レバ刺し(生レバー)

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとはヘンな童話100選」の(29)

「レバ刺し(生レバー)」
M博士は、医学研究所での勤務を終えると、急いで帰宅しました。そして、パソコンでメールをチェックしました。
この数日メールをやりとりしていた多田という青年からメールが来ているだろうと思ったからです。
やはり来ていました。「私もお仲間に入れてください。これで5人になるわけですね。
これだけいてもらえたら、怖いものはありません。遅れないようにT駅に行きます」
M博士は、他の3人にも、「それ」が決まったことをメールしました。すぐさま3人からも返信がありました。それぞれ、「必ず行きます」という内容でした。
M博士は、心配そうに見ていた飼い犬を引きよせ、「ジョン、それじゃ頼むよ」と囁きました。
T駅の南口に、車で行くと、10分前でしたが、すでに4人待っていました。
顔は初めてですが、多田、吉野、内藤、そして、唯一の栗原は、みんな自分の子供ぐらいのように見えました。内藤以外は、20代です。この年代なら、人生はこれからのはずで、それ以上は考えないようにしました。
車の中では、誰もしゃべりませんでした。ようやく内藤が、「Mさんのアイデアはおもしろいですね。さすがお医者さんだ」と言いました。
「そうね。みんな何が起きたのかと思うかもしれないわ」と栗原が相槌を打ちました。
「車の中で苦しそうな顔をしている人を見ていますからね。最後ぐらい安らかな顔で行きましょう。生きている間は、みんな苦しい目にあっているのだから」M博士も、坦々と答えました。みんなは黙ってうなずきました。
車はやがて郊外に入り、山道をどんどん上っていきました。そして、人口湖にかかっている長い橋を渡ると、すぐに右折をして、細い道を上りはじめました。10分ぐらいで車は止まりました。
「着きました。車はここに止めておきます。誰かに見つけてもらえるから。
林を少し入るとぽっかり開いている場所があります。そこがいいと思って」M博士は、ガイドのように言って、上りはじめました。みんなも、M博士とジョンのあとについていきました。
「ここです」M博士が立ちどまりました。8畳ぐらいの大きさで座り心地もよさそうです。見上げれば、星が見えます。
「あのー、この犬は?」栗原が聞きました。
「この犬も、私たちと同じ運命をたどります。私がいない世界など未練はないでしょう。なあ、ジョン」M博士がそう言うと、ジョンは、ク~ンと鳴きました。
「それじゃ、みなさんは、好きなアルコールを出してください。これが研究室から持ちだした猛毒のレバ刺(生レバー)です。0157の100倍の猛毒です。
最初にジョンに食べさせます。ジョン、今までありがとう。すぐに行くからな」
M博士は、ビニール袋に入っているレバ刺しを、4,5切れ取りだしました。ジョンは、それをムシャムシャと食べたかと思うと、そのままバタッと倒れました。
みんな、あっと叫びました。
「私たちは、犬より大きいですから、すぐとは行きませんが、2,30分後にはこうなります。それでは、最後の乾杯と行きましょう」
M博士は、乾杯をしてから、最初にレバ刺しを食べました。
他のものも、意を決したように、食べはじめました。箸が震えているものもいます。
「なんだかうまいな」誰かが独り言のように言いました。
「こんなにうまいのははじめてだ」
「毒のせいかな」
食べおえると、みんな寝ころびました。体が痺れたようになったからです。
空には、星が一杯出ています。「なんてきれいなこと!」、「ぼくらも、もうすぐあの星のようになれるよ」、「風が気持ちいい」、「でも、こんな風が吹くと、涙が出る」
「懐かしい人が、風に乗って迎えに来ているからですよ。もうすぐです」M博士がそう言うと、みんなは黙りました。
10分立つと音一つしなくなりました。林を抜ける風の音と遠くから聞こえる電車の音以外は。
M博士は、青年たちを見て起きあがりました。ジョンも続きました。そして、車をゆっくり走らせました。
「ジョン、ご苦労だったな。もう2時間もすれば起きるだろう。牛肉や冷凍ギョーザのときぐらいの効果はあった。
こういうことをする人は、社会の出来事に敏感だからな。少し催眠剤も入れておいたが。
目が覚めれば、駅まで歩いていくだろう。ここに来る途中、なにげなく道順を言っておいたから。
自分の運の強さに自信をもってくれれば、もうこんなことはしないだろう。
ジョン、口直しにうまいものを食いにいこう」
ジョンも、うれしそうにワンと鳴きました。

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