雲の上の物語(3)
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとはヘンな童話100選」の(18)
「雲の上の物語」(3)
「きみは、そんな連中とつきあっているような気がしたから」彼は、小さな声で言いました。
「そんなことを言って近づいてくるのもいるけど、わたしは大嫌い!」彼女は大きな声を上げました。
「ごめん。もう二度と言わないから」
「わかっているわ。努力家じゃないと、ビニー、ごめんなさい、そんな姿でここまで上がってこられないもの」今度は、女の子があわてました。
「いいんだよ。ぼくは、誰が見たっても、向こうが透けて見える、安っぽいビニール傘だから」
「そんなこと言わないでよ。あやまるから」
「これでおあいこにしてくれる?」彼は、明るく言いました。
「もちろんよ。友だちになりましょう」
「ほんと。ありがとう」
2人は、自分のことや、どうしてここへ来たかなどを楽しそうに話しました。
ドレスのような柄の娘は、上品で美しい娘が持ち主で、自分を大事にしてくれていたのに、デートのとき、相手が差しだす大きな傘に入り、自分を忘れてしまったと話しはじめました。
2人が食事をしたのは、高級なレストランでしたので、店も大切に保存してくれ、自分も、明日にでも取りに来てくれるものだと思っていたのに、いつまで待っても来てくれないのです。
1ヶ月ほどして、奥の物置に入れられました。淡い期待は消えて、忘れられた日付のカードを見ながら、毎日泣いていました。
そこには、忘れられた傘が何十本といましたが、みんな今の境遇にじっと耐えているだけでした。
ある日、女店員が何かを取りだすために入ってきました。外は雨が降っているようでした。
その女店員は、娘をさして外に出ました。雨の音とにおいがとてもなつかしかったのをおぼえています。
女店員は、すぐに物置に戻らなければならないのか、娘をたたまずに、店に入りました。
娘は、もっと雨の音とにおいを感じたくて、庇(ひさし)の外に出ようと、力を入れました。体はツッ、ツッと動きました。もっと力を入れると、体がフワッと浮きました。
さらに力を入れると、屋根まで浮いたのです。そして、体を前に傾けると、どんどん上に行きました。無我夢中で飛んでいると、いつの間にか、雲の上に来たというのです。
「きみなんか、苦労したことはないと思っていたけど、辛いときがあったんだね。
自分ぐらい不幸な傘はないとすねていたが、ぼくばっかりじゃなかったんだ。
何しろ、ぼくは、『100均』で売られていたからね」彼も、身の上話をはじめました。
「にわか雨の日に、若い男に買われたんだ。そして、その日の夕方、わざとかどうかはわからないが、コンビニの傘立てに忘れられた。
ぼくも、数ヶ月そこにいたよ。それから、別の若い男がぼくをさして、彼女のアパートに行った。
翌日、男は帰ったが、ぼくは、玄関の横で暮らす羽目になった。壁に立てかけられたままなので、すぐに倒れたが、誰も起こしてくれなかった。
こんな人生だろうとあきらめていたので、やる気も不満もなかったが、いつか、柄のほうから風が吹いてきて、ぼくを持ちあげ、階下の庭にドスンと落とした。
彼女の部屋は、3階だったので、ひどい衝撃で、どこかの骨が折れたようだった。
庭は荒れ放題で、ぼくは、ゴミの一つになりさがったと思ったね。
枯葉や鳥の糞で汚れていく日が続いた。ときどき、このまま誰とも話をすることもなく、誰かの役に立つこともなく死んでいくのだろうなと思うことがあったが、ぼくの人生はこんなものだとあきらめていた。
きみと同じようなきっかけで申し訳ないが、ある日、強い風が吹いてきて、半分土に埋まっている体が少し浮いたんだ。その拍子に、体についていたものが落ちて身軽になった。冗談に『よっこらしょ』と声を出すと、体がぱっと開いた。
『何、これ』と思い、もう一度、『よっこらしょ』と言うと、体がふわっと浮いた。
久しぶりだったので、頭がくらくらしたが、だんだん気持ちよくなった。
それから、『よっこらしょ』を百回は言ったな。すると、体は、塀の外から見えるまで浮いた。
外を歩いていた子供が、『ママ、見て。傘が飛んでいる』と言うと、母親は、『そんなことないでしょ。誰かがさしているのよ』と答えているのが聞こえた。
大きな声で『よっこらしょ』と掛け声を出すと、ビューと塀を飛びだし、口をあんぐり開けている親子がみるみる小さくなっていった。あの顔は忘れられないな」彼は、楽しそうに笑いました。
それを見ていた娘は、「あなたと知りあいになれてうれしいわ」と笑顔で言いました。
「友だちに、あなたのことを話すと、近づいちゃだめよ。どうせすぐにいなくなるからと言うの」
彼はうれしくなりました。下にいるときは、高級そうな傘とすれちがうときは、いつも引け目を感じていたからです。
その時、「きみたち、知りあいだったか」という声がしました。