シーラじいさん見聞録

   

オリオンは、その声をどこかで聞いたような気がした。
そして、ぼくの名前を知っているぞ。まさかと思ったまもなく、水の固まりが体にぶつかってきて、ぐっと前に押された。
すぐに体をひねり、振りむくと、声の主が、オリオンを見てほほえんでいた。
「ベテルギウス!」
「オリオン、おれだよ」
「どうしたんだ?」
「きみこそ、どうしたんだ?」
「おれにも、もう一つよくわからないが、先輩と、ここに来るようになってしまったんだ」
よく見るとベテルギウスの後ろに先輩がいた。
「こんにちは」オリオンは挨拶をした。
「こんにちは」先輩も、控えめな笑顔で挨拶を返した。
「シーラじいさんはどうした?」ベテルギウスが聞いた。
「向こうで、ぼくを待っているよ」
「シーラじいさんに、おれたちの話を聞いてもらいたいんだ」
「わかった」
オリオンは、泳ぎだした。そのあとをベテルギウスと先輩がついていった。
数分して、小さな岩についた。
シーラじいさんは、オリオンを帰ってきたと思い、岩の陰から出てきた。
すぐにベテルギウスと先輩に気がついて、「おや、おまえたちじゃないか」シーラじいさんも驚いたように言った。
「シーラじいさん、おれたちも不思議なんです」
「何かあったのか」
「2,3日前、訓練を終わり、先輩とふざけていたんです。
通りがかった担任の先生が、『おい、おまえたち、何をしている。ちょっと来い』と大声を出したのです。
他の連中も悪ふざけしていたのに、どうしておれたちだけなんだと思いながら、先生の後についていくと、他の先生もいました。
そして、先生は、『今大事なときなのに、何をやっているんだ。おまえたちは、ここにいる資格はない』とどなりつけたのです。
『まあ、いいじゃないか』ととりなしてくれる先生もいたんですが、『こんな者がいれば、他の生徒に悪影響が出る』といって許してくれません。
結局、おれたちを裁定委員会にかけることになりました。
これは、『海の中の海』に出入りできるかどうかを制定するのですが、命令に従わないなど、重大な違反をしたときにかけられるのです。
しかし、出入り禁止の裁定は出たことがないと聞いています。
なぜなら、そんな裁定が出ると、家族だけでなく一族まで恥をかかせることになるので、みんな、裁定が出る前にここを去るからです。
先生は、ぼくの行動が問題になったときも、ぼくを心配して、先輩とともに走りまわってくれたので、なぜこんなことになったのかわからなかったのです。
ぼくが泣きそうな顔をしているので、先輩が、先生は何かかんちがいしているのだ。明日になれば、わかってくれるはずだと慰めてくれました」
先輩も、ベテルギウスの話を聞きながらうなずいた。
「翌日、訓練に行くと、担当の先生は、訓練生が集まっているところに来て、『おまえたちの裁定が出た。今日から、ここへの出入りは禁止だ』と言うのです。
みんなが、『ええっ』と声を上げましたが、ぼくは頭が真っ白になって何も言えませんでした。
裁定を受けるために、訓練室に来ていた先輩も、『ぼくが誘ったのだから、ぼくだけにしてもらえませんか』と先生に頼んだときも、ぼくは黙っていました」
先生は、だめだというように首を振りました。
そして、『訓練が始まるから、すぐに出るように』と言いました」
パパやママの顔が浮かび、これから、どうしたらいいのかわかりませんでした」
先輩が、ぼくの体を押して、『行こう』と囁きました。
泳ぎはじめると、先生が近づいてきて、小さな声で、『家に帰ることも許さん。シリウスに向って進め。そして、ボス座が右に見えたら、そっちへ曲がれ』と言いました。
おれは、何のことかわからなかったのですが、先輩はうなずきました。
それで、先生が言ったとおり進みました。
やがて、先輩は、『ここは何回も来たことがある』と叫びました」
「ここは、シーラじいさんの知りあいが閉じ込められている近くですよ」
先輩が、初めて口を挟んだ。
「わしらは、あいつを助けにきたんじゃ」
「そうだったのですか」
「それじゃ、もう少し行きましょうと先輩と話をしていたところだったのですが、誰かいるようなので、近づくとオリオンだとわかりました」
「そうだったのか」
「シーラじいさんとオリオンが、『海の中の海』を出ていることなど知りませんでした。
でも、おれたちに何が起きたのでしょうか?」
「誰かが、わしらのことを考えてくれたのじゃな」
「といいますと?」
「わしらを助けるために、おまえたちをよこしたのじゃ」
「やはりそうなんだ」先輩は、大きくうなずいた。
「ほんとですか」ベテルギウスは、まだ飲みこめないようだ。
「『海の中の海』は、争いの両方の当事者から仲裁の申し出がないかぎり、何も介入できないという規則がある。
シーラじいさんとオリオンの知りあいのことは、争いかどうかさえもわからない。
しかも、『海の中の海』には妙な動きがある。そこで、ぼくたちを追放しなければならない」
「先生!」ベテルギウスは叫んだ。

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