ユキ物語(11)
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(224)
「ユキ物語」(11)
やつらがまんまと身代金をせしめたら、おれは解放されるだろう。
しかし、失敗したらどうなるのだろう。悪巧みにたけた盗人でも失敗することはありえる。
その場合でも、逃げるのに精いっぱいで、意味なく殺したり、足手まといになるようなものを連れていったりしないはずだ。それに、おれは口なしだから口封じで殺されることはないはずだ。
そうなると、どちらに転んでも命にかかわることはないだろうが、店に帰ると気まずい生活は覚悟しなければならないな。
店にいる仲間は子供ばかりだから、店やおれの状況を理解することはないだろうが、問題は美佳などの店員だ。
「こいつのおかげで自分たちは苦労した。それに店も大きな出費がいった」というような顔でおれを見るにちがいない。
ただ、おれを見たさに店に来る客が増えるだろうから、少しは売り上げが増えるかもしれない。
誘拐犯がばたばたしている間に逃げることができたら店も喜ぶだろうがそう甘くはないだろう。
悪党の親玉が講釈を垂れていたように、状況を見てそのチャンスがあればそうすることにしよう。ただ、一度失敗しているので、いくら気がやさしいあの若い男でも用心はしているだろうから、何が何でもというわけにはいかない。
とにかくこいつらから目を離さないようにしようと決めた。
おれの世話をしている若い男、名前は山崎だということが分かったが、これと中岡がおれのいる部屋にずっといたが、親玉も落ち着かないのか何回も顔を見せた。
親玉は、こういうことは流れに乗って相手を振りまわすのが極意だと言ったはずだが、基本的なことは決めておこうと言い出した。
まず山崎が取ったおれの写真をどこに置こうかという相談が始まった。
中岡が、「こいつを捕まえた通りの次の通りの角にコーヒーショップがあるでしょう?しかも、人通りがありますから怪しまれることはありませんよ」
「それでどうするんだ?」親玉は少し気分を害したように聞いた。
「ボスが」きょうびの悪党らしくボスと呼ばれているようだ。「ボスが電話をしたときは写真を置いている場所を言うだけでいいですよ」中岡は言った。
「で?」ボスはさらに不機嫌になった。
「写真にこちらに希望を書いておきましょう。金額とそれをどこに置くかなどを。そうだ!それをすぐに取りに行けということも言ってください」
「そうか」
「確かその角から2,30メートルぐらい行けば、狭い路地があって、奥にお地蔵さんがあったはずです。そこに置いてください。コーヒーショップの通り側にすわってペットショップの店員がくるか見張っています。これでまちがいなく最初の一歩はクリアできるはずです」
「まあ、それで行こうか」親玉は納得せざるを得なかったようだ。
「その後のことはどう考えているのだ」親玉は少し威厳を取りもどしたように見えた。
「その後のことはボスにお任せします」
「流れに乗らなければならないからな」ボスは安心したよう持論を繰り返した。。
「明日は忙しくなるぞ」ボスはそう言って立ち上がった。
ボスと中岡は出ていった。山崎だけがしばらく残ってから部屋を出た。
部屋は暗くなった。窓から外を見ると、木の枝は階下の光で黒いシルエットになって微かに揺れていた。星は出ていないようだ。
明日の朝にはおれのことが店に伝わるのだ。その後、どんな流れが起きるのだろうか。今夜、悪党は寝つかれないだろうが、おれは少し眠ることにした。