久しぶりの空の物語
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(94)
「久しぶりの空の物語」
今日も空は暴雨風です。空には傘がいっぱいいます。頑丈な傘やブランド物の傘なのに、飽きられてしまったり、持ち主に捨てられてしまったりしたので、自宅の傘置きやごみステーションから風に乗って逃げてきたのです。
チュー吉たちが心配していたビニール傘は、台風のときにコンビニで買われたのですが、他のビニール傘と同じように、壊れたので捨てられたものです。
もちろん、空は、陸以上に風雨はきつく、しかも、逃げる場所がありませんから、頑丈な傘でもすぐにばらばらになります。安いビニール傘ではひとたまりもありません。
風で吹きとばされて空に舞いあがったビニール傘はときおりいますが、成層圏近くまで行ったことがあるのは、このビニール傘しかいません。
そこは陸地から高さ15,6キロあるので、頑丈な傘でも、勇気と技術がなければ行くことができません。
どうして、このビニール傘が空にいるのでしょうか。以前も話しましたが、ある嵐の夜、あまりにも多くの傘が捨てられているのを見て、空にいる傘たちが様子を見に来て、「捨てられた傘たちよ、風に乗って飛びたて!」と励ましたことがありました。
ほとんどの傘は諦めて動こうとしませんでしたが、そのビニール傘は、多くの仲間の下敷きになっていたのにもかかわらず、少しずつ少しずつ体を動かして、植え込みからようやく通りに出ることができました。
そこは車道でしたから、空の仲間は、自分の柄を使って、車に引かれないようにしてくれました。そして、突風に乗って、浮きあがることができたのでした。
そのときあきらめていたら、翌日には、ごみとして集められて焼却されていたかもしれません。
ビニール傘は、勇気があればどんなことでもできると悟りました。自分の身の上を嘆いても何もはじまらない。そんな暇があれば、今何をするべきか考えろ。自分を壊した風でも、次は味方になるんだ、いや、味方にするのだと自分に言い聞かせました。
最初、みんながいる場所まで上がってきたときは、ビニール傘なんかいつまでもつかなというまわりの冷ややかな視線を感じていました。それで、友だちはまったくできませんでした。
しかし、自分から積極的に近づき、ようやく若い者の仲間に入ることができました。
そして、毎日訓練をして、成層圏まで行くことができたのです。それは、技術だけでなく、勇気も兼ねそなえていることの証です。それで、若者だけでなく、大人にも認められるようになったのです。ガールフレンドもできました。
しかし、それで終わるわけにはいきません。まだ2人しかしたことのない「偏西風に乗って世界一周をする」という夢があります。
偏西風は、年中地球を回っていて、ヘビのように5,6回グネグネするだけで、地球を一周するという巨大な風です。
ビニール傘は、その1人から話を聞いたことがあります。その体験を聞いて、自分も挑戦したいという思いをますます強くしました。ビニール傘でも、夢があればどんなことでもできるんだと仲間に伝えたいと。
今は、普通の傘にも、空を飛ぶ技術を教えていますから、いつも若い者が集まっています。
若い者には、「勇気とは、自分を前に行かすためだけでなく、自分をそこに留まらせるためのものだ」と言うようにしています。
若者は、勇気さえあれば、どんな危険も怖くないと思いがちですが、体をばらばらにして、落ちていく若者を何回も見てきたからです。
そのとき、「たいへんだ!人間が川で流されている」と一人の若者が飛んできました。
「助けにいこう」誰かが叫びました。みんなは下に行こうとしました。
「待て!」ビニール傘は止めました。
「どうしてですか。人間に捨てられたと恨むのではなくて、人間の役に立つことをすれば、
おれたちを大事にしてくれるようになるといつも言っているじゃないですか」
「そうだ。こんなチャンスはない」
「それに、台風なんてメソスケールといってそんなに大きな気象現象ではないと教えてくれたじゃないですか」若者は納得しない。
「おまえたちの気持ちはわかる。しかし、洪水に飲まれている人間は浮き沈みをして、簡単には助けられない。それに、風はめまぐるしく変わる。川にたたきつけられたら、おまえたちも助からない」
「それじゃ?」
ビニール傘は止めようと思いました。自分はどうなってもいいが、若者を巻き添えにしたくない。しかし、自分の1人では救いあげられない・・・」
そのとき、チュー吉たちのことが思いうかびました。今度会ったとき、まともに顔を見られるか。
「案内してくれ。おれが柄をもたせるから、おまえたちはおれを引っぱってくれ」
「わかりました」ビニール傘と10人の若者は激しい風雨の中をどんどん下りていきました。
「いた!」激しい流れの中で、まだ生きているようです。ビニール傘は、洪水の音に負けないように、「おれにつかまれ」と叫びました。
ようやく手を持たせました。それを見ていた10人の若者が、ビニール傘の中に入り、それぞれの柄を、服にひっかけました。そして、風に乗って、高台まで運びました。
おばあさんは、何が起きたかわからないのかぼーっとしていましたが、あれなら大丈夫のようです。
「みんな、ありがとう。小さな勇気でも、集まればすごいことができることがわかった。さあ、帰ろうぜ」ビニール傘たちは、また強くなった風雨の中に飛びあがりました。