新しい人間

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(124)
「新しい人間」
2189年、世界脳科学学会がパリで開かれた。脳についてはほとんど解明され、今や人間の脳に人工知能をどう組みこむかが焦点になっていた。
つまり、どこまでが人間で、どこからかがロボットの範疇に入れるかということだった。
華やかな発表の間に、妙な発表があった。発表したのは日本の高木博士だった。
ただし、事前の審査で、現代的な研究ではないということで、昼休みの間の余興程度ならと認められたのだった。
高木博士はそれでも喜んだ。何人聞いてくれるかわからないが、聞いた専門家から研究のヒントが与えられるかもしれないと思ったからである。
研究は、ある子供についてであった。翔太と言われる男の子は、4才になるが一切話すことができなかった。しかし、親や兄弟の話は分かるらしく、コミュニケーションに問題はなかった。
あちこちの病院で診察を受けると、「こういう子供はときどきいる。もう少しすればしゃべるようになる」と言われたり、「お気の毒ですが発達障害です」と診察されたりした。
しかし、表情も豊かで、どこにも障害があるように見えず、両親は戸惑うばかりだった。
同じ年令の子供と比べても、相当の知能があるように思われたので、逆にそれが不憫で、直せるものなら、直してやりたいと思って、子供の発達が専門である高木博士を訪れたのである。
博士は、両親の話を聞いたり、翔太の様子を見たりして、これは普通の障害ではないと思った。
そこで、あらゆる検査や試験をした。すると、翔太の脳には言語中枢がないことが判明した。
そして、今回の発表になったのである。余興程度に聞いていた医者は5人いた(学会の参加者は300人だった)。しかし、余興程度でも、研究の評価は厳しいものだった。
「そんなものをここに持ってくるのはいただけないな」とか「人間の脳という前提があってこその医学的研究だろう?障害があるというのは、何らかの原因があるというのは自明のことだ」
「そうなんですが、5年間調べたのですが、それが見当たりません」
「それじゃ、頭に部品が入っていないロボットなのじゃないか?」
「いや、やさしい人間の少年です」
「きみは、医学を、いや、人間を愚弄しているのか!」
昼休みはぎすぎすしたものになってしまった。高木博士は会場を出ようとしたとき、イギリスのボールドウィン博士が、「興味ある発表だったよ。来月、用事で日本に行くから、そのとき話をしよう」と声をかけてくれた。
翌月、約束どおり、ボールドウィン博士は、高木博士の病院に来た。将太もその来訪に合わせて病院に来てくれた。
ボールドウィン博士は、今までの検査を精査した。もちろん翔太も診察した。
翔太は話ができないが、ボールドウィン博士とも不通にコミュニケーションが取れたので、博士はひじょうに驚いた。
博士は、帰国を伸ばして、3か月日本にいた。もちろん、翔太についての研究に没頭した。
そして、「将太は今までにない人間だ」と断定した。
ちょうどそのころ、翔太についての研究発表のことがトピックとして新聞に載ると、3人の子供が、翔太と同じように言語中枢がないのに、ひじょうに優秀であるということがわかった。
翔太は、そのイギリス人、イタリア人、中国人の男の子と会うことになった。4人は、当然話すことはなかったが、お互い楽しそうに交わった。
それから、4人の交流は深まり、15才で、単独で、あるいは共同をして、科学、医学、あるいは政治の分野ですばらしい研究をした(論文も、脳波を言葉に変換する装置を全員で考案して書くことができた)。
同時に、温暖化が激しくなり、世界が絶滅する危機に見舞われた。すると、4人はそれを防ぐ方策を作りあげた。
その遵守は、世界中の国に痛みをもたらすものであったが、10年ほどで効果の道筋が見えてきたのであった。
すると、翔太のような人間が世界のあちこちで誕生してきた。すでに、1万人を越えるようになった。
それから、人間は、そのような障害のない人間と話すときでも、静かに相手の言うことを聞くようになったと言われている。

 -