失踪(6)
「今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(181)
「失踪」(6)
手がかりと言えるものは掴むことはできなかったが、少し希望が見えたような気がした。
今まで話でしかわからなかった、父とハイタッチした人が実在にいたということがわかったからである。
もちろんその人のこともその母親から聞いただけなのだが、応接間にあった写真を見ているうちに、「もうすぐパパに会える」と思ったのである。もしかしたら父からも連絡が来るかもしれないさえ思えてきた。
しかし、父がいなくなってからもう4年たつ。これはぼくだけでなく、母や妹が実際に経験してきたことである。
あばあさんも懸命にこの現実と戦っている。母や妹のためにもぼくが戦わなければならない。
少年は、翌日の夕方藤本に連絡した。話を聞いた藤本は、「そんなことが起きていたのか」と驚いた。
「おばあさんも困っていました」
「電話番号はわからないのか」
「昔の電話機だったと思います」
「まだそんな電話機があるのか」
「ぼくも初めて見ました」
「わかった。来週帰るから、また連絡するよ」
翌週の木曜日、藤本から連絡があった。「遅くなった。早速だが、野間さんからは近々連絡が来ると言っていたね。今度の日曜日野間さんの家に行くよ。
電話番号が出る電話器を用意したから、それを設置する。
向うには連絡していないが、話をすれば納得してくれると思う」
「ぼくも行きます」
「きみは無理しなくていいよ」
「いいえ。ぼくもおばあさんと話をしたいと思っています」
「そうか。それのほうが向こうも安心だろう」
二人は駅で待ち合わせをして、おばあさんの家に向かった。
おばあさんは快く迎えてくれた。しかし、「まだ連絡がないのよ」と気の毒そうに言った。
藤本は、同じ教員をしていると自己紹介して今後のことを話した。
電話器を替えることには、「外国にいると言っていましたから、番号から調べてください」と快く答えた。
それから、三日後連絡があった。藤本と少年はおばあさんの家に飛んで行った。
おばあさんは興奮して話した。「高橋さん。お父さんのことを聞きましたよ」
少年も声が出ないほど心臓が高鳴った。そして、次の言葉を待った。
「高橋という男の人と一緒じゃないの?と聞くと、娘は驚いたのか黙っていました。
それで、その人の奥様と二人の子供さんがずっと待っていらっしゃるからすぐに連絡をするように言ってちょうだいと言いました」
少年と藤本はおばあさんの顔を見たままだった。
「娘は、確かに男の人とここに来たけど、村井という名前よ。でも、すぐに違う町に行ったからその後のことはよくわからない。その人が高橋だと言っていると最近聞いたけど」二人は黙ってうなずくしかなかった。
「その人に連絡が取れないの?と聞いたのですが、こちらからはできない。
向うから連絡員が来たら言っておくけどいつになるか分からないと言っていました」
「野間さんは何をされているのですか?」藤本が聞いた。
「まったく言いません。それにどこにいるのか言いません。日本ではないとは言っていましたが」おばあさんは顔を曇らせた。
「それで、『みんなに迷惑をかけるのはもうやめなさい。お金がないのなら、日本大使館に行って事情を話したらすぐに帰れるようにしてくれます』と言ってやったのですが、『盗聴されているから切るよ』と言って切ってしまいました」
藤本は、「わかりました。電話機を調べていいですか?」とりあえず少年の父親の娘の話が出たので聞きたかったことを聞いたのだ。
「はい。お願いします」おばあさんは電話器に案内した。電話機は応接間を出て右奥の台所にあった。
藤本が調べてみると、パキスタン殻の電話でだった。
「パキスタン?」おばあさんは茫然として聞いた。
「パキスタンです。おしりあいとか友人とかおられるのですか?」
「そんな国初めて聞きました。本人も言ったことありません」
「娘さんは盗聴されているかもしれないと言っておられたのですね?こちらからここにかけたらまずいことになるかもしれませんね」
「どうなんでしょうね。考えてくださいませんか」
「もしもということがありますから、こちらでやることをやってからにしましょう」
「どんなことですか?」
「外務省や警察と相談します。それと、ぼくの同僚にも聞いてみます」
「娘がご迷惑をかけて申しわけございませんが、よろしくお願いします」おばあさんは頭を下げた。