ユキ物語(10)
「ユキ物語」(10)
「いつ電話しますか?」同行していた若い男、確か山岡とか呼ばれていたな、その男が聞いた。
「あの店は10時開店らしいから、その前に連絡を取る。その頃には何らかの回答を持っているだろう」40代の男が答えた。
「そうですね。今頃社長と話しているでしょうし、まちがいなく警察にも連絡してるでしょう」
「しかし、警察も判断に苦しむだろうな」
「どういうことですか?」
「人間の誘拐ならすぐに動けるだろうが、犬だからな」
「なるほど。そこがおれたちの付け目ですね」
「そうだ。多分上にお伺いを立てているだろうが、市民の税金で犬の誘拐を捜査するのはあまり乗り気じゃないだろう」
「そうでしょうねえ。警察が動かないうちに一気に片をつけましょう」
「そうだ。しかし、用心には用心を重ねなければならない。
一人ぐらい刑事が動くかもしれないからな。身代金を取るやつが失敗する原因は相手と一対一という思い込みをすることだ。バックには必ず警察がいると思うことだ。そうすりゃ失敗は避けられる」
「ぼくはどうしたらいいのですか」おれの世話をしている若い男が聞いた。
「おれが電話したら、すぐにこいつを車に乗せてどこかの公園にでも放したらいい。その間におれたちは逃げる」
「分かりました。すぐに行けるように準備しておきます」
「おまえはおれをつけてきているものがいないかよく見ておくんだ」40代の男は中岡に言った。
「分かりました」
「肝心の金の受け渡しはどうするのですか?」
「だから、相手の答えを聞いてから判断すると言っているだろう?しかし、銀行に振り込ますことは一番やばいから現金に限る。
どこに置かすだけど、相手を攪乱しなければならない。まずこいつの写真を置く。
信用させてから、警察が動く前にいただくのだ。
おれは数か所の場所を見つけている。人通りが少なく、逃げやすい場所をな。
もったいづけているようだけど、敵を欺く前に、まず味方からということわざがあるだろう?
若いものは知らないか。もし秘密がばれてしまっても、味方に言ったことも嘘だから害はないということだ。
しかし、おまえたちに嘘を言っているわけではない。どこに金をもってこさすかをまだ決めていないということなんだ。相手とのやり取りで決めるつもりだ。
中岡はおれのまわりをよく見ておけ。あやしいものがいたらすぐに連絡しろ」
40代の男は二人の若い男に明日のシナリオを説明した。
悪党も学が必要なようだ。特に人間の深層心理についてはかなりの知識が必要だと思った。
浜の真砂(まさご)は尽きるとも 世に盗人の種は尽きまじと天下の大泥棒の石川五右衛門は自分を正当化する歌を残したそうだが、種は尽きないのなら盗人も尽きないのだろう。
しかし、後世まで名を残す盗人はその道の才能がなければならない。
しかも、どんな才能でももっているだけではどうしようもない。それを世に出す努力をしなければならない。
しかし、盗人の才能を磨くのは盗むのを繰り返すことか。まあ、このくらいにしておこう。それよりおれのことだ。