シーラじいさん見聞録

   

「信じられない。しかし、わしの名前を知っているのは、オリオンから聞いたにちがいない」
シーラじいさんは、少し冷静になって、そう考えた。
「私たちがお連れします」
「どうぞついてきてください」
二匹のサメは、シーラじいさんを急がせた。
「それじゃお願いします」
「以前、オリオンが、突然サメに襲われたことがある。しかし、わしごときを食べるぐらいで、こんな芝居はしないだろう。
とにかくオリオンが生きているのはまちがいないのだから、やつらについていこう」
シーラじいさんは、2匹のサメとともに、どんどん下に向った。
サメは、水に含まれる酸素を取るために、いつも泳いでいなければならない。シーラじいさんの泳ぎに合わせるのは辛いのだろうか、2匹のサメは、交互にものすごいスピードで、そこを離れては、また戻ってきた。
あるとき、2匹とも離れたことがあった。
そのとき、倉本さんが、シーラじいさんに突進した。わたしたちは、口々に「危ない」と叫んだ。
サメは、かすかな音を2キロ先から捉えることができるし、また、一滴の血を何百万倍に薄めても嗅ぎわけることができるといわれている。
わたしたちは、サメなどから身を守るための安全装置をつけているが、もし鉢合わせでもしようものならたいへんなことになるからだ。
助けに行こうか迷っている間に、倉本さんは帰ってきた。
「どうしたんですか」わたしは、倉本さんに聞いた。
「いや、オリオンにつけた水中電話機は、海にたたきつけられたときに故障したようです。
シーラじいさんが、サメの国でも行ってしまえば、もうわからなくなってしまうでしょう?
それで、シーラじいさんに説明して、水中電話機をつけさせてもらいました。
今度は、カメラもついているので、映像も期待できますよ」と笑顔で答えた。
「そりゃ、すごい。あのサメは、きっとアオザメといわれる種類でしょう。サメの中でも、泳ぐ速さは、1番か2番です。
大きいのは、6メートル以上になります。ここに来ているのは、仕事の内容から考えても、まだ大人になっていないのかもしれないな」
魚に詳しい多田さんが、得意そうに説明した。
どうやら2匹とも帰ってきたらしいらしい。影が動いていた。
シーラじいさんも、オリオンに早く会いたいのだろう、疲れたそぶりを見せずに、どんどん下に向っていった。
やがて、遠くに黒々としたものが見えはじめた。海の中に聳えている。それが何百とある。
それが目の前に迫ると、今度はそこを真下に下りていった。どうやら2,3000メートルはある山が連なっている山脈のようだ。
深海に、ヒマラヤ山脈のような風景が広がっているとは。
ヒマラヤ山脈は、インド亜大陸がユーラシア大陸に衝突してできたといわれているが、ここも、海底の移動でできたのであろうか。
シーラじいさんたちは、海底に着いたようだ。そして、山と山の間に入っていった。
「どこに行くのでしょうか」
わたしは、誰にともなく聞いた。
「決まったルートがあるような動きですね」山口さんが答えた。
確かに迷うような様子はなく、前へ前へと進んでいった。
こんな高い山の間をくねくねと行くなら、上からは見えないだろうし、後からついてくる者がいても、すぐに見失うだろう。
「ひょっとしたら海底王国に行けるかもしれないわ」
山田さんが興奮して叫んだ。
「しっ」藤本さんが制した。
シーラじいさんも、サメに案内されながらも、そのようなことを考えていた。
あまり敵がいないはずのサメがこんなに用心をする必要があるのだろうか。
オリオンも、この道を通ったのか。
サメは、あるところに来たとき、左側に進めるのに、そこに向わず、右に折れた。
しばらく進むと、正面に聳えたつ山があった。三つの影は、ようやく動きを止めた。そして、1匹のサメが、少し前に出た。その根元には大きな穴が開いていた。すぐにサメぐらいの大きさの影が、5つ、6つ穴から出てきた。すぐに3匹は吸いこまれるように入った。後から5つ、6つの影も入った。
わたしたちも、シーラじいさんたちから離れて、穴の中に入った。
穴といっても、数百メートルの幅があるし、高さも、100メートルではきかないだろう。
中に入れば、そこが穴ということはわからなかった。あまりにも広いのだ。
2,30分進むと、また突き当たりのようになっていた。
シーラじいさんたちの3つの影があった。門番のような者は、ここまでは来ていないらしい。
しばらくすると、今度は、小さな者があらわれた。くねくね動いている。100匹はいるだろう。海ヘビかもしれない。
やがて、くねくねした固まりが左右に分かれた。その間を、シーラじいさんたちが入っていった。
わたしたちも、そこから離れて、中に入った。すると海に出た。

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