがあるんだ。このあたりにいる足のあるやつの100倍もあるといわれている。
そいつは海の底深くにある国に住んでいるというのだ。そして、悪いことをするやつは、そいつに捕まり、食べられる。
おれたちは、その言い伝えを聞いて育ったので、一人で潜るときは、そいつが出てこない赤、少しドキッとする」
「教官の話では、まさかそんなものがいるとは考えられないが、おれたちでも勝てないものがいるということだろうと言っていた」
「この社会から離れると生きていけないぞ、ちゃんと訓練を受けろよということだ」
「そうだろうな。その国はどこにあるかわからないが、その国に近づくと、すぐに死んでしまうそうだよ。わざわざそんな国を探しにいく者などいないだろうが」
「ここにいれば、仲間もいるし、食べることも心配ないが、きみらのように冒険もしたい」
「でも、シーラじいさんが、ここにいることも大事なことだと言っていたぞ」
「そうだったな。でも、悪者に捕まった美女を助ける冒険もやってみたいと思わないか?」
「訓練ではいつも怖がっていたくせに、そんなことできるのか?美女に助けてもらうのが関の山だ」
冒険をしたいと言った若者は、笑い声の中で小さくなった。