不思議な子供
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(87)
「不思議な子供」
「明日は試合だから今晩はどこにも行かないようにしよう」と次郎は決めました。
「雅彦がけがをしている間に絶対得点を入れる。そうすれば、みんなのぼくを見る目がちがってくるだろうし、監督もぼくを認めざるをえない。サッカーで有名になれば怖いものなしだ」
小学5年の次郎は、成績は優秀でしたが、学校でも家でもボーッとしていることが多かったので、友だちからはあまり声をかけられませんでした。
これはいけないと思って、地域のサッカースクールに入りました。
しかし、練習でも、走るのは遅いし、集中できないこともあって、試合に出してもらったことはありません。
ただ、練習は休みませんでした。塾に行かずとも試験はいつも満点でしたので、学校が終われば暇で仕方なかったからです。
地域のトーナメントが差し迫ったとき、練習中に足を骨折した花形選手の雅彦だけでなく、他の正選手二人も、原因不明の発熱で入院したり、おじいさんが亡くなったので田舎に帰ったりで、チームは潰滅状態になりました。
監督は、「去年は3位だったので今年こそ優勝だ」と張り切っていたのですが、すっかりあきらめてしまいました。
「こういう時こそがんばるんだ」と残っている選手に激を飛ばしましたが、内心は、「初戦は去年2位のチームだ。これでは勝てるわけがない」とあきらめていました。
しかし、3―2で勝ってしまったのです。次郎以外にも試合が初めての選手が多かったのですが、みんな緊張して蹴りそこないをすると、それが相手の意表をつく方向に行くので、うまく相手をかわすことができたのです。次郎も、生まれてはじめて1点入れました。
「明日は去年優勝したチームだ。でも、この調子でやれば勝てるぞ」と、みんなの意気も高まりました。
家に帰ると両親や妹も大喜びでした。寝る時刻になると、あまりのうれしさと疲れから、「明日はどこにも行かない」という、いつもの言葉を忘れてしまいました。
朝、「次郎、起きなさい。お城を守る訓練に遅れるわよ」という母親の声が聞こえました。
次郎はすぐに起きて、朝食を食べて、子供用の武具を着て、急いでお城に向かいました。
指南をする若い侍が、「今日は、大手門の警護と敵を追いはらう訓練だ」と叫びました。みんな懸命に訓練を続けました。
くたくたになって自宅に帰りました。寝るとき、「明日はどこにも行かない」と言いました。
朝起きると、体のあちこちが、特に膝がひどく傷みました。「相手はひどくぶつかってきたからなあ。最初おれたちを甘く見ていたけど、最後にはあせっていたよ」
次郎は、膝をもみながら、してやったりという気持ちになりました。そして、「とにかく今日だ」と声を上げました。しかし、1-0で負けてしまいました。
監督は、「おまえたちのほうがずっと攻めていたぞ。おまえたちはすごい」と慰めてくれましたが、次郎は悔しくてたまりませんでした。
その晩は、わざと、「明日はどこにも行かない」と言いませんでした。
翌朝、母親が次郎を起こして、「今日も暑くなりそうだよ。気をつけていくんだよ」と声をかけました。
「ママ、そんなこと言わないでよ。パパが亡くなってから、ママはぼくらを育てるために夜も寝ないで仕事してくれている。ぼくも、できるだけのことをするから」と母親をいたわりました。
次郎は、大人に交じって、ピラミッドを作るための石を運ぶ仕事をしていました。
大人以上にがんばっても、大人の給金の半分しかもらえませんが、夕方には現金がもらえるのです。それを渡すときのママの顔ったら!そんな毎日でした。
ある晩、「明日はどこにも行かない」と言いました。
次郎が経験しているのは、私たちが寝ているときに見る夢ではありません。どこかの世界に行くのです。それは、場所だけでなく、時間も、つまり、過去でも未来でも自由に、いや、自由ではないのですが、とにかく、どこかのほんとの世界にぽんと行ってしまうのです((太陽が近づきすぎて、地球が蒸発した後の生活をどこかの惑星で生きたこともいくらでもあります)。
こんなことになりはじめたとき、夢でも見ているのかと、別の世界にいるときに、頬をつねってみたことがありますが、ひどく痛かったことがあります。
それを見ていた友だちが、「夢でも見ていると思っているのか」とからかいました。
それでは、夢の中で頬をつねって痛かったのは、夢の中でまた夢を見ているということかと考えましたが、結局、自分は夢を見ているのではなく、魂がどこへでも行く特殊な人間だと考えるようになりました。
また、「明日はどこにも行きたくない」という呪文も自分で考えました。
あるときなどは、そのままその世界で生きてみようと決めたことがあります。
スパルタという都市国家の少年でした。全ギリシャ競技会(今のオリオンピックのモデルとされるオリュンピアなどはその一つです)の出場候補者でした。アドナというガールフレンドもいました。
しかし、レスリングの出場選考会で、相手に捻じふせられて肩を骨折してしまいました。
あまりの痛さに、「明日はどこにも行きたくない」と思わず言ってしまいました。
すると、母親が、「学校に遅れるわよ」と起こしにきました。
こんな不思議な子供がまちがいなくいるのです。でも、ここまで行かなくても、ときどき、3つ、4つの世界に行くことができる子供ならかなりいると聞いたことがあります。
あなたはどうでしたか。あなたの子供はどうですか。