ユキ物語(9)

   

「ユキ物語」(9)
おれは3人が話している間やつらに尻を向けていたが、それを聞いて3人をちらっと見た。
こいつらは人間を誘拐していたら極刑だろう。しかし、おれは人間でないので、そこはどうかしらんが、人質を取って100万円を奪おうとしている根性は同じだ。
こいつらは常習犯なのか。しかし、店では身代金を要求されたという話はあまり聞いたことない。いなくなったことは時々聞くが。
しかし、気絶させる飛び道具を用意しているのは計画していたのに違いない。
それなら、おれを兄弟と言っているのがいると誘い出したやつがこいつらのぐるか。まさかそんなことはあるまい。それなら、あいつらはどうしたのだろう。
今はそんなことはどうでもいい。とにかくこいつらは店に100万円出せと交渉するのだ。
今までのことを整理していると、おれは何ということをしたのだと後悔の思いが沸きあがってきた。そして、体が震えてくるのが分かった。
何としてもここを逃げなくてはならない。
店にはどのように連絡するのか。もし店が応じたら、どのように100万をせしめるのか。
そのへんは詳しくはないが、まずは警察に連絡をするだろう。悪党ももちろんそれは知っている。
つまり、お互いが慌てて動くはずだ。その時におれが逃げるチャンスはないか。
おれは寝ないで様子を見ることにした。
外は暗くなった。二日目の晩か。今日は下調べをしたようだから、いよいよ明日動くだろう。
しかし、翌日もその次の日もおれはここに閉じ込められたままだった。
どうしたのか。若いやつは食べものを運んでくるが、他の二人は来ない。まだ店との話はまとまらないのか。
おれは体の調子がおかしくなってきた。ちょっと急がなくてはならない。このままではいざというときに体が言うことを聞かなくなるかもしれない。
若い男が次に食べものを持ってきたときに行動を起こすことに決めた。おれはシミュレーションを繰り返して、その時を待った。
ドアがゆっくり開いた。おれはいつものように動かないでいた。若い男は檻の下をゆっくり開けた。
おれは躊躇せずにそこに頭を入れぐっと持ち上げたかと思うと、体をねじこんだ。
若い男は柵を下ろそうと力を入れたが、おれが外に出るほうが一瞬速かった。しかも、ドアが半分開いていたのでおれは部屋の外に出た。
狭い通路があった。おれはどちらに行こうと迷ったが、左に行った。
待て!と若い男の声が聞こえた。しかし、左は突き当りだった。
おれはすぐに向きを変えたが、若い男が止めようと待ち換えているのはわかっていたので、あきらめたように動きを緩めた。
若い男は安心したのかおれをつかまえるために身構えていなかった。
それを見たおれは勢いをつけて若い男にぶつかっていった。若い男はひっくりかえった。
おれは階段を飛んで降りた。降りたところは真っ暗だった。おれは外に出られないかあちこちに体をぶつけた。
若い男は降りてきてライトをつけた。おれはあきらめざるをえなかった。
若い男はおれに打擲(ちょうちゃく)でもするのかと思ったが、何か言うことさえせずに、おれを二階に戻した。
おれは元の檻に戻った。若い男もおれも、何事もなかったように時間を過ごした。
1時間ほどして二人の男が戻ってきた。「どうでした?」若い男が聞いた。
「電話に出た女は、最初犬が誘拐されたとは思っていなかったようだが、状況がわかって驚いていた。
とにかく、上司に伝えますと言うばかりだった。おれは、明日あらためて電話するからそれまでにどうするか決めておけと言うしかなかった」中年の男が言った。
「そうですか。仕方ないですね」若い男が答えた。しかし、先ほどのことを一切言わなかったのが不思議だった。

 -