お嬢様の策略(2)
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(33)
「お嬢様の策略」(2)
宗助は、お嬢様のお悩みはなんとなくわかりましたが、こんな大事なことに自分が出る幕があるのだろうかと疑いました。
しかし、お嬢様がじっとこちらを見ているので、「なんなりと」と返事しました。
お嬢さんは、「わたしは出家いたします。それで、おまえには、3人の方のお家に出向いて、そのことを伝えてほしいのです」
宗助は目を丸くしてお嬢様を見るばかりでした。
「そうです。わたしは、これからお寺に篭り、仏の道に進みます」
「それじゃ、このお店は?」宗助は、ようやく声を出すことができました。
「心配しなくていい。京都の叔父が見てくれるようになっています。幸い、従兄弟に家督を譲ったところなのです」
「はい」
「それじゃ、すぐに行っておくれ。このことは、番頭も知っているから。
それから、出家の理由を聞かれたら、親を相次いで亡くして、世の無常を知ったからですと言うのです。
また、どこのお寺かと聞かれても、どこか人里離れたお寺のようで、わたしなどにはおっしゃってくださいませんと答えなさい」宗助は、言われるがまま店を出ました。
早速、新左衛門様のお屋敷に行きました。そして、お嬢様から言われたことを話しました。新左衛門様の顔はみるみる青ざめていきました。
そして、「すぐに挨拶に行く」と叫びました。
「いや、もうお出かけになりました」宗助は慌てて止めました。
「どうしてお止めしなかったのか。あー、いや。おまえに言ってもはじまらぬ」
宗助が帰ろうとすると、「宗助、ちょっと待て」と言って、奥からお菓子をもってくれました。
次は安之助様のお宅です。昨夜も遅くまで遊びになっていたようで、目をこすりながら出てこられました。
話を聞くと、目を大きく見開き、「なんということだ!」と叫びました。「そして、何か言付けはないか」と大きな声で言いました。
「元気でお暮らしくださいとのことです」宗助が、無難なことを言うと、「まあ、世の無常には、人の考えも入っているものだ。お嬢様の考えが変わるかもしれない。その時は、わしにだけ知らせてくれないか」と、懐から四角いお金を渡しました。
「そ、それは、一朱ではないですか!そんな大金困ります」と固辞しましたが、「まあ、いいではないか。わしの運命が掛かっておるのだ」と無理に受けとらせました。
宗助は、気を落ちつかせて、最後の重政様のお家に行きました。
重正様は、話を聞くと、「ふーん」と答えました。
宗助が、「お伝えすることはございませんか」と聞くと、「別にない。おまえも達者で暮らせよ」と奥に入りました。
お店に帰ると、お嬢様はすでにお出かけになっていました。
宗助は、安之助様からいただいたお金を番頭に渡しました。番頭もいい人で、「おまえが独り立ちをするときに使えばいい。それまで預かっておいてやろう」と言ってくれました。
また、番頭は、お嬢様が、どこか人里離れたお寺に行ったというのはうそで、店から歩いて2時間ぐらいのお寺にいることを話してくれました。
その後、お嬢様から使者が来ると、宗助はすぐにお寺に行きました。話は、お店のことより、3人はいまどうされているかと聞くことが多かったのです。
それで、お店の仕事より、3人の情報を集めるということに一日を費やすことが増えました。もちろん、お嬢様の叔父様や番頭も承知の上です。
そんな生活が3年立ちました。新左衛門は三男坊でしたので、お侍のお家に婿養子に行かれましたが、1年で戻ってこられました。
安之助様は、おとなしいお嫁さんをもらいましたが、女遊びが直らず、お嫁さんは実家に連れもどされました。
重政様は、相変わらず、何を考えているかわからないような生活をされています。
それらについては、逐次お嬢様に報告しました。
あるとき、宗助は、「どうしてそんなに他人のことが気になるのですか」と聞きました。
お嬢様はにこっと笑って、「父や母が生きていれば喜びそうな養子を迎えるは、娘としての勤めです。それも仏の道です」と答えました。
四年目の春、お嬢様は、重政様を養子に迎えました。
祝言(しゅうげん)も終わり、二人っきりになったとき、宗助は、「どうして、昼行灯の、いや、物静かな重政様にお決めになったのですか」と、思いきって聞きました。
お嬢様は、またいたずらっぽく笑って、「生前、母上も、父上のことがぜんぜんわからないとおっしゃっていました。夫婦(めおと)とはそんなものです」と言いました。
宗助は、どうも女子(おなご)のことはわからないと思いました。
その後、商いに精進して、立派な商人(あきんど)になり、番頭から一朱を返してもらい、生まれ故郷に店を構えました。ただ、どのような娘と夫婦になり、どのような人生を送ったかは定かでありません。